俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 47 欲しかったもの ※

辺りがすっかり暗くなった頃。俺と弟は墓地から数十分ほど離れた場所にある、木建の小屋の中にいた。
暖炉と棚しかないという究極に殺風景な室内だったが、わりと小奇麗で照明もきちんとついたことに安堵する。

クレッドはすぐに備えつけの棚を漁り、中から分厚い毛布を取り出した。俺に濡れた服を全部脱ぐように言った後、暖炉に薪をくべ火を灯す。

「うう゛……寒い……クレッド……」
「待ってろ兄貴、今温めてやるから」

全身が凍えるように震える。弟に助けを求めながらモタモタと服を脱いでいると、俺に向き直ったクレッドが残りの服を全部剥ぎ取り、広げた毛布で体をガバッとくるんできた。

俺を暖炉の前に強引に座らせ、自身もやっと鎧を脱ぎ去る。そのまま上半身裸になると、毛布にくるまった俺を後ろから抱きかかえるように腰を下ろした。

「お前も入れよ、風邪引くぞ」
「……いいのか?」
「なんで聞くんだよ。いいに決まってんだろ……」

いや待てよ、やっぱよくない。何故か俺だけ素っ裸だった。けど毛布一個しかないみたいだし……
不自然に固まって口をつぐんでいる俺に、クレッドがふっと意味深な笑いをこぼした。

「じゃあ俺も入れてくれ。こっち向いて、兄貴」
「うわ、ちょっとっ」

俺を正面に向け急にごそごそとやり出した弟が、いつの間にか毛布の中に入り込み、体をぴたっとくっつけてきた。
なんか普通に恥ずかしいんだけど。今更だけど何やってんの兄弟で……。

「お前の体、結構温かいな。外寒くなかったのか?」
「……ああ。なんだろうな、まだ興奮しているのかもしれない」

えっどういう意味だ。言葉の真意が分からずクレッドを見やると、少し険しい顔をしていた。暖炉に燃える炎が弟の透明な蒼目に映し出され、揺らめいている感じがする。

「さっきまで戦っていただろ? そういう時は、中々気分が治まらないんだ」

静かだが焦燥を思わせる声色で口にする。冷静さを崩さない一方で、どこか浮足立っているような……弟のこういう面は、あまり見たことがないかもしれない。

「ああ、そういえばロイザもたまに同じ様な感じになってるな。戦闘の後とか」
「ーーえ?」

何気なく放った言葉に、クレッドが凄く低い声で反応した。びっくりして思わず目線を合わせると、完全に冷たい怒りの表情を向けられていた。

「ど、どうした? おい」
「なんで兄貴はそうやって……」
「えっな、なに」

背中に回された腕がぐっと俺を近くに引き寄せてくる。怒っている顔が迫ってきて、ヤバイ事を言ってしまったとすぐに悟る。

「俺と二人でいる時に……他の男の名前を出すな」

昼間と同じくギリっとした鋭い目つきで睨まれる。こ、怖い……
けれど何故か同時に、凄くドキドキしていた。上手く言えないが、弟が急に知らない男に見えたのだ。
あの可愛い顔した弟は、どこにいったんだよ。

「でもあいつは人間じゃねえぞ、お前が気にすることなんかないだろ」
「関係ない。どんな奴だろうが、兄貴のそばにいるだけで腹が立つんだよ」

……おいおい、どうしたんだ一体。こいつが焼きもちやきなのは知っていたが、こう表にはっきり出されると、さすがに戸惑ってしまう。

「ご、ごめん。分かったよ、気をつけるから」

とりあえず素直に謝り、自分の不用意な発言を反省した。ちらっとクレッドの顔を確認しても、まだムスッとしたままだ。体が温まってきた一方で、背中に冷や汗が流れるような感覚がした。

「なんだ、拗ねてるのか? 可愛いなあ、お前」
「……違う」

俺から目を逸し、不機嫌そうな顔になる。いや完全に拗ねてるじゃねえか。しかもちょっと勇気だして可愛いって言ったのに全然効いてねえし。

若干パニクった俺は、恥を捨てて思いきった行動に出た。弟の首に自ら手を回し、体をすり寄せたのである。

「悪かったよ、クレッド。もう言わないから。なあ、俺には笑った顔見せてくれ」

何寒いこと言ってんだと自分に突っ込みながらも、どうにかして弟に機嫌を直してもらいたいとか、そんな浅ましいことを考えていた。
だが奴は不気味に黙りこくったままだった。やべえ、許してくれないかもしれない……

