愛すべきもの | ナノ


▼ 14 見つかる

発情状態は夜に起こることが多く、僕はときおりクローデに助けてもらうことになった。最初の頃とは違い二人とも半裸で、まるで交尾をしてるような触れ合いにはドキドキが止まらなかった。
そんなこともあり僕はクローデともっともっと近い存在になりたくなった。

「オルヴィ。ちょっと家賃を払いにセンターまで行ってくる。……そうだ、帰りにケーキでも買ってくるか」
「ほんと? 僕チョコレート味がいい! ありがとうクローデ」
「ああ。じゃあそれ食って少し休んで、夜は公園な」
「うんっ」

玄関前で彼は微笑み、身を屈めて出かける前の抱擁をした。今日はハンターの仕事が休みの日だから、二人でゆっくり好きなことができて嬉しい。

僕は寮のアパートに一人になったあと、テレビをつけた。もうすぐお気に入りの動物番組が始まるのだ。すっかり人間みたいに床に行儀よく座り、心待ちにした。

森しか見たことのない自分には信じられないことだが、この世界は広くて色んな国があり、人の他にも数えきれないほどの動物達が暮らしている。
番組では山岳地帯に住む小型の熊の仲間の生活記録を見せていて、僕はあるシーンに目が釘付けになった。

「あっ……交尾してる! これがそうなんだぁ。お尻を上にして……ふんふん。うわぁ、ちょっと恥ずかしいなぁ」

どうして人間がそんなものを撮影しているのか分からなかったが、彼らは研究熱心なのだろう。実際僕も勉強になったのでありがたかった。
暗闇で雌の後ろに乗っかっている熊をクローデに置き換えると少し恥ずかしかったけど、僕は今度このポーズを夜に試してみようと考えたのだった。

ひとりで密かに計画をしていると、玄関扉の向こうから物音がした。しかも近づいてくる。
僕は即座に獣の鼻と耳を利かせ、静まった。気配を潜めて立ち上がり、背伸びをして小さい覗き穴から見る。ある人物を発見し、僕は棚の上から取ったニット帽子をかぶり、しっぽも後ろにしまいこんでドアノブを回した。

「ミハイル、こんにちは。何してるの?」
「……うわっ! オルヴィ……!」

しゃがみこんでいた彼は金髪を結んだ優しい青年ハンターで、カエサゴ博士でもある。僕は彼をもう友人だと思っていたので、何も警戒せずに姿を見せた。

「君達に郵便物が届いてたからさ、はいこれ。ああ、もう入ったほうがいいよーー」

周りを気にしたミハイルは僕をそっと部屋に入れようとした。ここで子供の自分が暮らしているのは秘密だからだ。しかし僕らの姿が、階下から上がってきた一人の男に見られてしまった。

「おい、そいつか? ミハイル。お前が言ってたやつ。……はっ、マジでガキじゃねえか」

低くしゃがれた声に怯えて隠れようとしたが、ドアの隙間からばっちり目が合う。この人、金髪の坊主頭で、初めてここに来た日にクローデと喧嘩していた男だ。
どうしよう!そう焦ったがとても大柄な彼は、あっという間に近くに来てガシッと扉が閉まらないように手で塞いだ。

「ぼ、僕はクローデの弟ですっ。少し住んじゃっただけなんです、ごめんなさい!」

そう小声で叫んだのだが彼は険しい目つきで部屋の中に押し入ってきた。慌てて「おい!」とミハイルも玄関に上がり、周囲をうかがってひとまず扉を閉める。

「弟だあ? あいつの履歴書には家族はいないって書いてあったけどなあ?」
「……えっ、えっと、じゃあ友達ですっ」
「ははは! あの無愛想な野郎にダチなんかいねえだろ!」

太い腕を組んで笑い飛ばされてしまい、僕は窮地に陥った。こんなに勢いのある強そうな雄に会ったことがなく、圧倒されているとミハイルが彼との間に入り、僕をかばってくれた。

「やめろよ、ベック。オルヴィが怯えているだろう。ごめんな驚かせて。こいつは柄が悪く見えるけど、悪いやつじゃないんだ。ただ、クローデが最初ここに来た時、歓迎会を拒否されたことをまだ根に持っててさーー」
「はあ!? てめえ嘘こいてんじゃねえ! どうでもいいわあんなスカした一匹狼なんざ!」

