俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 72 呪いの話 -クレッド視点-

腕の中に兄貴を包んで、しばらくの間、口付けを与え続けた。涙を乾かしたくて、背を撫でながら優しいキスを施す。
けれど兄の頬はまだ濡れたまま、時折ほろりと雫がこぼれてきた。

俺を幸せにすると言ってくれて、胸の高鳴りが抑えられないほど嬉しい。でもさすがに、段々兄の状況が心配になってきた。
口を離した時、泣き腫らした顔の兄が俺の目をじっと見てきた。

「ごめん、俺……止まんなくて。こんな風に……女々しいよな」
「いや、大丈夫か? 俺のほうこそ、長々と自分の思いを……ちょっと重く、感じたんじゃないか」

不安が襲い、つい気になっていた事を尋ねる。すると兄は目を見開いて、首をぶんぶんと横に振り、ガウンを着た俺の肩を凄い勢いで掴んだ。

「違うっ、何言ってんだ、重いんじゃない。そういうのは……深いって言うんだよ。……愛情深いっていうか……俺はそう感じる」

真剣な表情で思慮深く発せられた言葉に、心臓まで掴まれてしまったような感覚がした。

「愛情深い、か。……そうだな、俺は兄貴のこと……すごく愛しいって思ってる」

自分で口にして、全身がじわりと温まる。不安の影を落とし始めていた心が、兄の一言で瞬時に晴れ出した。
途端に顔を赤く染めた兄を見て、たまらなくなった俺は自分のほうに引き寄せ、再び唇を合わせた。何度か繰り返し、その度に視線を合わせる。

「クレッド、俺もそう思ってる。お前のこと、愛しいって……」

しばらくして小さな声で伝えられた告白に、俺は思考が止まり、ぼうっとしてしまった。だが兄の言葉はまだ止まなかった。

「……俺、今……お前のことが、欲しい。……駄目か?」

未だ潤んだ深緑の瞳が真っ直ぐに向けられている。
この兄は何を言っているんだろう。俺のことがまるで分かってないようだ。
すぐにでも奪いたくなる気持ちを抑えて、黒髪を優しい手つきで撫でた。

「駄目なわけがない。前に言っただろ? 俺のことが欲しいときは、いつでも教えてくれって」
「……そ、そうだっけ」

恥ずかしそうに目を逸らされてしまった。
兄と再会して、初めて兄を手に入れた日の翌日。俺は確かに自分でそう言った事を覚えている。
あの時からこんな風になるなんて、正直想像することが出来なかった。本当に呪いのおかげだ。

「なあクレッド……お前の呪いのことだけど」

同じ事を考えていたのか、兄が少し不安そうな面持ちで切り出した。

「俺、お前が呪いのせいで、俺を好きだと思い込んでるんじゃないかって思って、ずっと怖かったんだ。でも、違うってことだよな……?」

瞳を揺らして問いかけられた発言に、俺は愕然とした。
そんな風に思っていたのかーー?
全く想像していなかった兄の気持ちが吐露され、一瞬言葉を失う。
けれどすぐに合点がいった。何故なら俺は、長い間自分の気持ちを隠すのに必死で、自ら兄を遠ざけてきたのだ。

「そうだよな、兄貴。俺は兄貴に対して、ずっと冷たい態度取ってただろ。……悪かった。そう思うのも無理はないと思う」
「い、いや、そんな事ない。全部俺が悪いんだ。お前の気持ちも知らずに……」

優しい兄はそう言ってくれるが、俺の行動は余程不可思議に映っただろう。呪いのせいだと疑われても仕方がないことだ。

「兄貴のせいじゃない。俺が今、本当のことを説明するから」

そう言って、俺は簡単に事の成り行きを語ることにした。
魔女から告げられた言葉ーーそれは、『 許されぬ行いをしたお前の親族共々、呪いを植え付けてやる』というものだった。

俺はずっとその言葉の意味を考えていた。自分の家族に危害が及ぶかもしれない、初めに思い浮かんだのは勿論兄のことだった。
居場所を見つけるのには苦労した。やっと探し出し、数年ぶりに兄を前にした瞬間、心の底から安堵した。
しかしそれと同時に、長い間必死に抑えていた思いが解き放たれたかのように、俺の理性は崩壊してしまった。

そんなつもりで訪れたわけではなかったのに、気が付くと俺は呪いのことを話し始めていた。
けれど兄から放たれた言葉は残酷なものだった。
男と性交しなければならないなんて、兄以外の男とそんな事を考えるなんて、もともと俺には無理だというのに。

