俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 88 三兄弟でお使い -家族編3-

「あんた達のお祖父ちゃんに交際を申し込まれた時のこと……夕焼けが映る綺麗な川べりで、そのネックレスをプレゼントされたんだよ。けどあの人ーーレオンは手がぶるぶる震えて緊張してたのか、なんとペンダントトップだけぽろっと川に落っことしちゃってねえ……二人共尋常じゃないぐらい慌てたよ」

ふふ、と懐かし気に語る俺の祖母。俺が生まれる前にすでに他界していた祖父レオンは、強く高潔な騎士だったと両親から聞かされていた為、知られざる人間らしい一面に妙な親近感が湧いた。

「ふうん。お祖父ちゃん結構ドジだったんだね。それでどうなったの?」
「あんたもっと共感しなよ。もの悲しい話だろ。……まあいいや。しばらくは私よりも遥かにショックを受けたレオンを必死に慰めたんだ。なんでもあのピンクハートの宝石は稀少なものらしくて……」

その後、祖母がつらつらと話す内容を聞いていて、だいたいの事情は把握出来た。祖父はすぐに似た宝石を入手し贈り直したというが、二人の間では苦く切ない記憶として長年語り草になっていたらしい。
そして最近になって祖母の古い友人から、ある宝石商にピンクハートが入荷された事を教えられたという。

「すごく綺麗なものだったんだよ。勿論私も初めて貰ったものだから嬉しくてねえ。出来ることなら、もう一度あれを手にしたい……セラウェ、私が生きてる内に同じものを見せてくれないか」

結構大げさな物言いしてくるな。けれど普段は強気な祖母がしんみりと頼む様子を見て、断る理由も無くなってしまった。まあ正直ちょっと面倒だけど、たまには人助けもいいか。

「分かったよ、お祖母ちゃん。俺が手に入れてくるから。トリエジア地方だよね、転移魔法で近くまで行けばーー」

そこまで言って思い出した。あれ、その地方どっかで聞いたことあるぞ。確かクレッドの呪いの印に刻まれた古代文字の発祥地のような……。げ、炎の魔女タルヤの縁の地なんじゃなかったっけ。
一瞬思考が止まったが、いやいやいや、別にだから何だよと思い直した。

「そうかい。ありがとうセラウェ。ほんとに助かるよ」

俺の言葉にニヤリと笑った祖母が気になったが、二人の交渉がまとまった所で、残りの家族たちが部屋に入ってきた。

「あら、お母さん! もう普通に起き上がって、まさか本当に治ったの? 凄いじゃない〜セラウェ」
「おお、やるなぁお前。さすが俺の自慢の弟だ」

母と兄シグリットはすぐにベッドの近くにやって来て、驚きと称賛の声を上げた。満足げに俺の魔法を説明する祖母を前に、照れるのを誤魔化すように頭を掻いた。
するとクレッドが俺の背中に手を添えて、微笑みながら顔をそっと覗き込んできた。

「兄貴、凄いな。やっぱり俺の思った通りだ」
「え、そう? そんなに褒められると、俺調子乗っちゃうかも」

ただの治癒魔法を使っただけでこれ程の称賛を浴びるとは。こいつらチョロいな。内心ほくそ笑んでいると、頑固親父にじっと見られていることに気が付いた。

「……まあ、なんだ。中々やるじゃないか」
「えっ。マジで? ……ありがとう親父」

素直に褒められたことに衝撃を受ける。相手が義母だから特に嫌味もなく大人しいのかと疑ったが、せっかくなので俺も礼を述べることにした。
そんな俺達の様子を皆が温かい目で見ていた。ただ一人祖母を除いて。

「じゃあセラウェ、頼んだよ。行ってらっしゃい」
「……は? 今から行くの? 俺今日実家に着いたばっかりなんだけど」
「でもねえ。何があるか分からないし早いほうがいいだろう。そうだ、一人で行くのは不安だろうから、そこの騎士二人も連れていきな」