血管を浮き上がらせて凄む大男にハラハラしたけれど、この二人が駐車場で話しているのを見たことがあるし、仲間のはず。僕は一歩下がって様子を伺っていた。
するとベックという男が僕をぎらりと睨む。なんと鷲掴むように腕を伸ばし、かぶっていたニット帽を取られてしまった。

「わあ! なにするんだよ!」
「隠してんじゃねえ。もう分かってんだよ、俺らはな。お前がカエサゴっていうことぐらい。ハンター舐めんなよ?」

くくく、と邪悪な笑みを浮かべる男の横で、ミハイルは明らかにしまったという表情で顔をうつむかせ、頭に手を当てた。
僕の怯えてしおれた、茶色の獣耳が出てしまう。クローデ以外の人間に見られたのは初めてで、頭が真っ白になった。

「どうして……ミハイルも知ってたの? 僕のこと……」

失意とともに彼に尋ねると、彼は僕の耳を見ても驚くことなく、静かに頷いた。

「……ああ、実は知ってたんだ。黙っててごめんな、オルヴィ。でも、心配しないでいい。俺達は君を怖がらせたり、脅かしたりするつもりなんてないから。だろ? ベック」
「ふん、どうだかな。まずは話を聞いてからだ。おら、茶は出ねえのか? この家は」

硬い態度を崩さずに、ベックが乱暴に床に座りあぐらをかく。僕は言われるがまま、部屋に居座ってしまった人間二人にお茶を準備した。
クローデがいないときにこんなことになるとは。僕はどうしたらいいんだろう。

いかつい坊主男、ベックは僕達のことを詳しく聞いてきたので、正直に話した。これ以上嘘をついても全部ばれちゃうし、ミハイルにも真面目な顔で見つめられると他に方法がなかった。

「だからね。クローデは僕のことわざわざ見つけてくれて、救い出してくれたんだ。一人ぼっちの僕に住むところとご飯まで与えてくれて、しかも時々一緒にお出かけしたり、夜の狩りにも連れていってくれるんだよ。すごく優しいでしょう?」
「へえ。優しい、ねえ。……お前はまだサゴとはいえ獣なんだぞ? こんな狭っちいケージに閉じ込められたままで辛くねえのか? ったく、あいつはなに考えてやがる」
「おい、そんな言い方しなくていいだろう。クローデにもきっと考えがあるんだよ」
「知るかよんなの、だいたいこのままじゃーー」

二人が口論し始めて、僕は言葉に詰まってしまった。クローデも、僕に何度かこの生活が大丈夫なのか聞いてきたことがある。けれど僕は巣穴から出てすぐに彼に助けてもらいここに来たし、本当に平気でむしろ安心しているのだ。

「……だって、ここはクローデの巣穴だから。僕は一番ほっと出来るんだ。クローデがいるところがいい、僕は……」

段々声が小さくなってしまうと、黙った青年二人の視線を感じた。うつむいていた僕の耳元に、遠くから知っている足音が響く。僕は耳をぴんと伸ばしすぐに立ち上がった。
すると鍵をガチャガチャ開ける音がし、彼が中に入ってきた。居間に現れた背の高い黒髪のクローデは、僕達の光景を見て動きを止め絶句する。

「クローデ、おかえり!」

でも僕はやっと心細さから解放され、彼の胸板に飛び込んだ。胴に抱きついた体をしっかりと受け止められ、一気に息をつく。

「おいおい、ケーキを土産に登場とは。てめえ森の中とは違って甘ったるい思考してんだなぁ、クローデ」
「……お前ら、人の部屋で何やってんだよ。……どういうことだ、ミハイル」

荷物を置いて僕を傍らに連れたまま、クローデは彼らの前に腰を下ろした。どうやら話の席につくらしい。視線はいつものように鋭かったけど、二人を入れてしまった僕はすぐに怒られることもなく、少しだけ胸を撫で下ろしてしまった。

