▼ 82 心も近くに ※ -休暇編4-
二日目の夜。俺はベッドの上でぱちりと目を開けた。ちょうど真上にある大きな天窓が、まるで絵画のように切り取られた満点の星空を映し出している。
明日はこの部屋で、クレッドと一緒にこの星達が見れるのかな……そう考えるとすでに胸が高鳴ってきた。
隣のベッドには寝息を立てているカナンがいる。さっき調べたが、こいつはどんな物音を立てても絶対に起きない。眠りが深いのはシヴァリエ兄弟共通の特徴らしい。
(……ふふ。好都合だ。じゃあ、出発するか)
俺は心の中で不気味に呟き、静かに部屋を出た。
細心の注意を払い向かった先は、遠く離れた弟の部屋だ。何故なら夕食後クレッドが「夜、俺の部屋に来て」と艶めいた声色でこっそりと耳打ちしてきたのだ。
それはやばいだろう、明日まで我慢しろよ。そう思いつつ、依然として体が燻っていた俺は奴の誘いに乗ることにした。
扉を開けると、そこは初めて入る部屋だった。バルコニーに続くガラス扉から望む、月に照らされた湖面がゆらゆらと美しい。
室内は淡い色の絨毯が敷き詰められ、中央には年代物の大きな木彫りのベッドが置かれている。
その真ん中に、うつ伏せで眠っている弟の姿があった。布団から背中が覗いていて、ゆっくりと上下に息づいている。
(こいつ、俺を呼び出しておいて、先に寝てんのか……?)
有り得ない男だ。若干失望しつつ、静かに近寄っていった。ベッドに上り、普段見る機会の少ない寝顔をまじまじと見つめる。
金色の髪を撫でて、ドキドキしながらそっと口付けを落とす。指でほっぺたを押しても起きる気配がない。
たった二日とはいえ抑圧的な環境に晒されていた俺は、我慢出来ずにクレッドの体を揺さぶった。
それでも起きないので、奴の体をゴロっと転がし、寝返りを打たせることにした。
弟の体重を考えれば非力な俺には不可能なのだが、なんなく成功した。
「おい、起きろよ。何寝てんだお前……悪戯するぞ」
仰向けになったクレッドを見下ろしていると、あの実験のせいだろうか、妙な思考と感情が湧いてくる。俺はのっそりと弟の腹の上に跨った。
はは、俺にも征服欲というものがあるらしい。この前のように、こいつを俺の好きにしてやろうかーーまあ最終的にはいつものように荒々しく組み敷かれるんだけどな。
「……まだ? 兄貴」
え。なんか妄想してる最中に小さい声が聞こえてきた。
「早く、悪戯して……」
その不埒な言葉が弟の口から漏れたことを確認し、俺は瞬間的に奴の上から逃げようとした。
けれど腰をがっしりと両手に掴まれ、動きを封じられる。
この野郎、やっぱ寝たフリしてやがった!
「お前、悪趣味だぞ、寝てたかと思っただろっ」
「俺が兄貴より先に寝るわけないだろ。ずっと楽しみにしてたのに」
弟の上から離れようとしても手が剥がせない。睨みつけると、にやりと笑みを返された。こいつ、そういう目論見だったのか?
