俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 83 兄の苛立ち -休暇編5-

湖畔での滞在三日目に向かった先は、ゼーレンの繁華街にある大衆酒場だった。
店先にはずらりとテーブル席が並び、夜の屋外でも食事や酒を楽しむ人々で賑わっている。
俺達兄弟と幼馴染二人、そして二人の騎士は、店内の奥のほうにある大人数用の席へと通された。

しばらくは皆でわいわい飲んでいたのだが、一時間以上が経過した頃、弟と喋っていた俺のもとに大男の騎士が立ちはだかった。

「おい魔導師、俺の酒に付き合え。俺のペースについてこれたら、団長の輝かしい戦歴について話してやるよ」
「……グレモリー。お前ふざけるなよ。どっちも却下に決まってるだろ、そんなの」

すかさず止めに入る弟だが、俺は正直その話に乗ってもいいかと思っていた。クレッドの知られざる昔話を聞くチャンスと見て、妙なやる気が出てきたのだ。

「ふっいいだろう。俺を侮ったら痛い目見るぞ」 

俺は意味有りげに宣戦布告し、グレモリーとの飲み対決を行った。結果的に俺はすぐに痛い目を見た。
奴と睨み合いながら、大きなグラスに並々と注がれる麦酒を流し込んでいくと、三杯ほどで腹がタプタプになってしまった。

「……も、もう無理。これ以上飲めねー……」
「情けねえな、てめえ。弱いのは体だけじゃねえのかよ」
「なんだとこら! あんまりなめた口聞くと魔法ぶっ放すぞ!」

ほんとうるさいこのデカ騎士。普通に考えれば、大男との体格差からして酒の回り方も違うに決まってんだろ。

「兄貴、もう止めておけ。こいつに構うな」
「だってこいつマジうぜえ。俺のこといつも弱い弱いって……」
「ほんとの事だろうが。おい、やっと団長が相手してくれんのか?」
「……しょうがないな。カナン、兄貴を見ててくれ。ここでじっとしてろよ」

クレッドは鋭い目つきで俺に念を押し、大男の騎士の前へ座った。
グレモリーは何やら大声で上機嫌に弟に話しかけ、ボトルをショットグラスに注ぐ。二人はそれを一気に飲み干し、それを何度か繰り返している。
弟の顔色は全く変わらないが、あんな騎士達の芸当は、到底真似出来ないと思った。

すでに結構酔いが回ってきてる俺に対し、隣に座ったカナンは平気な顔をしていた。

「なあ。お前って全然酔わないのか?」
「そんなことないけど。お兄ちゃんもだけどうちの兄貴、結構すぐ酔うでしょ。見てないと危ないから、俺は飲まないようにしてるんだよ。クレッドと二人の時は、あいつ強いから俺も平気で酔うけどね」

こいつ俺なんかより、よっぽどしっかりしてるな。すでに顔が赤くユトナに絡んでいるキシュアを見ながら、俺達兄貴のほうが情けないな……などと意気消沈した。
すると親友が俺の存在に気づいたのか、強い目つきで見据えてきた。

「どこ行ってたんだよセラウェ。この野郎まじでムカつくんだけど。お前のこと知ったふうにペラペラ喋りやがって」
「え、何話してんだよお前ら。俺の話題はやめてくれよ」
「ふふ。君がいかに人気者か話してただけだ。さあ一緒に飲もう、セラウェ。俺の隣空いてるよ」

この変態騎士、ちょっとぐらい顔が良いからって、俺がはいはい言うことを聞くとでも思ってんのか。
……まあでも酒の席だしな。弟がデカ騎士に取られてなんか悔しいし。

「おいお前はこっち座れよ。そんな危ねえ奴の言う事聞くな」
「分かった分かった。キシュア、お前あんま飲むなよ。……ああっ、酒こぼれてるぞ! ほら服濡れちゃったじゃねーか」
「あ、本当だ。早く拭いてセラウェ」