その時邪な考えが閃いた。呪いのせいにして、欲望に身を任せ、兄のことを抱いてしまえばいいーーどうせこの想いが叶うことはないのだから。

自分でも分かっていた。俺はなんて傲慢で最低な人間なのだろうと。
けれど呪いの力は俺をさらに兄に向かわせた。一度タガが外れてしまえば、もう元に戻ることは出来ない。
長い間抱えてきた渇望を満たすかのように、俺は兄を抱き続けた。

優しい兄は俺のことを受け入れてくれた。堪えきれず気持ちを告げてしまった俺から、逃げずにいてくれた。
気持ちを伝え続けた後で、俺のことを好きだと言ってくれた。

色々な運命の巡り合わせがあったのは事実だ。到底許し難いことも何度も起こった。
けれど今、俺は兄を手にしている。誰に何を言われようが、もう二度と離すつもりはない。
兄が俺を幸せにすると言ってくれたその気持ち以上に、俺はこれからも兄のそばにいて、自分の手で幸せにするのだと強く心に決めている。

「でも呪いを受けて、俺は自分の思いを抑えきれなくて、無理やり兄貴を手に入れようとした。それは許されないことだったと思う。兄貴、すまなかった」
「……謝るなよ、クレッド。俺はお前の思いの深さを知ってるから……だから良いんだよ。それに俺は今、本当にほっとしてるんだ」

手を伸ばされ、優しく頬に触れられた。じわりと灯る熱を感じながら、俺もその手に触れて重ね合わせる。

「兄貴、呪いのことは心配しないで。たとえ呪いが解けても、俺はずっと兄貴のことが好きだ。それは誰にも変えられない。何年好きでい続けてると思ってるんだ?」

安心させるように笑いかけると、兄は心の底からほっとしたような顔になった。
ああ良かった、もう泣き止んだみたいだ。
けれど、もしまだ何か不安にさせるような要素があるならば、全て取り除いてあげたい。俺の手で、安心だけを与えてあげたい。

「良かった、クレッド……。俺、すげえ嬉しい。ずっと、その事だけが気がかりで……お前を失いたくないって思ってて……」

ああ、なんてかわいい事を言ってくれるんだろう。俺はもしかして、自分が思うよりももっと必要とされているんじゃないかと、すぐに調子に乗ってしまいそうになる。
頭を撫でて、髪にそっと口付けを落とす。すると何故か兄がもじもじと体をよじり始めた。

「なあ、クレッド……。お前、覚えて……る?」
「何を? 兄貴」

俺が尋ねると、凄く言いづらそうにして頬をぽっと赤く染めた。もうどんな挙動を目にしても、かわいいという言葉しか思い浮かばない。自分でもちょっと異常だと思うレベルだ。

「だから……その、今まで、どれぐらい……俺達が……えっと」

この話の流れから、言葉を濁し続ける兄の様子を見て、すぐにピンときた。

「ああ、これまで俺達が何回したかってことか?」
「……そ、そうだけど。あんまりはっきり言うなよっ」

あれ程お互いに肌を重ねたのに、いつも恥じらいを忘れない兄のことが、たまらなく愛しい。
俺は必要以上に笑みがこぼれるのを抑えて、耳元に口を寄せた。

「俺はちゃんと覚えてる。まだ呪いの半分に満たないぐらいだ」

囁いてから顔を確認すると、少し固まっていた。実際は事細かに回数まで記憶しているが、引かれそうなので俺も言葉を濁すことにした。

「そっか……お前、凄いな。俺、呪いのこと気にしてるとか言いながら、全然覚えてない」
「まあ、それはしょうがないと思うぞ。兄貴は最後のほう、いつも意識が飛んでるからな」

にやっと笑って伝えると、顔を赤くして何か言いたげな様子なのに、反論するのを堪えているようだった。

「じゃあ百回まであと半分ぐらいか。……呪いが解けたら、お前の印、消えると思うんだけどな」

そう言って突然俺のガウンをめくり、太ももを確認しようとしてきた。俺は異常にびっくりして、情けなくも「うわあッ」と声を上げてしまった。
すると呆気に取られた兄の口元が、一瞬楽しそうに吊り上がった。

「どうしたんだ? ……ちょっと見せてくれよ、久しぶりに」
「なんで? 別にそんな間近で見ようとしなくても、いいだろ」
「……だって俺、お前の呪いのこと考えたくなくて、この印のことも、ずっと見て見ぬ振りしてきたんだ」

兄の顔が途端に悲しげになった。確かに印については、最初に見られた時以来、触れられることはなかった。
肌を重ねている時に、時折兄の視線がそこへ向かっていることには気づいていたが、俺は何も尋ねなかった。
今もそうだが、この不格好で奇妙な刻印が、単純に恥ずべきものと考えていたのだ。