「ん、ああっ、離せってば」
「そんな風に動いたら、駄目だ。……ほら、もうこんなに……なってるぞ」
クレッドが意味深な言葉を吐きながら、腰をぐいぐい押し付けてくる。腹が立った俺は、ヤケクソで奴の上に覆いかぶさった。両手をつき冷たい顔で見下ろして、主導権を握ろうとする。
すると一瞬怯んだ様子の弟が、やっぱりみるみるうちに、とろんとした表情になった。
「どうしたんだ。もしかして、このまま……してくれるのか?」
「……そ、そんなことしないぞ。だってこの前、頑張ったばっかりだろ」
目を逸して伝えると、ふっと笑い声が下から聞こえた。
「かわいい、兄貴。……今度はいつ頑張ってくれるんだ? 早いほうがいいな」
「……っ。俺、結構頑張ってるだろ。お前のだって、口で……」
そこまで言って我に返った。俺は馬鹿か? なんで自分からそんな墓穴を掘るような真似をーー
けれどもう遅かった。途端に興奮を抑えきれない顔になった弟が、俺を力一杯抱きしめてきた。
「うあぁっ苦しッ」
「……そうだな。俺の……口で、してくれたよな……じゃあ今日は、俺が兄貴のこと、気持ちよくしてあげたい……」
欲情をはらんだ声で囁くと、深い色をした蒼い瞳に見つめられた。そのまま味わうようなキスを与えられ、すぐに全身の力が抜けていく。
いつの間にかクレッドの腰が徐々に揺れ始め、俺は奴の体の上で揺さぶられてしまう。
「あ、あ、待って、そんな、動くなよ」
「でも、擦れて……気持ちいいだろ?」
「……やだ、ぁ……ん、んあ」
訴えも虚しく、互いの硬くなった性器を押し付けて快感を求め合う。弟が俺のズボンを下着ごとずり下げ、そこに手のひらを這わせてくる。
下から擦られて腰をさらに震わせる。恥ずかしいのに、もっと刺激が欲しくなる。
「クレッド、あ、あぁ、だめ、だ」
「ああ……兄貴の顔、もっと近くで……見せて」
喘ぎを漏らすところを至近距離で見つめられ、羞恥が襲い来る。けれど弟の手の動きは止まらず、俺は早くも限界が近づいていた。
「あ、んあぁ、もう……いくって……っ」
薄目を開けて弟と視線を合わせ、身を屈めて腰をビクビク震わせた。
「……ん、んん、……あぁッ」
あっけなく果ててしまった後、はぁはぁとせわしなく息を吐く。
弟の腹の上に飛び散った精液を呆然と見つめていると、クレッドは俺を抱きかかえて体を起こした。
手に纏わりついたものを舐め取りながら、艶めかしい笑みを向けてくる。
「たくさん出たな……一人でしてない?」
また、そういう卑猥なことを平気で言ってくるんだ、この淫らな弟は。
「……するわけないだろ。ずっと……あいつらがいるのに」
恥ずかしさを堪えて答えると、クレッドは急に俺を自分の胸に抱き寄せてきた。
耳のそばに唇が添えられ、少しの刺激にもビクっと背中を仰け反らせてしまう。
「当然だ。兄貴のあんな姿は……俺以外に見せたら駄目だ」
真剣な声色で告げられドキリとする。自分で聞いたくせに何なんだ。ていうかさすがに見せたりはしないだろ。
若干呆れながらも俺は体を少し離して、奴の目をじっと見た。
「でも俺、お前がいるから……最近あんまり、自分でしてない。なんか色々満ち足りてるのかも……はは」
自然に口から出た言葉に、すぐにハッとなった。何故俺はそんな個人情報を自ら明かしてーーつうか俺本当はずっと欲求不満だったけどな。
早々に後悔するも、弟は完全に目を見開いて俺のことを捕えていた。心なしか息が乱れ、背中に回された手に物凄い力が入っている。痛い。
「ああ、兄貴、俺……もう無理だ。今日はゆっくり、優しく抱きたいなって思ってた……でも、やっぱり限界だ。たぶん今日落ち着いて出来ない。最初に謝っておく」