なんだそれ、三人仲良くお使いしろっていうのか。俺と祖母の会話に対し、家族の頭の上には途端に疑問符が浮かび上がった。

「何の話だ、兄貴。どこ行くんだ。よく分からないが、勿論俺も一緒に行くぞ」
「お、おう。それは心強いな。でもちょっと落ち着け」

真っ先に真剣な顔で迫ってくる弟を両手で抑え込み、俺は事の次第を皆に説明した。全員が驚きの表情を浮かべていたが、反応は皆それぞれ異なるものだった。

「そんな二人の話は初耳だわ。ふふ、お父さんたら、結構おっちょこちょいだったのね」
「笑える話じゃないんだけどね、イスラ。まあいい、ルフリート。あんたの息子に頼んだからね」
「ちょっと待って下さいよ、お義母さん。その地方のことなら俺も知ってますけど、周辺には魔物がうじゃうじゃいる危険な地域じゃないですか。そんな所に息子を行かせるわけにはーー」
「うるさいねえ。あんた心配性過ぎるんだよ。もう決まったんだから黙ってろ」

三人が親密そうに喋っている。俺達兄弟は後ろからその様子を傍観していた。するとシグリットは急に俺とクレッドの前に立ちはだかった。
何故か端正な顔立ちには、異常なやる気が満ち溢れている。

「よし。じゃあ行くか。そういや三人だけで遠出なんて初めてだよな。安心しろ、お前たち。可愛い弟二人のことは俺が責任を持って守るから」

確固とした自信を覗かせる兄を前に、俺と弟は顔を見合わせた。お互いに何を考えているのかちょっとだけ想像してみたが、優しい兄の好意を無下にすることは出来ない。そうして俺達兄弟はその日の内に、目的の場所へと向かうことになった。


※※※


転移魔法を使い、無事にトリエジア地方へと近接する街から、目的地へと辿り着くことが出来た。
この地域は俺達の住むソラサーグ地方から遥か南の遠方に位置する。
祖母から教えられた宝石店の住所をもとに、周辺の森へと足を踏み入れた。そこでは父が言っていた様に見慣れない魔物と多く出くわした。

祖母の助言通り騎士を連れてやった来たのは、正解だったかもしれない。
でも、俺今回三年ぶりに実家に帰ったんだよな。まあ最初から気が休まる予感はしていなかったが、なんで今こんな風に戦闘しなきゃなんないんだろう。休暇中なのに。

「おい、兄さん! そっちへ行ったぞ!」
「任せろ、クレッド! あっセラウェ、向こうの小さい数匹はお前に頼んだぞ!」
「えっ、あーほんとだ。分かった、ちょっと待って」

急な遠出が決定した為、いつもの鎧姿ではなく親父から渡された軽装備を身につけ、剣で果敢に褐色の二角獣達を斬り倒していく弟。
そんな華麗な剣捌きを披露する末っ子のクレッドに、一切の無駄がない優雅な身のこなしで呼応する兄のシグリット。
二人を中距離から眺めつつ、辺りに群がる残りの魔物を自身の火炎魔法によって無残にも焼き払う俺。

「凄いじゃないかセラウェ、本当に魔法使えるんだな!」
「はは。俺疑ってたけど、シグ兄さんこそ本物の騎士だったんだね」
「兄貴、兄さんは普段はあんなだが、心技体の技の面では揺るぎない実力の持ち主だぞ」
「えっそうなのか? へ〜人は見た目に寄らないもんだよな」
「お前たち結構辛辣だなぁ。俺一応騎士団で上のほうに居るんだぞ?」

こうして俺達三人は時折わいわいと喋りながら、次々と襲い来る魔物類を相手していた。
結構良いチームワークかもしれない。やっぱり血の繋がった兄弟だからだろうか。

ぼんやりと考えていると、二人の背後から一際でかい二角獣が現れた。長身の騎士達を遥かに上回る巨体に最初に気づいた俺は、即座に精神統一を行い自らの守護力を発現させた。

「二人共、後ろだ!」

すぐに気配を察知し振り向いた二人の頭上から、けたたましく唸り声を上げる標的へ向かい、俺は満を持して無詠唱の聖力を放つ。

「ーーはああッ!!」

無駄に大声を出し兄弟に向かって攻撃のアピールをする。仄かに白い光を纏った衝撃波は無事に魔獣の腹へと当たり、奴は大きな音を響かせ地面へと倒れ伏した。
けれど依然として腹の毛並をビクビクと動かしていた巨体は突然ゆらっと起き上がり、再び人間に襲いかかろうとする。

