俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 76 弟の一面

窓の外から暖かい光が差し込む午後の時間。騎士団本部内にある豪華めのラウンジで、俺は弟子のオズと優雅にお茶をしていた。
だが何故かさっきからオズのあどけない童顔が、俺にじと目を向けている。

「マスター、食べ過ぎですよっ。そんなに同じケーキばっかり食べて、気持ち悪くなんないんですか?」
「全然大丈夫。ここの食堂で週一回だけのチャンスなんだぞ、たくさん食っとかないと」

お目当ては料理人特製の濃厚チーズケーキだ。甘いものに目がない俺は、こうして週替りの特別デザートメニューを定期的に堪能している。
もちろん一人で訪れるのは恥ずかしいので、いつもオズかロイザに無理やり一緒に来てもらっているのだが。

「はあ。……そういえば、もうすぐご実家に帰るんですよね。俺、弟子になってから五年ぐらいですけど、マスターが帰省してるの今までニ、三回ぐらいしか見たことないですよ。やっぱり今回は、クレッドさんが一緒だからですか?」

弟子の突然の話題振りに、口に含んでいたコーヒーを思わず吹き出しそうになってしまった。

「……い、いやそんなこと別に……まあ、たまには帰らないとな。心配するだろ、普通に考えて」
「そうですよね。あ、でも毎年一回はちゃんと手紙送ってるじゃないですか。ほら、お母さんへの」

ちょっと、あんまり外でそういう話しないで欲しいんだけど。
でも確かにオズの言う通りだ。俺はこっそり母親宛に生存確認としての手紙を送っていて、それに対する返事も受け取っている。ただ、口うるさい親父とは数年間ほぼ接触がない。

なんか実家への帰省が近づくたび、段々気が重くなってきた。

「あっ、俺そろそろ行かないと。ネイドさんに呼ばれてるんだった」
「え、もう行くの? もうちょっと居ろよ、俺まだ食べ終わってないだろ」
「でも俺マスターより忙しいんで。……ちゃんと夕飯が入るようにしといて下さいよ?」

オズは丸い茶目を据わらせて念を押し、すくっと立ち上がった。
俺を置いてさっさと去っていってしまう弟子を見送りながら、一人になってしまい途端に心細さを感じる。
なんだよ、すっかり騎士団の小間使いになりやがって。

このラウンジは広めのゆったりとした空間で、テーブル席とは別に仕切られたソファ席があり、俺はいつもそこでお茶タイムを楽しんでいる。
周りには騎士や職員の姿がちらほらと見えるが、静かで落ち着ける雰囲気のこの場所は、何気に俺のお気に入りだった。

「もう一杯コーヒー飲もうかな……」

ポツリと呟いて立ち上がろうとした俺の前に、ある人物が通りかかった。
白装束にストールを巻いた、金髪ロングヘアの白肌美女ーーいや、実はこの回復師は俺達兄弟の幼馴染の男で、中身はただのうるさいガキだった。
奴は俺の顔を見た途端目を丸くしたが、すぐに口を大きく開けて喜びの表情を浮かべた。

「あ! お兄ちゃん! 何してんのこんなとこで、すげえ偶然だな!」
「ちょ、お前声でかい。あんま大きな声でお兄ちゃんとか言うなっ」
「えっなんで、いいじゃん別に。誰も気にしないって。なあ、クレッド?」

楽しそうに笑うカナンが振り向いた先には、制服姿の金髪蒼眼の男が立っていた。

え!? なんで俺の弟までこんな場所にいるの? こいつもこんなとこで食事とかしてんの?

