愛すべきもの | ナノ


▼ 24 終わりの日

今日は森での生活最終日だ。僕たちは昨日もひどい吹雪で外に出られず、結局朝まで小屋に避難していた。
ここで過ごせて幸運というか、少しズルになっちゃったかな?と焦りはあったけれど、命は一番大事なものというセンター長の言葉を思いだし、そのことを日々実感している僕とクローデも、判断には納得していた。

それに僕らは、とうとう今日で試験を合格する予定なのだ。だから朝からうきうき気分が湧いてしかたなかった。

「ねえねえ、結局この無線機も使わなかったね」
「ああ。敵もこの森では見かけなかったしな。今回は、かなり運が良かった」

二人で荷物をしまいながら振り返る。もしかしたらセンター長の気遣いだったのかもしれないが、僕たちは何事もなく過ごせたことに感謝していた。

しかし、もうすぐ小屋を出ようかと装備を整えていた時のことだ。僕は外の気配を感じとった。
なにか獣が走って近づいてくる音。同じカエサゴの、激しい呼吸音。

異変を察知した僕は、獣人化したままだったけれど、急いで小屋の扉に向かった。クローデも気づき、素早く長い銃を手に取って構える。

「……助けて! 開けて、オルヴィ、クローデ! お願い!」

泣きそうな声で扉の外から駆け込んできたのは、同じ子供のサゴで友人になったノルテだった。尋常じゃない姿に僕らは彼を抱き止める。

「どうした、何があった!」
「お兄ちゃんが、奴らに捕まっちゃった、僕だけ逃げろって、……どうしよう、嫌だよ、お願い助けてっ!」

ぼろぼろ泣きじゃくるノルテに僕は絶句する。一方クローデは彼にすぐさま場所を聞き、案内するように告げた。
そして突然の密猟者の出現という恐怖で動けなくなる僕に「お前はここにいろ!出てくるなよ!」と叫ぶ。

二人が小屋の外に向かい、目的地へ突き進む様子を見て僕だけ安全な場所にいるなんて出来ない。
ノルテのお兄さんが捕まってしまった。それに何人いるか分からない敵に一人で向かうクローデも危険だ。

僕もすぐに獣化して森林の中を走り出した。
お願い、お願い、無事でいますように。
自分まで泣きそうになるのをこらえながら、二人を必死に追いかけた。


密猟者達は、境界線を越えて着実に侵入してきていた。ここは周囲の地形が入り組んでいて、慣れるまでは移動が大変だ。
とくに近頃は雪に阻まれ侵入をふせぐには有利かと思われたが、奴らはそんなハンター達も動きにくい時期を狙って来たようだった。

木々がそびえる雪原に到着した時、僕の目に衝撃的な光景が映った。敵は四人もいた。
本格的に武装した大柄な男達の集団だ。彼らに対し、クローデはひとりで戦っていた。
ちらばっていた敵のうち、兄のドニを捕えていた男に弾丸を命中させ倒す。ノルテがすぐに兄を助けようと向かい、彼の手足を縛った紐を食いちぎった。

ドニは血を流し負傷していたが意識はあり、僕も彼らを助けようと安全な場所に誘導する。
クローデはこっちを見て一瞬表情を変えたが、「行け!」と声を上げた。その間にも向かってきた男に銃を発砲し交戦する。

「二人とも、逃げて! 早く!」
「でもっ、オルヴィは!? 君も一緒にーー!」
「僕は大丈夫だよ、早く、お兄さんも連れてって!」

ハンターであるクローデの目的は、まず兄弟を助けることだ。悪い密猟者の手から逃すために。
僕はまだ戦いと怖さの中で足が震えていたけれど、彼の助けになりたい、ならなきゃと考えた。

兄弟が離れたのを確認する一方で、クローデはとても強くて、あっという間に三人目を倒していた。しかし視線が僕に映り、彼の表情が見たこともない風に歪み始める。
僕には四人目の密猟者が近づいていた。

「くそがッなんなんだお前は、うちの奴らをやりやがってッ!」

男が彼に罵声を浴びせながら僕の首根っこを掴もうとする。鳴いた僕は暴れるけれど、そこへクローデが武器を構えるのを止め速攻で男に突進してきた。

体当たりをして男がうめきよろける。地面に落ちた僕は、素手で取っ組み合う二人を焦り見た。男は一番体がでかく、体重もある相手で力強い。

仲間がやられてもまだカエサゴを諦めてないのだと知り、クローデを雪の上に押し付けて馬乗りになる姿に僕は我を忘れて怒った。

「離せ! やめろ馬鹿!!」

カエサゴの牙を出し男の背中にかぶりつこうとする。だが低いうなり声とともに暴力的な手でふり払われるだけでビクともしない。

優勢だったクローデが圧されているのを見て体が戦慄いた。
しかも、遠くで何かが動く。それは苦しげな顔でゆっくり上半身を起こした二人目の敵だった。
奴は脇腹を押さえながら銃を手に取り、体勢が変わったクローデの背に向かって発砲しようとした。

僕は体が反応し、そこへ飛び出た。

「…………オルヴィッ!」

クローデは手に掴んだ小銃の銃口を向ける。その弾が負傷した密猟者の額に当たり、完全に息の根を止めた。
彼に救われた僕は一瞬のことに呆然としたが、またすぐにクローデを見た。

銃を握っていた彼は残りの一人に襲われ、手を足で踏みつけられる。叫んだ僕の声をかき消すように、男は立ち上がって笑った。
自身の銃を取りだし、何の躊躇いもなく彼の両足をぱん!ぱん!と撃った。

僕は声にならない声で悲鳴を上げた。
うめくクローデが僕に「逃げろ」と告げる。何も出来ない自分の非力さと彼を絶対に失いたくないという慟哭に襲われ、僕はふらついたまま男に近づいた。