「グアァァアッ!」

そびえ立つ魔獣に二人の騎士はほぼ同時に剣を振りかぶり、奴の体へと長剣を容赦なくグサリと突き立てた。
今度は完全に獲物を仕留めることが出来、ほっと胸を撫で下ろす。

「どうやら、これで終わりみたいだな。ところでセラウェ、今の凄い力どうやったんだ? 魔法には見えなかったが。それに……どこかクレッドが放つ気配と似ているな」

剣を仕舞い、妙に真面目な顔をした兄に問いかけられ、俺はぎくりとした。
やべえ、普段チャラチャラしてて忘れてたが、やっぱこの男もハイデル家の騎士だった。

「え、そうかな。気のせいじゃないの」
「いやそんな事ないだろう。……なんだ、お兄ちゃんに秘密の二人だけの力なのか?」

シグリットが何故かメラメラと嫉妬の炎を燃やして迫ってくる。さっき弟二人が仲良くて嬉しいとか言ってたの誰だよ。
俺が困惑顔で弟に助けを求めると、奴は不気味に勝ち誇った表情をしていた。

「そうだよ、兄さん。これは俺と兄貴の秘密の力だ。残念だけど教えてあげられないな」
「ちょ、おいっ何言ってんだお前ッ」
「ええ? なんだそれ、どうして俺だけ仲間はずれなの? 冷たいぞお前たち!」

兄が珍しく眉を吊り上げて怒っている。この二人、いい年して恥ずかしくないのか。
呆れていると、突然森の茂みから草を分けて何者かが近づいてくる気配がした。
騎士達はすぐに小競り合いを止めて、それぞれの剣に手をかけ注意深く観察を始めた。

すると一人の中年の男が現れた。羽振りの良さそうな小奇麗な衣服を身につけ、背には大きな荷物を背負っている。

「あれ、魔物が出てこないと思ったら、もしかして騎士の皆さんが片付けて下さったんですか」

男は特に驚く様子もなく自然な感じで述べると、その場に荷物を降ろし額の汗を手で拭った。
俺はその時ピンときた。教えられた住所は確かなのに、この周辺は建物もなければ、人っ子ひとりいない。そんな中で突然現れたこの男はひょっとしてーー

「いかにもこの二人は騎士だが、俺は魔導師だ。実は、この辺で宝石商をやっている人物を探しているんだが、何か知らないか?」

はっきりとした俺の質問に対し、男は一瞬目を見開いたが、すぐに納得した顔になり手のひらを拳でポンと叩いた。

「あっ、そうでしたか。私のお客さんだったとは。いやあ、いつもの客層と随分違って見えたので、気付きませんでした。じゃあ今ご案内しますから、ついて来て下さい」

男はそう言うと、俺達をそこから数分ほど離れた場所へと連れていった。
開けた場所で突然右手を掲げ、長々と詠唱を始めた。その後俺達の目の前に小さな木建の平屋が現れた。おそらく表面的に魔法でカモフラージュした隠れ家なのだろう。

「空間魔法か。あなたも魔術師なのか?」

俺より先にクレッドが冷静な声で尋ねた。すると男は笑顔で首を横に振った。

「いえいえ、そんな大層なものじゃ……私はただの宝石商ですよ。ただお客に特別な方々が多くてですね。一応身を守るためにこうしてるんです。さあ、皆さん中にお入り下さい」

俺達三人は宝石商の主人に続き、内部へと入っていった。
想像していたようなきらびやかなイメージはまるでない。一見してただの家屋で、ずらりと棚が並んでいるだけだった。
簡素な室内をじろじろと観察していたシグリットが、俺にこっそりと耳打ちする。

「セラウェ。お祖母ちゃんを疑っているわけじゃないが、少しきな臭いと思わないか。ここはどう見てもただの宝石屋には見えないぞ」
「うん、俺もそう思う。さっさと目的のブツを手に入れて立ち去ろう」

後ろでぼそぼそと話す俺達を尻目に、クレッドは店の奥のカウンター前の椅子にドサっと腰を下ろした。
主人はすぐにそこに向かい、何やら背後の鍵付きの棚から多種類の宝石を準備している。

「それでは、何をご用意致しましょうか。当店自慢の多色を取り揃えた水晶から、高純度のダイヤモンドや琥珀金まで、多種多様な石類がございますよ」
「いや、物はもう決まっているんだ。兄貴、説明してくれ」

