俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 95 呪術師と兄弟

呪術師エブラルは自らの転移魔法により、俺と使役獣を望む場所へと連れ去ってはくれなかった。
いや正確にはある意味望んでいたともいえる、この部屋にいる弟の顔が見れたのだから。でも出来ればこんな物凄い形相のクレッドではなく、いつもの柔らかい笑顔が見たかった。

「兄貴、どういう事だ。さっき別れたばかりのはずだが……なんで呪術師と一緒に、俺の部屋に……」

普段冷静な弟が混乱した様子で、途切れ途切れに口にする。
ここは騎士団領内にある団長室だ。今日までは休暇中のはずだが、奴はもう騎士の制服に着替え、机上で書類の整理を行っていた。

「あ、ごめん。仕事中だった? 間違っても俺のせいじゃないんだ。こいつのせいでいきなりお前のとこにーー」
「そうですよハイデル殿。私が用があるのは、実はあなたなんです。けれどセラウェさんがいた方が、話がスムーズだと思いまして」

隣に佇むエブラルが突然の訪問について謝罪もせずに、弟に微笑みを向けている。だがどこか目が笑っていない。険しい顔つきの弟から発せられる殺気と相まって、またもや空気がひりついている。

「俺に話だと……? そこの白虎は必要なのか」

呪術師への苛立ちを隠そうともせず、そのまま俺の隣に立つ使役獣に厳しい視線をやった。
無表情だったロイザの眉がぴくりと動いたのを見て、背中にだらりと汗を感じた。

「おい小僧。お前、俺の主との休暇を随分楽しんだようだな。セラウェの味で分かるぞ」
「……なんだと、貴様……またそういう下らんことを言うつもりか」
「文句を言って何が悪い。俺はあまり羽目を外しすぎるなと忠告しているんだ。主の体が心配だからな」
「ああそうか。だがお前が心配する必要性など微塵もない。俺は兄貴の体にいつも気を使っているからな」

もはや恒例行事とも言える二人の小競り合いなのだが、今日は笑っていられない。
意味深な言葉の数々に、久々に頭がぷっつんと切れそうになった。何も俺の同僚の前でそんなこと、言い出さなくてもいいんじゃないか。

「い、いい加減にしろお前ら、恥ずかしいだろッ!」

俺は顔を真っ赤にして奴らの口論を止めた。すると二人の視線が一斉にこちらに向けられた。クレッドはとくに驚愕の面持ちで俺を見ている。

「あ、兄貴? どうしたんだ?」
「どうしたじゃねえ! もうこういうの止めろよ!!」
「分かった、悪かった。ちょ、ちょっと声抑えて、誰か来るだろ」

焦りながら俺をなだめる弟の手を振り払い、俺はロイザの胸ぐらを掴んだ。下からキッと激しい表情で睨みつけ、主としての優位を示そうとする。

「お前も余計なこと言うな、早く獣化しろっ」
「断る。呪術師の前で獣化する気はないと言っただろう」

反抗的な使役獣の態度に余計に血が上り、俺は奴の額に手を当て強制的に言霊を放った。俺の命によりロイザは人型から、またたく間に白虎の姿へと変化を遂げる。

急に目線が低くなった奴の白い毛並みを、しゃがみ込んで優しく撫でた。無垢な灰色の瞳は何か文句を言いたげな光を放っている。

「……酷い主だな、お前は。ちょっとした虐待じゃないのか」
「しょうがないだろ。たまにはこういう躾も必要なんだよ」

使役獣には悪いが、弟の前では白虎の姿でいてもらったほうが俺の心も平穏を保てる。まあ、早くもふもふを確認したかったというのもあるが。

「ああ、素晴らしい。思った以上に美しく高貴なお姿ですね。ロイザさん」
「……ふん、邪悪なお前に言われても嬉しくないな」

静かに様子を眺めていた呪術師の感嘆が漏れると、白虎は不本意だと言うように苦々しい声音で答えた。
俺はそんな二人のやり取りを見て溜息をついた。なぜ使役獣も連れて弟の部屋に入ってしまったんだろう。

「それで、クレッドに用って何なんだよ。話次第では俺も黙っちゃいねえぞ」

エブラルに鋭い視線をやり牽制する。すると反対ににこりと笑顔で返された。

「その前に、立って話すのもあれなので皆さん座りませんか。長話になってしまうと思うんですよね」
「おい我が物顔で振る舞うな。ここは俺の部屋だぞ」

低い声で釘を刺す弟に呪術師が苦笑する。
一体何が始まるんだ。戦々恐々としながら、俺達は団長室の中央にあるソファへと移動した。

俺達兄弟が並んで座り、机を挟んだ向かい側に不気味に笑うエブラルがいる。俺の隣の床下には、ロイザが行儀よく横たわっていた。

「先程のお話を聞いてて確信したんですが、ロイザさんもご存知のようですね。あなた方二人のご関係を」

何の前触れもなく呪術師がそう言い放った瞬間、辺り一体が不穏な空気に包まれた。
奴特有の禍々しく淀んだ気配が充満している。初めて出会い脅された時に感じたものと、全く同じのーー
おい俺達二人の関係って、何のことだよ。