一気に疑問付にまみれながら固まってしまった俺の目の前に、その騎士団長はやって来た。
仕事中にしては珍しく、優しげな微笑みを浮かべている。

「兄貴。一人でお茶してるのか?」
「あ、いや……さっきまでオズが居たんだけど。お前こそ、よくここに来るのか?」

俺は驚きを抑えながら尋ねた。だって初めて見たぞ、この場所に弟が居るの。四騎士の奴らも見たことないし。
しかもカナンと二人って、仲良いなマジで。

「たまに来る。時間がある時だけな」
「ねえねえお兄ちゃん、俺達もここ座るから。……あ、クレッド、俺コーヒーがいい! あと適当に甘いもの持ってきて」
「……おいカナン。俺は一応ここの騎士団長なんだが。自分で持ってこいよ」
「いいじゃん、早く〜。俺はお兄ちゃんと喋りたいんだよ」

カナンはそう言って即座に俺の隣に腰を下ろした。こ、こいつ普通にクレッドをこき使ってる感じなのか。
唖然としている俺を、弟が若干不思議そうに見つめてきた。

「兄貴は何が欲しい? ……コーヒーとケーキか?」

テーブルの上を一瞥した弟が、柔らかい口調で尋ねてきた。えっまさか俺にも持ってきてくれるの? 優しすぎだろ、団長なのに。
けれど俺は思わずこくりと頷いてしまった。

「う、うん。いいのか? ありがと」
「分かった。ちょっと待ってて」

なんかよく分からんが、すごく不思議な感覚がする。いつもは二人で部屋で過ごすか、仕事の時に顔を合わせるぐらいだからか、それ以外でのやり取りは新鮮な感じだ。
俺とカナンの頼みを聞いてその場を離れたクレッドを、俺はぼんやりと目で追った。

考えてみれば、俺達ってマジで他の人間には誰にも明かすことが出来ない、禁じられた関係なんだよな。
もちろん、この脳天気な隣の野郎にも。

「でもホント良かったなあ、セラウェお兄ちゃんとクレッドがまた仲良くなって。俺、すげー嬉しいんだけど」
「……へっ!? そ、そう? 俺も嬉しいけどね。はは」

ほっとした笑顔のカナンを見て、背中にじわりと汗が滲む。まあ仲良くの方向性が全然違うんだけどな。

ああ、ガキの頃から知ってる幼馴染を前にして、なんか異様に胃が痛くなってきた。
俺の弟は平気なのか……? 改めてすごい精神力だな。

「最近のクレッド、柔らかくなったしさ。お兄ちゃんの話もよくするよ?」
「え。嘘だろ、どんな? 信じられないんだけど」

まさかやべえこと言ってないよな。いや有り得ないそんなこと。

「それは言えないけどさあ、あいつ怒りそうだから。でも昔に戻ったみたいな感じだよ。お兄ちゃん大好きって雰囲気だね」
「そうなのか……マジで照れるんだけど」

わざとらしく頭を掻きながら反応するが、俺の心臓は急激にバクバク言い始めていた。過去の話を絡められると、正直どうすればいいか分からない。あいつの思いを知ったせいなのか、平常心ではいられないのだ。
ドギマギしてきた俺は話題の転換を試みた。

「なあカナン。そういやさあ、お前なんで髪伸ばしてんの? すげえ綺麗だよな、その長い金髪。ちょっと触ってもいい?」

俺は隣にいるカナンに向き直り、興味本位で髪に手を伸ばした。
許可を取る前に美しい絹糸のような髪を撫で撫でしていると、ちょうどクレッドが帰ってきた。
凛々しい騎士の姿に不似合いな、飲み物やら菓子類が置かれたトレーをテーブルに置き、俺を冷たい目で見下ろしている。

えっなんかヤバイとこ見られたかもしんない。

「ちょ、お兄ちゃん、あんまり触らないでくれる? くすぐったいだろ」
「ごめんごめん。わざとじゃないから」
「もー昔からそうだよな、セラウェお兄ちゃんてば。俺の頭すぐ撫でてきたし」
「いやそれはお前がすげえガキの頃の話だろ。今そんなことしねえよ、髪触っただけじゃねーか」

