俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 75 それぞれの思い

もうすぐソラサーグ聖騎士団の長期休暇が始まる。それに合わせて、俺達兄弟は実家に帰ろうとしていたのだが、そんな俺が頭を抱えたくなる問題が発生していた。
そう、この白虎の使役獣の存在だ。

ソファに座った褐色の男が偉そうに足を組み、使役者である俺に侮蔑の目つきを向けている。

「ほう。……つまりお前は、弟と家に帰る間、俺にグラディオールのもとへ行けと言うのか」
「は、はい。そうなんです。すみません」

俺は何故か騎士団領内にある仮住まいのリビングで、自らの使役獣を前に正座していた。最初から平身低頭して謝る勢いなのだが、ロイザの機嫌はすこぶる悪い。
ちょうど今、弟子のオズがいなくて誰にも助けを求められないのがつらい。

「……まあ色々、ご飯の問題とかあると思うんだけど。ちょっと俺、お前を一緒に連れて行けないんだよね。家族がびっくりするから」

ちらっと目線だけソファにやると、まだ無表情のロイザが射抜くような視線で俺を見ていた。
白虎の姿でも褐色の男でも連れ帰れないのは事実だが、もっと言えばクレッドがペット同伴の旅など絶対に許さないからだ。

「いつもならさ、オズがいるんだけど。あいつも同じ頃実家に帰るって言うんだよね。でも俺より早く帰ってくるからさ、その間だけ師匠のとこに泊まってもらう形で……」

しどろもどろで説明すると、使役獣の灰の瞳がぎろっと俺を睨んできた。やべえ、なんで俺こんなに責められた感じになってんだよ。ちょっと自分のペットを預けるって感覚じゃねーぞこれ。

「セラウェ。お前、俺を捨てるつもりなのか? 酷い主だな……」
「へ? そそそそそんな事あるわけないだろ。俺のものすっごい大事な使役獣だぞ、お前は」

焦りまくりで取って付けたみたいな台詞を見抜かれたのか、ロイザの冷酷な表情は変わらない。だが奴は突然身を乗り出し俺の顔の前まで迫ってきた。
指先で顎を上向かせられ、人間のような動作でじろじろと眺められる。

「ど、どうしたのかなあ。ロイザ君。そんな怒んないで……」
「ふっ。お前の頭が幸せ一杯なのは良いことだが、主としての責任は取れ。俺はグラディオールのとこへ行くのは御免だ」
「え、なんで? やっぱあのおっさん、横暴だから? あ、餌のやり方が強引だから?」

俺が口早に尋ねると、使役獣は深い溜息をついた。やっと俺の顎を解放し、再びドサっと大きくソファに背を預ける。

「ここに座れ、セラウェ。たまには弟のことは放っておいて、俺の言うことを聞いてくれてもいいだろう」

おい何故そこでクレッドの名を出すんだよ。
文句を言いたくなるのを堪え、偉そうな使役獣の横におずおずと腰を下ろした。

すると突然こっちを向いたロイザが、やたらと真面目な顔で迫ってきた。なんだ、俺恫喝されんのか? 力じゃぜってー負けるぞ。

「俺はお前の魔力が欲しいんだ。お前が何日家を空けるつもりか知らんが、三日以上は耐えられない」
「う、うん。それは知ってるけどさ。……たぶん俺一週間近く居ないと思うんだよね」
「……なんだと? お前、俺を餓え死にさせる気か」

より一層苛ついた声で責められ、一気に肩身が狭くなる。ああ、どうしよう。俺、また間に立たされてる気がするーー
けれど、そんな俺達の様子を遠目から見ている黒い小動物がいた。

「おい、白虎。セラウェのことあんまり困らせんなよ、お前子供か? んな駄々こねやがって」

そう、小さく愛らしい黒うさぎの姿に変貌した、あのナザレスだ。
自分でも驚くべき事に、俺はこいつを師匠に預けられて以来、結構な頻度でかわいがってきた。
たまに人化して俺を襲いそうになる事があるが、その度に自らの命令で獣化させている。

