俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 90 お使いの行方 -家族編5-

「ではセラウェ様、どうぞこちらに。我が屋敷の少年メイド達を思う存分お調べください」

なんだそのいかがわしい名称は。若干混乱しつつ、執事のノイシュに促され、俺は応接間にずらりと並ぶメイド達の前に進み出た。

「なあアルメア、本当にこの中にお前のお気に入りの子がいるのか? どのくらい好きなんだ」
「どのぐらい? すごく好きだよ。……可愛くて仕方がない子だ」

魔術師の少年はそう呟くと、笑みを浮かべる執事と視線を交わした。
とはいえ、メイド達は皆一様に美形揃いだ。外見では判断が難しい。だが奴のお気に入りを見つけ出さないことには、目当てのピンクハートの宝石を入手出来ない。

騎士ならではの洞察力をもつ兄弟には、魔術師の挙動を見張ってもらうことにした。静まり返り緊張が漂う中、俺はじろじろと彼らを眺め始めた。

髪色はほぼ茶髪と金髪で、ショートヘアからゆるふわロングまで網羅している。肌は皆透けるように真っ白だ。
目鼻立ちの整った可愛らしい少年達は、膝丈のふりふりメイド服を着用していた。このガキの趣味なのだろうか、中々猥褻的だ。

こちらが不躾にも間近で観察すると、皆恥ずかしそうに顔をぽっと染め上げ目を伏せる。天然なのか訓練されてるのか知らんが、こんな反応をされては、何も知らない男ならば間違いが起きてもおかしくはない。

「なるほど……うーん。これは難しいな。……なあ、君本当に男の子?」

左から三番目の一際目が大きく、唇がぽてっとした美少年に話しかけた。

「は、はい。僕は男です」
「へえ。ちょっと手見せて。ああ、指も細いなあ。肌もつるつるして綺麗だし……」

少年は澄んだ綺麗な声をしていたが、確かに男だ。冷静に考えれば、俺は兄弟の前で何をやってるんだろう。そう思うのだが、何の含みもなくただ純粋な好奇心から、少年の滑らかな手を握って調べ続けた。

「あっセラウェ様……そんなに撫でないでください……」
「なに、駄目? もうちょっといいだろ?」
「……ああっ」

しかしその時、背後から無遠慮にドスドスと大きな足音が響いてきた。乱暴に腕を掴まれ、後ろに力づくで引っ張られる。

「うあっなんだよっ」
「いい加減にしろよ、兄貴。こんな事俺が許すとでも思ってるのか」

冷たい怒り顔でクレッドが凄んできた。やっぱ怒られたか。そりゃこの前俺自身がみっともない嫉妬事件を盛大に引き起こしておいて、こんな振る舞いが許される訳がない。

「悪い悪い。でも調べないと分かんないだろ。俺エスパーじゃないんだぞ」
「ふざけるな。触る必要ないだろ」
「いや一人ひとり触んないとアルメアの反応確かめられないだろ。じゃあ他に何か良い方法あるのか? 言ってみろよ」
「……俺がやる。兄貴にやらせるよりマシだ」

はあ? ちょっと待てよ。弟と美少年の触れ合いを想像してしまった俺は、急速に頭に血が上った。これまで弟に群がる女に対してしか嫉妬を感じなかったのだが、実際に美少年を前にすると途端に焦りが湧いてくる。

「何言ってんだてめえ……ふざけんなよ!」
「兄貴が言えることじゃないだろ、早く退けよッ」

ど、退けだと。お前好きだっていう相手に対してその言葉はないんじゃないのか。
端から見たら訳の分からない言い合いだと思うが、兄のシグリットがぴたりとその喧騒を止めた。

「どうしたお前たち、ちょっと仲が良すぎるだろ。さすがの俺も本気で妬けてくるな……。でも分かった、ここは間を取って俺が坊やのお気に入りを当てて見せよう」

満を持してソファから立ち上がり、大きく胸を張る兄。俺と弟は一瞬時が止まったかのように、微動だにしなかった。

「い、いやシグ兄さん。俺達、兄貴のそんな姿は見たくないっていうかね……犯罪的っていうか、やっぱ複雑でしょ。なあクレッド」
「いや別に。じゃあ頼んだよ、兄さん」

おい、クレッドの奴、何こいつならどうなってもいい的な顔してんだよ。年は離れてるが一応俺達の兄だぞ。
しかし軟派者の騎士は妙に自信満々な面持ちで、メイド達の前に進み出た。
そんな中黙って静観していたアルメアは、ふっと小馬鹿にするような笑い声を漏らした。