「……兄貴、俺が言って欲しいこと、もっと言ってくれるって……言ったよな?」

突然弟が邪な顔つきに変わり、問いかけてくる。げ、やっぱそれ、忘れてなかったのかよ。
あの時は、完全にその場しのぎで言った……というわけではないが、いざ思い出されると途端に身がすくむ。

「い、言ったけど……さあ」
「じゃあ早く言って」
「何を……?」
「分かるだろ、もう」

シラを切っても、このしつこい弟には通用しない。それはとっくに知っている。
きっときちんと望む言葉を言わされるまで、今日は離してもらえそうにない。

でも考えてみてくれ。俺は今何も着ていないんだぞ? それにこんな場所で……せめてベッドの上とかがいい。
女々しい上に往生際が悪いことを考えていると、しびれを切らしたクレッドが、自分の腰を俺の下半身に押し付けてきた。

「うわぁッ何してんだよっ」
「何って、気持ちいいこと……したくない?」
「ま、待って……!」

クレッドの唇が抗おうとする俺の口を塞いだ。
なんだ、意味が分からない。こいつの行動が読めなくなってきた。俺に言わせたいなら、もう少し落ち着けよ。
そう自分勝手に思いながらも、抵抗の形を見せる。

「は、ぁ……もう、触るな……」

口を離された途端に脱力した体を支えられ、今度は弟の口が首に這わされた。
ちゅっ、と小さく吸い付きながら舌で舐め取られていく。

「兄貴、言って。早く聞きたい」
「んあぁ……やだ……弄るな……」
「もう俺、我慢出来ない」

強い口調で言い、いつの間にか好き勝手な愛撫を与え始める。勃ってしまった性器に手が這わされ、体がビクっと震えた。

こんな状況で言うのはちょっと、いや凄く抵抗があるんだけど。
快感が集まっていき、それどころじゃない。こんなんじゃ、ちゃんとした感じで言えないだろうが。

「なんで……子供の時だって、お前にたくさん言っただろ……」

状況に混乱して、つい口走ってしまった。こんな時に昔の話をするなんて、頭がおかしいとしか言い様がない。
クレッドがぴたっと止まり、俺の顔をじっと見てきた。息をつく俺の唇を指でなぞってくる。

「……でも、その時の気持ちとは、違うだろ?」

何故か切ない表情で問われて、言葉に詰まってしまう。
お前も、あの頃の気持ちとは違うのか? いつ俺のことを、そんな風に思うようになったんだよ。
聞きたい気持ちを抑えて、どうにか思考をまとめようとする。

けれど俺に構わず、弟はゆっくりと腰を持ち上げてきた。何すんだよッと目で訴えると、奴はにやりと邪な笑みを返してきた。

「んあ、もう、やめろっ」
「駄目だ。やめない」

やっぱ今日こいつ、どこかおかしい。自分が子供だって言ったり、嫉妬してるのをはっきり言葉に示したり。
昨日から色々あり過ぎたし、俺のせいだという事はわかっているけど……

いつの間にか前と同じく後ろを弄ってきて、そろりと挿れられた指先が、自由に動き回ってくる。

「あ、あ、……指、抜け……っ」
「嫌だ」

駄目だとか嫌だとか、まったく言うことを聞こうとしない。くそ、少しぐらい待てよ。
心の中で悪態をつくと、指が引き抜かれ、奴のモノが充てがわれるのを感じた。

「待ってって、言ってるだろ……!」

抵抗しようとする俺の口を、すかさずキスで塞いでくる。息苦しいほどのそれが離されても、余裕を失った弟の顔から目を逸らすのが難しい。

「兄貴は俺が、欲しくない?」 
「……ずるい、ぞ……そんな、聞き方」 
「どうして? 俺は兄貴が欲しい……もっと自分のものにしたい」

そう言って俺の腰を掴み、ゆっくりと自身を挿入させてきた。大きな衝撃に思わず掴んだ弟の肩に力を入れる。

「ん、あぁっ」

昨日もたくさんしたからなのか、気持ちよく入っていく。
勝手に喘ぎが漏れ、覚えのある快感にすぐに身を委ねそうになる。

……ああ、こうなったらもう駄目だ。俺は弟の感触をすでに知っている。何度もこうして、受け入れてしまったんだから。

弟に揺さぶられ、体にしがみつく。二人の吐息だけが聞こえてきて、繋がっている体が、寒さを完全に忘れさせてくれる。

「兄貴、好きだ」

また言ってる。でも一度で終わりじゃない。弟が赤らんだ顔で、何度も何度も俺に告げてくる。その度にかち合う視線をそらせずに、俺は開こうとした口を再び、ぎゅっとつぐんでしまう。