「やめて、彼を殺さないで、僕を好きにしていいから、お願いだ」

男はにやりと口元を吊り上げた。その時悟った。こいつはどちらも奪う気だと。
その時僕は、出しうる限りの低い声で唸った。牙を出した口の端から液が垂れるほど、怒りに支配され威嚇する。

僕は奴の足に噛みつき、何度も振り払われて蹴られた。
クローデは「もうやめろ、オルヴィ!逃げろ!」と叫んで男に向かおうとする。

男は舌打ちをし、クローデの脇腹を撃つ。同時に、僕が泣き叫んだ時だった。

真っ白な雪の上で、血が沈んでいく中。
褐色の巨体である獣が、音もなく駆けてきて、ひらりと僕達の間に舞い降りる。そしてすぐに向きを変え、尻尾をひるがえして密猟者を見た。

男は新たなカエサゴの登場に怯み、すぐに銃を構えた。
しかしそれは発砲されることはなかった。飛び上がったカエサゴの剥き出しの牙に、男の首が一瞬で噛みちぎられる。

「ぐ、ぐ、グぁ……ッ」

男は血しぶきをあげる首の根本を押さえ、その場に膝からついて、正面から雪に倒れこんだ。
僕は一瞬で終わってしまった出来事に、思考が奪われていた。

「オルヴィ。なぜ私を呼ばない? 戦おうとした君の闘志は素晴らしいが、状況の見極めも大切だよ」

落ち着いた大人の雄の声音は、いつも通りのジオからだった。

「あ……ジオ。ありがとう。……クローデ、クローデが……!」

僕はすぐに倒れていたクローデのもとに向かう。その凄惨な姿に涙があふれ、気が動転した。
彼は意識がなかった。両膝の下を撃たれ、脇腹からも血を流している。

「しっかりして、クローデ! やだよクローデ! どうしよう、早く病院に行かなきゃーー」

泣いてる場合じゃない、人間が怪我したら向かう病院に連れていき、傷を治すんだ。僕はすぐに人化して、雪の上で倒れる彼の体を持ち上げようとした。
でも力が足りず、クローデの体を起こしただけでおぶることも出来なかった。

「だめだ、僕には、なんでーーお願い、ジオ、クローデを助けて!」

涙を流しながら雄のカエサゴにすがりつく。彼はもう殺気をひそめ、ただ僕らのことを静かに見ていた。
だがやがてゆっくりと口を開く。

「わかった。クローデを助けよう」
「あ、ありがとう……ジオ」
「その代わり、条件がある。私と来るんだ」

まっすぐと深い緑の瞳で告げた雄の言葉は、本気のようだった。
しかし僕は理解が追い付かず、聞き返す。

「……え? なに言ってるの? 僕はどこにも行かないよ。クローデと一緒にいるんだ。約束したんだから…」

彼の腕を持ち、震える声で主張する。
けれどジオは表情を変えず、僕から視線をそらさなかった。
ようやく彼の意図がわかった僕は、崩れそうな体で必死に足を踏ん張る。

「……どうして。……どうしてそんなひどいこと言うんだ。僕は、僕は、クローデの家族になったんだよ。家族は、大変なときに、離れないで一緒にいるものなんだよ。……クローデの、そばに……」

眠ったままの彼を見つめる。体温がどんどん下がっている。
僕はこれ以上、彼をここに置いてはおけない。助けないとだめなんだ。クローデの命は、何よりも、どんなことよりも大切なものだから。

「分かったよ。ジオと一緒に行く。だからお願い、彼を助けてーー」

瞳を閉じて懇願した。
もう、それでいい。彼さえ生きていれば僕はそれでいいんだ。

ジオは答えを了承した。
彼は僕の前で獣人化する。その姿は、短い銀髪で肌の色が濃い褐色の男だった。彼は屈強な裸体を晒したが、密猟者の服を奪い、自分が着る。獣耳は帽子で隠し完全に扮装をすると、クローデを抱きかかかえた。やつらの持っていた馬の荷台まで運ぶ。

僕も荷台の後ろに乗り、クローデのそばに寄り添った。
頬を撫でても反応はなく、自然と涙がつたう。

「きっと大丈夫だよ。クローデは絶対助かるよ。強くてたくましい、僕の誇り高いハンターなんだから」

別れのときまで、僕は彼に諦めることなく語りかけた。
今日だって、カエサゴの皆を助けてくれた。僕のことも、また身を挺して守ってくれた。いつもそういう雄なんだ、彼は。

やがて、走らせた馬が森の外に到着する。ジオが前もって止血をしてくれて、クローデは再び彼の手によって運ばれた。
そこは保護センターの支部だった。ガラス扉の向こうでは、係員らが二人の姿を見て飛んできて、急いでクローデを運び奥に消えていく様子が見えた。

センターには医療室も備わっているし、心配はいらない。
じっと遠くの外から待っていると、やがてジオが出てきた。彼は獣のときより表情が乏しく、感情が分かりづらい。
でも僕のそばに戻ってきて、じっと見下ろして言った。

「彼は致命傷ではない。きっと助かるよ。大丈夫だ」
「……本当?」
「ああ」

偽りのないその言葉に僕は安心した。同時に再び涙がこぼれる。
建物の前に救急車が到着した。担架で運ばれるクローデを、僕は目に焼きつけた。

本当なら、今日は二人の始まりの日だった。
ずっと一緒にいられるはずだったんだ。

「行こう、オルヴィ」

ジオはまたいつの間にかカエサゴの姿に戻り、僕のことを振り返った。
僕はもう心の音が聞こえないまま、彼の後を追った。



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