弟に促され、俺は兄と共に隣の椅子に並んで座った。

「あ、そういや何の鉱石なのか聞き忘れたな。特殊加工が施された、透明なピンクハートのペンダントトップなんだが。最近入荷したらしいと聞いて」

何気なく放った言葉に、宝石商は眉をピクリと動かした。笑顔が急に真剣な面持ちに代わり、俺達兄弟の中にも若干の緊張が走る。

「どこでそれをーー。あれはかなりの希少品で、一部の人にしか伝えてないんですが」
「えっそうだったのか。俺達は自分の祖母から聞いたんだ。いや正確には祖母の友人らしいが」

男のぴりっとした空気に雲行きが怪しいと感じた俺は、正直に事の成り行きを話すことにした。
それほどの希少品ならば簡単には入手できない可能性もある。ここで退いたらお使いが失敗してしまう。それは何としてでも避けなければならない。

「なるほど……。それは中々切ないお話ですね。ですがまさか、古代竜の骨から結晶化された宝石をそんな、川べりで扱うとは……有り得ません」
「は? 古代竜の骨? マジで?」

俺の話に神妙に頷く主人を前に、言葉を失う。なんだその完全なるレアアイテムは。つうか言っちゃ悪いけど、お祖父ちゃんアホじゃねえのか。

「そうか。それは確かに稀少な品だな。お祖父ちゃん、馬鹿だな」
「本当だな、クレッド。俺達騎士から見ても、有るまじき失態だよな」

兄と弟が呆れた顔で頷き合う。そんな俺達を見かねたのか、主人は苦笑しながらも「ちょっと待ってて下さい」と言い残して奥の部屋に消えた。

しばらくして戻ってくると、手には小さな木箱を抱えていた。
俺達の注目を浴びる中、カウンターにそれを置き、聞き慣れない言語の呪文を唱えだした。
すると木箱の蓋がゆっくりと開き、中からキラキラと輝きを放つピンク色の宝石が現れた。細部まで多面的に削られ艷やかな色合いを持ち、通常の宝石とは比較できない質の違いが明らかに見て取れる。

「わあ、すげえ……この一切混じり気のない透明度、本当に美しいな……細工も見事だ」

思わず呟くと、シグリットとクレッドも覗き込み、それぞれ感嘆の表情を浮かばせた。

「そうでしょう。ここには全部で十粒あります。お祖母様のお話を聞いて私も何かお力添えをと思いまして……初めての珍しいお客様方なので、特別に一粒お譲りしましょう。お値段はもちろん張りますが……」

微笑みながら告げる主人の言葉に、俺は宝石以上に目を輝かせた。
簡単に言うと、祖母のこと抜きでも俺はこの魅惑的な石に魅せられてしまったのだ。そんな女みたいな趣味はないはずなのに、魔術的観点から見たレアアイテムへの異常な執着心なのだろうか。

「本当か!? 是非頼む。金ならあるぞ、待ってくれ、お祖母ちゃんから金貨を大量にーー」

突然の俺の興奮具合をその場の皆が驚いた顔で見ていたが、構わずに身を乗り出し、鞄から財布を取り出そうとした。
だがそんな場に、思いもよらぬ来客が現れた。後ろの扉がキイっと音を立てて開き、俺達は全員一斉に振り返る。
そこには俺達兄弟以上に、この宝石店に似合わぬ風貌の少年が立っていた。

黒髪のショートヘアに赤みがかった褐色の瞳、黒色のローブを身にまとい、左手には昔ながらの魔法杖を持っている。
一見あどけなさの残る綺麗な顔立ちだが、血の気を感じない程真っ白な肌で、表情もどこか不気味な冷酷さを滲ませていた。

こいつ、只者じゃねえーー禍々しさすら漂うおそらく魔術師であろう少年を前に、俺は限りなく嫌な予感がしていた。

「アルメア様! 今日はどうしてこちらに……?」

宝石商の主人は途端に笑顔を引きつらせ、カウンターから立ち上がった。
子供相手に過剰な緊張を示すその態度に、皆の不審な目が向けられる。
けれどこの少年は、もっと衝撃的な言葉を発した。

「愚問だな。僕がわざわざお前のとこに来たんだ。希少品の入手に決まってるだろう。さあ、ピンクハートを渡せ。一粒残らず、全てだ」



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