えっ。なんか凄い早口でまくしたててるんだけど。お前落ち着いてたこと一度も無いだろ。
唖然とする俺の前で、真剣な面持ちのクレッドが俺を反対側に押し倒してきた。
重い体でのしかかり、足をぐいっと持ち上げる。奴の前で大きく開かれ、全部露わになってしまう。
「ば、ばか止めろっ、もう、見るなぁッ」
「駄目だ、全部見せて」
なんでよりによって休暇中の別荘で、そんなやる気満々になってんだ。無理だろここ、声出せねぇし。それにいつもみたいに何度も出来ないぞ。
頭の片隅で冷静に考えるが弟の勢いは止まらない。
残された精液を絡め取り、尻にそっと塗り始める。真ん中を複数の指の腹でなぞり、中に挿し込んでくる。
手つきは緩やかだが、上に覆いかぶさる弟の吐息が、段々と激しくなるのを感じる。
「……は、あ……やだ……」
言葉では抵抗するものの、もう始まってしまった事に抗っても仕方がない。後から来る大きなものを受け入れる為に、出来るだけ力を抜こうとする。
クレッドは指をぐちゅぐちゅと動かし、中を広げてくる。やがて馴染んだことを知るとゆっくりと指を引き抜き、自身を中心にあてがった。
「もう、入れるよ……」
優しく囁いて、腰を自分のほうに引き寄せた。ぐぐっと侵入してくる弟のモノに全身を震わせる。
硬さをもった性器が奥深いところまで達すると、じわりと伝わる熱に耐えきれず、俺は弟の腕を強く掴んだ。
するとクレッドの顔が一瞬、覚えのある不敵な笑みを浮かばせた。
「ん、あぁ……まって、深すぎ……」
「……大丈夫。兄ちゃん……」
ーーえっ?
たった今耳に届いた言葉が引っかかり、俺は苦しさのため閉じていた瞳をすぐに開けた。
すると、興奮を滲ませながらも、どこかあどけない表情をした弟と目が合った。
にこっと笑顔を向けられ、指先で頬を撫でられる。
「かわいい、兄ちゃん……。もう、してもいい?」
やっぱり聞き間違いじゃない。何故今俺のことをそんな呼び方し始めているんだ。昼間の約束をこの状況で守ろうとしているのか。
何その禁断のプレイ。
大きく混乱を極める俺の上で、弟は構わず腰を揺らしてきた。
「んあ、ま、待って、そんなに、するな……っ」
「どうして? 兄ちゃんも……気持ち、いいだろ?」
深い色をした蒼い瞳にじっくりと見つめられ、思考がうまく回らない。
ちょっと待ってくれ。おかしいぞこれは。何を考えてるんだ、この弟は。
昔のクレッドとは声も体格もまるで違うのに、途端に子供の時の面影が重なってくる。
俺の戸惑いをよそに、弟は体をゆさゆさと揺り動かしてくる。汗ばんで吸い付く肌を感じながら、繋がったまま意識まで熱に奪われそうになる。
「んあぁっ、やめ、速く、すんなぁっ」
「でも俺……止まらない、兄ちゃんが、かわいくて」
昼間はあれほど呼ぶのを恥ずかしがっていたのに、堰を切ったように言葉をぶつけてくる。
俺はどうすればいいんだ? やっぱり軽々しく頼むべきじゃなかったのかもしれない。
頭の中でぐるぐる考えているうちに、心も体もどんどん弟に翻弄されていく。
奥深くまで貫かれて、耳元では昔のクレッドに甘い言葉を囁かれているようで、感覚が麻痺してくる。
「んあ、あぁっ、もう、だめ、クレッドっ」
「いいよ、俺ので、いって……もっと、してあげるから」
色めいた声を発し、さらに強く腰を突き立ててくる。激しく揺さぶられ、限界が近づくのを感じる。
俺は弟の背に腕を回し、全身に巡る快感に耐えようとしていた。
するとクレッドが俺の太ももをがしっと掴んできた。
「ああ、俺も……いきそう……兄ちゃん、もっと……近くがいい」
余裕を失った声で告げられる。戸惑いながらも体をぴたりとくっつけると、強引に腰を引き寄せられた。