「いいよいいよ。兄弟皆で手を取り合って見つけだしなよ。簡単じゃないと思うけどね」

余裕の笑みで執事を見やる。にこりと笑い返すノイシュに対し、何故かアルメアは一瞬その表情に陰りを見せた。
俺はメイド達を兄に任せ、クレッドと共にソファへと座り再び魔術師の観察を始めた。弟にこっそりと耳打ちする。

「おい、あのガキなんか様子変わったか」
「いいや。兄貴が無駄に奴らにベタベタしていた時もずっと無表情だ。興味無さげだったぞ」

そんな嫌味っぽく言う必要ないだろ。まだこいつ顔が不機嫌なままだし。
気を取り直してアルメアを見ると、隣に立っている執事のことをチラチラと気にしている様子だ。何かおかしいな。
怪訝に思いながらシグリットに目をやる。するととんでもない事になっていた。

「あれ、どうしたの。頬が赤いな……恥ずかしい?」
「い、いえ……シグリット様。そんなに見つめないで……下さい……」
「ふふ。可愛らしい瞳で俺を見ているのは君だろう。男はすぐに本気になってしまうよ?」

壁に手をついて本気モードで少年メイドに迫っている。あの兄貴は馬鹿なのか。誰がそこまでやれと言ったんだ。
だが魔術師は全く見ていなかった。そして相変わらず執事の顔色を窺っている。その視線に気づいた男は身を屈めてあどけない主の顔を覗き込んだ。

「アルメア様。実は私にもあなたのお気に入りが誰だか分からないんです。こっそり教えて頂けますか」
「ぜ、絶対嫌だ。お前僕のこと熟知してるって言ったじゃないか。頭を捻って考えろよっ」
「そうですね……ではもう少し考えてみます」

魔術師は赤らむ頬を膨らませ、ぷいっと顔を背けた。執事はそれを見て小さな微笑みをこぼす。
……あれ、そうか。なんか分かった気がする。これもしかして茶番なんじゃないのか。

何故だろう、俺は男自体が好きなわけじゃないが、男であるクレッドのことは好きだ。
そういう同族的なアレなのかどうかは分からない。でも魔術師の少年の、今まさに熱に浮かれたような表情を見てピンときた。

俺はすぐに行動に移すことにした。だが前もって隣の弟に、その旨を告げないとならない。

「……クレッド。いいか、今から俺がやる事を絶対に真に受けるなよ」

一言だけ呟き、返事を聞く前に立ち上がる。早歩きでアルメアの隣に佇む執事のもとへ行った。一瞬驚いた表情を見せる執事の凛々しい顔を覗き込む。

「ノイシュさん、貴方細身のわりに結構良い体つきしてますね。やっぱり主が魔術師といえど、こんな子供相手じゃ子守みたいなものですよね。……彼を守る為に、鍛えたりしてるんですか?」

かなり脈絡のない台詞だがどうでも良い。俺の目的はこの執事を調べることだ。
早口で言いたいことだけを言うと、さっさとノイシュの胸板に自分の手を置いた。ついでに魔力量を感じてみたが、結構豊潤だった。

「お前……っ、何してるんだ! ノイシュに触るなっ!!」

後ろから甲高い少年の声が聞こえた。振り向くと顔を真っ赤にして激怒している魔術師がいた。
やっぱりな。メイドには無反応だったくせに、俺が執事に触れた途端こうなったか。

「なんだよ、アルメア。そんなに怒って。ただの執事だろう」
「……そっ、そうだが、これは僕の持ち物だ! 君には触れさせないぞ!」
「はあ? お前こそ俺の弟に同じように触ったよな。あれについての謝罪は無しか?」

高圧的に言う。ちなみにこの瞬間も俺は執事の胸元に手をくっつけたままだ。少し離れたとこから弟の殺気立つ気配が窺えるが仕方がない。

「……それは……あ、謝るからもう止めろ。ノイシュは関係ないだろう……っ」

おいおい。生意気だったガキが途端に弱々しく震えている。さっきまでの不気味な雰囲気が消え失せ、赤みがかった褐色の瞳を若干うるませ、手を握りしめて懇願している様子だ。
なんか可哀想になってきた。

