俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 45 騎士の一面

ナザレスの監禁部屋を後にした俺達二人は、宿舎の地下から上階へと続く階段付近に留まっていた。
何故か俺は今、壁に体を押し付けられ、見下されている。部屋を出た途端無言になり、鬼畜な表情を浮かべたままの騎士によって。

「ど、どうしたのかなぁ? クレッド」
「話の続きだ。兄貴」

頭上から冷えた声が降ってきた。両手を壁について俺を囲むように立つ弟を、困惑しながら見返す。
やっぱこいつ怒ってるのか? 俺が呪いのこと黙っていて、あの男を引き寄せる事態を起こしたことを。

「なんだよ……やっぱり俺のこと許せなくなったのか?」
「違う」

きっぱりと答える弟に納得がいかない。じゃあなんで仏頂面してるんだ。絶対何か気に食わない顔じゃないか。さっきは気にしてないとか言ってたくせに。

「なんであの男のとこに一人で行ったんだ? 危険だって分からないのか」

今度はあからさまに不機嫌な顔で俺に問いかけてきた。……えっなんだ。その事で腹を立ててたのか。
俺は自然とクレッドの頬に手を添えた。眉を寄せて怒ったままなのに、ぴくっと動く顔がなんか可愛らしい。

「悪かったよ。……ナザレスが俺を狙ってた理由を知りたかったんだ」

本当は呪術師に言われたからだが。つうかエブラルの奴、外で待ってるって言ったくせに、なんで普通にクレッドを中に入れてんだ? どこ行ったんだあのガキ。

「あいつの名前を呼ぶな……ッ」
「……へ?」

ギリっと鋭い目つきで睨まれ、意味が分からず瞬きをする。い、今更じゃないのかそんなの。
弟の険しい顔が目の前に迫ってくる。焦った俺は両手で奴の肩を掴み、押し返そうとした。

「俺は子供だって言っただろ? でも、もう我慢しないで良いんだよな……?」

弟の目が据わっている。どどど、どうしたんだこの男は。いやここでは流石に我慢してくれよ。子供はそんな危ない目つきで兄貴を脅したりしないだろ普通。

「馬鹿かお前何考えてんだっ」
「何って、兄貴のことだけだ……兄貴も俺のことで頭がいっぱいだって、言ってくれただろ……」

途端に自信がなさ気に甘えた声を出して尋ねてくる弟に、どきどきしている自分が怖い。
まあ確かに言ったけどね。時と場所考えろよ。今その続き出来ねえだろうが。
俺は一旦心を落ち着かせ、奴の目を真っ直ぐに捕らえた。

「分かった。じゃあ夜まで我慢しろ。それでいいか?」
「……今がいい」

あのね。なんで我儘モードになってんだこいつ。しょうがない奴だな……。
でもやっぱ色々治まらないことになってんだろうなと推測する。ああなんか全てが俺の愚かな行動に帰結しているんじゃないかという気がしてきた。

「今は駄目だ。後でお前が言って欲しいこと、もっと言ってやるから」
「本当に? ……何でも?」
「いや何でもとは言ってないだろ。言える範囲だよ」

弟がちょっと目を伏せて残念そうな顔をする。
本当にこいつ、屈強な騎士共を率いる団長なのかな。疑問に思いながら真顔で見つめていると、クレッドがゆっくりと顔を上げた。
おもむろに横に視線をやる弟の後を追うと、ある人物の存在に気が付いた。

……えっ。完全に見られてるんですけど。

「これはこれは、兄弟喧嘩の最中かな? ハイデル」

上階から俺達を楽しそうに見下ろしていたのは、俺の上司である司祭の男、イヴァンだった。
おいどうすんだよこの状況。いつから見てたんだ、また気配なしかよ。
責めるように弟を睨むが、奴は微塵も気にしていない様子で俺からそっと離れた。

「お前には関係ないだろう。どうした、ナザレスに用があるのか?」
「ああ、そうだ。……彼は実に興味深い。何度も足を運んでしまいそうだ」

妙な笑みを浮かべながら、司祭は俺達の前までやって来た。何度もって、この男あいつに何してんだ? あまり想像したくはないが。

「セラウェ君、無事で良かった。聖力の加護はしっかり効いただろう?」
「え、ああ……まあな」
「あの男は稀に見る貴重な検体だ。君を不憫には思うが、教会に多大なる貢献をもたらしてくれた。感謝してもしきれないよ」

司祭が何の悪気もなく満足そうに言い放つ。
はあ? なんだこのおっさん、俺がどんな目に合わされたと思ってんだ。内心苛ついていると、クレッドが司祭との間に割り込んできた。

