俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 78 旅の前日

「おい起きろ、……起きろっつってんだろ、この野郎」

なんか硬い指に頭をぐいぐい押されている。でもまぶたが重くて目が開かない。

「……んあ……」
「てめえ相変わらず、んなだらしねえ格好で寝てんのか。……おいロイザ、こいつ起こせよ」

荒削りな男の声が、苛立ちを募らせている。体を揺さぶられ、やっと意識がはっきりしてきた。

「……んん…………クレッド……」
「あ? 今なんつった、このバカ弟子。それ弟の名前か? ったく、お前もしょうもねえブラコンだったのか」

好き勝手に色々言われてるんだけど。俺の弟が何なんだよ。
つうかお前誰だよ、バカ弟子とか失礼なこと言いやがっーー

……え!?

俺はもの凄い勢いで布団から飛び起きた。きっと周りの異様な光景を前に、目を白黒させてただろう。
ベッドの脇には、不機嫌な顔で俺を見下ろす金髪金眼の男がいた。

「な、なにやってんだ、あんた。俺の寝室で……」

寝起きのせいか更に大きな混乱が襲う中、震える声で問いかける。男はフッと嘲るような笑みを向けた後、口を開いた。

「お前今何時だと思ってんだ。約束の時間に来ねえから、わざわざ俺がお前の家まで来てやったんだろうが」
「え? もうそんな時間だったっけ?」

とぼけたフリして尋ねると、コツンと頭を小突かれた。
やべえ完全に寝過ごした。確かに今日、師匠の家に使役獣を預けに行く予定だったわ。
昨日の夜は弟との実験で忙しかったせいか、未だ睡眠不足を感じる。結局媚薬の効果は出なかったしな……

「おい何呆けた面してんだ。まだ寝ぼけてんのか」
「えっ。はは、悪かったよ師匠。わざわざ来てくれてありがとう」
「てめえ反省してねえだろ。つうかさっさと着替えろ。下見えてんぞ」

冷たい男の言葉に、慌ててはだけたガウンを直す。
師匠はわざとらしく溜息を吐いた後、「早く来いよ」と言って部屋を後にした。たぶん居間へ向かったんだろう。

まだ少し頭がぼうっとする中、後ろに目をやった。
そこにはベッドで見慣れた白虎ではなく、何故か褐色のロイザがあぐらをかいて座っていた。

「うわっ。なんでお前獣化してないんだよ」
「グラディオールが部屋に入るなり、俺に人化しろと命じた」

なんだと? あの野郎、ひとの使役獣に好き勝手しやがって。

「セラウェ。俺の主はお前だろう? あの騒ぎでも全く起きずに、あの男の好きにさせるとは……主としての責任感が足りないんじゃないのか」

ロイザが冷ややかな目つきを向け、珍しく饒舌に責め立ててきた。
でも反論出来ねえ。悔しいが図星だ。
焦った俺はとっさに奴の頭に手を乗せて、ぎこちなく撫でる仕草をした。

「ご、ごめんなぁロイザ。今度から気をつけるから。ほんと俺、主失格だよな」
「……おいセラウェ。何のつもりだ。その手は」
「え、何って……嫌だった? 一応親愛表現のつもりなんだけどこれ、主としての。つうかお前も時々やるだろ」

もっともらしく述べると、使役獣の灰色の瞳が僅かに揺れた。不思議そうな顔をしていると思ったら、どこか口元が柔らかく笑みを浮かべて見える。
機嫌が少し直ったのかと思い、ほっとする。 

「まあ俺、明日から一週間ほどいないけどさ。帰ったらたくさん魔力あげるし、今日もぎりぎりまで食わせてやるから。許してくれよ、ロイザ」
「ふん、仕方がないな。少しの間なら我慢してやるか。……お前が戻った時、魔力の味はどうなっているのだろうな。楽しみだ」

使役獣が不気味に告げた。味、だと? なんで今そんな事をーー

つうか考えてみたら、休暇中キシュア達との旅行の後、そのまま実家に帰るとして、クレッドとイチャつく暇ないんじゃないのか。だって人目があるし。
あれ、もしかしてこれーーちょっとした禁欲生活に陥るのか?

