俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 56 新しい出会い

あれから一週間が経ち、教会内部でも師匠の暴走はわりと噂になっているみたいだった。
かくいう俺も、巨体の化物の正体を知った結界師や黒魔術師から、こんな言葉をかけられたのである。

「セラウェ。君の師匠がナザレスを使役体にするって、本当か? にわかには信じられないが……実験の経過を是非詳しく聞かせて欲しいな」
「おい兄ちゃん。あんたの師匠ってかなり頭がイカれてんだな。普通あんな得体の知れない幻影使おうなんて思わねえぞ。ちゃんと制御出来んのかよ」

……そんなこと、俺が聞きたいんだが。
興味津々の同僚達を引きつり顔でなんとか煙に巻いた俺は、しばらく師匠のことから離れ休息を取りたいと願っていた。

実は師匠は今、騎士団宿舎には居ない。信じ難いことに司祭の許可を得た奴は、自らの研究場所へとナザレスを連れ帰り、怪し気な実験を行っているらしい。

俺も興味があるなら来いと言われたのだが、速攻断った。憎きあいつのそばにいるのも嫌だが、それ以上にとんでもなく嫌な予感がしたからである。

そんなわけで、俺はいつものメンバーと任務に出ていた。
聖地保護を名目とした遠征は、あと数日で終わる。認めたくはないが師匠の働きもあり、連日の神殿儀式は平和的かつ厳粛に催行されていた。

聖騎士団や俺を含む教会の魔術師らの仕事は、周辺の魔物退治ぐらいしか残っていなかったのである。 

振り返ってみれば、俺あんまり仕事してねえよな……つうか違う男に二回も連れ去られてるし。
それも結果的に教会に多大な影響を与える事件になってしまうとは。

だから任務の締めぐらいは、ちゃんと無事に全うしたい。
そんな強い思いを胸に、俺は鬱蒼と生い茂る森の中をさまよっていた。

太陽が上り天気が良いとはいえ、まだ寒い冬の昼下がりだ。
俺達四人は、森を抜けた先にある村の住人の目撃情報により、最近また現れ出したという魔物を掃除しにやって来ていた。

新人の俺達にぴったりの難しくない案件だ。でも何故か俺と弟子と使役獣(人型)と一緒に、聖騎士団長の弟の姿があった。

「おいクレッド。団長がこんな下っ端の任務に出てきていいのか」
「構わない。任務は任務だろう」

何食わぬ顔で行動を共にする鎧姿の弟に尋ねると、騎士然とした潔い解答が返ってきた。どうにも怪しい。

「お前暇なんだろ。だから俺達についてくるんだ」
「いや、俺は暇じゃない。ただ今までの状況から予測すると、兄貴を見張っていた方が効率が良い」

ちょっとそれどういう意味だ。
確かに俺は色んな事態を引き起こしてきたが。その都度お前に救い出されてきたけど。
流石にこういうのは公私混同っていうんじゃないのか。

「もう平気だよ。危ない奴らは片付いただろ? 俺だってそう何度も危険な目になんかーー」
「良いじゃないですか、マスター。クレッドさんが居てくれたほうが、俺達絶対安全ですよ」

俺の反論を遮ったオズが笑顔で口出ししてくる。すると弟の仮面の奥からフッと笑い声が聞こえてきた。

「よく分かってるな、オズ。俺もそう何度も兄貴を連れ去られるような思いをするのは、御免だからな」
「分かります。俺もこれからは絶対マスターのこと守ってみせますよ!」
「良い心がけだ。頼んだぞ」
「はいっ」

え、なにこれ。なんで結託してんの、この二人。
俺を思っての事のはずなのに人知れず疎外感を味わい、隣を歩いている使役獣をちらっと見た。

奴は相変わらず俺達のやり取りを人間の戯言とでも見なすように、完全なる無表情を浮かべていた。
最近こいつ、大人しいんだよな。まあでも、師匠と過ごした後はわりとこうなる事が多いんだが。

「元気ないのか、ロイザ。もうすぐお前の好きな戦闘が始まるぞ」
「ああ。それはそうだが……」

普段から闘いに目がない白虎にしては、珍しく言葉を濁すような態度だ。

「なんだよ、どうしたんだ? 気になることがあるのか?」
「いや、別に……気にするな。セラウェ」

曖昧な言い方をする使役獣は珍しい。やっぱり何か様子が変だな。
俺が訝しんでいるとロイザは急に思い立ったように顔を上げ、クレッドの方に向き直った。

「おい弟。お前はいつ俺の相手をしてくれるんだ? くだらぬ任務程度じゃ、俺の体もなまって仕方がないんだが」

使役獣が突然いつもの調子で煽り文句を放つ。一瞬懐かしい文言のようにも感じた。

「まだ忘れていなかったのか。存外しつこい男だな、お前」
「俺は自分の欲求に忠実なんだ。お前と同じようにな」
「なんだと? 俺はお前より分別があるつもりだが」
「ふっ。分別だと、冗談は止せ。最もお前に欠けているものだろう」