俺は親友の世話を焼きながら早々に面倒くさくなり、後は弟のカナンに任せることにした。

溜息をついてふと近くの席に腰を下ろすと、ユトナが自然な動作で近寄ってきた。
仕方がなく二人で他愛のない話をしていたのだが、段々雲行きが怪しくなってきた。

「……ユトナ君。何故さっきから俺のことをじっと見ているんだ。ほら、団長が君の相棒に絡まれてるぞ。助けてあげてくれないかなぁ」
「そんなに弟が心配なのか? 優しいお兄さんだな。でも君は自分のことを気にした方がいい。俺は結構しつこいんだ。ハイデル程ではないけどね」

にっこりと笑い、危うい事を言い出す。何この人、なんで俺に構ってくるんだ。俺はこの変態騎士が好みそうなドMではないぞ……
顔を真正面から見ると、やはり色気が漂う正統派の美男子だ。だがクレッドとは違い、対象を狩る気満々な目つきをしている。

「お、俺にしつこくしても無駄だぞ。つまらない人間だしお前の望むものは何も出てこないから」
「そんな事はない。君は表情がころころ変わって面白いし、とくに怯えた顔がすごく可愛い。普段は男らしく振る舞っているからか、尚更そう感じるな」

ーーおい待て。色々聞き捨てならない事言ってるんだが。こいつ俺の事をからかっているのか。上司の兄貴だぞ、冗談にしても笑えない。

「はは、そうかな? 褒めてくれてありがとう。あ、そうだ。俺ここの特産品の林檎酒飲みたかったんだよね。ちょっと注文してくるわ」
「へえ。俺も飲んでみたいな。一緒に行こうか? ここは少し煩いし、二人で……」
「いやお前はここにいろ。俺が頼んできてやるから」

真顔で述べると、ユトナはくすっと余裕の笑みで微笑んだ。
俺はそそくさとその場から離れ、カウンターへと向かった。中にいる店員の男に注文し、速攻椅子に腰を下ろす。
林檎酒を受け取り飲んでいると、男が俺に視線を向けてきた。

「なあ、あんた初めて見る顔だな。あの聖騎士団の一員なのか?」
「……えっ? いや正確には違うけど。同僚みたいなものだよ。あいつらのこと知ってるのか」

年は俺と変わらないぐらいに見える酒場の店主らしき男は、俺の問いに頷いた。

「まあな。毎年体格の良い奴らが数人で現れては、凄い量の酒飲んでくから覚えてるよ。それだけじゃないんだが……ほら、見てみろよ。そろそろ女共が群がる頃だ」

店主の言葉に俺は奥の席へと目をやった。するといつの間にかクレッド達の近くに、何人かの女性の姿があった。テーブルを囲むようにして、うっとりとした顔つきで騎士達に話しかけている。

「なんだあれ……さっきまで居なかったのに」
「いつもの光景だよ、すげえよな。聖騎士団の保養地の中でも、噂が広まってんのか毎年ああいうの来るぜ」
「ま、毎年あんな感じなのか?」
「ああ。でも今回女共もなんか様子見してたな。あんた達と一緒にいた、凄い綺麗な人のせいじゃないか?」

え。それカナンのことか。そういやあいつどこ行ったんだ。
テーブルには寝ているのか突っ伏している様子のキシュアと、残りの三人の騎士がいた。
クレッドは自分を囲んでる女達を決して邪険にはせず、優しげな笑みを浮かべて対応している。
そんな奴に向かって完全に目がハートになってる女達の色めきだつ声が、店内に響き渡るほどだ。

ーーおい、ふざけんなよ。

あれ、なんだろうこの淀んだドス黒い感情は……。

俺は知ってるぞ。あれは余所行きの笑顔だ。
あいつがクソほどモテるのも周知の事実だし、互いに大人になってから家族で食事に行った際にも、弟は異様に女性人気があった。店員も女客も皆クレッドの挙動に釘付けだった。