「どうしたセラウェ。お前の思念が乱れているぞ」
「べ、別にそんなことないけど。ていうかお前また白虎になっとけよ。……ほら、早くあっち行くぞ。あの親父がうるせーからな」

雑念を振り払うかのように告げ、慌てて起き上がった。服を着替えて身支度を整え、寝室を後にした。



白虎と共に居間に向かうと、師匠がソファの中央でふんぞり返っていた。何故か膝の上には小さな黒うさぎが座っている。
おっさんと可愛らしい小動物の組み合わせーー実際は暑苦しい男共だが、ものすごくシュールな光景だ。

仕事中なのか、どうやらオズの姿はない。師匠の相手を一人でしなければならない事実に、心の中で舌打ちをした。
諦めてテーブルの前に腰を下ろし、向かい合う。隣にもふもふの白虎をはべらせ、落ち着きを取り戻すように毛並みに触れた。

「おいセラウェ、明日から休暇なんだろ。わざわざペットを俺に預けて遠出とは、良い御身分だなあ。お前」

黒うさぎを撫でながら、琥珀色の瞳に鋭い視線を向けられた。

「まあな。師匠もキシュアに一回会ったことあるだろ。あいつの弟とクレッドも入れて、旅行に行くんだよ」
「ああ、あのいけ好かない芸術家か。異様に俺に突っかかってくる野郎だったな。……男だけで仲良く旅するなんて、お前も変わったよな」

途端にニヤニヤと嫌らしい笑みを向けられる。確かに普段の活発性皆無の俺からしたら珍しい行動だ。
でもお馴染みという以前から知った仲だしな。この男には悟られたくないが、何気に旅行を楽しみにしている自分がいる。

「たまには良いだろ。……あ、でもその後実家にも帰るんだ。この前師匠に言われたからっていうのも、まあちょっとはあるんだけど」
「へえ。良いことじゃねえか。ちゃんと親孝行しろよ。俺はお前の親父嫌いだけどな」

ーーえ?
師匠の予期せぬ発言に俺は目を丸くした。何故この男が俺の父親のことを知ってるんだ。

「ちょ、どういうことだよ。親父に会ったことあるのか?」
「あるぞ。かなり前のことだが……お前がまだ弟子一年目の頃か。どっから突き止めたのか知らんが、俺の前に現れて『息子に手を出すな』だのなんだの言われたよ。すげえしつこい野郎でな、まるでお前の弟のようだったぞ。結局俺も逃げ切ったけどな」

な、なんだその唐突な暴露話。あの親父、そんな事してたのか。完全に寝耳に水なんだが。

「なんで今まで黙ってたんだよ、俺全然知らなかっただろ」
「はっ。俺は一度面倒を見るって決めたら、他人の意見なんかに左右されねえ。たとえお前の身内でもな。それにセラウェ、お前が本気なのも知ってたからな。修行の妨げになりそうなもんを排除しただけだ」
「……まあ言ってることは、確かに分かるけど。あの親父、そんなに本気だったのか」

師匠の居所を突き止めるなんて、並大抵の事ではない。たぶん当時の俺ならば、うざい事しやがってと思い、終わりだっただろう。
でも今なら少し感じ方が違う。

「お前のことが心配だったんだろうな。親だから当然だとは思うが」
「そう、だよな……。俺も年取ったから何となく分かるよ」

でもそれだけじゃない。人に心配をかける辛さを本当の意味で知ったのは、今の弟の存在があるからだった。
あいつはいつも俺のことを気にかけて、大事に思ってくれてる。昔からそうだったけど、今はもっとそう感じる。

兄としては少し情けないが、弟の思いによって気付かされた事がたくさんあると思う。

「俺が言えることじゃねえが、実家に帰ったらもっとマシな関係になるんじゃないのか」
「さあな……そんな単純に済めばいいんだが」

しかしやっぱり親父の事を考えると気が重い。口を開けばお互いに険悪な雰囲気を漂わせてしまう。
心配してるとわかった上でも、親子ながら元々相性が悪いのだと諦めてしまうほどに。

「まあとにかく師匠、ありがとな。……ちょっと言い難いけど、この前した話……あるだろ? 気になってる事聞いたほうがいいのかってやつ」
「ああ、お前の弟の話か」
「そうだけどはっきり言うなよっ。……あれ、解決したんだ。結果的に上手くいったっていうか……もう大丈夫だから」

俺はきっとヘラっとした気持ち悪い笑顔を見せてしまったかもしれない。師匠が一瞬怪訝そうな顔をした。
だって今俺、ちょっと幸せな気持ちが溢れてるからな。呪いのことも特に心配無さそうだし。

