愛すべきもの | ナノ


▼ 28 再会

僕とジオは森林公園にやって来た。照明がぽつぽつと光る小道をゆくと、知っている自動車が入口に停まっていた。

「これ、クローデの車だ、やっぱりここにいるんだっ」

一目散に駆け出し、ジオの呼びとめる声も聞かず、広がる草原へと向かっていく。
外灯以外真っ暗の草むらに、焚き火の明かりがあった。近くに荷物と椅子がおかれ、そこに人間が座っている。

僕にはすぐに分かった。長袖のシャツにベストを羽織った、男の後ろ姿。黒髪は短くなっていて、背を屈めて座る様子。

「クローデ!」

涙がぶわあっと溢れだし、獣人化したままの僕は手足を夢中で振って走っていく。
声に気づいたのか、その人影は立ち上がり、すぐに振り向いた。

やっぱり彼だ。信じられない。ここにいてくれたんだ。

「……オルヴィか? ……オルヴィ!」

懐かしい声が僕を呼ぶ。彼の両腕が広げられ、息を切らす僕はそこに飛び込んだ。
ぎゅうっと抱きしめられ、待ち望んだ彼の匂いに包まれる。

「ごめんなさい、ごめんね、クローデ、僕……遅くなっちゃった、一人前になったら戻ってこようって、それで……っ」

泣きながら思いを伝えようとするけれど、彼の肩にうずめた顔ごと抱かれたまま、僕は離してもらえなかった。
彼の少し震えた声が聞こえる。

「いいんだ、お前が会いに来てくれただけで、俺はーー」

大きな手にぐっと握られる背中が、やがてゆっくりと離される。
クローデの目は赤くなっていた。僕を揺れる瞳で何度も見つめ、また腕の中にしまいこむ。

「違うよ、僕は帰ってきたんだってば、もうどこにも行かないよ」
「……本当か? ああ、嬉しいぞ、オルヴィ」

目をこすって見つめ返すと、彼は不安げだった瞳に安堵の色を映し、その場に身を屈めて僕を抱えた。

話すべきことはたくさんあるのに、胸がつまって上手く言えない。
とにかく今は、互いの存在を大事に確かめ合っていた。

すると遠くから、一歩一歩褐色肌のジオが近づいてくる。
獣人化した彼をはじめて見たはずのクローデだが、まっすぐ二人は向かい合わせになった。

「クローデ。彼を連れ去ったのは私だ。あのとき、君を助けてほしければ一緒に来いと、オルヴィに言ったんだ」

変わらぬ表情で静かに告げる。隣で緊張感をもつ僕の背に、クローデの手がそっと添えられた。

「……ジオ。あんたがいなければ、俺とオルヴィは、今ここにはいない。俺達はあんたに助けられたんだ。礼を言うよ」

落ち着いた口調で見つめている彼の横顔に、僕は引き込まれた。
ジオもそうだったらしく、目を見開いて僕のことを見下ろした。

「だが、彼がほしくなったのは本当のことさ。出来ることなら、君から奪ってしまいたかった。……見事にフラレてしまったけれどね」

彼は僕の知っている寂しそうな顔で微笑む。
胸がずきりとなった僕の頬に、優しくクローデの指が触れた。

「そうか……けどまた、連れてきてくれただろう? それにあんたの力なら、森にいたときにいつでも奪うことは出来たはずだ。でもそうしなかった。……だから……ジオ、あんたにも考えがあったんだって、今なら分かるんだ。こいつのそばにいてくれて、ありがとうな」

言葉を紡ぐ彼は納得した表情で話す。対してジオはその場に立ち尽くしていた。

「参ったな。そんな風に君に言われるとは、思っていなかった。相当、つらかっただろう。私に言われたくはないと思うが…」
「そりゃそうさ。こいつがいなくて、最初の二ヶ月はとくにどん底だったぞ」

クローデは投げやりに言って、突然僕のことを抱き上げた。
もう小さいサゴではないのに、目線がかなり高くなって慌てて暴れる。

「わ、わあっ、どうしたんだよクローデ!」
「お前、結構重くなったな。ちゃんと食ってたみたいだな。元気にしてたんだろ?」

半分心配げに見上げる彼の顔を見ていると、なぜだか分からないけれど目がうるっときた。僕は頷き「元気だよ」と伝える。

ジオは肩をすくめ、ようやく下ろされた僕の正面まで来た。

「仲がいいな、君達は。やはりいいものだ。……さて、オルヴィ。そろそろ私は行こう。今までのこと、すまなかったな」
「そんな風に言わないで、ジオ。……ありがとう。僕はジオに会えて良かったよ。一緒に過ごしたこと、忘れないよ」