「兄貴、前に呪いは二人のものだって言ってたよな。……あの獣を放ったって告白した時」
「うん。印にもそう書かれているんだ。兄弟に呪いあれ、って」

俺はその言葉を聞いた時、正直言って理解が追いつかなかった。何故なら、魔女の口からはそんな事聞いていなかったからだ。タルヤが兄のことを知っていることすら、気づけなかった。
けれどそこである考えが思い浮かんだ。

「なあ兄貴。たぶん俺の……精液なんじゃないか。もし兄貴へ呪いが及んでいるんだとしたら」
「えっ……そうなのかな?」
「ああ。だって凄く気持ちいいんだろ? そういう作用があるってことは……」
「でもそれって俺だけなのかな。分からないんだよな」

そう呟いて、何故か兄の顔が一瞬曇った。俺は怪訝に思ったが、すぐに何を考えているのか想像した。
俺に何かを尋ねたいような顔つきをしている。急に自分の中に焦りが募り、俺は兄の両肩に手を置いた。

「おい、俺にもそれは分からない。兄貴としか、してないぞ。信じてくれ。俺には兄貴しかいないんだから」

それは紛れもない事実だったが、つい早口でまくし立ててしまい、弁解のように聞こえたかもしれない。普段は冷静な自分が無残に揺らぐのを感じた。

「あっ、ああ。そうか。……良かった」

安心の弁を述べる兄だったが、まだどこか顔が曇っていた。
もしかして、疑われているのか? そんな……。俺はまだまだ自分の思いを伝えきれていないのかもしれない。
それともまだ何か、呪いのことで不安に思っているのだろうか。

「ごめん、クレッド。お前に言ってなかった事がある」
「……えっなんだ?」
「俺、お前の精液から……媚薬作ったことあるんだ」
「……は?」

恥ずかしそうに俯いた兄の告白は、俺の予想の斜め上を行っていた。

「ちょっと研究欲が出て……つい作っちゃって……しかも自分で、試した……」
「試したって………だ、誰と!?」

俺は目の前が真っ暗になりそうな状態で、もうほとんどパニックになりながら尋ねた。
そんな、まさかーー嘘だと言ってくれ。
呆然とする俺の前で、兄は急にバッと顔を上げて目を見開いた。

「ひ、一人に決まってんだろ! 馬鹿かお前、勘違いすんな!」
「……一人? ほ、本当に? 本当か?」

まだ心臓が鳴り止まない中、俺は兄の腕を掴み顔を迫らせ、しつこく問い詰めた。きっと鬼気迫る表情をしていただろう。
すると兄の顔が、こくりと小さく頷かれた。

「……ああ、良かった……びっくりさせないでくれ。……それで、どうだったんだ?」

途端に安心感が襲い、ほっと胸を撫で下ろす。兄が媚薬を使い、他の人間とそういう事をーー想像しただけで気が狂う。
何気なく発した俺の問いに、兄はまた羞恥に顔を赤らめ、言葉に詰まった。

「気持ちよかったのか? ……じゃあそれが兄貴だけに効いてるものなのか、分からないな」

兄は黙りこくって何かを考えているようだったが、俺はあえて何も聞かなかった。これ以上この話題を引き伸ばすのも良くないかと思った時、信じられない言葉が届いた。

「なあ、俺まだその媚薬持ってるんだ。クレッド、お前試してみてくれないか?」
「……は? 何言ってるんだ、兄貴。そんな気色悪いこと、出来るわけないだろう」
「お前なら全然出来るだろ。だって……いや何でもないけど」

その目は真剣だった。けれど、冗談じゃない。いくら大好きな兄の頼みとは言え、そんな恐ろしいことは試せない。万が一とんでもない姿を晒してしまったら、どうするんだ。

「頼む、クレッド。お前にしか頼めないんだ。他の奴にやっても、確認出来ないだろ?」
「当たり前だ。そんなことしたら許さないぞ」
「分かってるよ。だから、なあ、お願いだ……」

さっきまでホロホロと泣いていたのに、今度は甘えた声を出して頼んでくる。俺はもう、どうすればいいのだろう。
けれど他の人間の介入を匂わされて、俺が黙っていられるはずがない。兄をそんな妙な実験現場に置かせておけるか。

「……しょうがないな。分かった、兄貴。じゃあやってみよう。一回だけな」
「本当か? ありがとう、クレッド!」

本気で喜んでいる兄の顔を見て、溜息を漏らす。
どうしてこんな事になったんだろう。呪いを解き明かしたいという気持ちは分かるが、何かおかしな事態になっていないか。

それに、呪いの話題をし始めたせいで、せっかく兄が自ら俺を誘ってくれたのに、もうすでに朝が近づいてしまっている。

長い夜だったと思い返しながら、俺はせめて兄の感触をぎりぎりまで感じていたいと思い、その体を抱き寄せた。



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