愛すべきもの | ナノ


▼ 4 両親

「お風呂、もっと入りたかったのになぁ。あぁっ、どうしようクローデ。尻尾が全然乾かないよ〜」

獣の姿から人化してしまってすぐ入浴は切り上げられ、僕は床に座りタオルで一生懸命体を拭いていた。目の前には上半身裸で食卓に頬杖をつき、なにか怪しげなものを見るかのようにクローデが居る。

「お前……一体どうやって人化した? 普通もう少し時間がかかるはずだが。それに、カエサゴは警戒心が強く、滅多なことじゃ弱い姿は見せないんだけどな」

物思いにふける彼の話に僕は驚く。これって弱かったんだ。まだ小さい獣の自分より、急に大きくなって自信も湧いていたのに。
結局彼は「まだガキだからか…」と独り言のように結論づけていた。

「ねえ。クローデは、カエサゴのことよく知ってるんだね。僕みたいに、たくさん助けてくれたからでしょう?」

前のめりに尋ねると彼は即答せず表情を陰らせる。その後立ち上がり、正面に腰を下ろす。今度は人間になった僕の頭が撫でられ、さっきよりももっとしっくり感じた。

「お前は勘違いしてるかもしれないが、俺は見ての通りそんな立派な奴じゃねえよ。ボロい寮に住むただのハンターだ。仕事柄、保護下にある種族のことは知ってるけどな」

腕を組み淡々と話す屈強な彼に対し、僕はさらに聞きたいことがあった。例えば、僕達の種族がどうして狙われているのかだ。

「カエサゴは、金持ち連中のターゲットだ。とくに男はよく狙われる。体にある成分が……医療目的で使われることが多い。お前達は他の動物とは違って、少し特別なんだ。だから俺達のような組合が出来て、守っているんだよ。まだ十分ではないがーー」

聞かされる話に、僕は恐ろしくなる。
だから今日出会った悪い人間達は、僕のことをオスと知って品定めしてたんだ。クローデがいなかったらどうなってたのだろう。
無知な僕にはまだ全部想像出来なかったけれど、彼によりいっそう感謝の気持ちが生まれた。

「あとね、クローデ。あの人達に見つかったとき、親無しでよかったって言ってたんだ。親って僕のお母さんとお父さんのことだよね。どこにいるのか、知ってる?」

タオルにくるまってふと尋ねると、クローデの青い瞳がはっきりと揺れた。
聞いてはいけないことだったのかな。
僕は子供だけど、あの巣穴で目覚めた時から、本能的にひとりぼっちだということを理解していた。
記憶も何もない。胸がきゅうっとなりながら、不安な気持ちでクローデを見やった。

「…………お前の、親は……」

彼は言うのを躊躇っていた。でも彼は優しくて、いつも誠実に僕に接してくれた。だから伝えられる言葉は全て本当なのだと、僕はもうそのぐらい、クローデのことを信頼していた。

「お前が聞くのはつらい話だ。だが、俺には全て説明する義務がある。……俺は、二ヶ月ほど前まで、違う森林地区で働いていた。あまり楽しい仕事じゃないから、ただ惰性的にこなしていただけだ。そしてある時、密猟者を発見した。だがそいつらはすでに、あるカエサゴを仕留めていた。俺は奴らを始末したが、雄のカエサゴはすでに手遅れで救えなかった。彼は俺にこう言ったんだ。『妻を逃がした、追ってくれ。子供もいる』」

クローデの台詞が僕の耳の中で、静かに響いている。僕はどうしていいか分からないまま、膝の上で拳を握った。

「言われた通り、俺は痕跡を辿って雌のクサゴを発見した。けれど、彼女は道の途中で息絶えていた。彼の話によると、彼女は狩りに出た夫が心配で追いかけてきたらしい。唯一俺がいた意味があったのは、カエサゴにお前の居場所を聞いていたことだ。だから俺は、お前を見つけることが出来た。……時間はかかっちまったけどな」

クローデは最後まで僕の目をじっと見て、話してくれた。
反対に、僕の目からは涙がどんどん溢れていった。

「うっ、う……っ……死んじゃったんだ、僕のお父さんお母さんっ……うあぁあーっ」

僕は声を出して泣きじゃくった。顔も知らない、記憶もない二人なのに。急に近くに感じて、そしてすぐにもう会えないのだと知り、悲しみが溢れ出して止まらなかった。

クローデは絶句し、僕を見ていた。その表情は苦しげで、悔やんだ様子だった。

「ほら、ここに来い」

腕を広げてそう呼ばれ、僕は感情のままに彼の胸に飛び込んだ。
しがみついている間も、クローデはただ黙って僕のことをタオルごと抱きしめてくれた。

「助けられなくて悪かった。お前の親は二人とも、勇敢に戦ったんだ。最後までお前のことを考えていたんだろう」

ぎゅっと抱き抱えられて、またほっぺたが濡れる。僕は頷いて、しばらくそのままでいた。
密猟者達が許せない。どうしてカエサゴが、僕達がそんな目に合わなきゃいけないんだ。人間なんて、最低だーー。

でも、クローデみたいに助けてくれる人もいるんだ。だから僕は、こうして今生きていられる。

「……ありがとう、クローデ。僕のこと、見つけるの、大変だった?」

僕は涙と鼻水で汚い顔を、頭の上にあった彼の顔に向けた。
クローデは濡れたほっぺたを指で拭ってくれながら、ふっと口元を優しくする。

「そりゃあな。なんせお前の親父が教えてくれたのは、別の管轄区だったからな。その日のうちに地区変更を申し出るはめになったぜ。まあ、どこも人が足りてねえから移動はすぐ許可されたよ」

長めの黒髪をかき上げて軽く話されるものの、僕は目を丸くする。
なんと彼は僕を見つけるために働く派遣先を変え、この地に引っ越してきたらしい。

「どうして? 僕のためにそんなことしてくれたの。クローデの家族は? 寂しくないの」

真っ先に浮かんだのはそれだった。人間の生活は知ったばかりだけど、今日の僕みたいに、巣穴を出ていくのは物凄く大変なことだと想像した。
彼は首を傾げ、あっけらかんと言い放つ。

「いねえよ、そんなの。俺は施設育ちでな。俺のことは別に気にするな」

クローデは僕の鼻を指で押して笑った。でも僕はなんとなくまた悲しくなって、彼の目を見た。

「……そうなんだ。じゃあ、僕と同じだね」

無理矢理笑おうとすると、彼の首が横に振られる。そして肩を優しく抱かれて、青い綺麗な瞳にのぞきこまれた。

「同じじゃねえよ。俺はお前の家族の顔を知ってる。だから、お前が一人じゃないことも知ってるんだ。……意味分かるか?」

真剣な彼の眼差しに、僕は心を揺れ動かして、ゆっくり頷いた。
クローデは優しい。自分のことよりも、人のことを考えられる人間で、その優しさをふとしたことで出会い、繋がった僕に向けてくれているんだ。

「クローデも一人じゃないよ。僕がいるから。……ねっ?」

目をごしごしして、彼に尋ねた。すると彼は小さく笑って目を細める。
確かにな、そう言って頭を撫でてくるクローデの大きな体に、僕は少しどきどきしながら身を預けていた。



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