「黙れ畜生。お前に気安く話しかけられる筋合いなど無い。俺と主の話の腰を折るな」
「ああ? 気取ってんじゃねえぞ、お前もただの使役獣だろうが」 

また始まった。こいつらほんとに仲が悪い。良くても気持ち悪いけどな。
つうかたぶん、ロイザの不機嫌の本当の原因はナザレスだと思う。こいつが家に来て以来、明らかに白虎は苛立ちを募らせていた。

クレッドに対しては嫌味で留まっているが、黒うさぎのことは本気で毛嫌いしている。
師匠のとこにも一緒に帰りたくないのだろう。そう考えると、なんか申し訳ない。
やっぱ俺が黒いもふもふを可愛がりすぎてるのが駄目なんだよな、と反省する。

「おいナザレス、お前は黙ってろ。あんまりうるさいと、もう触ってやらねえぞ」
「分かったよセラウェ。そんな冷たい声出すなよ、あんたには似合わねーぞ」

喋ると途端にうぜえな、こいつ。俺がおもむろに立ち上がろうとすると、後ろからパシリと腕を取られた。
驚いて振り向くと、ロイザが何かを言いたげな目で見つめていた。

「ん? なんだ? どうしちゃったの、お前」
「セラウェ、今すぐ餌をよこせ。俺は腹が減ってるんだ」

有無を言わせない高圧的な口調で、何故か使役者の俺が命じられてる気分になる。「おい俺にもくれ!」というヤジが向こうから飛んできたが、完全に無視した。

「じゃあ俺の言うこと聞いてくれるのか? ロイザ」
「さあな。お前の味次第だ」

その言葉を聞いて俺の思考が止まる。……こいつも分かってるだろうが、俺の魔力、今美味しくないぞ。弟と色々しちゃってるから。
動揺を隠して、俺は使役獣の両肩をソファの背に押し付けた。だがロイザの表情は変わらない。

「……分かったよ。強引な男だなあ、お前」
「お前はそういう方が好きだろう、セラウェ」

なんて口が減らない使役獣なんだ。いつ俺がそういうタイプになったんだよ。
まあ、文句が言いたくなる気持ちは分かるけど。
俺はせめてもの償いとして、精一杯自らの魔力を与えることにした。



※※※



その夜、俺は兄弟水入らずの時間を過ごしていた。場所は弟の部屋に備え付けられた浴室の中だ。
二人が入っても十分なほど広いバスタブで、湯船に浸かっているのである。
そんな優雅な時間を過ごしているのに、俺はまだ使役獣のことが気がかりに感じていた。

「兄貴、さっきからずっとぼうっとしてるな。何考えてるんだ?」

正面にゆったりと座るクレッドが、片肘をついて俺に鋭い視線を向けてきた。こいつによく尋ねられる台詞だったが、聞く度に心臓がドキリとする。
俺そんなにいつも、物憂げな顔してるかなあ。

「い、いや別に何もないぞ」
「嘘だろそれ。……何かあるなら教えて」

水も滴る良い男が真剣な眼差しを向けてくる。クレッドは少し身を乗り出し、俺が浴槽の縁に置いた手を上から握ってきた。

……この雰囲気は、意図せず喋らされるかもしれない。

「でもたぶん、お前が聞いても面白くない話だよ」
「いいよ、それでも。兄貴の話なら、何でも聞きたい」

漂っていた威圧的な空気を即座に消して、顔に微笑みを浮かべる。
俺はどきまぎしながら、胸の内でため息をつき、小さな決心をした。

「実はロイ……俺の使役獣なんだけどさ。俺達もうすぐ家に帰るだろ。その間師匠のとこに預けようと思ってて……でも帰りたくないみたいなんだよな」

俺は正直に、きっと弟が聞いても何の興味も沸かないだろう話をした。けれどクレッドは真面目な表情で、意外な反応を示した。

「そうか。確かにあの横暴な男のもとへ行くのは、嫌だろうな。その上あの汚らわしい黒い奴も一緒なんだろう。俺でもそんな目には会いたくない。兄貴と一緒に居たいと思うよ」
「……え? お前、どうしたんだ。そんな共感的な言葉を吐くなんて。熱でもあるのか?」

