俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 71.5 エピローグ

あれから十二年が経ち、今、兄の隣には俺がいる。
正確には隣ではなく、俺の腕の中だ。懐かしい昔話をするのに面と向かって話すのは気恥ずかしく、ベッドの上で後ろからしっかりと抱きかかえていた。

ああ、幸せだ。
あの時から続いた渇望は段々と満たされ、俺は今、最上の幸福を感じている。

ここに来るまで長かった。けれど一度たりとも、この身を焦がし続けた兄への想いを、手放そうとは思わなかった。
顔を合わせる度に気持ちが募った。触れたくなるのを我慢しながら、密かに胸の奥で想い続けた。

そうして年月を経て、ずっと好きだった兄に、俺のことを好きだと言ってもらえた。ずっと求めていた兄に、やっと自分のことを求めてもらえた。

小さい時の約束が果たされるのを、心の中で感じていた。
もう絶対に離さない。何が起ころうとも、兄のことを守り抜く。一生をかけて、俺が兄を幸せにする。
想い焦がれる大切な人に、俺の全てを与えて、永遠に愛することを誓うーー

固く心に決めたことを早く伝えてしまいたい。
そう思いながら、俺は長く秘めたこの想いの片鱗を、ようやく語り終わった。


「……そういうわけなんだ。兄貴」

長い過去の話を終え、しばらく静かになっていた兄の頬に口付けを落とし、優しく告げる。

けれど少し待ってみても、兄はぴくりとも動かなかった。
どうしたのだろう。疑問に思い、滑らかな黒髪にそっと触れて撫でてみた。

ーーああ、もう、幸せしか感じない。
あんなに求めていた感触が、今は全て俺の手の内にある。

「兄貴……やっぱり好きだ……どうしようもないぐらい、好きなんだ」

その言葉では、もはや俺の気持ちが収まらないほど、さらに強い感情が溢れ出そうになる。
出来る限りの優しい声で告げると、体がようやく僅かに動いた。

けれど大切な兄の様子が、どこかおかしい。
考えてみれば、幼少時代の話を聞かせていた時は「ああ、そんな事もあったなあ」と楽しそうに相槌を打っていたのに、物語が終盤になるにつれ、口数が少なくなり、最終的にはほぼ反応を示さなくなっていた。

心配になった俺は、もう一度後ろから顔を覗き込もうとした。

「どうしたんだ? 兄貴」

もしかして、やっぱり面白くない話だったか。今があまりに幸せで、自分では過ぎたことになっていたが、結末は暗く物悲しい雰囲気を漂わせていたかもしれない。
不安に思いつつ確認すると、そこには予想だにしない兄の姿があった。

「……うぐっ、ううっ、……うっ」

俺の兄が泣いている。それも子供のように声を出して、必死にしゃくりあげながら。
衝撃的な光景に言葉を失った。涙を見るのは、あの日以来だったのだ。

「な、なんで泣いてるんだ? ちょっと、大丈夫か?」
「……だってっ……俺、……どうすりゃ、いいんだっ……お、お前に……ひどいこと……っ」

注意深く耳を傾けると、兄は途切れ途切れに、俺への申し訳なさを口にしていた。予期せぬ反応に対し、俺は大きく戸惑った。
どうしてそんな事言うんだ。泣かすつもりなんて、微塵も無かったのに。こんなに悲しい思いをさせてしまうなんて。

「ごめん、兄貴。そんなつもり無かったんだ。兄貴は何も悪くない。俺がただ自分の思いを口にしただけで……」

そう呟いて、兄の体を自分のほうに向けた。泣いている顔を見られるのは嫌だろうとは思ったが、我慢が出来なかった。

ずっと過去を振り返っていたからか、どこか新鮮な思いで今の兄を見る。
頬も目も赤くなり、さらにボロボロと涙が止まらなくなっている様子に、どうしようもないほど胸が締め付けられた。

こぼれ落ちる透明な雫を、そっと指で拭う。紅く染まった頬に、出来る限り優しい口づけを与える。
本当のキスをするのはもう少し後にしよう。そう堪えながら、深緑の濡れた瞳をじっと見つめた。

