俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 46 風邪引きたくない

神殿を出発して一時間ほど経った頃、俺達兄弟は馬に乗り山道を走り抜けていた。鎧の上から外套を羽織った弟の背に捕まり、長い道を行く。

脇道にはまだ雪が残り、寒さは厳しい。防寒着に身を包んでいるものの、普段から弟と違い体を鍛えてない俺は、あっという間に体力を奪われそうだった。

クレッドが馬の速度を緩め、森へと続く茂みの前で歩みを止めた。背中から顔をひょこっと出すと、鎧姿の騎士が二人、松明を持って立っているのが見える。

「ハイデル様。お待ちしていました」

クレッドに気がつくと、男達は即座に姿勢を正した。聖騎士団が見張りをしているようだ。

「ああ。これからネイドと結界師の後を追う。この道を行ったのだな?」
「はい。今朝方出発されたのですが、未だ帰還されていません。それと先刻、黒魔術師がここを通ったので行き先を尋ねたところ、この先の墓地へ向かうと言っていました」
「イスティフがか? ……分かった。引き続き警戒を頼む」

堅い返事をして頭を下げる騎士の側を通り抜け、俺達は森の奥深くへと入っていった。

「なあクレッド、あの黒魔術師も来てるのか?」
「そうみたいだな。おそらく司祭の指示だろう。この森は例年儀式を邪魔する魔術師共の温床にもなっている。用心が必要な場だ、俺から離れるなよ。兄貴」

弟が真剣な声色で告げた。
聞いた話によると、神殿で行われる儀式には、日頃の加護を祈り守護聖人を奉る目的がある。そこにはソラサーグの土地の荒廃を防ぎ、瘴気の浄化と自然保護を行う意味合いも含まれているらしい。

悪魔崇拝の為の黒魔法を用い、穢れを利用した異端行為に傾倒する魔術師にとっては、儀式に対する妨害行為も死活問題となっているのだろう。

しばらく進むと、取り囲んでいた木々が急に開けた場所に出た。年代を思わせる古びた石が並ぶ様を見て、寂れた場所ながらもここが墓地なのだと悟る。
ふと中央に人影が見えた。その燃えるような短めの赤髪は記憶に新しい。

「あれ、ハイデル兄弟。また会ったな」

同僚の黒魔術師は俺達に気づくと、落ち着いた様子で近づいて来た。一人で何してんだと訝しみながらも、弟に続き馬上から下りる。

「イスティフ、あれは何だ?」
「……ああ。あのローブの野郎か。言っとくが俺がやったんじゃないぞ。最初からあそこに倒れてたんだ」

え? 二人が突然何を話し出したのか分からず、俺はきょろきょろと辺りを見回した。すると黒魔術師のずっと後ろに、黒いローブ姿の男が地面に仰向けに寝そべっているのが見えた。

「なんだあいつ、魔術師か?」
「そうだぜ、セラウェ。任務中に現れた奴らにそっくりだろ」

イスティフが薄ら笑いで答えた。確かにナザレスに攫われた時に見た魔術師の姿に似ている。
気になった俺は倒れたままのそいつを確認しようと身を乗り出した。しかしすぐに弟に強く腕を取られる。

「うわっ何だよ」
「おい兄貴、みだりに近寄るな。……イスティフ、奴の意識がないか確認したのか?」
「したよ。だが蹴っても何しても起きやしねえ。事情を聞こうにもこれじゃ役に立たねえよ」

少し考えた様子のクレッドが長剣を鞘から抜き出し、静かに魔術師の元に近づいた。
剣を差し向けたまま様子を伺っていたかと思ったら、何やら外套の中から長紐を取り出し、素早い動作で男の両手足を縛り始めた。

「ちょ、ちょっと何してんだお前……」
「この男が目覚めてから尋問を行う。おいイスティフ、こいつを宿舎に連れ帰ってくれ」
「まあ、いいけど。……でも結構時間食うよな。エブラルに任せるにしても、今あいつ居ないんだよ」

まじかよ。あの呪術師、どこ居ったんだ。あ、そうだ。俺はある事を思いついた。もしかしたら俺の魔法が使えるかもしれない。

「なあ、エブラルの口寄せほど凄いもんじゃないが、事情を聞き出すぐらいなら俺にも出来るかもしれん。催眠魔法でな」

一気に二人の顔が俺に向けられた。明らかに怪訝そうな様子だ。あれ、信じてないなこいつら。

「何だその、催眠魔法って……兄貴」
「あ? 別にカルト療法じゃねえぞ。れっきとした俺の師匠直伝の古代魔法だぞ」
「本当かよ兄ちゃん。なんか面白そうじゃねえか。早くやってみてくれ」
「おいお前の兄貴ではない。馴れ馴れしく呼ぶな」
「いいじゃねえかケチくせえ弟だな」