「ご、ごめんごめん。冗談だよ、アルメア。お前の好きな執事には手出さないから安心しろ」
「なっ……別に、好きとかじゃ……ない!」

子供のくせに素直じゃないな。まあいいや、もうこの辺にしとくか。俺がまとめに入ろうとすると、何故か弟がこちらに向かってきて俺の体を二人から引き離した。

「そういう事か。とんだ茶番に付き合わされたものだ。おい貴様、最初からメイドなどどうでも良かったのだろう。よくも俺達の時間を無駄にしてくれたな。さっさと宝石を渡せ」

弟は二人の前に立ちはだかると、苛立ちを隠そうともせず冷たい声で言い放った。すると主をかばうように執事が進み出た。

「クレッド様。どうかアルメア様をお許し下さい。私の気を引こうとこのような行動を取られて……なんとも健気で愛らしいお方だと思いませんか。そんな事をしなくても、私の心はすでにあなたのものなのにーー」

ノイシュがうっとりとした顔つきで主の肩をそっと抱いた。
えっ。この執事いきなりどうしたんだ。すげえ事言い出したよ。なんだこの二人、もうそういう関係なのか?

「べ、別に。ただの気まぐれだ。……お前が僕のものなのは当然だけどなっ」
「ええ、勿論です。ですがアルメア様、私たちにお付き合い下さったお客様方に、お礼をしなければなりませんね」
「……まあいいけど。じゃあ、しょうがないな。ピンクハート一個上げるよ」

なんだこの茶番は。マジで二人の惚気を見せつけられただけじゃないか。
でも呆れて水を差すような場面ではない。いずれにせよ、これで宝石は無事手に入るのだ。

「本当か? ありがとう! じゃあさっさと渡してくれ。そんで一刻も早くここから出してくれ」
「まあ待ちなよ。今回は君の勝ちだ。ちゃんと解放してあげるから」

今回はってなんだよ。含みのある言い方が気になったが、魔術師アルメアは約束通り、宝石が入った小さな木箱を俺に手渡してくれた。

「良かったなあ、セラウェ。俺達の働きが上手くいったみたいだな」

さっきまで少年メイドと楽しそうにくっちゃべっていたシグリットが、ようやく戻ってきて俺の肩に手を置いた。
クレッドも溜息をついていたが、どこか安堵しているようにも見えた。
さあ帰ろう、そう思ったときアルメアが近づいてきた。

「僕が近くまで転移魔法で送ってあげるよ。……そうだ、セラウェとクレッドって言ったね。君たちにはきっとまた会えると思う。同じ魔術師同士、話も合うんじゃないかな」

少年は再び不気味な笑みを浮かべていた。やばい、おかしな空間に迷い込んだせいで忘れそうだったけど、こいつは炎の魔女タルヤの血族の可能性があるのだ。
けれど兄も一緒にいる中でそんな事を確かめる術はない。後でこの事をクレッドに伝えなければ。

頭に色々な考えがめぐる中、やっと俺達兄弟三人は、祖母のお使いを完了した。


※※※


翌日、俺達の実家には長男以外の家族皆が勢揃いしていた。目的はもちろん祖母に頼まれた宝石を受け渡すことだ。思わぬ労力を要してしまったが、約束を果たせたことには兄弟それぞれ満足していた。

屋敷の居間にある大きなテーブルを囲み、すっかり元気そうな祖母の前に、ピンクハートが入った木箱の蓋を開けて差し出した。
祖母はそれを見た瞬間大きく目を見開き、顔をパアっと輝かせた。

「ああ、これだよ……レオンからの贈り物……あの時僅かな時間だけ手にしたネックレスだ。嬉しいねえ、あの頃と変わらない美しさ……本当に綺麗だ」

大事そうに手に取り、感慨深げに眺めて呟く。俺たちも皆で顔を見合わせ、祖母と宝石の感動の再会を温かく見守っていた。
それを手に入れる為には結構苦労したんだぞ。喉まで出かかった言葉を引っ込めて、俺は祖母に笑いかけた。

「良かったよ、お祖母ちゃんが喜んでくれて。宝石商のおっさんが言ってたけど、それ古代竜の骨から出来たものなんだってね。そんなレアアイテム贈るなんて、お祖父ちゃんってお祖母ちゃんのこと大好きだったんだな〜。俺達も三人でちょっとした冒険が出来たし満足だよ。なあ二人共?」