「それ以上ふざけたことを抜かすと、俺が許さんぞ、イヴァン」
「なんだ? また君の逆鱗に触れてしまったか。僕はただ礼を言いたかっただけなんだが」

司祭が呆れたように口にする。一瞬弟の言葉に喜んでしまったが、上司と弟が険悪な雰囲気を醸し出しているのも居心地が悪い。
イヴァンは急に俺のほうに向き直った。

「話はそれだけじゃないんだ、セラウェ君。今から君にはハイデルと神殿へ向かってもらいたい」
「神殿……? 任務か?」
「まあ、それはハイデルに任せようと思うが」

司祭の含みのある言い方が気になり、俺はクレッドに目をやった。奴は真面目な顔でイヴァンを見据えている。

「そうだな。ネイドと結界師がまだ帰っていない。魔術師連中の痕跡を追っているようだが、俺も後を追うつもりだ。兄貴にも一緒に来てもらう」
「え、俺も?」
「ああ。弟子達のことも気になるだろ?」

確かに俺はネイド達と共にいるオズとロイザの行方を心配していた。ナザレスという自分の問題ごとのせいで、そういやまだ任務中だとどっかで忘れていたのは否めないが。
俺は司祭と弟に従い、初めて任務の主要施設である神殿へと向かうことになった。


※※※


今回の遠征目的である聖地保護の舞台、ラーナ神殿は奥深い山中にある巨大な建造物だ。ドーム型の頂上が特徴的で、それを囲むように真っ白な石造りの柱がそびえ立つ様は神々しくもある。

聖地周辺は特殊な結界により転移魔法が使えない為、俺達は馬を走らせ神殿へと向かった。
広めにとられた参道には、聖職者らしき者たちが乗る馬車が次々と続いていく。彼らは皆この地における重要儀礼への参列を目的とした、巡礼者達なのだ。

神殿に辿り着き、見上げてもまだ足りないほどの大きな門をくぐり抜け、俺達は内部へと足を踏み入れた。
目に飛び込んできたのは、外から見えたドームの内側に描かれた色彩豊かなモザイクだ。真上に広がる守護聖人の天井画も壮観で、思わず息を呑む。

「兄貴、少しここで待っていてくれるか。俺は聖職者らと話があるんだ」
「ああ、分かった。行ってこい」
「……あまり動き回るなよ?」
「はいはい心配すんな」

念を押す鎧姿の騎士に返事をし、俺は言われた通り付近を探索することにした。
神殿というからにはさぞ歴史も深いのだろうが、一見して内部は聖堂に近い。大きな聖人像の正面に置かれた立派な祭壇を中心に聖職者らが集まり、準備を行っている。

その間もひっきりなしにやって来る巡礼者達を遠目から眺めていた。余計な物音はなく静かだが、異様な熱気を肌に感じる。

俺には宗教的な興味はないが、建物の様式美や儀礼には関心があった。こんな機会がなければ中々お目にかかれるものではない。本来ならば部外者は立入禁止の場なのだ。 

神殿の柱のそばでしばらくぼうっとしていたら、背後からガシャっと金属音が聞こえた。

「おい。お前、不審者だな?」

突然低い声が頭上から落ちてきて、びっくりして振り向く。そこに立っていたのは、二人の鎧姿の騎士だった。
一人はもの凄い長身、というか馬鹿デカイ。隣にいる同じく長身の男がやや普通に見えるぐらいだ。
でも待てよ。その荒い声には聞き覚えがあった。

「不審者じゃねえ。その声、グレモリーか?」
「よく分かったじゃねえか、魔導師。こんなとこで何突っ立ってんだ」
「あ? 任務の一環に決まってるだろ。お前も仕事中だよな」
「そうだ。こうして神殿内の警備に気を配ってるんだよ。ネズミ一匹出入りさせないようにな」

こいつ……俺がネズミだとでも言いたいのか。だがこの大男の騎士は、鎧姿だと逆に外見の暑苦しさが控え目になってマシかもしれない。絡んでくる感じは相変わらずうざいが。

「君が無事でほっとしたよ、セラウェ。怖い思いをしたんだろう? 良かったら俺に何でも話してくれ」

……げ、やっぱこっちは美形の騎士だったか。俺のどんな話が聞きたいんだと変に勘ぐってしまう。本性が鬼畜の変態だと分かってるから警戒を解けないのだ。

「いや、大丈夫だありがとう。そういやナザレスの尋問ってどんな……ああ、やっぱ何でもない」

バカか俺は、何を尋ねようとしてるんだと我に返る。単なる好奇心なのか、あいつへの怒りがくすぶっていたのか、自分でもよく分からない。

「君も興味があるのか? ふふ、知りたいなら教えてあげよう。……なんというか色々と、凄かったよ。あの男の野性味のある外見からは想像出来ない感じでね」
「え。そうなの? どんな風に?」
「まあ、あの男も最初は口汚く抵抗していたんだが、手順を踏むごとに段々大人しくなっていって……俺の言うことを素直に聞き始めたんだ……しまいには俺の下で自分から腰を」
「ふざけんじゃねえぞユトナ、神聖な神殿内で気色悪い話するな。頭おかしいんじゃねえのか」