二人のくだらない小競り合いに溜息をつきながらも、とりあえずやって見せたほうが早いと自分を納得させ、拘束された魔術師の前に跪いた。
顔を半分覆っていたローブを剥ぎ取り、晒された男の額に手を当てる。

精神を集中させ、長い詠唱を行う。しばらくして手を離すと、男の唇がわずかに動いた。
クレッドとイスティフが静かに見守る中、そういや何聞けばいいんだ? と予めこいつらに尋ね忘れたことを若干後悔した。何故なら対象は術者としか会話が出来ないからだ。まあしょうがないか。

「お前はここで何をしていた? 意識を失う直前、何が起こった? 知っていることを全て話せ」

出来るだけ明瞭な口調で簡潔に尋ねると、魔術師がまるで寝言を言うように口を開き始めた。

「……霊魂を集めていた。……不死者を操ろうと……だが……奴が来た。……仲間を全て倒し……奪われた」
「どんな奴だ? 何を奪われた?」
「巨体の化物……不死者の一部を……盗んだ」

なんだその恐ろしい言葉の数々は。化物っておい。自分で聞いといて後悔し始めたんだが。もうすでに関わりたくねえ。
内心ビビりながらも、とりあえず俺は男の気を鎮め、催眠魔法による施術を終わらせた。

「こんなもんでいいのか? 俺にはよく分からないけど」

弟と黒魔術師を見ると、二人は意外にも素直に驚いた様子だった。

「凄いな、兄貴。見るまでは全く信じられなかったが、かなり有益な情報だ。助かった」
「ああ、やるじゃねえか。どんな胡散臭い魔法かと思ったら、わりとまともだったな。あんた見直したぜ」
「おいお前ら。何気に失礼なこと言ってんの分かってる?」

素直に褒められないのか、こいつらは……内心イラっと来るが、まあでも少しは役に立ったかもしれない。
普段は面倒くさい師匠だが、この魔法を授かった事にちょっとぐらいは感謝しようかなと思った。

「でもこいつが言っていたのって、かなり危ない奴っぽいぞ。化物とかさあ……魔獣か何かか?」
「……いや。目的をもって魔術師を狙い、盗みを働いたんだろう。知能は低くないと思うが。それにかなり手強い相手のようだ」
「そうだな。相当きな臭い野郎だ。……まあでも考えようによっては、悪魔崇拝の連中を一掃してくれてんなら、案外敵じゃねえのかもよ?」

イスティフがおもむろに立ち上がり、腰を伸ばす。どこか緊張感が解けて見える黒魔術師に対して、クレッドは呆れたように溜息をついた。

「どんな目論見があろうが、場を混乱させた罪は重い。奴を捕えて真意を明らかにするまでだ」

騎士らしく信念を滲ませて述べる。確かに弟の言う通りかもしれない。裏で得体の知れない何かが動き回っているというのも、気味が悪いしな。
俺達が男を見下ろしながら話していると、突然周りからガサっという物音が聞こえた。

「…………!」

クレッドがすぐに反応し、剣を構える。黒魔術師も急に真剣な顔つきになり、周辺の様子に気を配った。
辺りに緊張が走る中、何やら地面からドコドコと奇妙な音が聞こえてきた。
なにこれ。すげえ嫌な予感がする。

「……兄貴、聖力を使え。いいか、ここは防御に徹しろ」
「そうだな。まずは俺とハイデルで抑える」

殺気立った声で一斉に言われ若干怖くなる。なんだもういきなり戦闘が始まるっていうのか?
でも俺だって攻撃魔法と支援魔法ぐらい扱えるんだけどな。まあとりあえず先輩共の言うことを大人しく聞いといたほうがいいか……
俺は短く返事をすると、守護力による防護魔法の構えをとった。

あたりの墓場からいきなり姿を現したのは、俊敏に動き回る人骨だった。いわゆるスケルトンだ。しかも数が多い。

数十の骸骨が俺達のもとにわらわらと集まってくる中、クレッドが両手で剣を握り、即座に一体一体を叩き潰していく。
その無駄のない動作に魅入っていると、途端に奴の体から白い光が現れ始めた。剣先まで覆いつくす眩い光の粒がぼわっと周囲を照らし出す。
うそ、あいつも聖力つかうのか? 

