俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼  94 師匠の家にて

休暇を終えてソラサーグ聖騎士団の領内へと帰ってきた俺は、名残惜しくもクレッドと別れ、そのまま仮住まいの家へと向かった。
きっと弟子と使役獣が俺の帰宅を今か今かと待ち構えているはずだ。ふっ可愛い奴らめ。若干の浮かれ気分で玄関の扉を開けた。

「ただいまー! お前たちのセラウェ様が今帰ったぞっ!」

荷物を引きずりながら廊下へ駆け込み、居間へと向かう。だが家の中は静まり返り、どこの部屋を確認しても、完全にもぬけの殻だった。

「え……? オズ? ロイザ? なんで誰も居ないんだよ……」

弟との休暇によって幸せな気分一杯だった俺の心に、途端に絶望が襲ってきた。
弟子のオズは一足先に奴の実家から帰り、師匠の家にロイザを迎えに行ってくれてるはずなのに。
まさか二人とも、しがない魔導師の俺にとうとう愛想を尽かせ、出ていってしまったんじゃ……。

脳内がぐるぐると混乱で渦巻く中、俺はとりあえず師匠の元に向かうことに決めた。
あの男なら何か事情を知っているかもしれない。一旦精神を落ち着かせ、自らの転移魔法を詠唱した。






人里離れた山奥にある師匠の家を訪れるのは、奴が弟の騎士団に捕まった時以来だ。
クレッドがめちゃくちゃに破壊した玄関は綺麗に直されており、落ち着いたシックな色合いの住居は、中で暮らす怪しげな妖術師とは不釣り合いのように見える。

「おい師匠、開けてくれ! 弟子の俺だ!」

ドンドンと扉を叩くと、何故かそこから予想外の人物、いや正確に言えば獣が出てきた。俺の白虎の使役獣ではない。
黒い髪にぎらついた黒い瞳、半袖のシャツから小麦色の筋肉質な肌を覗かせた、あいつーーつうかなんでナザレス(人型)が普通に出てくんだよ。

「な、なっ、お前……」

俺は一見慌てふためいていた。だが実は今、少しばかりの余裕がある。
もしこいつが襲いかかってきたとしても、師匠から授かった呪文により、奴をすぐに黒獣へと獣化させる事が可能だからだ。
ふふふ……おそらく不気味に笑う俺の前で、ナザレスはパアっと顔を輝かせた。

「セラウェ!」

ほら来たか。俺はとりあえず腕を広げてきた奴の抱擁を身を屈めてかいくぐり、スッと扉を抜けることに成功した。
廊下をスタスタと歩いていくと、黒獣が足音を響かせて追ってくる。

「なんで逃げんだよ、おい! 待てったら!」
「魔法をぶっ放されなかっただけマシだと思え。つうか黒うさぎはどこだよ?」

俺は暗に奴に獣化しろよと促した。可愛らしい小動物の姿ならば、俺の方から抱き上げてやっても良かったのに。けれど奴からは意外な返事が返ってきた。

「俺はこの家では何故か人化させられてんだよ。あの男、動物が嫌いらしいぜ」
「マジかよ。あのおっさん、お前にもそんな事強要してんのか」

師匠の趣味にはほんとに辟易とする。可愛い動物よりムキムキの男の姿のほうが良いというのか? 俺が言える事かどうかは知らんが、全然理解できない。
でも待てよ、ということはロイザもーー

心配しつつ居間に出ると、そこには何故か師匠の姿はなかった。だが部屋の隅に座り込んだロイザがいる。褐色肌の人型で、顔をうつむかせ物憂げな表情で窓の外を見つめていた。
え……なんか可哀想な感じに見えるんだけど。

俺は慌てて駆け寄り、使役獣のもとに跪いた。

「お、おい。ロイザ、大丈夫か? ごめんな、遅くなって。つうかオズはどうした?」

ちらっとこっちを見た灰色の瞳を真っ直ぐに捕え、真摯に話しかける。すると奴は目を見開いた。
そして俺の肩をがっしりと両手で掴み、今にも襲いかかりそうな目つきで迫ってきた。

「ちょ、どうしたんだお前! 落ち着け!」

俺は使役獣の額に手を当て、ぐいっと押しのけた。するとロイザの動きはぴたりと止まり、再び床にすとんと腰を下ろした。
なんか目が虚ろで、あまり元気がないように見える。そんなに師匠の家でひどいストレスに晒されたのか?