「気持ちわりいな。そんなに弟と上手くいって嬉しいのか。お前も病的なブラコンだったんだな」
「な、なんだよその言い方! 仲悪いより全然良いだろっ」

何故か俺はムキになって机にドンッと両手をついた。あ、やべえ、こんな過剰に反応したら余計に怪しまれる。

「まあ良いけどよ。……じゃあ俺の助言のおかげだな。何の礼をしてくれるんだ? セラウェ」
「は……?」
「あーなんか俺、とりあえず腹減ったわ。何でもいいから適当に作ってくれ。つうかお前、客に茶も出せねえのか? おら、早く動けよ」

再びソファの背にドサっと偉そうにもたれかかり、顎で俺に指図してきた。
途端に感謝の気持ちなど薄れ、腹の底から怒りが沸々と湧いてくる。

「っざけんなよ! ここ俺の家だぞ! なんであんたに飯作んなきゃなんないんだよ!」
「ぎゃあぎゃあうるせーな。ペット預かってやるんだから、そんぐらいしろよ」

いや元々あんたの使役獣だろ、どっちかというと俺が引き取ってずっと世話してきたんだが。
ムカムカを抑えながらちらっと隣の白虎を見ると、丸い無垢な灰の瞳がじっと俺を見ていることに気づいた。

「あ、ごめんロイザ。お前は俺の大事な使役獣だからな」

思念を読まれたらまずいと思い、焦りながら白い毛並みを撫で撫でする。
そんな俺にしつこく師匠の急かす声が浴びせられ、渋々ながらも結局命令を聞くことにした。

けれどそんな俺のもとに降りかかる災難は、それで終わりではなかった。


「ほら、ちゃんと作ってやったぞ。早く食べて帰れよ」
「ああ? なんだその失礼な言い草は。俺はお前の師匠だぞ」

台所で急いで作った料理を差し出すと、師匠は文句を言いながらも美味そうに食べていた。
まったく、俺はもう弟子がいるれっきとした魔導師だというのに、いつまでこの男にパシられなきゃなんないんだろう。

「セラウェ。飲み物ついで」
「はいはい」

無造作に差し出されたグラスに、お茶を注ぎ入れる。このジジイ、俺をこき使いやがってふざけんなよ。

心の中で愚痴を漏らしていると、玄関のほうから物音がした。もしやオズが帰ってきたのかと思い、急に湧き出た喜びを胸に、バッと後ろのドアを振り返る。

「マスター、ただいま帰りましたっ。お客さんですよ〜なんと、クレッドさんですっ」

…………えっ。
弟子の明るい声と共にドアの奥から現れたのは、制服姿ではなく何故か普段着の弟だった。
やべえ。とんでもない場面を見られたかもしれない。

ちょうど師匠にグラスを手渡しているとこを、ばっちりと視界に入れられた。
こんなの、甲斐甲斐しく世話してる感丸出しじゃないか。

「あっ、お師匠様もいらしてたんですか! っていうか、それマスターの手作りですか? 珍しい〜何作ったんですか?」

全く空気を読まずに楽しそうにテーブルに寄ってくる弟子。そしてドア付近で凍りついた表情を浮かべる俺の弟。

「……何やってるんだ、兄貴」
「クレッド、これは違うんだ。偶然こんな事になっちゃって。えっと、別に深い意味ないから」

たかが料理を作っただけなのだが、静かに怒る弟を恐れた俺は、必死に弁解した。するとクレッドは足音を鳴らしながらこっちに向かってきた。
オズと楽しそうに談笑している師匠を見下ろし、冷酷な眼で睨みつける。

「貴様、まだ兄貴にこんな事をさせているのか」
「なんだてめえ、また俺達の邪魔しに来やがったのか。俺が自分の所有物に何をさせようが、俺の自由だろ」

また師匠が小馬鹿にするような態度で、神経を逆撫ですることを言い出した。
クレッドは拳をぐっと握りしめ、相当怒りを溜めている様子が窺える。

「お前の所有物じゃない、俺の兄貴だ。勝手な真似は許さないぞ」
「ほう? お前にそんな権限があんのか。知らなかったなぁ。ただの弟のくせに、いっつも纏わりつきやがって。……つうかセラウェ、お前の身内はなんでこうも皆しつこいんだ。俺もそろそろ相手すんの疲れてきたんだが?」

