俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 89 魔術師の少年と宝石 -家族編4-

アルメアと呼ばれた魔術師らしき少年は、唖然とする俺達兄弟のことを一瞬視界に入れた。だがその冷酷な瞳がカウンター上の宝石に向けられると、すぐにこちらへと歩み出した。
少年の纏う禍々しい気配に、俺達一同はすぐに椅子から立ち上がり、動作を注視する。

「なんだ。もう全部あるじゃないか。十粒か、ちょうどいい。金貨二百枚といったところだな」

そう言って纏っている黒いローブを探り、中から大きな袋を取り出した。ジャラジャラ言わせてこれみよがしに机上にバラまく。
大量の金貨で埋め尽くされたカウンターを見て、俺はやっと我に返った。なんだこの横柄な金持ちのクソガキは。

「あのーボク、この宝石はね、俺達がすでに一粒譲ってもらうことになってるんだわ。悪いんだけど、九粒で我慢してくれる?」

一応年上だから柔らかい口調で下手に出たつもりだったが、少年の形良い唇から放たれた言葉は、俺の真摯な態度を綺麗に打ち砕くものだった。

「何? 君、僕に話しかけてるの? 初対面で馴れ馴れしいな。このピンクハートはもうすでに僕のものだよ。そうだろう、宝石商」
「はっ、はい。勿論でございます。全てアルメア様にお譲りしますので、どうかお許しをーー」

淀みない少年の念押しに店主は即答した。おい、なんだその華麗な身の翻し方は。このジジイ子供相手にへーこらしやがって。

「おい、あんた! 約束が違うだろ、俺達が先に来たんだぞ!」
「は、はあ。申し訳ありません。この方は古くからのお得意様でして、私にはどうすることも……。あ、でしたらアルメア様のご購入後に交渉して頂ければーー」
「何適当なこと言ってんだ、ふざけんじゃねえぞッ」

俺は我慢できずに猛烈な勢いで店主に迫った。すると後ろからがしっと肩を押さえつけられた。
振り向くと、予想通りクレッドが冷静な顔つきで俺を見下ろしていた。

「兄貴、落ち着け。憐れだがこの男には選択権がないようだ」
「でも……どうすんだよ、俺の宝石が……!」
「セラウェ、お兄ちゃんに任せろ。騎士として交渉術は心得ている。俺の長年の経験を今こそ見せてあげるから」

それまで静観していたシグリットが大仰に宣言し、少年の前に立ちはだかった。

「坊や、俺たちは大切な祖母への贈り物にどうしてもピンクハートが必要なんだ。ちょっと聞きたいんだが、そんなに大量に購入して何に使うんだ?」
「そんな事おじさんに関係ないだろう。祖母へのプレゼント? はっ。僕家族とか居ないし、情は通用しないよ」
「お、おじさん……? そこはお兄さんでいいんじゃないか。でもそうか、君家族が……ということは一人で暮らしてるのか?」
「なんだよ、同情は要らないから。別に平気だよ。僕には執事と十人のメイド達がいるからね。ふふ、このピンクハートは彼らにあげるんだ」

関係ないと言いながら、アルメアは満足げに宝石の使い道を口にした。ガキのくせにそんなに多くのメイドを所有しているのか? 小奇麗な顔していかがわしい奴だ。

「なあなあ、メイド達の好みも聞かずに皆同じネックレスじゃ、絶対不満に思う子いると思うんだよなあ。ちょっと差をつけたほうがいいんじゃないかな?」
「好みなんかどうでもいいんだよ。こんなのただの自己満足なんだから。僕に口出ししないでくれる?」
「どうでもいいって言うならもっと安い適当なやつにしろよ。なあ頼むから一個ぐらい俺達に譲ってくれ」
「しつこいな、何なんだ君たち。……ねえ、そこの静かな美形の人。なんで一人だけ黙ってるんだ?」

うんざり顔で言う少年の矛先は、俺とシグリットの後ろに佇む弟に向けられた。

「怖い顔してずっと僕のこと見てるから、君の考えが気になってきたよ」
「……お前の望みは何だ? 譲る気が全く無いようには見えないな。さっきから会話を楽しんでる様子だ」
「まあ間違ってはないかもね。僕っていつも人から避けられちゃうから」

少年は幼い顔に不似合いの嫌らしい笑みを浮かべると、急にクレッドに近寄っていった。かなりの身長差がある騎士を見上げ、じろじろと見る。そして何を思ったか、突然小さな手を弟の胸元にぴったりと這わせた。