「セラウェ、早く魔力を……くれ」
「……えっ。ああ。分かった。すぐあげるから、待ってろ」

予想通りの言葉ではあったが、切羽詰まった様子の使役獣に内心驚いた。すぐに魔力供給の準備をし、申し訳ない気持ちを込めながらも、丁寧に詠唱する。
魔力の循環を体内に感じつつ、たっぷりと与えることが出来たように思う。
っはあ、と苦しそうに息を吐いたロイザだったが、数秒経つと、あからさまに眉間に皺が寄せられた。

「……まずっ……」

おい今なんつった、こいつ。普段は堅苦しい雰囲気で喋る使役獣から、砕けた表現で素直な感想を述べられ、心の中で舌打ちをする。

「お前なあっ、久々に会った主に対してお世辞でも『ああ美味しかった。ご馳走さま』とか言えないのかッ」
「俺に嘘をつけと言うのか? 随分と不実な主だな」

うつむいていた顔を上げ、途端にいつもの調子で減らず口を叩く白虎の使役獣。
まあ一週間留守番をしてくれたし、俺だって感謝はしてるけどね……。

「はあ。まあいいや。つうかロイザ。師匠はどこだよ」
「グラディオールなら風呂に入っているぞ。俺達は数時間前にこの家に戻ってきた。数日間ほど遠出してたからな」
「え、どこに? お前まさか、また師匠の戦闘に付き合わされてたのか?」
「まあな。それはいいんだが……場所は……俺にはよく分からん。お前の後ろに立っている呪術師のほうが詳しいだろう」

使役獣の言葉に悪寒が走った。俺の後ろに、何だってーー?

振り向くと、灰色のローブをまとったあの麗しい銀髪の少年が立っていた。
いや実際には少年じゃないのか、師匠の呪いによって若返ってしまった俺の同僚、呪術師のエブラルだ。
あり得ない状況下において笑顔で見下ろされ、俺は顔を引きつらせたまま立ち上がった。

「え、エブラル。お前居るなら居るって、教えろよ。気配断つなよ」
「すみません、セラウェさん。でもあなた、全く私に気づかないんですね。ずっとソファに腰掛けて、お二人のやりとりを眺めていたのに」

いや全然目に入らなかった。魔法で姿を消していたと言われたほうが納得出来るぞ。本当に不気味な奴だ。
ふとソファに視線をやると、ナザレスが動揺している俺のことをニヤニヤと見つめていた。
この四人の妙な組み合わせ、不穏過ぎる。

「セラウェ。この男、俺に獣化しろとしつこいんだ。何とかしろ」
「え、私しつこかったですか、ロイザさん。どうしても白虎の姿が見たくなってしまったんですよ」
「ふざけるな。お前に本来の姿を晒すつもりはない。俺の本能が拒否している」

獣姿ならば唸り声を上げていそうなほど、苛ついた面持ちで使役獣が威嚇している。対して呪術師は若干気圧されたかのように苦笑していた。

確かにエブラルの膨大な魔力量は師匠にも匹敵し、その実力も恐らく拮抗しているのだろう。ロイザが恐れるのも分かる気がする。

「おい呪術師、そいつはプライドが高えんだよ。お前が興味あんなら、俺が獣化してやってもいいぜ?」

ナザレスが自信有りげに述べる。でもお前弱々しい黒うさぎじゃねえか。
俺が脳内で突っ込んでいると、エブラルは珍しく小馬鹿にするように鼻で笑った。

「結構だ。私はお前には関心がない。以前のような黒獣の姿ならまだしも……何故メルエアデは価値あるお前の幻影を、このような嘆かわしい物体へと……」

腑に落ちないといった表情で顎に手を当て考え込んでいる。いや完全に俺のせいっていうか好みなんだけど。まあ師匠が考えてくれたっぽいんだけどな。

そんな中、居間の扉の奥から、廊下をドタドタと歩く足音が聞こえてきた。
ああ、これはあの男だ。何年かこの家で共に生活していた為、不本意ながら耳に染みついてしまっている。

バタン!と扉が開かれると、やはり予想した通り、風呂上がりで黄金色の髪を濡らした師匠が立っていた。
前のように全裸じゃなくてほっとする。

「あ? セラウェ、お前こんなとこで何してんだ。……あっ、帰ってくんの今日だったっけか?」
「そうだよ師匠。つうかなんでまだロイザここにいるんだよ。オズのやつどうした?」
「ああ、オズから魔法鳥で伝言があってな。実家の農家が急に人手不足になったんで、帰るの数日遅れるって話だったぞ」

そうだったのか。昨日俺もちょっとした農作業やってたが、あいつの家は広大な耕地を持つ本物の農家だ。普段は決して約束を反故にしない奴だし、事情が事情だから仕方がない。

