俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 57 黒き野望

「おいどうしたお前ら、全員呆けた面しやがって。俺のあまりの偉業に恐れをなしたか? ほら、遠慮なく称賛してくれて構わねえんだぞ?」

師匠は腕組みをしてニヤニヤと笑いながら、静かになった俺達を眺めていた。
言葉を失いながらも、俺は腕の中の黒うさぎをぎゅっと抱きしめる。
何故か弟と使役獣は無反応だった。その様子を見かねてか、弟子のオズが口を開いた。

「お、お師匠様。お久しぶりですね。凄いなあ〜どうやって作ったんですか、そのうさぎ」
「おうオズ。知りたいか? いいぜ、お前にも分かるように説明してやろう」
「えっいいんですか、是非」

二人は俺を差し置いて魔術談義を始めた。オズは意外にも師匠に対してあまり物怖じしないのだ。
俺が師匠のもとを離れて以来、最低でも年に一度は会っているのだが、その度についてくる弟子は割と師匠と仲良く話すことが多い。

なんだろう、俺の弟子、師匠の孫みたいな感じなのかな。言ったらこのおっさん、ブチ切れそうだけど。

「ーーつまりな、製法は不死者を作る時と変わらない。詳細は色々とグロイから省くが、出来上がった肉体そのものは死者と俺の魔力から生成された合成物だ。幻影と魂を分離させるのに少々手間取ったが、結果的にこいつは元の体を失ったことになる。ただの使役獣と同様、幻術の力ももう使えない」

師匠が話し終えると、俺の腕にいた黒うさぎの首根っこを掴んで取り上げ、自分の作品を満足そうに眺めた。
何故か黒うさぎはキーキー鳴いている。そういえばあれからこいつ、自らの声を発していないが、何か制約でもあるのだろうか。

「師匠。ということは、ナザレスの体は完全に前とは別物だということか。言わばロイザのような半実体ってわけか?」

俺は初めて気になっていたことを尋ねた。師匠はにやりと笑って俺に再び黒うさぎを手渡してくる。

「ああ、その通りだ。だが人化した場合でも外見上は以前と変わらない。今は獣化のまま留めているから安心しろよ」

すると黙っていたクレッドが、堪り兼ねたかのように師匠に向かっていく。

「貴様、何を考えている。人化出来るだと? ……兄貴に近づけることは許さん」
「落ち着けよ聖騎士。だいたい俺の目的は使役体を作ることだっつってんだろ。ただ何の役にも立たねえ獣を作って何になる。まあ弟子は喜んでるみたいだが」

嫌味っぽく言う師匠の言葉に、クレッドが苛立ちを示して舌打ちをし、剣に手をかけた。
ま、まずい雰囲気だ。焦っていると、驚くべきことに間に立ったのは使役獣だった。

「おい。文句があるのはこの小僧だけではないぞ」

会話を聞いていたロイザが、珍しく元主である師匠の前に出た。物申すといった態度で自分よりも体格の良い男を鋭い目で見据えている。

「グラディオール。この汚らわしい物体を俺の主に押し付けて、どういうつもりだ」
「なんだロイザ。俺の創造物にケチつけんのか? 弟子のトラウマ克服のために、ひと肌脱いでやったんだろうが」

え、トラウマって。そんな目的があったのかよ。だからナザレスはこんな愛らしい姿に変貌したのか?

「そうか。ならもう用は済んだだろう。早くその獣を持って帰れ」
「ハッ。そうカリカリすんなよ、ロイザ」

使役獣の態度をまるで意に介さず、師匠が愉しそうに見下ろしている。
するとオズが急に二人のもとに近づいていった。使役獣の目をまじまじと見て、奴から不審な目で見返される。