「おや。君、禍々しい力が感じられるな……僕にもよく覚えがある」

顔を凍りつかせ体を強張らせたクレッドの前に、俺は勢いよく割り込んだ。ローブから伸びた少年の白い手首を強く掴み上げると、膨大に感じる魔力量の多さに瞬時に気分の悪さを覚える。

「こいつに触るな。何するつもりーー」

一番は魔法による発現を恐れての行動だったが、その時腕にきらりと光る金の腕輪が目に入った。細工が施された輪っかの中央に見覚えのある紋章のような、黒い双翼の刻印がある。
……えっ。この印知ってるぞ。クレッドの太ももにある入れ墨と同じものじゃないか。

おそらく顔面蒼白の面持ちのまま、俺は少年の手首を力なく解いた。すぐに弟に体を引っ張られ、背後に隠される。隣にはいつの間にか、俺の肩を抱いて心配気に見つめる兄の姿があった。

「兄貴、何かされたのか。大丈夫か」
「い、いや。何も……」
「本当か? 俺の後ろにいろ」

クレッドが視線をアルメアに向けたまま緊張が張った声で告げる。こいつはまだ気づいてないらしい。この魔術師がおそらく俺達の呪いの付与者、炎の魔女タルヤの関係者だということを。

「僕は何もしてないよ。ああ、君達兄弟なのか。なるほどね、だから両方から同じ力が漂ってるのかな?」

ニヤついて話す魔術師の台詞に戦慄する。それは聖力のことを言っているのか、それとも……
俺は平静を装い、アルメアに視線を向けた。どうするべきなんだ、本音ではすでにこいつと関わりたくない。
睨みつけていると、少年は初めてにこりと笑顔を見せた。

「いい事を考えたよ。そんなにピンクハートが欲しいならチャンスを与えてもいい。僕の遊びに付き合ってくれるならね」

楽しそうな声色で左手の魔法杖を掲げる。
うわ、やばい。こんな至近距離で何するつもりだーー嫌な予感が過ぎった瞬間、少年の挙動より先に辺り一面が真っ白な閃光に包まれた。
宝石店の小さな小屋がガタガタと揺れ始め、棚が宙に浮き上がる。クレッドが放った守護力による結界の中で、少年の歪んだ口元がはっきりと見えた。

「わああ、皆様どうかお許しを! 戦いなら外でやって下さい!」

緊張感の中に店主の怯える声が響き渡る。構わず剣に手をかけた弟に向かって、アルメアは溜息を吐いた。

「勿論だ。ここには価値のある宝石がいっぱいあるんだからな。この気が早い騎士はまるで気にしてないようだが」

このままじゃ駄目だ。万が一魔術師がタルヤの血族なら相当強いに違いない。俺は咄嗟に転移魔法を詠唱しだした。クレッドが驚いた様相で振り返る。だが俺の判断は失敗だったかもしれない。

「魔術師のお兄さん、隙を作ってくれてありがとう。じゃあ三人とも僕の家に連れてってあげるね」

アルメアがにこりと年相応の笑顔で呟いた瞬間、俺達兄弟は奴の転移魔法によって飛ばされた。


※※※


目まぐるしく風景が移り変わったかと思うと、恐る恐る瞳を開けた先に待っていたのは、薄暗くおどろおどろしい雰囲気の応接間だった。
蝋燭台に灯された火が至るところに明かりを浮かび上がらせるものの、壁も床も真っ黒で窓一つない。そんな中、黄金色に輝く家具類と天井に吊るされた水晶のシャンデリアが、きらきらと存在感を放つ。

なんだこの悪趣味かつ、いかにもな黒魔術師的な棲家は。言葉通り、ここは奴の屋敷なのか?

ぽかんと立ち尽くしている俺と騎士二人をよそに、アルメアはスタスタと歩きだす。だがそこへ突然、背の高い執事らしき男が現れた。長い黒髪を後ろで結わえ、黒のスーツを纏っている。

「お帰りなさいませ、アルメア様。急にお出かけになられて心配しましたよ。……おや、珍しい。そちらの方々は客人ですか」
「そうだ。メイド達をここに呼べ」
「はい。すでに全員こちらにーーお前達、お客様をおもてなししろ」

えっ。どういう事? 兄弟で顔を見合わせていると、部屋の奥からメイド服を着た美少女達がわらわらと現れた。彼女たちは皆一様に満面の笑顔でこちらに近寄り、あっという間に取り囲まれてしまう。

「ちょっ、なんだこれ、止めさせろ、助けてッ」
「おい、離せっ、俺の腕を掴むな!」
「ははは。落ち着いてくれ君たち、そんなに慌てなくても大丈夫だよ」

焦りだす俺と弟とは違い、シグリットはやれやれと苦笑を浮かべ言うことを聞いていた。

メイド達は皆似たような顔つきだが童顔タイプの美形揃いだ。俺達はそれぞれ二、三人のメイド達に引っ張られ、応接間にある革張りのソファへと連れてこられた。
ここは言わば敵地であり相手は得体の知れない魔術師だ。使用人といえど侮れない、だが女性相手に本気で抵抗するのは気が引ける。