お、また喧嘩が勃発するのか? 俺に言わせれば二人とも分別ないと思う。

他人行儀で傍観しながら歩いていると、いつの間にか森が開けた場所に出た。
ちょうど真正面に、木々に囲まれるように大きな池がある。その周りには、なにやら小動物らしきものが集まっていた。

「あ! 見ろよ、あれ野うさぎか? あんなにたくさんいるぞ」

俺は空気を読まずに一人ではしゃぎだした。途端に動物好きの血が騒ぎ出したのである。
駆け寄って行こうとすると、後ろから腕を強く掴まれた。

「おい兄貴、落ち着け。まずは周りを確認しろ」
「そうだぞ、セラウェ。急に魔物が出現したらどうする」

どういうわけか、さっきまで言い争っていた二人の屈強な男に咎められた。

「あーはいはい。すみません不注意で」
「あっ本当だ。マスター見てください、真ん中に珍しい黒うさぎがいますよ?」
「えっ嘘まじで?」

弟子の言葉にテンションが上がる。
この周辺のことは詳しくないが、俺が住んでいる地域では黒色の野うさぎというのはすごく稀だ。
これは是が非でも間近で見てみたい。俺、結構うさぎ好きなんだよね。

するとクレッドが前に出て、先に池の方に向かって歩き出した。
俺たちも注意深く辺りを見回しながら、後に続いていく。

所々枯れ草に雪が残り、冬の侘しさはあるが中々風情のある静かな風景だ。
樹木の下に落ちた木の実を食べているのだろうか、薄茶色の野うさぎ達が数匹固まってせっせと食事している。

あああ、すげえ可愛い……

手に取ってみたくなる気持ちを抑え、少し離れた所でその愛らしい姿を覗く。

突然、弟の剣がガチャッと物々しい音を響かせた。驚いて振り返ると、クレッドとロイザが同じ方向を見つめ、急に黙り込んだ。
なんだいきなり殺気立って。これはあれか、戦闘が始まるパターンか。

でも待って、まだか弱い野うさぎ達がここに……

「魔物だな、来るぞ」
「ふっ。俺が全部蹴散らしてやる」

二人の物騒な言葉を聞きながら、俺はとりあえず覚悟を決めた。
オズに目で合図を送り、高速詠唱を開始する。自分の身は守護力で何とかなるが、やや広範囲に向けて防御魔法を張ることにした。

だって後ろには可愛い小動物がいるんだ。
あ、でもうさぎは物音に敏感だからすぐ逃げるかな、そう思い振り向くと、何故か誰も逃げてなかった。
なんだこいつら、随分おっとりしてんだな。

ぼうっとしてる暇はなく、遠くの茂みからは、案の定唸り声を上げた魔物達が次々と現れだした。
明らかに狼に見えるが、最初の任務で見た奴らとは姿形が異なっている。
瘴気をまとった特有の気配を放ってはいるが、目は青白く光り、どことなく異質な雰囲気だ。

「またつまらん畜生か。どうやって楽しめというんだ」
「おい白虎、無駄な行動するなよ」

使役獣の残虐行為を牽制する弟を無視して、すぐさま魔物に飛びかかるロイザ。
対してクレッドは冷静に着実に剣で斬りかかって行く。
接近戦を行う二人の後方で、俺とオズは遠距離からの攻撃魔法を開始した。

「おいオズ、魔法矢で一気に叩くぞ!」
「はい、マスター!」

この距離からなら火属性を纏った魔法矢が有効だ。俺達は後から湧き出てくる魔物共に、それを何本も放ち命中させていった。
なんだか不自然なほど数が多いな、そう思いながらも攻撃を続ける。

ロイザは例の如く描写を避けたくなる感じに食い散らかしているが、クレッドは聖力を使わずに普通に敵を斬り倒していた。

狼達の出現が途絶え、戦闘が終わりに近づいた頃。俺はすでに居なくなったであろう動物達に目を向けた。
奴らが怪我していなければいいのだが。

しかしそこには、ただ一匹だけ野うさぎが残っていた。珍しい色の黒うさぎだ。
ふわふわの黒い毛と、くりっとした丸い黒目。後ろ足でちょこんとその場に座っている。

「えっ、可愛い……お前、なんでまだそこにいんだよ……」

言いながら、もしかして触るチャンスなのではないかと思い、ゆっくりと手を伸ばした。
その時ふいに「もしこいつがラスボス的に巨大な魔物に変身したらどうしよう」などという不安が過ぎったが、俺は欲求を抑えきれず黒うさぎを持ち上げてしまった。