俺達がぺちゃくちゃ喋っていると、真向かいに座った弟の鋭い視線がぐさりと突き刺さってきた。

「あ、クレッド。おかえり。ありがとうマジで」
「……ああ。別に大したことじゃない」

早口で礼を言った俺は、何故かぴりぴりとした空気を醸し出す弟から若干目を逸し、再びケーキを頬張り始めた。

「あ、そういえば俺がなんで髪伸ばしたかなんだけどさ。最初はクレッドがそっちの方が似合うって言ったからなんだよな。覚えてるだろ? クレッド」

ーーえ。俺の弟がなんて言ったって?

何気なく放たれたカナンの言葉に俺は愕然とした。
なに、こいつ、そういうのがタイプだったのかーー

「ど、どういうことだよクレッド。お前がやらせてたのか、このさらさらロングヘア……」

俺は何故か震える声で弟を見やった。すると弟は俺以上に焦りの顔つきをしていた。
完全にぎくりとした表情で、顔が引きつっている。

「ち、違う、兄貴。誤解だ。……おいカナン、なんでお前いっつも余計なこと言うんだ!」
「えっだって事実じゃん。お前が勧めてきたんだろ。俺の新しい髪型」
「黙れ、それ以上喋るなッ」

なんだその動揺の仕方は。なぜか腹の底からムカムカが治まらなくなってきた俺は、無言で弟を睨みつけ圧力をかけた。
するとクレッドは一瞬怯み、やがて言い難そうにしながら口を開いた。

「いや、違うんだ本当に。……こいつが髪長いと女みたいに見えるだろ? だから都合が良いんだよ、その……」
「そうそう。クレッドはモテ過ぎだからさ〜。いつも言い寄られると困っちゃうでしょ? だから俺が盾になってんだよ。すごい役に立ってるよ俺、自分で言うのもなんだけど」

菓子を口に放り込みながら、何食わぬ顔でカナンが告白した。
な、なんだよ。そういう事だったのか。……でもあっさり納得していいのか、この話。そんなにモテるのかよこいつ……知ってるけどさ。
ああ、なんか無性に腹が立つ。

「へえ、なるほどね。お前も大変なんだな、クレッド」
「いやそんな事ないよ、全然、兄貴……」
「なんでお兄ちゃんがそんな苛々してんの? あ、弟がモテすぎて嫉妬?」
「ああ? うるせえなっお前は黙ってろよッ」

仕切りに隔てられてるとはいえ、つい公衆の面前で大声を出してしまい、慌てて口を押さえた。
隣にいる空気の読めないガキは、まるで気にしていない様子で食べ続けている。

「まあそれだけじゃないよ。回復師やってると、出先で結構ナメられることあるんだよね。黒魔術師とかの花形じゃないしさ。でも髪伸ばしてると印象が変わるのか、周りの男共の当たりが柔らかいんだよ。バカだよな、俺男なのに」

外見はまるで美女に違いない男が、溜息混じりに口にした。想像すると、こいつも色々苦労してんだろうという事が分かる。

だが俺の思った以上に、カナンとクレッドの仲の良さは続いているらしい。
兄としては嬉しい限りだが、弟の知らない面をこれからも目の当たりにするのかと思うと、ちょっと気が気じゃない。

「なあなあクレッド、さっき俺達四人でどこ行こうか話してたじゃん。今思いついたんだけどさ、騎士団の保養地っていいんじゃね? ほら、お前が毎年行ってるっていう、湖畔の別荘」
「……えっ。何それ、別荘? お前そんなお洒落な感じのとこに行ってんのか? 誰と?」

カナンの予期せぬ台詞に、俺は再びすかさず食いついてしまった。迫るように尋ねると、クレッドは何故かまた一瞬言葉を詰まらせて、親友にぎろっとした目つきを向けた。
なんだその態度、また俺にバレたらまずいことなのか?