「悪い、クローデ。俺達はオルヴィに何かしようとしたわけじゃなくて、たまたま郵便物を渡しに来たらこいつにも見つかっちゃったんだ」
「……そうか。それで、こいつの帽子も剥ぎ取ったのかよ。随分手荒だな」
「おいてめえな、見つかってやばいのはお前のほうなんだぞ、分かってんのか? 俺らはなあ、お前が隠していたガキがカエサゴだってもうとっくに知ってんだよ、偉そうにすんじゃねえ」

舌打ちをするベックを、クローデが眉間に皺をよせ睨み付けている。僕は、とっくに正体がバレてしまっていたことにも驚愕したが、彼の答えのほうが気になっていた。

「そうかよ。ああ、全部俺のせいだ。悪かったな。……だが俺はこいつの、オルヴィの親と約束したんだ。一生俺が面倒みるってな。だから、手放すつもりはねえ。……少なくとも、一人立ち出来るようになるまでは、そばで見ていてやりたいんだよ」

僕はクローデのまっすぐ前を向く横顔を見ていた。
そんな風に思っていてくれたんだ。全然知らなかった。
ずっと一緒にいてくれるとは言ってくれたけど、彼の決意を聞かされたのは初めてだった。

本当は大人になってもずっと一緒がいいけど、僕は黙ったまま目がうるうるしていた。クローデは僕の亡くなった両親のことなど、彼らに詳しく経緯を説明した。でも坊主の男はまだ納得していないらしく、面倒くさそうに机に寄りかかっている。

「ほお、話はこのチビからも聞いたけどよ、それはいいんだ。お前が助けてやったこともな、ハンターとしては正しい。だがよ、このままってわけにもいかねえだろ? こいつはサゴだ。なんでこの年で人化出来てんのか知らないが、まだガキなんだよ。今のうちに野生に慣らしておかねえと、後々困るのはこいつだぞ」

顎で指し示されて、びくりとする。クローデも口を閉ざしてしまった。
僕は子供だけど、彼と暮らしていく中で少しずつ人間のような分別もついていったと思う。だからこのベックの言うことも、なんとなく間違ってはいないと感じた。

「それは、分かっている。だが、元の場所はもう奴らに荒らされていて戻せん。それにサゴであるオルヴィを一人で森に放り出すことなんか出来ねえ。……ハンターの規則で一年は新しい地区での寮生活が義務づけられている。だから、そのあとに寮を出て、こいつと一緒にどこかで暮らそうと思っていた」

淡々と話すクローデの声だけど、僕はそこから彼の心からの優しさを感じた。
胸が熱くなって彼の腕にぎゅっと抱きつく。泣いちゃいそうだから見ないでいると、伸びてきた手にそっと頭を撫でられた。

「はあ。一年ねえ。長えぞ、結構。それに飼い主がいてくれるうちはいいけどな、突然いなくなったらどうすんだ? ハンターなんか対して高給でもねえし命の保証もねえんだよ。お前森で一人で生きていけんのか?」
「ベック、いい加減にしろ。オルヴィはまだ子供なんだ」
「だから言ってやってんだろ、お前だって心配なら現実的な話を教えてやれよ、ミハイル」

真剣なトーンで話す仲間に、ミハイルは表情を陰らせる。
僕は彼と視線を交わした。優しくて、いつも穏やかな空気をまとう青年。近くにいると、不思議と心が安らぐ存在だ。
それは彼が、クローデの次に出会った二人目の人間だから、というだけではなかったようだった。

「ねえ。ミハイルはベックに僕のこと、カエサゴだって話したんでしょう? どうして分かったの? もしかして、尻尾と耳が見えちゃってたけど、気づかないフリしてくれていたの?」

親身になってくれる彼だからそう考えたのだが、彼は首を横に振った。そしてこう答えた。

「いや、違うよ。すぐにね、匂いで分かったんだ。近くに仲間がいるって。カエサゴがね」

にこりと申し訳なさそうに笑うミハイルに、僕もクローデも異変を感じ取る。
仲間……?