抱きかかえると、そいつは全く暴れたり抵抗しようとしなかった。腕にちょうどおさまるサイズで、長く黒い耳がピンと立っている。

ふわふわで気持ちいい……やばい、こいつ持って帰りたい。
こんなに大人しくて、聞き分けが良さそうな小動物、しかも野生の中で見たことない。

一人で悦に浸っていると、残りの人間達が俺に近寄ってきた。

「わあ、すっごい可愛いですね〜、俺にも触らせてくださいっ」
「……セラウェ、そんな物にむやみに触れるな。汚らわしい」
「なんだと? こんなに可愛いものに向かって失礼なこと言うな」

同志であるオズには触らせるが、同じ獣のはずの白虎の酷い言葉に反論する。
静かに様子を見ていたクレッドは、何か言いたげな雰囲気を醸し出していた。

「兄貴、昔から動物好きだよな。とくに小動物……」
「えっ。ああ、まあな。本当すげえ可愛いよなあ、俺大好きなんだ」
「……大好き?」

弟がそう短く呟き、黙り込む。え、俺なんかまずいこと言った?
微妙に冷や汗をかきそうになると、オズが再び俺に黒うさぎを手渡してきた。

「マスター、可愛すぎですよこいつ!」
「だよなあ。まじやばいって。見てみろよ、ふっわふわ!」

二人ではしゃぎながら撫で撫でする。すると黒うさぎが俺の胸に、心なしか顔をすりすり擦り付けてきたのである。
なんだよ、もうそんなに懐いてんのか? 可愛い奴め。

目を細めながらそう思った瞬間ーー

「ああ、セラウェ……あんたの手、気持ちいい……」

どこからか、聞き覚えのある、おぞましい男の声が響いてきたのである。

「…………え?」

騒いでいた俺達の空気がしん、と静まり、皆の注目が一斉に黒うさぎに注がれた。
何今の。嘘だろ。

腕の中の黒うさぎが小さな鼻先を向け、丸い黒目で再び俺をじっと見つめてきた。

「もっと俺のこと、触ってくれよ、セラウェ……」
「うわあああああ!!」

俺は勢い余って黒うさぎをべちゃん!と地面に向かって投げつけた。
すると「ギャンッ!」というおよそ小動物らしくない悲鳴が下から聞こえてきた。

「おま、お前……まさか……ナザレスじゃねえだろうな」

震える声で尋ねる。
きっと俺は怒りの混じった顔面蒼白の面持ちで奴を見下ろしていただろう。

すると黒うさぎはその場にすぐに座り直し、ぴょこぴょこと俺の方に向かって駆け寄ってきた。
何も言わずに愛くるしい瞳で見つめられ、急に罪悪感が募りだす。

「な、なんだ。俺の幻聴だったのか。ごめんな、投げたりなんかして……」

反省しながら手を伸ばそうとすると、がしっと手首を掴まれた。
あ、これ弟だ。しかも振り向くと、仮面越しにぎらついた蒼目が見えた。

「兄貴。それはあいつだ。触るな」

すごい低音で告げられ、声だけでも怒っているのが分かる。
やっぱそう? だよね……でもなんで……? 頭がすごい勢いで混乱してきた。

「マスター、なんであの、ナザレスがこんな体に……」
「ふっ。まだ分からないのか、オズ。グラディオールの仕業に決まっているだろう」

嘲るような口調で告げる使役獣の指摘に、一瞬思考が停止する。

確かにこんな事をするのは、あの師匠しかいない。
でもどんな手を使ったらこれほどの施術が可能になるんだ。触り心地も本物と遜色なく、外見からはまず判別できない。
あのおっさん、もはや禁術のエキスパートじゃないか。

黒うさぎがしゃがんでいる俺の膝に顔を擦り付けてきた。
あ、やべえ、触りたいーー

「あああ、すげえ可愛いいい……もう我慢出来ねえ……」

俺は中に入っているであろう憎き男の存在を脳裏から消し去り、つい黒うさぎを抱き上げて、だらしなく顔をすりつけてしまった。

「気持ちいい……やばい、これ最高だあ…………」

その時弟の剣がガシャン、と地面に落ちる音がした。
けれど俺は脇目もふらず無我夢中で黒うさぎを顔で撫でてしまう。

すると突如、不穏な男の大きな黒い影が、俺達の前に立ちはだかった。

「はは! 気に入ったか、バカ弟子。どうだ、すげえだろ? やっぱ俺って天才じゃねえ? 自分の才能が怖くて仕方ないんだが」

顔を上げると、自画自賛しながら平然と笑みを浮かべる巨体の妖術師と目があった。

この愛くるしい黒うさぎの創造者とは思えないような、圧倒的に男らしい風貌。
獅子を思わす金髪をなびかせ、絶対的王者の風格を漂わせるその人物は、俺の師匠だった。



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