「なんだオズ。今俺は元主と話しているんだが」
「ロイザ、お前もしかして、この黒うさぎに嫉妬してるんじゃないか?」

弟子が言うと、その場に再び沈黙が訪れた。こいつ、わりと空気読めないよな。

「マスターが取られると思ったんだろ。はは、だってマスター好みの可愛さだもんな、このうさぎ」
「お、おい止めろよオズ」

なんの悪気もない様子でからかうように言う弟子を、俺は妙な責任感から止めようとした。
すると使役獣が突然、俺を問い詰めるような目つきを向けてきた。

「……確かに俺は、お前に可愛いと言われたことなど無いな。セラウェ」

灰色の瞳にじっと見つめられどきりとする。えっどうしたんだ、この白虎。
素直な疑問と言わんばかりの問いかけに、思わず面食らってしまう。

「い、いやそんなことないだろ。つうかお前はどっちかというと可愛いって言うより格好良い、の方じゃないか?」

焦りながら必死に弁解した。
常に無表情で涼し気な目元をしている褐色肌の男に、可愛いというのは憚れる。
白虎の姿だって凛とした美しい感じだろう。

「ふっなるほどな。確かにその方が俺のイメージに合ってるかもしれん」

えっまじで? 単純でよかった……
半分取り繕うような俺の言葉にわりとすんなり納得してもらい、ほっと胸を撫で下ろす。
けれどもう一人黙っていない男がいた。

「兄貴。格好いいなんて、俺も言われたことないけど……」

やっぱり俺の弟だった。どうやら本気の声色に聞こえる。
つうかこいつ本当に騎士団長としての誇りとか、いいのかな?
だが俺ももう開き直るしか無い。そう思いクレッドに向き直り両肩に手を置いた。

「クレッド。お前が一番格好いいよ。俺を信じろ」
「……そうか? 分かった……」

仮面のせいで表情は見えないが、きっと嬉しそうな顔をしてるに違いない。
そういうとこ可愛いよな。

って馬鹿か俺は。なんだこの寒いやり取り。ほら、周りの面々が白けた顔を俺達兄弟に向けている。
でもどうでもいいや。色々と現実離れしすぎているんだよね、この世界。

「あー、もう終わったか、その一連のくだらねえ問答は。ところでセラウェ、お前に頼みがあんだよ」
「なんだよ師匠」
「そいつしばらく預かってくれねえ? 俺今から用事あんだわ。でもまだそいつの体、安定してないとこがあんだよな。適当に魔力供給しといてくれよ」

俺達の間が一瞬ざわっとなる。
正気かこのおっさん。確かにこの黒うさぎ、持って帰りたくなるほどの可愛さではあるが。
中身はあのナザレスなんだぞ。頭おかしいんじゃないのか。
脳内で突っ込みを繰り返しながらも、俺は次の瞬間、何故か思考とは反対の言葉を告げていた。

「ま、まあ良いけど? ……ちょっとだけなら」
「じゃあ頼んだぞ。あ、あと注意することだけどなーー」

師匠からは、この小さな使役獣を預かるに当たっての注意事項を教えてもらった。
万が一の際に言うことを聞かせる手段もきちんと聞いておく。

「よし、これで用は済んだな。ちゃんとそいつ見張っとけよ、セラウェ」

そうして嵐のように現れた妖術師は、自らの転移魔法で再び突風のように消え去った。
ていうかどこ行ったんだろう。あの師匠、もう完全に自由の身なのかな? 司祭と話ついたんだろうか。

「マスター、良いんですか? あの二人、明らかに面白くないって顔してますよ」

弟子のオズが俺にこそっと耳打ちしてくる。
確かに空気がものすごく重い。ちくちくと痛い視線を感じる。

「しょうがないだろ。師匠がああ言ってるんだし……」

俺はもふもふを堪能したいという自分の欲求を隠し、全てを師匠のせいにすることにした。

「本気か、兄貴。いくら兎の皮を被っていようが、中身はあの男なんだぞ」
「ああ、分かってはいるんだけど……」

クレッドは俺が抱いていた黒うさぎの首を片手で掴み取り、上に高く持ち上げた。
黒うさぎはキーキー鳴きながら手足をジタバタしている。
おいおい、何すんだよ。動物虐待じゃないか。

「貴様、妙な真似をしたら俺が丸焼きにして食ってやるからな」

そんな子供みたいな台詞吐いちゃって、こいつ……。
だがオレも呑気にしてる場合じゃない。一応釘を刺さなければ。
そう心に決め、再び手にした黒うさぎの長い耳に、そっと口を近づけた。

「おいお前、余計なこと喋るなよ。俺の言いつけを破ったら、すぐに捨てるぞ」

若干冷たい声で言ったのだが、黒うさぎの顔を自分の頬に擦りつけられ、思わずときめいてしまいそうになる。
ああやっぱ可愛いかも……
自分でも頭が湧いてると思いながらも、結局その日は部屋に連れて帰ることにしたのである。