呆れ顔で話題を振られるが、一番しつこくて厄介なのはあんただろ、と心の中で毒づいた。

「師匠、頼むからもう黙っててくれ。俺の弟で遊ぼうとすんな」

俺は弟の腕を引っ張り、自分の方へ向かせた。これ以上この男の毒牙に触れさせてはならない。

「クレッド、なんか話があるんだろ? こんなおっさん放っておいて、一緒に上に行こうぜ」
「えっ……ああ。そうだな、兄貴」

険しかった表情が急に子供のような邪気のない顔つきになり、俺も一瞬驚いた。

二人で階段を上がり、二階へと向かう。俺の寝室へと招き、とりあえず鍵をかけた。
この部屋に入れるのは初めてだ。というか、こいつがこの家に来ること自体が珍しい。

「なあ、何かあったのか? わざわざここに来るなんて」

ベッドの上に座らせて、俺も隣に腰を下ろした。するとクレッドは俺の目をじっと見て、何かを言いたそうな顔をしていた。

「いや、明日の時間に変更があったから、伝えようと思っただけだ」
「……そうか?」

少しドキドキしながら頬に手を這わせ、ゆっくりと撫でた。弟はぴくりと肩を震わせ、耳元がまた赤くなっている。
昨日もずっと一緒に居たからか、色々思い出しそうになり体が熱くなってくる。

「おい、師匠のことは気にするなよ。ああいう性格なんだ。すげえうざいけど」
「……でも、何度も兄貴のこと所有物だって言うだろ、あの男……そんなの、俺は我慢ならない」

クレッドはそう呟くと、突然俺の体を自分の方に引き寄せ、強く抱きしめてきた。
一瞬のことにびっくりしたが、俺も腕を回して抱擁を受け入れる。
落ち着かせるように背中をぽんぽんと触って、しばらくそのままでいた。

「どうした? お前……あんな言葉忘れろって」
「……だって兄貴は、俺のものなのに……。全部、俺だけの……ものだろ?」

弟が切なげに問いかける。
久しぶりに聞いたその言葉に、俺はまた懲りもせず心臓が掴まれてしまった。

か、可愛い、こいつ……。

なんか前よりもさらにそう感じる。いつもは人を寄せ付けない感じなのに、たまにこんな風に甘えてこられると、俺は参ってしまう。

「そうだよ、クレッド。俺はお前のだよ。周りが何を言おうが、それは変わらないから安心しろ。な?」

平静を装って言い聞かせると、弟は体を少し離した。透明な蒼い瞳がじっと確かめるように見つめてくる。
なんで今日はそんな子供みたいな表情してるんだ? 昨日の荒々しい雰囲気はどこいった。

一人でどきまぎしていると、クレッドの顔が近づけられた。
顔を少し傾けて、唇をそっと合わせてくる。触れた瞬間、その箇所がじわりと熱をまとった感じがした。

「ん……」

体全体が火照ったように、頭がぼうっとしてくる。どうして何度しても、俺は慣れないんだろう。
すると突然、抱き合ったまま後ろのベッドに押し倒された。

「うわっ」

完全に脱力したクレッドの体が乗っかり、少し腹の辺りが苦しくなる。動こうとしても全然動かない。

「おい、クレッド。どうした」
「……兄貴。俺、ずっと考えてたんだ。明日から兄貴と毎日一緒にいられる。でも二人きりじゃないから、どうやって皆の目を盗んで、兄貴に触れようかなって……」

そう言ってゆっくりと顔を上げた。どこか浮ついた表情に見えるが、目は真剣だ。
俺は思わぬ弟の発言に、一瞬思考が止まりかけたが、そっと奴の頭に手を置いた。

「じ、実は俺もちょっとそんな事考えた。だって、せっかく初めて長い時間一緒なのに……なんか勿体ないよな。はは、お前も同じだったんだな」

照れながら冗談めかして言うと、クレッドの顔がみるみるうちに紅潮し、蒼い瞳が潤みだした。
え、どうしたの? 大丈夫かなこいつ。
心配しつつ様子を伺っていると、もう一度ガバッと抱きつかれた。

「……分かった、兄貴。俺、頑張るから。兄貴に寂しい思いはさせない。心配しないで」

クレッドがぽっと顔を赤く染めて、決意を滲ませながら告げる。
な、何を頑張るんだろう。なんか明日からの休暇、妙に緊張してきた。

「うん。楽しみだな」

俺がそう答えると、再び腕にぎゅっと力が込められた。ドキドキしながら弟の頭を優しく撫でて、俺は束の間の二人の時間を味わうことにした。



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