「……どういうことだ? ミハイル、お前……」
「うん。俺実は、カエサゴなんだ。黙っていてごめんね、二人とも」

僕達は驚きで口を開けたまま向き合う。しかし隣の大男ベックだけは顔色を変えていなかった。それどころか、あくびをしている。

「本当にミハイルもカエサゴなの? でも、耳も尻尾もないし、匂いもしないよ。どうなってるの?」
「ええと、俺は人間とのハーフなんだ。母親がクサゴで、父親が人間でさ。皆知ってると思うけど、ここのセンター長の。……とにかく、人化したときの獣耳はないんだけど、尻尾はあるよ。一応な……」
「ああ、一応な、すげえ遠慮がちのやつ」
「う、うるせーな! バラすなよ、ベック!」

ミハイルが顔を真っ赤にして隣の仲間に怒っている。僕は、とても混乱したけれど、その後も話を聞くうちに彼が本当の事を言っている、ということが飲み込めてきた。

彼は人間と獣の混血で、カエサゴに変身も出来るらしい。普段はほぼ人の姿で暮らしているが、幼少期と少年期にしばらく森で過ごした経験もあるらしく、かなり特別で貴重な存在のようだ。
家族と知り合いのカエサゴ以外では、ベックだけがこの秘密を知っていて、二人の仲は親密なようだった。

「だから、こいつは俺の友人だから、口は悪いけど固いから安心して。誰にも言わないよ。俺は……その、君たちのこと話しちゃって悪かったけど、やっぱり心配だったというか、気持ちが少しでも分かるからさ」
 
彼はそう言ってまっすぐ僕に向き直り、自身のことを少しずつ話してくれた。

「オルヴィ、俺も昔、どうやって生きていくべきなのか分からなかった時があったんだ。母さんが亡くなったあと父親に引き取られて、人間として生活してたけど、獣としての感覚も残ってて。森で暮らすのも自分らしくて楽しかった。苦労はあったけどね、助けてくれる人もいたから。……でも俺は、やっぱり父さんと離れたくないなって思ったんだ。ずっと人間として生活することになったとしても、近くにいたいと思った。だから、オルヴィにとっても、一番大事だと思う人がそばにいてくれたらなってさ。……出会ったばっかりで偉そうだけど、そんな風に願ってたんだよ」

彼がそう伝え終えると、僕の胸はぎゅうっと締め付けられた。ミハイルの大切な人はお父さんなんだ。僕がクローデに感じる気持ちと重なるみたいに、彼は大事な人のそばにいることを選んだのだと知り、胸が熱くなる。
もちろん、子供の自分が想像しても大変なことがたくさんあったと思うけれど。

「ミハイル、ありがとう……。僕、ちゃんとミハイルの気持ち聞いたよ。外の世界も見てみたいなって気持ちはある。でも、クローデとも一緒にいたいな。それってわがままなのかな。……やっぱりクローデが僕のいる場所なんだって、感じるんだ」

そう呟くと、体が急に分厚い胸の間に閉じ込められた。
息が苦しくなるぐらい抱きしめられて、クローデの大好きな匂いを吸い込むと途端に気持ちよくなり、暖かくなった。

「もういい、オルヴィ。分かった。俺もお前と離れるつもりはねえ。だから心配するな。お前のことも、お前の居場所も俺が守る……ここにいればいいんだ」

見上げて潤んだ目元を優しく拭われて、僕らはしんみりして抱き合った。
僕達のこと、見つかってしまったけど、反対に強い二人の繋がりも見えてきた気がする。

「はっ。別に俺らは、お前らをいじめようとしに来たわけじゃねえからな。なあミハイル」
「なんだよ俺らはって。お前は勝手に入ってきたんだろ? 俺はオルヴィのことが気になってーー」
「はいはい。とにかくだ。クローデ、あとチビ。センター長には見つからねえように気をつけろよ。あの人はカエサゴ命だからな。森に返されちまうぞ? なあ息子もそう思うだろ」

ふん、とびっくりされるようなことを忠告されて、僕はまた怯えてクローデの胸に掴まった。しかしミハイルは「父さんはそんな強引な人じゃないよ」と呆れていた。

彼の父親だしカエサゴを保護してくれる優しい人間だから大丈夫、そう思っていたけれど、僕にはまだ皆にも言っていない一番の願いもある。だからいっそう気を引き締めることにした。



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