「泣かないで、兄貴。俺は今すごく幸せだって、言っただろ? それに昔の話だって、全部大事な思い出だよ。どれも二人で過ごした、大切な時間だ」

柔らかい頬に触れて言い聞かせると、眉を深く寄せたままの兄の瞳に、さらに涙が溜まってきた。
俺は慌てて抱きしめ、安心させるように優しく背中をさすった。

「……そう、だけどっ……お、俺……その夜のこと……っ……覚えて、なくて……っ最低だ……それにお前はまだ、子供だったのに……ッ」

ああ、こんなに泣かせてしまうなんて、今日は涙をしっかり乾かさないと駄目だ。
俺が責任をもって、ずっと近くに寄り添って、優しく手で触れて慰めてあげないと。そうする事が出来るのは、俺だけなんだから。

「それは違う。確かに覚えていないのは、あの頃悲しく感じた。でも兄貴に色々したのは俺だよ。……兄貴は俺に怒ってもいいぐらいだ」

自分の中では、初めて兄に触れることが出来た、いつまでも大切な思い出だ。でも大人になるにつれ、してしまった事の重大さを考えるようにもなっていた。

「覚えてないのに、あんな事……嫌だって思ったら、ごめんな。兄貴」
「ち、違う。俺はそんな風に、思ってない。クレッド」

兄は少しずつ涙を抑え、真っ直ぐな瞳で俺を映していた。そんな事を言ってくれるのか?
やっぱり優しくて、かわいい人だ。

「でも、兄貴の初めてのキスも……俺がしたんだ。…………だよな?」
「……えっ。う、うん。そうだよ」

俺が念を押すようにして尋ねると、さらに顔を赤くしてうつむいた。別にこだわるつもりはないが、本当はすごく嬉しい、なんて思う俺は馬鹿なのかもしれない。

「本当に……怒ってない?」
「……怒ってないよ。だって俺が誘うみたいに……したいって言ったんだろ? せ、潜在意識的に……言い訳に聞こえるかもしれないけど」
「でも我慢できなくて、最初にほっぺたと口にキスしたのは俺だよ」

笑みを浮かべてそう言うと、兄は顔を赤らめたまま固まり、黙ってしまった。
無意識に受け入れてくれたのだとしたら、やはり嬉しいと感じてしまうかもしれない。想いが遂げられたから、余計にそう思うのだろうか。

「俺はお前のこと好きだから……大丈夫だ。覚えてないのは本当に、申し訳ないと思ってる……たくさん、お前を傷つけて」

ああ、また謝罪の言葉を口にしようとしている。俺はそれよりも、最初に言ってくれた言葉をもう一度、いや何度でも言って欲しかった。

「もう一回言って、兄貴……俺のこと、どう思ってるか」
「……す、好きだよ。……お前が好きだ、クレッド」

何故かまた薄っすらと涙を溜めながら、俺の顔を見てそう告げてくれた。
ーー嬉しい。嬉しくてたまらない。
俺の兄は分かってないのかもしれない。俺がどれだけ兄の一言で、これほどまでに簡単に満たされてしまうのか。

こんなに幸せでいいのだろうか。長く片思いだった人生がこんなに急に満ち足りて、幸せになって、許されるのだろうか。

一人で夢の彼方に飛びそうになっていると、突然腕を掴まれた。びっくりして目を向けると、そこには泣き顔を必死に真面目な顔にしようとしている、かわいい兄がいた。
そして、さらに信じられない事を告げられた。

「だ、だから……俺が、お前のこと、絶対に幸せにしてやる。……クレッド、もうお前のこと、絶対に離さねえ……!」

鬼気迫る表情で、俺の目をはっきりと見て述べられた言葉に、一瞬意識が消えてなくなりそうになった。

「ほ、本当に? 兄貴……そんな風に、思って……くれる……のか?」
「ああ、本当だ。今度は俺が、お前を……幸せにする」

決意を秘めた真剣な顔をして、小さい頃から焦がれた深い緑の瞳が、俺を見つめている。
ずっとこの瞳の中に映っていたい。この先もずっと、俺だけを映してほしい。

「嬉しい、兄貴……」

こうやって兄は、俺のことをいとも簡単に幸福へと導く。俺はもう、どうにかなりそうだった。そんな宣言をされて、平気でいられるわけがない。
俺が最初に言うはずだった誓いの言葉を、先に言われてしまった。けれど、もうそんな事が気にならなくなるぐらい、嬉しくてたまらなかった。

これ以上俺を、幸せにしてくれるのか?
俺を、ずっと離さないでいてくれるのか?

今度は俺が泣いてしまいそうだ。溢れ出る感情を抑え、まだ言葉が続きそうな兄の口に、惜しみながら深い口付けをした。



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