二人もそう思っていたのか諦めて並び腰を下ろす。向かいの席にアルメアが座り、隣に執事が佇む。後ろにはずらりと並んだメイド達がにこやかに俺達を見ていた。

「おい、どういう状況なんだ。クレッド、お前分かるか」
「分からない。俺もう帰りたい、兄貴」
「俺もだよ。なあシグ兄さん、あいつガキのくせに調子乗ってるよな、大量に美少女侍らせて」

俺達はボソボソと喋り始めた。視線が突き刺さる中、僅かでも妙な緊張感から開放されたかったのだ。しかしシグリットは思いもよらぬ事を言い始めた。

「えっ。セラウェ、お前気づいてないのか。あれ皆男の子だぞ」

ーーはい?

兄は真剣な横顔を向けたままソファの肘掛けに腕を置き、じろじろとメイド達に目をやっている。

「嘘でしょ? どう見ても美少女達じゃん」
「いや違う、明らかに美少年たちだって。なあクレッド、お前にも分かるだろ」
「……俺には全然分からない。別にどっちでもいいけど」
「ええ? もっと目を養えよ、騎士として重要なことだぞ」

すると目の前で静かに様子を見ていたアルメアが咳払いをした。一同の注目が一斉に注がれる。

「おじさん、凄いね。さすが年の功ってやつかな? 初めてだよ、一目見て彼らが男の子だと気づいたのは」
「いやあそれ程でも。本当は感触で確信したんだけどね」
「うそ。マジで男なのか……? どっから集めてきたんだ、こんな可愛くて高レベルな子たち」
「は? 今なんて言ったんだ。兄貴」

うっかり口を滑らすと、隣に座るクレッドからギロリと睨まれた。やべえ完全に地雷踏んだわ。俺は慌てて奴の肩に手を置く。

「おいおい、ただの言葉の文だって。お前が一番可愛いに決まってんだろ。はは……でもえっと、アルメア……だっけ。なんで全員男の子なんだ? まさかそういう趣味?」

動揺してたのか、自分でも愚かな質問をしたと思う。けれど少年は鼻で笑って答えた。

「そうだよ、悪い? 何その目つき。君は自分が人の性癖に文句をつけられる程の聖人だとでも言うのかな?」

結構ぶっちゃけたな。でも俺はさっと口を閉ざした。勿論俺には何も言えるはずがない。少なくとも隣の弟と近親同性のダブル禁忌犯してるからな。

「まあいい。僕は女が嫌いなんだ。……なあノイシュ、お前もよく知っているだろう」
「はい、勿論です。主のお労しい趣味嗜好は私も完全に熟知していますよ」
「なんだその嫌味な言い方は、失礼な奴だなっ」

真っ白な肌を瞬間的に真っ赤にして子供のような反応を見せる魔術師に、執事が華麗な笑みで答える。変な奴らだけど仲は良さそうだな。

「そうか。でも男の子達なら宝石なんて興味ないだろ。早く一個でいいから譲ってくれ。金は払うし、貰ったらすぐにこんな変な家出てくから」

妙な空間に痺れを切らした俺は早口でまくし立てた。するとアルメアは急に鋭い目つきを向けてきた。

「君も大概無礼な人間だね。僕は遊びに付き合えと言ったはずだが。上手く出来たらお望み通り、ピンクハートを一粒あげるよ」
「え! 本当か? すげえ聞きたくないけど、その遊びってどんなもの?」
「簡単だよ。ちょうど十人いるメイド達の中から、僕の一番のお気に入りを当ててみて。もしちゃんと当てることが出来たら、君に言われたからじゃないけど、その子にはこの宝石よりももっと良いものをあげることにしよう。いい考えだろう?」

したり顔で呟くアルメアを前に、俺は言葉に詰まった。おいそんなもん、どうやって見分けつけろって言うんだよ。互いにさっき会ったばっかりだぞ。ただでさえ俺には見抜く力が無いというのに。

でもここを切り抜けなれば、お祖母ちゃんのお使いが遂行できない。というかこの怪しげな魔女の血縁らしき魔術師から、無事に逃げ切ることも出来なさそう。

「よしいいだろう。俺が美少年たちをくまなく調べ上げてやる。覚悟しろ」

俺は決意を込めて宣言し、呆然と見つめる弟を横目にすくっと立ち上がった。



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