でもやっぱり俺は弟の忠告を聞いておくべきだったのだ。あの黒獣が大人しくしてるわけが、なかったんだから。


※※※


その夜俺は一人で寝ていた。いや、正確には黒うさぎと一緒にだ。
感触を楽しみながらベッドの上でゴロゴロしているうちに、眠ってしまっていた。

騎士団宿舎においても、弟といる時以外はたいてい白虎が添い寝していたのだが。
今日はやっぱりロイザの機嫌が悪いみたいだった。主の俺から離れ、オズの部屋に行ったらしい。

「セラウェ、起きろよ」

男の声が耳に響いた。ああ、悪夢を見ているのか、そう思った。
弟とも違う大きな手が俺の体に触れる。服の上を撫でていたかと思うと、隙間から中に入り込んできた。

「なあ、俺と気持ち良いこと、しようぜ」

腹の上に重みを感じ、俺の上に跨った何かが、がっしりと足で腰を固定している気がした。

「んあ……」

鼻から抜けるような自分の声が聞こえる。ぼんやりとした意識はあるのだが、目が開かない。
すると首筋をぺろりと舐められた。

「……んんっ」
「はは、感じてんのか。目つむっててもエロい顔してんな、あんた……」

不快な笑い声に身をよじって抵抗を示す。けれど動こうとする脇腹をぐっと手で抑えられた。
びくっと体が反応し、置かれた手を払いのけようとする。

「俺に触られんの、そんなに嫌? いいじゃねえか、ちょっとぐらい……毎日あの弟とヤリまくってんだろ?」

何勝手なこと言ってんだ、毎日やる時間はねえよ。
いや冷静に突っ込んでいる場合じゃない。早く起きないとまずい。
まるで金縛りのようになった体を必死に動かすと、やがて薄目が開いた。

「……て、めえ……」
「お、起きたか。……なあセラウェ、今すげえあんたのこと犯したい……ヤッてもいい?」

そう言って腰を淫らに擦りつけてくる。
俺の上には上半身裸のナザレスがいた。小麦色の肌をした逞しい体を眼前にし、身震いする。
目を疑う光景に唖然としながらも、俺は自分の愚かな行いをすぐに後悔した。

師匠の野郎、何が獣化したままだ。こいつ自分の意志か何か知らんが、普通に人化してるじゃないか。
奴の使役獣としての体がまだ不安定だというのは、おそらく本当なのだろう。

というか考えてみたら、俺はわざわざこの男から身を守る為に体内に守護結界を張ったのに、あれは無駄になったのか。
だって新しい肉体を得て明らかに俺に触れることが出来ている。ふざけんなよ。

「やっぱ生の体のほうがいいな……ああ、もう我慢出来ねえ……早くヤろうぜ、セラウェ」
「……ん、あ……やめ、ろっ」

この男、何も分かっていない。きっと俺の嫌がることを一生続けるつもりなんだろう。
舌なめずりする野性味溢れる男を前に、沸々と怒りが湧いてくるが、反面俺はどこか冷静だった。

「……駄目だ。俺から退けよ、ナザレス」
「なんでダメなんだよ。誰にもバラさねえから、いいだろ。少しぐらい……」

前のめりになり、俺の脇に両手をついて見下ろしてくる。
何故か俺は前のように慌てたりせず、この状況をどこか客観視していた。

ナザレスの底無し沼の様な黒い目は以前と同じだ。奴の本質はまるで変わっていない。
けれど奴は今、小さな黒うさぎなのだ。冷静にそれを思い出せばいい。
いつまでもうじうじ女々しく怖がってられるか!