俺は思わず心配になり、腰を起こしてクレッドの額に手をやったが、普通に冷たかった。
弟に若干白けた目を向けられて焦る。でもすぐに体を引き寄せられて、奴の足の間で後ろむきに座らせられた。

「ただそう思っただけだ、兄貴。深い意味はない」
「そうか……? でも正直、お前はなんて心が広い男なんだ……って俺思うんだけど」

つい真面目に本音を口にすると、背後からふっと笑う声がした。腹に手を回され、背にぴたっと胸板をくっつけられて、異様にドキドキする。

「そういうわけじゃない。自分で言うのも何だが、俺は心が狭いぞ。嫉妬深いしな。……でも兄貴が俺を受け入れてくれただろ。だから兄貴の側に立ちたいと思ってるだけだ」

そう言って俺の耳元に唇を寄せた。思わぬ柔らかい感触に触れられ、ピクっと反応してしまう。
また微かな弟の笑い声が聞こえたが、やがて静かになった。

「かと言って、あいつと仲良く出来るわけじゃないからな。……だって、あいつは兄貴のそばに居るんだろ。いつまでなのかは知らないが……」

クレッドの発言に、俺は言葉を詰まらせた。使役獣の存在は確かに弟にとって、悩ましいもののはずだ。
俺にとっては、どちらも全く方向が違うとはいえ、限りなく大事な存在なのだが。

両者が折り合いをつけようとしているのが窺えて、俺が一番しっかりしなければならないのだと、切に身に染みてくる。

「分かってるよ、クレッド。お前、優しいよな。俺のこと思いやってくれて……」

俺は体を振り向かせ、後ろにいる弟に真正面から向かい合った。少し驚いた顔をする弟に、目線をじっと合わせる。

「お前への気持ちはやっぱり、特別だよ。俺も小さい頃からお前のこと見てるからさ。大事でたまらないんだよ。……でもあの頃よりももっと、気持ちは大きくなってるけどな。多分これからも大きくなるぞ」

正直にそう話して、弟ににこりと笑いかけた。
一瞬昔の話を出すべきなのかは迷ったが、本心なので隠さずに表した。

こいつのことを好きだと強く思っている今でも、兄弟だから大切だと思う気持ちは、無くなることはないものだ。
こうして改めて自分で口に出すと、気恥ずかしさと同時に、心が熱くなるのを感じた。

クレッドも同じように感じてくれたのか、今度は自分がどこか夢見心地な顔で、俺のことを見つめていた。

「……俺、上手く言えないけど……俺は兄貴の弟であることに、幸せを感じてる。兄貴がそう思ってくれて、それでも俺のことを好きだって言ってくれることが、すごく嬉しいんだ」

柔らかい笑顔を向けて、弟が語りかける。
前に俺がこいつに、血の繋がりが気にならないのかと尋ねた時、兄弟であることが嬉しいと言っていた。
俺は逆に兄弟であることを悩んでいたので、あの時は弟の気持ちが理解出来なかった。

けれど今こうして、小さい頃から想い続けてくれた弟の一心な気持ちに触れて、こいつも俺と同じ様に兄弟であることを認めた上で、そう思ってくれているのだと知るようになった。

弟の真っ直ぐな蒼い瞳に映されると、何故かまた、昔の弟の面影と重なっていく。
いつの間にか胸が苦しくなってしまうほど、愛しさが募るのを感じる。
じわじわと広がる想いが、さらに身を焦がしそうになる。

なんだろう。少し目眩がしてきた。俺は、こういう気持ちには慣れていない。

溢れ出す感情を上手く伝えられそうになくて、弟の頬に手を伸ばした。触れる度に全身に熱が伝わっていき、びりびりと痺れだす。

「兄貴、好きだよ」

俺が言葉を発する前に、そう呟いたクレッドが、そっと唇を重ね合わせてきた。
何度こうやって心を奪われているのか分からない。けれどそれは決して恐れるべきものではなく、弟だけが俺に与えてくれる、心地よさでもあった。



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