以前の俺は大人気なくそれを影で妬んでいたのだが、今この心にメラメラと燃え上がる怒りの感情は、いったい何なのだろう。

ああ苛々する。昨日は俺にだけ甘い笑顔を見せてくれたのに。見ず知らずの奴に、そんな顔しやがって。
一歩外に出ればこういう場面に遭遇することなんて、分かってたはずなのに。

「あれ、お兄ちゃん。怖い顔してどうしたの? あ、俺もそれ飲みたい〜。すみません、この人と同じやつ貰えます?」

一人でピリピリしてるところに、気の抜けたカナンの声が届いた。
こいつ、何うろちょろしてんだ! 役に立たねえな!

「えっ嘘。あんた、まさか男なのか? 信じらんねえ。騎士団の人?」
「ちょっと、またそれか〜。俺女じゃないから。まあ騎士団のおまけみたいなもんだよ」

普通に話し出してる回復師の肩をがしっと掴み、俺は真剣な目を向けた。
カナンはびっくりしつつも、店主から受け取った酒をごくごくと飲んでいた。

「これ美味しい〜お土産に買ってこうかな。っていうかどうしたの、お兄ちゃん」
「おいお前今すぐ戻れよ。……ほら、あれ何かおかしいだろ」
「何が? ああ、クレッド達? 本当だ、やっぱあいつモテるよなあ。ユトナもいるから余計だね」

薄笑いで言い放つ幼馴染にさらにイラッとくる。

「セラウェお兄ちゃん、そんなに気になるの? 混ざってくればいいじゃん。俺やっぱ騎士達といると疲れんだよね、あいつら常に殺気立ってて。兄貴も寝ちゃってるし」

人の気も知らねえで、能天気なことを……まあ俺の他力本願ぶりもやばいんだけどな。
でも経験上、弟のそばに俺がいても女達は完全にスルーだからな。悲しいけど昔からよく知る現実だ。

カナンをじっと見た。俺がこいつと同じくらいの美貌をもつ女だったら、もっと自信が持てたかもしれない。
くだらない事を考えながら、俺は今度は強めの酒を注文することにした。

また席を外してしまったカナンに取り残され、しばらくカウンターで飲んでいた。
すると突然ふわっと香水の香りが漂ってきた。数席ほど離れた場所に腰を下ろしたのは、肩より長い黒髪の男だった。

男は酒を注文して受け取ると、一瞬近くにいる俺を見やった。涼し気な青い瞳と目が合うが、愛想笑いなどはなく、すっと視線を逸らされる。

すらっとして服の上からでも分かる筋肉質な体つきは、一見して武闘を嗜む人間のようだ。いや、ここは保養地だから騎士の可能性もある。
グラスを拭いていた店主が、ふと男に声をかけた。

「あんた一度だけ見たことあるな。あの騎士団の連中の仲間だろ?」

そう言ってクレッド達がいる方向を指し示す。男は「ああ」と一言だけ口にし、また酒をあおった。
え、まじかよ。唖然とする俺に向かって、店主はにやりと笑いかけてきた。

「やっぱそうか。おい、じゃああんたの知り合いか?」
「へ? いや、違うーー」

何いきなり俺に話を振ってるんだ。俺こんな無口っぽい怖そうな人知らないんだけど。
男は急に体をこちらに向けて、俺のことをじろじろと観察してきた。

「……そうか。お前があいつの兄弟か」

表情を変えず低音が呟かれる。あいつって、まさか俺の弟のことか?
もしかしてこの男、例のーー

「あんた誰だ。クレッドのこと知ってるのか」
「……ああ、ハイデルの名か。俺はケール・ファドムだ。お前は確か……おかしな名前だったよな」

なんだと? 初対面で随分失礼な男だな。つうかこいつの名前聞いたことあるぞ、確か四騎士の最後の一人じゃなかったか。
もしかして、この男もグレモリー達と保養地を訪れていたのか。今まで何の話題も出なかったんだけど。