「ど、ど、どういう意味だ。俺達が兄弟であることは周知の事実だろ。ロイザが知らないわけないだろ。なあクレッド」
「……ああ、そうだな。エブラル、貴様何が言いたい」

弟は完全に訝しげな表情で呪術師を見据えている。

「何を言ってるんですか。あなた方お二人は、兄弟以上のご関係じゃないですか。私、全て知ってるんですよ」

少年の二タリと嫌らしい笑みを前に、頭が真っ白になった。こいつはおそらく嘘を言っていない。今までの経験から身をもって感じる。
恐る恐るクレッドを見ると、奴は感情を示さない冷たい瞳で呪術師を捕らえていた。

「それはつまり、俺の呪いのことを言っているのか」
「ええ、そうです。お二人とも、私に負けず劣らず、強烈な呪いを受けているようですね」

ちょっと待て。何平然と話しちゃってんだ、こいつらは。
というか何故エブラルが俺たちの呪いのことをーーいや、そういえばこの呪術師は俺と最初に会った時、すでに弟の呪いに関して知っている風だった。でもどうやってその内容まで……

「エブラル。ちょっとお前が何言ってんのか分からないんだけど、一応聞いとくわ。どんな呪いだと思ってるんだ?」
「今言ったでしょう。お二人が兄弟以上のただならぬ関係になってしまう呪いですよ」

はっきりと口にされ、言葉を失う。
おいここにはロイザもいるんだぞ。おそらく使役獣は俺とクレッドの関係に気がついてはいるが、呪いのことまでは教えてない。
ちらっと様子を窺うと、奴は興味がなさげに至って普通に毛づくろいをしていた。

「貴様、どうやってそれを知った?」

弟が静かな声で尋ねた。だが俺は思わず奴の服を掴み、その行動を制止しようとした。

「お、お前なに簡単に認めてんだ。頭おかしいんじゃないのか、こいつはイカれた呪術師だぞ。どうせ俺達をまた脅そうとしてるんだ」
「落ち着け、兄貴。俺は冷静だ。この男にバレたところで問題はない。俺も奴の弱みを握っているからな」

平然とのたまうクレッドに、言おうとしていた言葉が引っ込んだ。
いやいやいや、俺達兄弟の禁じられた関係が他人に知られてしまったんだぞ。どうやったらそんな強靭な精神力保てるんだよ。

「ナザレスですよ。彼に尋問する際、私は口寄せの術を使って記憶を探ったんです。いわゆる催眠状態にして、自分の意のままに知っている事を喋らせたのですが。すると偶然にも、彼の主である炎の魔女タルヤが、死に際にハイデル殿に残した呪いについて知ることが出来まして……」

神妙な面持ちで話す呪術師ではあるが、俺はその台詞を聞いた途端、腹の底から大きな怒りが沸いて出た。

「てめえ、あん時ナザレスから何も聞き出せなかったとか言ってたの、嘘だったんだな! やっぱ全部知ってたんじゃねえか!」
「もちろん嘘ですよ。私の口寄せに暴けないことなんてありません。ですが、ナザレスの正体はあなたにとって個人的なことだと思いましたし、呪いの内容があまりにアレだったので、セラウェさん本人に確かめてもらうのが一番良いと思ったんです。私の親切心じゃないですか」

この野郎、いけしゃあしゃあと……。
拳を握りしめていると、クレッドに肩を抑えられた。興奮する俺をなだめようとしてくれているのか。
だが依然として腹の虫がおさまらない。勢い余ってもう呪いのこと認めちゃったしな。

「なるほどな。ではエブラル、お前は呪いの内容について全てを知っているのか」
「全てではありません。とはいえ、私も呪術師ですからね。そもそもハイデル殿の呪いについては、タルヤの死後その気配に薄っすらとは気がついていました。しかしナザレスの尋問で内容を知った後、ちょっと腑に落ちない事がありまして。だいたい男と百回性交という呪いですが、本質的にはーー」
「うわあああああ!!」

俺は呪術師の淀みない考察が始まりそうな気配を感じ取り、思わず大声を上げた。
するとあろうことか、いきなりクレッドの大きな手に口をがばっと塞がれた。
なんだその暴力的行為は? 睨みつけると、あくまで真面目な表情を向ける弟にゆっくりと口を解放された。

「何すんだお前っ」
「さっきから声がでかいぞ、兄貴。恥ずかしいのは分かるが真剣な話だ。もうちょっと冷静になってくれ」
「……なんだと。どうしてお前はそんな落ち着いてられんだよ! お、お、俺達のアレが……話題になっちゃってるんだぞッ」

控えめに声を上げて反論したが、何故かクレッドは眉を下げて、俺を憐れむような目で見つめてきた。

「兄貴。俺だって本当はこんな奴に、兄貴との大切な……時間について話したくはない。だが呪いについてはまだ全て解明出来てないだろう。媚薬のことだってそうだし、もし兄貴に何か悪影響があるのなら俺は、どんな手を使ってでも防ぐつもりだ」
「……クレッド……」