詳細を話し出そうとする騎士をグレモリーが制止した。確かに想像以上にやばいことをしてそうだと分かり、続きを聞きたくはないかもしれない。
しかし一方で、邪な考えが閃めいた俺は、ユトナの仮面に自ら顔を近づけた。

「なあ、ここだけの話。ナザレスの野郎、あんたの尋問が中々良かったと感想を述べてたぞ。もしかして、あいつも喜んでるんじゃないのか」
「本当か? 喜んでいたのは分かったが、そう言われると嬉しい反面、複雑だな。ただ喜ばせるのは不本意なんでね。今度は趣向を変えて試してみるか」

ユトナが恐ろしいことを口にしている。全身鎧姿で表情は分からないが、たぶん見てはいけない笑みを浮かべているのだろう。声で分かる。
これはナザレスへのちょっとした仕返しだが、あいつも好きそうだからまあいいか、と思うことにした。

そう考えてみると、クレッドが言っていた奴の新しい飼い主という話……なかなか真実味が出てきたな。ふふふ、弟の言うとおり、色々と候補はいるのかもしれない。

「おいてめえら、何きわどい話ししてやがる。……団長が来るぞ」

えっ嘘、やべえ。俺は別に騎士でもないのに、すぐに直立不動になる目の前の騎士二人に押され、自分も何故か姿勢を正した。
いや団長って相手は弟だぞ……振り向くと、全身プラチナプレートの騎士が目の前までやって来ていた。

「グレモリー、ユトナ。異常はないか」
「ああ。問題ないぜ」
「団長、ネイドがまだ戻っていないんだが、行方は掴めているのか?」
「いや。だが大体の方向は把握している。今から向かうつもりだ。夜に行われる儀式の護衛は、滞りなく済ませてくれ」

弟の指示に二人がしっかりと頷いた。こうして見ると、こいつら仕事中はまともな騎士なのかなと思い直す。

「そういや団長、ファドムの野郎にちゃんと仕事しろって言ってくれよ。あいつどこに居やがんだ?」
「グレモリー、彼は無駄な仕事はしない主義なんだよ。儀式までには戻るしいいだろう」
「……ユトナ。無駄とはなんだ。今の時間も重要な任務中だ」
「あ、そうだな。すまない。つい本音が出てしまった」
「なあ、誰それ? 四騎士の最後の奴か?」

無性に気になって、騎士達の会話に口を挟んでしまった。すると一斉に三人の注目を浴びる。
げ、今更だが、なんか屈強な男達に囲まれてるみたいで威圧感を感じる。

「ああ、兄貴は知らなかったな。別に知らなくていいが」
「は? どういう意味だよそれ。教えろよ、気になるだろうが」
「大した奴じゃない。むしろ面倒な人間だ」
「お前自分の部下に対して、そういう言い方ないんじゃないのか」

急に子供じみた言い方をする弟に少し苛立ってくる。二人で言い争っていると、大男と美形の騎士が静かになっていることに気が付いた。
え、なに……なんか恥ずかしいとこ見られてるのか今。

「はは、団長の気持ちも分からなくはない。ファドムは第一小隊を率いる切れ者の騎士なんだが、少し変わった男なんだよ。いつもは無口なのに、戦闘時には一番残忍な振る舞いをしたり……」
「なんだそれ、完全にやばい奴じゃねえか」
「ああそうだ。だから兄貴は近寄るなよ」

すかさず口を挟んでくる弟に、ユトナがくすくすと笑い声を漏らす。

「セラウェ。君は本当に団長の兄なんだな。ハイデルの人間らしい一面が見れるのは珍しいことだ。まあ昨日君が連れ去られた時の取り乱しようも凄かったが」
「本当だぜ。普段は非情な男だが、あんたも家族に対しては深い情ってもんがあったんだな、団長」

平然と話す二人の部下の前で、弟が一瞬黙り込む。……おい凄い言われようだぞクレッド。お前そんなにいつもアレな感じなのか?

「おいお前ら余計な事を喋るな。もういいから任務に戻れ」
「なんだよ。感心してるんだろ? 照れるなよ団長」
「あんまり団長をからかうな、グレモリー。お兄さんの前で可哀想だろう」

珍しく弟がきまりの悪い感じになっている。なんだこいつら。本当に最強とうたわれる聖騎士団の四騎士なのか。おそらく全員俺より年下だし、ただ楽しそうにくっちゃべっている男達にしか見えない。

「兄貴、そろそろ行くぞ」

しびれを切らしたように弟が俺に告げる。慌てて後をついていく俺に、大男の騎士が「今度はちゃんと帰ってこいよ」などと不吉な言葉を投げかけた。
無事に任務を遂行出来ればいいが……というか弟と二人ということにも、ちょっと緊張が走っていた。


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