「セラウェ・ハイデルだ。あんたらの団長の兄貴だよ」
「そうか。セラウェ……やっぱり変な名前だな。本当に兄なのか? 弟の間違いじゃないのか」

馬鹿にするような言葉の羅列に、温厚な俺でも思わずカッとくる。
やっぱりあいつ、ろくな部下がいねえ。まともなのはネイドだけだ。たぶん。

「正真正銘三つ上の兄貴だよ。ファドムとかいったな。あっちの席に行ったらどうだ? 仲間が待ってるぞ」
「俺は小煩い場所で飲むのは好きじゃないんだ。……お前もそう見えるが」

確かにそれは当たってる。まだ女達の影があるテーブルには戻りたくないし、かといってこの男のそばにいるのも、なんか息が詰まるな。

内心汗が滲んでいると、ファドムは何故か俺と一つ席を空けた場所に移ってきた。カウンターに片肘をついて不躾にじろじろと眺められ、余計に居心地が悪くなる。

「なんだよ。何か言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれないか。ああ、自己紹介がまだだったな。俺はあいつの兄だが、ただのしがない魔導師だぞ」
「それは知っている。だが、お前の何がそんなにハイデルの気を引くのか……分からなくてな」

そういう事か。正直俺にも分からねえよ。俺なんかの何がいいんだろう。
こんな心が狭くて、今だってあいつの事が気になって仕方がなくて、苛々しっぱなしの兄貴なんか。

「そんな事知ってどうすんだよ。お前もクレッドに構ってほしい病か?」
「ふっ、なんだそれは。中々面白いことを言うな、お前。……まあいい、本人に聞いてみるか」

男の失笑がこぼれた瞬間、背後にぞわっとする気配を感じた。振り向くと、仏頂面をした弟が立っていた。
さっきまでの、にこやかな顔が嘘のように冷たい雰囲気をまとっている。

「おい。こんな所で何してるんだ、二人で」
「ただの自己紹介だ、ハイデル。お前の兄は団の中では珍しいタイプだな。俺も気に入ったぞ」
「……なんだと? くだらない事を言うな、ファドム」

クレッドにぎろりと睨まれたファドムは、不気味な落ち着きから一転して、ぎらぎらとした目つきを向けていた。殺気立った二人の間で、俺はまだ釈然としない気持ちを抱えていた。

「兄貴、この男は放っておけ。席に戻るぞ」
「いや、俺はいい。もう少しここで飲んでるから」

はっきりと口にすると、弟は驚きの目を向けてきた。
なんなんだ? 何故か腹立たしさが収まらない。
ただ単に行き場のない怒りが燻っているからなのか。こいつとは違い、何も行動を起こせない自分に対しての憤りなのか。

「何言ってるんだ? 早く行くぞ」
「いいって言ってるだろ、一人で戻れよっ」

ムカムカする。こんな子供みたいな態度をとって馬鹿みたいだ。俺にはもともと余裕なんて全くない。

「無理強いするな、ハイデル。今この男は俺と飲んでるんだ」
「……そうだよ。だからお前は戻ってていいぞ、クレッド」

苛立ちを隠せず、目を逸らして告げた。すると弟は言葉を閉ざし、しばらくそこに立っていた。
怒ったのかもしれない。でも俺はあとに引けなくなり、反抗する態度を崩せなかった。

クレッドは無言のまま、俺達のもとを去った。俺は唖然とする気持ちを表には出さずに、ヤケになってもう一度グラスをあおった。
隣にいるファドムは険悪な俺達の空気を愉しんでいるのか、どこか満足げな顔をしていた。

馬鹿としか言い様がない。くだらない嫉妬をして、子供じみた言葉を吐いて。
でもふざけんなよ、くそっ、本当に俺を置いて行きやがって!



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