真っ直ぐと誠実な眼差しで俺に語りかける弟。なんて心強い言葉なんだ。……でもなんか今、媚薬とか言ってなかったかこいつ。おいふざけんじゃねえぞ。
固まる俺を静かに横から見ているエブラルは、興味深そうな顔つきをしていた。

「そうですか。私の想像ですが、お二人には呪いを介してなにか催淫成分のようなものが……おそらくハイデル殿から放出される精ーー」
「頼むエブラルもうそれ以上は止めてくれ。俺の精神が危うい。また今度にしてくれそういう話は」

呪術師の言葉にかぶせるように、俺は必死に懇願した。いくら真面目な話だとしても、そんな言葉、他人の口から絶対に聞きたくはない。

「エブラル、兄貴は恥ずかしがりやなんだ。言葉には気をつけてくれ」
「……はあ。まあ良いですけど。でもセラウェさん。あなたも魔導師なら、いかがわしい呪いのことだって少しは耳慣れてるはずでしょう」
「お前な。いざ自分がその立場になって見ろよ。そんなアケスケに話せるわけねえだろうが」

しかも相手は弟だぞ。この呪術師、とくにその事に突っ込んでこないけど、頭平気か。
俺が言うのもなんだが、やっぱり魔術を嗜む人間って倫理観とか飛んじゃってるよな。師匠もだけど。

気を紛らわすかのように、床に腰を下ろしている白虎の毛並みに手を伸ばした。
使役獣がおもむろに頭を上げて見つめてくる。

「セラウェ。大丈夫か?」
「大丈夫じゃねえよ。たぶん今日はやけ酒するぞ」
「それはお前の勝手だが、精神をすり減らすのは止めろ。俺にも影響が出る」
「分かってるよ。でも流石に平常心ではいられないだろ」

ああ、もうロイザにも呪いの内容までバレちゃったのか。俺は若干気まずさを感じていたが、人間でない使役獣のいつもと変わらない様子に、だいぶ救われてもいた。

「それで、腑に落ちないこととは何だ」
「その事なんですが。宜しければ、私もなにか呪いに関して、お手伝いが出来ないかと思ったんです。知り合いに適任の魔術師がいるんですけど、その方ならきっと呪いの解明に力を貸してくれると思いますよ」

手伝い? 力を貸すだと?
常に裏のある呪術師の言葉をそのまま鵜呑みにする俺ではない。
前の机に両手をつき、ぐいっと身を乗り出した。

「へえ。誰だよその魔術師って。つうかお前、絶対交換条件とかあるだろ。たぶんだけど、師匠から受けた呪いのことで俺を利用しようとか思ってんだろ」

俺の指摘に、エブラルはくくく、と怪しげな笑いをこぼした。途端に怖気が襲う。

「まあそれはそうですけど。無事にあなた方の呪いが解明されてからでいいですよ。そうそう、魔術師というのは、炎の魔女タルヤの親戚なんです。甥のアルメアという男なんですがね。私の古くからの呪術仲間でもあるんですよ」

銀髪の少年エブラルは、にこりとあどけない笑顔を見せた。
俺は奴が何気なく口にした『アルメア』という名を耳にして、卒倒しそうになった。
何故なら俺達兄弟は、ほんの数日前にその魔術師に会っていたからだ。

「あいつ、タルヤの甥だったのかよ……」

俺はぼそっと呟いた。しかもよりにもよって、エブラルの知り合いだとは。
でも、と言う事はこの教会の敵なんじゃないのか? そんなに近い血縁ならば、魔女を始末したクレッドと呪術師のことも恨んでるのではーー

「そういうことか。タルヤの居場所はお前が見つけたんだったな、エブラル。……思うに、その魔女の血縁、アルメアの密告によるものか」

そんな俺の疑問をよそに予期せぬ見解を示したのが、クレッド本人だった。冷えた目で呪術師を問いただしている。

「その通りです。彼の希望もあり、この事は今まで誰にも教えてなかったのですが。アルメアは魔女を憎んでましたからね。きっとお二人の呪いのことも、親身になってくれるはずですよ」

はは。それはどうだろう。あいつ優しく相談に乗ってくれるタイプには見えなかったけどな。
でも、だから弟に興味を示してたのか。呪術師だというのなら尚更、やっぱり呪いのことに感づいていたのかもしれない。

「どうする、クレッド。大変なことになってきたな。……あいつに会うのか?」
「ああ。気乗りはしないが、仕方がない。呪いの為だ」
「だよな。俺も気合い入れるから。一緒に頑張ろうぜ」

決意を込めて述べると、弟は若干困ったような顔をした。人前なのに頭に手を置かれ、そっと撫でられた。
おいいくら俺達の関係がもうバレてしまったしても、時と場所を考えろ。

「でも兄貴、たぶんまた恥ずかしい思いすると思うぞ。耐えられるのか?」

心配そうに尋ねられ、一瞬考えた。
そんなの耐えられないに決まってる。でもこれは二人の呪いなんだ。
この先どんな羞恥を受けることになろうと、力を合わせて解決しなければ。

強い思いを胸に、俺は弟に向かって顔を頷かせた。



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