口にしているうちに、色々なことを思い出し、声が震える。
彼と獣同士、じっと見つめあったが、柔らかい眼差しのジオはやがてカエサゴの姿に戻った。

四つ足を揃える凛々しい褐色の雄の姿に、僕は膝をついて思わず彼を抱きしめた。
色々あったけれど、ジオのことが好きだった。彼は僕にとっても大事なカエサゴだ。

「また会えるよね…? だって僕達、もう仲間なんだから」

彼の緑の瞳を見つめ、目を閉じて鼻筋に自分の鼻をくっつける。
まるで彼が前にしてくれたみたいに。

「……ああ。そうだな。私達は仲間だ。また会おう、オルヴィ」

大人の雄の優しい声が、僕にそう告げてくれた。
僕らはもう一度視線を交わし、頷き合い、静かに別れた。
踵を返し、段々と速度を出して去っていくジオの後ろ姿。

立ち上がったときには、僕はもうクローデと二人きりになっていた。

「帰ろうか。俺達の家に」
「……うんっ」

手を握られてこくりと頷く。
それから二人は新しい棲み家に戻ることになった。




久しい車の中に揺られて数十分。森にひっそりと佇む、二階建ての木造住居にたどり着く。
鍵で二重の木の扉を開けたクローデのあとに、僕もキョロキョロしながら続いた。

入ってすぐの居間は、二階が吹き抜けになっていて縦にも横にも広い空間だ。
暖炉と大きなソファ、木彫りの食卓、遠くにキッチンも見える。

「うわあ、すごいっ。本当にここ、クローデの家なの? 僕も住んでいいの?」
「もちろんだ。そのために引っ越したんだからな」

喜ぶ僕に微笑む彼は辺りを見回し、一転して焦り顔になる。家具の他には床にまだ段ボール箱が積み上げられており、「片付いてなくて悪い」と謝っていた。

ここへは一ヶ月前に越してきたばかりで、彼は仕事の他にも忙しかったようだった。

「ねえ、どうして寮を出たの? あとクローデの体は本当にもう平気…?」

質問ばかりの僕に、彼は向き直って頭をそっと触れた。

「体は完全に治ったから心配するな。入院していたのはひと月ほどだったか。……あと試験もな、センター長が一応合格にしてくれたよ。お前が帰って来たときのために、ってな」

優しい瞳が細められ、僕はまた胸がいっぱいになる。彼の怪我した部位を見つめて弱く腰に抱きつくと、抱擁されて背をさすられた。

「お前、もしかして寮の方がよかったか? 勝手に引っ越して悪いとは思ってたんだ」
「えっ。ううん、そんなことないよ。僕はどこでも大丈夫だよ。クローデと一緒だったら」

見上げるとばっちり目が合う。彼は少し何か言いたげに迷って見えた。

「お前が戻ってきた時には、俺達の新しい家を用意しておきたいっていうのが一番だったんだが……本当は、何かしていないと、なんか……落ち着かなくてな」

頬をかいて、神妙な顔で教えてくれた。
僕には彼の気持ちが痛いほど分かった。クローデと離ればなれになったあと自分もずっと落ち込んでいたが、前向きになってからは、目標に向かって突き進んでいた。
でもそれは辛さを紛らわすためでもあったのだ。

「僕がいなくて、寂しかった……?」
「……ああ。さっきも言っただろう? めちゃくちゃ寂しかったぞ」

彼は珍しく語尾を強くしてまた僕を抱っこする。
カエサゴの姿ではかなり大きく若い雄の成体になってきたのだが、人型では少し背が伸びたぐらいで体つきはまだまだ少年だ。
でも子供扱いされてるようで恥ずかしかった。

「ま、また抱っこした、下ろしてよ〜っ」
「なんで嫌がるんだ。もう少し確かめさせろよ」

森ではあんなに勇敢だった自分もクローデにはまるで敵わない。
そのままソファの上に下ろされ、彼も隣に座って向かい合った。

からかわれるのかと思ったら、彼の青い瞳がじっと視線をとらえてくる。
僕の口元にそれが移ったかと思うと、顔が近づいて、そっと唇を重ねられた。

優しいものだったが僕はすぐにとろんとなる。
どれだけ待ち望んだ瞬間だったのだろう。
クローデの武骨な手が僕の頬を包み、何度か触れるようなキスをされた。

びくびくと肩が反応するが、あることを急に思いだし飛び退ける。

「あ! 僕、たぶん匂うかも。ずっと外にいたんだ、水浴びはしたけど、石鹸もなかったしーー」

あたふたと言い訳をすると、目を丸くしたクローデはやがて小さく笑う。

「風呂なら沸いてるぞ。入るか?」
「うんっありがとう」
「一人で入れるか?」
「うんっ大丈夫」

足をもつらせながら立ち上がり、僕は逃げるように浴室を探したが場所が分からずクローデに連れて行ってもらった。
お風呂も木材を使った四角い浴槽でかなり大きい。アパートのときとは全然違う。