「そっか。じゃあ世話になったな、師匠。ありがとう。バイバイ」

俺はロイザの手を引き速攻家へと帰ることにした。すると目の前に鋼の肉体を持つ巨体が立ちはだかった。恐る恐る見上げると、琥珀色の瞳をにやりと細める師匠と目があった。

「もう帰んのか? 待てよセラウェ。なんなら夕食ーー」
「作んねえぞ。俺旅行帰りで疲れてんだ。あ、そうだ。ナザレスにご飯作ってもらえばいいんじゃねえか、はは」

ソファに座った黒獣に目をやると、偉そうに足を広げて寛いでいた。

「ああ? 俺にそんなこと出来ると思ってんのか、セラウェ。獣だぞ? あんた可愛いけど頭ん中お花畑だな」

この野郎、調子乗りやがって随分辛辣な事言うじゃねえか。血管が浮き出そうになると、師匠が呆れた顔を向けてきた。

「こいつはあくまで戦闘用だ。俺の飯を上手に作れるのはお前だけなんだぞ? なあロイザ」

なんでそこで同じく白虎の獣に同意を求めんだよ。俺は握ったままのロイザの手を思い出したように離した。
すると不思議そうな顔で見返された。

「セラウェ、早く帰ろう。ここにいても時間の無駄だろう」
「ああ、そうだな。もう行こうぜ」
「おい待てよバカ弟子、もうちょっとゆっくりしてけ」

師匠に引き止められるが、俺は無視して玄関へと向かおうとした。これ以上ここにいても嫌な予感がするだけだ。けれどまたナザレスが余計なことを言い出した。

「そうだよセラウェ、つうか俺もあんたの家また連れてってくれよ」
「てめえはここにいんだよ、誰の使役獣だと思ってんだ」
「やだよ、あんた人使い荒いだろ。戦闘用とか言って無茶な訓練やらせやがって」

なんだこの二人、結構仲良さそうにやってんじゃねえか。
呆れながらも使役獣と一緒に進もうとすると、今度は目の前に不満げな顔をした小柄な少年が立ちはだかった。あ、こいつの存在完全に忘れてた。

「……何故皆して私のことを無視するんだ。ずっとそこにいたんだぞ……!」

怒ってはいるようだが、美しく可憐な顔立ちにおいてはそれほど怖くない。
いや、こいつは魔術師としては恐ろしい奴だったよな。

「あ。ごめんごめんエブラル。なんか師匠に話あんだろ? 邪魔したな、ごゆっくり」
「なんだお前、まだ俺の家に居たのかよ。あんだけ戦闘に付き合ってやっただろうが。続きはまた今度にしてくれ」

師匠が手をひらひらさせ追い払うような素振りをすると、何故かエブラルは俺の方に歩み寄った。不気味な藤色の瞳にじろじろと見つめられ、息が詰まる。

「セラウェさん、あなたからも何か言ってやってくれませんか、この無法者に」
「えっ俺? うーん……お前には悪いけど、俺にも手に負える男じゃないっていうかね……」
「冷たいな。あなたなら、私の気持ちを分かってくれると思ったのに……」

ちょ、どういう意味だよ。やけに真剣味を帯びる大人びた声質にドキリとする。

「だって私たちは同じ境遇ですよね? セラウェさん。同じ苦しみを味わっている、言わば同志のようなものじゃないですか」

にこっと笑いかけられ、戦慄した。
何の話をしているんだ? 俺達が単なる師匠の被害者同士であるというトーンではない気がした。
勿論その物言いを俺の師匠が見逃すはずはない。

「てめえエブラル、何企んでやがる。弟子に手出したら承知しねえぞ」

低い声で脅す師匠の険しい顔は本気の形相だった。しかし呪術師は怯む様子なく、俺の腕をがっしりと掴んだ。

「セラウェさんは私の大切な同僚だ。彼の身の安全を守るように、ハイデル殿から任されてもいる。お前のように危険な目になど合わせるものか」

ぎりぎりと腕を掴んだまま言われても説得力がない。睨み合う二人の殺気立つ気配に恐れをなした俺は、震えながら口を開いた。

「あの、俺もう帰りたいんだけど……喧嘩なら二人でやってくれる? つうか友達ならあんまり喧嘩とか止めとけよ……」
「そうですね。じゃあ一緒に帰りましょう。どうせ帰るとこ同じですし、ロイザさん共々お送りしますよ。……ではまたな、メルエアデ。お前にはいつか必ず私の呪いをといてもらう。覚悟しろ」

完全に二重人格じみた捨て台詞を吐いて、呪術師エブラルは高速で転移魔法を詠唱し始めた。
その完成度は見事としか言いようがなく、あの師匠でさえも妨害出来ないほどだった。

いや感心している場合ではない。何故ならこの後得体の知れない呪術師によって、再び懐かしの窮地に陥ってしまうのは、やっぱりこの俺なのだから。



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