「なあ、二人だけで楽しもうぜ。俺の味、まだ知らねえだろ? たっぷりあんたの中に出してやりたい……」
「……へえ、半実体のくせに出るのか。そういうの」
「出るぜ。そういうふうに作られればな。……なんだ、あの白虎とヤッたことねえのか? あんた相手は弟だけかよ、意外だな」

あ、もうこいつと会話すんの無理だわ。
密かに自分の手でトラウマ克服しようかとも思った俺が愚かすぎた。
奴をギロっと睨みつける。すると黒獣は誘うような目つきを向けてきた。

「なんだよ、俺としたくなったのか? いつでもいいぜ……早く脱いで、全部見せてくれよ」
「ふざけんな。なんで俺がお前とやんなきゃいけねえんだよ。お前なんか全然俺のタイプじゃねえ」
「……そう? 俺あんたを気持ちよくさせる自信、すげえあるけど」

どっからそんな自信が出てくんだよ。好き放題言いやがって。
だが何故かその言葉が無性に俺の癇に障った。

「悪いな、ナザレス。俺、自分の弟じゃないと気持ち良くならないんだ」
「なんでそう言い切れんだよ。まだ知らないだろ? 他の男の味……」
「大きなお世話だ。別に知りたくねえし」
「へえ……呪いのこと他の奴らにバラしてもいいのか?」

ーーなん、だと? この野郎、また俺を脅し始めるつもりなのか。

「ふざけんなよてめえ……不自然に黙ってると思ったら、そういうつもりだったのか」
「焦んなよ。今まで誰にも言ってねえだろ。俺は口が固いんだぜ? それに、あんたに嫌われたくねえしな……」

は? もう嫌いなんですけど。
これが嫌われたくない人間のすることか。いや、一瞬そう思ったが奴は人間じゃない。
頭が痛くなってきた。獣と会話するのは、本当に疲れる。途端にロイザが恋しくなってくるほどだ。

まあいい。これ以上奴を調子に乗らせるわけにはいかない。
ふふっ、俺がこいつを力でねじ伏せてやる……あとで吠えヅラかくなよクソ野郎。

「……ナザレス、獣化しろ」
「あ?」

間抜けな奴の声が響いた瞬間、俺の腹の上にぽん、と黒い毛の塊が落ちてきた。
前足をついて、文字通り黒い目を丸くして俺を見ている。

可哀想に。何が起こったのか分からないのか?
ナザレスは俺の命令によって、瞬く間に愛くるしい黒うさぎへと変貌を遂げたのだ。

「はは、バーカ。俺の勝ちだ。ざまあみろ」

腹の上の小動物の首根を掴み、丸い黒目に向かって子供じみた台詞を吐いてしまう。

念のため師匠に確認を取っておいて良かった。
師匠が言うには、この黒うさぎが俺といる間は、便宜的とはいえ俺の命令にも効果を持たせてあるらしい。
そうでなければ、さすがにこいつを引き取るのは躊躇する。

「何すんだよ! もうちょっと遊んだっていいだろうが!」
「うるせえ黙れ淫獣。遊ぶってレベルじゃねえぞ」
「セラウェ! 俺としようぜ、なあ!」
「その姿で気持ちわりいこと言うな。投げ捨てられてえのか」

俺は即座に起き上がり、ベッドの脇にあるうさぎ用のケージの扉を開けた。
これは今日任務から帰った後、イヴァンに事情を話して貰い受けたものだ。
特殊な術式加工がしてあり、中からは抜け出すことが出来ない。
ああ用意しておいて良かったなあ、まじで。

「もうお前とは寝ないぞ。ずっとここに入ってろ」
「嫌だ! 出せよ! あんたと一緒に寝るんだ!」
「自分のせいだろが。年中盛るの止めたらまた考えてやるよ」

冷たく言い放ち、黒うさぎを黙らせる。すると奴は無言で後ろ足をダンダン打ち鳴らし始めた。
生意気にも怒ってやがるのか? まじで捨ててやろうか。

けどやっぱ姿形は可愛いんだよな……黙ってりゃいいのに。

ケージの前にしゃがみ込み、反抗的に動きまわる黒うさぎを見つめながら考える。
俺ってかなり甘くないか? だってこいつは俺を襲ったやつなんだぞ。いや、たった今も襲ってきたし。
でも残念ながら、この獣の思考回路を変えることなど出来ないのかもしれない。

「くく……俺は諦めねえぞ……」

ケージの中から不気味な声が聞こえてきた。俺が鋭い視線を向けると、ちょこんと座ってこっちを見ていた。
ああそうか、お前がそのつもりなら仕方がない。
だったら命令を聞かせるしかない。こういう輩はより大きな力でねじ伏せればいいんだ。

湧き出てくるこの感情が、こいつとの関係にどう影響を及ぼすのかはまだ分からない。
いずれにせよ、さっき獣化しろと言った時に感じた高揚感は、結構良いものだと思った。



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