クローデによると、この家はなんと全部彼がある人から購入したものだという。家具や内装は少しずつ彼自身が直しているというが、僕はかなり驚き、感謝の気持ちとともに彼はやはり凄い雄だと思った。

脱衣所で服を脱ぎながら、今日からこういう生活が始まるのだと考える。
ふと、服を見てジオを思い出す。これは彼に借りたものだ。いつか返さないと。

ジオは、どうしてるかな。帰り道だと思うけど、今日から彼はまた一人なのだ。
少し寂しくも思うし、心配にもなる。

けれど僕達はまた新しい道に歩き出した。
そして僕は、ずっと求めていたクローデの手を取り、たどり着いた。始まりはこれからなのだ。

「ふあぁ〜。いい湯だったよ。ありがとうクローデ」
「はは、礼なんかいいよ。お前の家なんだからな。……そうだ、腹減ってないか? 飯も食うか」

彼はなんと僕がいない間に夜ご飯まで用意してくれていた。
見たことない豪華な夕食が食卓に並べられ、嬉しくて褒め称えたが「全部簡単なもんだ」と笑って謙遜された。

僕が夢中でかきこんでいる所を、椅子に向かい合うクローデが柔らかい顔つきで眺めてくる。
するとまた緊張してきた。不思議だ。
慣れ親しんだはずの彼の存在に、こんなにもドキドキしているなんて。

「うまいか?」
「うん! すごく美味しい。クローデもたっくさん食べてね」
「おう」

笑顔で頷き合う。
僕は彼に感謝していた。普通に接してくれていることに。
たくさん、大変な時を過ごしたはずなのに。
彼の優しさが心にじんときて、胸もお腹もいっぱいになった。


食後、僕は変わらずそわそわする。
二人で居間に座り、どんなことがあったか全部教えろ、と気軽に声をかけてくれた彼に修行の話や大きな獣なども獲れるようになったことを伝えると、とても喜んでくれた。

カエサゴの姿を見てもらい、僕はこれだけ成長したよと伝えると、クローデも優しい顔で受け入れてくれた。

「ねえねえ。クローデも髪切ったんだね。どうして?」
「ん? 長いほうが好きか?」
「いやっ、どっちでも好きだよ。格好いいよ」
「そうか? お前よく触ってたよな、俺の毛先」

真面目に考え始める彼だが、確かに僕は獣の習性で毛に触ることは好きだった。毛繕いの延長もあるが好きな相手だからだ。
でもクローデにはちょっとした理由があるみたいだった。

「まあ、気分転換もあったんだが、俺も少しはちゃんとしようと思ったんだ。前は色々だらしねえ奴だったしな。……まあ、変わってるのかは不明だが」

若干照れくさそうな顔で教えてくれる。
僕には人間の身だしなみだったり習性だったり、細かいところは分からなかったりするけれど、彼にも一人になった間に環境や心境の変化が多く訪れたらしい。

「僕はどんなクローデも好き。でもお片付けは一緒にするね」
「ああ。ありがとな、オルヴィ。……お前は全然、変わってないな。優しいやつだ」

ふっと笑みをこぼしながら、中身のことを褒められたのも嬉しかった。

そんな風に、僕らの再会の夜はあっという間に更けていった。
クローデは明日は仕事だという。だから僕も一緒に、寝室の大きなベッドに入った。

丸い窓からは木々と風の音が聞こえて心地がいい。
オレンジ色の暖かいランプが消され、Tシャツ姿の寝間着になったクローデが僕の体を抱き寄せる。

僕も彼が持っていてくれた寝間着を着こんで、ぬくぬくと丸まった。
ずっと穴蔵の土の上で眠っていたからか、マットレスはちょっと柔らかすぎる気はしたが、クローデの匂いの一番近くで眠れることは何よりの幸せだった。

「じゃあ寝ようか。……おやすみ、オルヴィ。何かあったら起こせよ」
「……うんっ。おやすみクローデ」

僕は横に向き合う彼の腕に寄り添い、少し勇気を出して手も繋いだ。
おやすみのキスもちゅっとされて、彼は目を閉じる。

少しして、彼の寝息が聞こえた。 
もう寝たの?
半分信じられない。
今日は、きっといっぱいいっぱい、交尾をするんじゃないかなぁと勝手に夢見ていたのだ。

でもクローデは僕にくっついて眠りに落ちている。 
だから仕方なく僕も眠ることにした。
たぶん今日は疲れてるのかもしれないし、僕の体力を気遣ってくれてるのかも。

彼は優しい雄だから。
そう考えて目を閉じたのだが、その日はまったく眠れなかった。



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