「カナン、なんでそこに行きたいなんて言い出すんだ。今まで興味無かっただろ、お前」
「だって四騎士の奴らと行っても怖いじゃん、あいつら。気が休まんねーよ。……でも兄貴とお兄ちゃんも一緒なら楽しそうだし、なあ良いだろ? 皆で行こうぜ、クレッド」

ちょっと待てよ。四騎士ってなんだ。クレッドの奴、保養地で同僚と一体何してんだ。
色々考えを巡らせてると、突然カナンが立ち上がった。

「あ、俺おかわり持って来ようっと。お兄ちゃん何か欲しい?」
「え、いやもういいわ。ありがとう」

上機嫌に席を離れるカナンに返事をしつつ、弟への関心が収まりきらない俺は、その揺れ動く蒼い瞳をじっと見つめた。
なんかこいつ、気まずそうな顔をしている。かなり不審だ。

「おいクレッド。保養地で何やってるんだ? 毎年行ってるのか?」
「……ああ、まあそうだけど……ただの休暇だよ。兄貴」
「どんな? 男だけで一体何してるんだ?」

これは完全にいつもの弟と役割が逆転しているかのような状態だ。まさか自分が弟を詰問しているなんて。
俺は一体どうしてしまったんだ。

「言いたくないのか? ……怪しいな」
「そ、そうじゃない。別に……」
「じゃあなんだよ。教えろよ」

厳しめに問いただすと、クレッドは観念したのか小さな溜息を吐いた。

「…………しゅ、狩猟だよ。皆で熊狩りしてるんだ。……周りにちょうどいい森があるから」

弟が顔をうつむかせ、ものすごい言いづらそうな雰囲気でそう告げた。

く、熊狩りーー。屈強な騎士であるとはいえ、あの可愛い弟が……か?
言葉を失っている俺の目を、クレッドは真っ直ぐに捕らえてきた。

「だって兄貴、動物好きだろ? だから言い出せなくて……悪かった」

何故か申し訳なさそうな顔をする弟を前に、俺は戸惑いつつもほっとしていた。
もっと良からぬ想像をしてしまっていたからかもしれない。

「なんだ、そうだったのか。ごめん問い詰めたりして。狩猟かぁ、お前すげーな」
「えっ嫌じゃないのか? 俺の趣味」

趣味だったのかよ。俺こいつのこと、まじで何にも知らないんだけど。他にどんな関心事持ってるんだろう。

「別に嫌じゃないよ。趣味は人の自由だろ。俺、動物は好きだけど普通に肉類も好きだからな。……つうか狩猟は確かに騎士のスポーツだよな。演習代わりにもなるって聞いたことある」
「ああ、そうなんだ。役にも立つんだよ。……でも本音を言えば、今回そこには四人で行くつもりはなかったんだけどな」

クレッドはそう明らかにして、少し悔しそうな顔をした。

「え、なんで? なんかまずいのか?」
「いや。本当は、兄貴と二人で行こうと思ってたんだ。綺麗な場所だから見せたいなって」

にっこりと笑顔で告げられた瞬間、俺は顔がカアッと熱くなるのを感じた。
お、おいなんか勝手に甘い雰囲気出してるけど、ここ騎士団の食堂だからな。お前いつもは近寄りがたい団長だからな。

「そ、そっか。俺も行きたかったかも、お前と……」

恥ずかしさはあったが無下にすることなど出来ず、ちょっと目を伏せ気味に答えた。
なんだこの雰囲気。どうしたんだ俺は。

「えっなになに〜、何の話?」

もじもじしていた所に気の抜けるカナンの声が割り込んできて、俺はちょっとほっとした。
反対に若干苛ついた表情をした弟を見て、内心笑いがこぼれそうになった。

休暇の期間中、この二人と俺の親友も交え、また四人でくだらないやり取りをしながら、楽しく過ごせるのかな……などとぼんやりと思いを馳せていた。



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