より深くまで達する熱にうかされ、体を重ね合せたまま互いを求め続ける。
「あ、あ、……い、いく、もう……ん、んあぁっ」
首にしがみついて腰を何度もビクつかせる。下腹部が収縮を繰り返し、全身に快感が巡り来るのを感じる。
同時に弟のものが中でうごめき、さらに存在感を増していく。
「……っ、兄ちゃん、……ああ、俺も、もう……ッ」
短い喘ぎを漏らすと、クレッドが数度腰を震わせた。内側に熱が放たれ一瞬意識を奪われそうになる。
吐き出されたものがじわりと広がり、俺はただ力なくそれを受け止める。
「……はあ、はあ、はあ……」
心臓がドクドクと耳の奥まで響き、鳴り止まない。弟は密着していた体を離し、両手をついて俺のことを見下ろしてきた。まだお互いの体を繋げたまま、俺の肌に手のひらを這わせ、胸の辺りをなぞってくる。
何か言いたそうな切なげな表情が気になり、俺は息も途切れ途切れになりながら、思わずクレッドの手を握り締めた。
「なんで……お前、その呼び方……してんだよ」
責めるわけじゃないが、戸惑ってしまったことは事実だ。俺のせいなのは分かってはいたけれど。
すると弟は一瞬恥ずかしそうに目を伏せた。しばらくして、また俺の目をじっと見つめてくる。
「……嫌だった? でも兄貴が呼んでほしいって、言ったんだろ」
「そ、それは、ごめん。お前につらい思いさせるつもりじゃ……」
真剣に謝ろうとすると、クレッドは身を屈めてより近くに体を密着させてきた。
そっと髪を撫でた後、頬に口を寄せ小さくキスをする。
俺が少し緊張しながら顔を確かめると、弟はどこか不思議そうな表情をしていた。
「どうして俺が辛くなるんだよ。どんな呼び方しても、兄貴は兄貴だ。……まあ確かに、昔の感じで呼んだらもっと込み上げるものは……あるけど」
そう言って、何故かクレッドは照れくさそうに笑った。まだ若干戸惑い気味の俺を安心させるように、手で優しく頬に触れる。
悲しくなったわけじゃないのか? そう思い少しだけほっとしたが、やはりまだ弟の様子が気になっていた。
「なあ、ちょっと……こっち来て」
「え?」
「もっとこっち」
まだ俺たちは肌を重ね合わせたままだ。でもこの時、もっと近くにこいつの事を感じていたいと思った。
ちょっと勇気を出して、俺はクレッドの頭の後ろに手を当て、自分のほうにぐっと引き寄せた。
肩に奴の顔を埋めさせ、しっかりと抱き留める。もう片方の手は背中に回し、俺より全然体格の良い弟を出来るだけ包み込むような感覚で、抱きかかえようとした。
「あっ兄貴……?」
やっぱり少しびっくりされている。でも俺は構わずクレッドを腕の中に収めて、優しく頭を撫でた。
言葉は上手く出てこないが、そうしてやりたいと思ったのだ。
何故ならこいつは、昔も今も、俺の可愛い弟なのだから。
「クレッド。しばらくこのままでいてくれ」
やや緊張気味のおかしな言い方に聞こえたかもしれないが、弟はすぐに俺の体をぎゅっと抱きしめ返してきた。
頭を預け、体重もいつもより乗っかっている。自分がそうさせたのだが、まるで甘えられているような雰囲気に心臓がトクトクと音を鳴らす。きっと弟にも聞こえてしまってるだろう。
「兄貴。すごく気持ちいい……」
「そうか? 良かった。じゃあもっとこうしててやる」
「……うん、そうして……」
弟の安らいだ声を聞いて、俺は安心した。同じように、俺もこいつのことを安心させてやりたい。
いつも俺にそうしてくれるように、同じものを与えてあげたい。
強くそう思いながら、心地良さそうに腕の中にいる弟を抱きしめた。
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