心にもない事を調子乗ってペラペラ喋り、兄弟に同意を求めた。すると兄はうんうん頷いて口を開いた。

「そうそう。変な魔術師の坊やとの出会いは中々興味深いものだったよな。普段の騎士の職務より遥かに面白かったよ。お前はどうだ、クレッド」
「俺は別にあの程度なら周りにうじゃうじゃいるからな。珍しくもなんともない。そうだろ、兄貴」

……え。その話すんの? 俺どう反応すりゃいいんだよ。つうか余計な事言うとまたあの親父がうるさくーー

「何の話だ、セラウェ。魔術師? 危険な目に合ったのか? ほらお義母さん、俺の言った通りになったでしょう!」
「うるさいねえ。そりゃ冒険してりゃ、ちょっとぐらい危ないこともあるだろう。あんたいつもそうだよね、事あるごとにセラウェのこと心配だ心配だって私に愚痴って。未だに文句たらたらで男らしくないったら」
「ちょっ、余計なこと言わないでくださいよ! 息子たちいるんですよ!」

父がかなり動揺した様子で怯んでいる。そんなことしてたのか、この親父。
すると母がふふ、と笑いながら父の肩にそっと手を置いた。

「確かにルフリートは心配性過ぎるけど、それだけ子供たちが大事なのよ。まあそろそろ素直になってもいいと思うけどね。セラウェだって立派な魔導師として生きてるんだから。お祖母ちゃんのお使いも無事に済んだことだし」

母が綺麗にまとめに入ろうとしてくれて、俺は内心感謝した。立派な魔導師かは自分でも疑問だがここは同調するしかない。
すると兄弟も俺に加勢してくれた。

「そうだよ、親父。兄貴はこれからもちゃんと生きていけるから大丈夫だ。俺が一番近くで見守っているからな。心配しないでくれ」

えっ。なんだそのギリギリのラインを攻め込んだ意思表明は。まあ俺も至極真面目な顔で話す弟の言葉を、嬉しいとか思って喜んじゃってるけど。

「クレッドもそう言ってることだし、親父も素直になれよ。また定期的にセラウェに帰ってきて欲しいだろ?」
「そうよね。私もまた二人が揃って帰ってきてくれれば嬉しいわ。あなたもそうでしょ? ルフリート」

母と兄が念を押すように父に尋ねる。皆からの攻勢を一身に受け、いつもの厳格な態度が崩れそうな父が少し気の毒にも思う。けれどこれはチャンスかもしれない、俺は意を決して父の目を見た。

「親父、俺もっとちゃんと家に帰るからさ。まああんまり長い説教は勘弁してほしいけど、だらしない生活態度とかも少しは改めるように頑張る。だからちょっとでもいいから認めてくれないかな?」

これまでいがみ合うばかりで自分から歩み寄ったことなどなかったが、家族の気持ちと弟の存在によるせいだろうか。思ったよりも自然に言葉が出てきた。
父は少し驚いた顔を見せたが、すぐにゴホン、とわざとらしい咳払いをした。

「お、俺だってお前のことを全く認めてないわけじゃない。今回だってわりと働きを見せたようだしな。……ちゃんと年に数回は帰ってこいよ。クレッドと同じ頻度で顔を見せるなら、俺もこれ以上はうるさく言わんぞ。……たぶんな」

目を逸して珍しく長文を述べる親父に、心の中でどこか温かい笑いが起きた。いつもは素直じゃない父親だが、今の台詞はかなり心がこもってる気がする。

「分かったよ、そうするから。ありがとう親父」

つられるように俺も素直になり返事をした。あれ、なんかもう和解出来たのかな? やけにあっさりしてんな。まだ昨日実家に帰ったばっかりだぞ。
一瞬頭の片隅で冷静に考えたが、家族の皆も笑顔で俺達を祝福し、祖母までもが上機嫌に「私のおかげだね。感謝しなよあんた」と父の肩を小突いている。

クレッドが俺の顔を見つめてニコリと笑った。まあ、弟もなんか嬉しそうだし、これでいいのか……。
俺もははは、と照れ笑いをして、しばしの間家族団欒の時間を楽しむことにした。



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