「グガアァッ!」

突如轟いた獣の唸り声に体が強張る。墓地の周辺から現れた馬鹿でかい一角魔獣が、雄叫びを聞かせながら続々と猛進してきた。
しかし奴らは真っ白な光をまとったクレッドの刀身によって、瞬く間に切り裂かれていく。
その際にも魔獣は不思議と血しぶきをあげることもなく、その場から跡形もなく消滅していった。

すげえ。基本的に俺の出る幕がない。
弟が強いことは分かる。だが正直言って、肉親が戦っているのを間近で見ていると気が気じゃなくなってくる。もし怪我とかしたらどうすんだよ、考えただけでぞっとする。

一方黒魔術師はというと、後方から容赦無くド派手な火炎魔法を放っていた。際限なく現れる敵をめらめらと炎が燃やし尽くしていく。
この間の水と氷の魔法は見たことがあったが、火炎の威力も凄まじい。奴はなんでもこなせるタイプなのだろうか。

ひとしきり片付けたかに見えると、クレッドが俺の方に向き直った。すると何かに気付いたかのように、ものすごい勢いでこっちに走り寄ってくる。

「兄貴ッ!!」

弟の叫び声に異常を察した俺は、頭の上に大きな影を感じ思わず見上げた。
するといつの間に現れたのか、盛り上がった地面の土塊が大きな人型を作り、突如俺の体を潰そうとする如く、襲いかかってきたのである。

なにこれゴーレムじゃん。しかもちょうど運悪く防護魔法が途切れそうなタイミングだった。

目と鼻の先まで近づいた土塊が、突然グサッっという重い音と共にバラバラに崩れ落ちてくる。その後ろに現れたのは、剣を突く構えをした弟だった。
一瞬のことに訳が分からず唖然としていると、ほぼ同時に上から大量の水が降ってきた。

……は? さらに意味が分からない。

ばしゃばしゃと雨より強い水しぶきが現れ、土塊が溶けて泥のように俺の頭上から降り掛かってくる。
目の前には呆然とそれを見ているクレッドが立っていた。

「おいイスティフ、何のつもりだ!」
「えっいや俺もセラウェを助けようと思ったんだけど、……邪魔だったか?」

急いで俺の体を掴み、水から助け出そうとするクレッドの怒号に対し、珍しく焦った黒魔術師の声が響いた。おいふざけんなよ。俺、泥まみれなんだけど。

「兄貴、大丈夫か!」
「……大丈夫に見えるか」
「いや見えない」

途端に冷静に答える弟の鎧も俺のせいですでに汚れている。
てゆうかやばい、目に泥が入ってきた。髪にもついてるし最悪だ。さっきまでの戦闘の緊張感とかも全部消え去った。まあ俺何もしてねえけど。

「あーごめんセラウェ。今もう一回水かけるから待ってろ」
「……は?」

イスティフの信じられない言葉が投げかけられたと思ったら、再び大量の水流が頭から流れ落ちてきた。冗談じゃなくすげえ冷たい。つうか溺れ死ぬかもしれん。

「うあ゛あっ、なに、すんだよッ! やめろ! つうか温かいお湯出せよ!」
「そんな便利なもん出せねえよ、水で我慢しろよ」

気がつくと俺は久々に怒鳴り声を上げていた。この前のずぶ濡れのロイザを思い出しながら、さらに惨めな姿になっている自分を憐れむ。

「ふざけるなイスティフ! 兄貴に何すんだ、もう止めろ!」

俺を掴んで離そうとしない弟も、珍しく必死に怒鳴り散らしている。
すると黒魔術師の水がピタリと止まった。確かに泥はあらかた落ちた気がするが、ぶるぶると体が震えだし、なんかくしゃみも止まらなくなってきた。
すっかり水を染み込ませた重い服をゆっくり動かそうとする。

「寒い……クレッド、助けて……」
「兄貴……ッ、てめえこの野郎! ふざけんじゃねえぞ!」
「悪いって言ってんだろ! どうすりゃいいんだよ!」

逆ギレのように声を上げる黒魔術師だったが、俺達の静かに責めるような視線を感じたのか、奴は突然バツが悪くなったような顔をした。

「……あっ、じゃあ俺もう行くわ。この魔術師持って帰んないと。司祭に報告もしなきゃなんねえし」
「っざけんなお前! 風魔法とかで乾かしやがれ!」
「いいのか? そんな事したらあんた確実に吹っ飛んじまうぞ?」

年下の同僚に至極真面目な顔で言われ、沸々と殺意が湧いてくる。何でもいいから後始末していけよ。

「ハイデル、そういやこの近くに小屋あるだろ? あそこで休んでけよ。もう暗くなってきたし。ちゃんと兄ちゃんの面倒見てやれ。じゃあな」

イスティフは早口でそう言うと俺達二人を取り残し、魔術師を担いでそそくさと立ち去ろうとする。
遠目で見ていると、奴はさっさと自分の転移魔法を使って姿を消した。

おいなんだこれ。どうすんだ今から。

「兄貴……びしょびしょだ。とりあえず全部乾かさなきゃ駄目だ」
「ああ、そうだな。俺、風邪引きたくない」

予期せぬ事態にぽつりと呟く。ぎゅっと抱きしめてくる弟の腕の中で、俺は締め付ける鎧の痛さも忘れて、ただ立ち尽くしていた。


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