「好きだ、兄貴が好き……」

頬に手を添えられ、少し傾けた弟の顔に、再び唇を奪われる。好きだと言われながら弟の腕の中にいることが、なぜだか無性に安心感を与えてきた。

俺もこいつに、同じような気持ちを味合わせることが出来るのか?
本当に俺の言葉なんかで、弟を幸せな気持ちにすることが出来るのか?
恥ずかしかったのに、急にその答えを知りたくなってきた。

「クレッド……」

弟の蒼目をじっと見て、息を整えようとする。もう、言ってもいいのか。正直言うと、ちょっと怖い。けれど後のことなんて、どうでもいいのかもしれないーー

「俺も……好きだ、お前のこと」

言ってしまってから気付く。思ったより、自分の耳に自然に聞こえてきて、少し驚いた。
けれど弟は目を見開いていた。そして何故かすぐに瞳を伏せた。無言で顔をうつむかせ、こっちを見ようとしない。

「……おい?」

え? ちょっと思っていた反応と違う。もしかして、なんか間違ったか?
焦った俺は、もう少し体を密着させ、抱きつくように耳元に口を近づけた。

「お前が好きだ、クレッド」

さっきよりもはっきり言うと、クレッドの体が一瞬びくりと動いた。けれど黙ったままで、なんか様子がおかしい。

「どうしたんだ? ……お前」

すると急に顔を上げて、俺をぎゅっと抱きしめてきた。凄い強い力にびっくりする。

「あ、兄貴……も、……だめ、だ……ッ」

いきなりそう言ったかと思うと、ビクビクビクッと過剰に腰を震わせた。突然のことに俺も下半身を少し仰け反らせて反応してしまう。

その時、じわっと内側に何かが広がるのを感じた。こいつ、まさかーー俺が好きだって、言ったから?

「は、あ……はあ、……っはあ……」

弟が激しく胸を上下させ、息を深く吐いている。俺の肩にじんわりと汗ばむ額をのせて休む様子を、そばで静かに見ていた。

「イッたのか……? お前」

普段ならば決して言わない言葉を、俺が弟に問いかける。だがクレッドは何も答えずに、ただうつむいていた。
……何故だろう、今無性に、こいつの顔が見たい。顎を取って、俺のほうに向けさせたい。

奥に出されたもののせいで、自分だって余裕はないはずなのに。説明し難いおかしな感情が、自分の中で生まれてくるのを感じた。

「兄貴、キスして……」

……えっ。
まだ瞳を伏せている弟がぽつりと呟いた。どうにか心臓の高鳴りを抑えようとする。俺は弟の頬に手を添えると、ゆっくりと自分の口を近づけた。

何度かキスをして口を離すと、とろけそうな顔をしている弟と目が合った。
なんだこれ、こいつ、やばい。

「もっとして、兄貴……好きって、言って……」

弟の言葉に、頭が一瞬真っ白になるかと思った。
考えてはいけないのに、どういうわけか、クレッドの顔にまだ小さい時の弟の面影が映し出されたように見えたのだ。

でもねだるように「もっと」と繰り返す弟を前にして、俺は抵抗出来ず、何度か言われるがままその言葉を繰り返し、口付けを与えた。

「クレッド、一回、抜いて……」

依然として恍惚状態で俺を見つめ、うわ言のように求めてくる弟にお願いする。俺だってこのままじゃちょっと辛い。
でも弟は首を縦に降らなかった。駄々をこねるように、俺の体を離そうとしない。

「嫌だ、兄貴……離れないで……ずっと、このままがいい……」

こいつ、どうしたんだろう。俺が好きって言ってから、明らかに変になっている。
でもそんな弟を見て混乱しながらも可愛いな、などと思ってしまう自分が恐ろしい。

「分かった。もう少しだけだぞ」

柔らかい金色の髪を撫でて、優しく言い聞かせる。すると、クレッドはこくりと頭を頷けた。

俺の弟は色んな顔を持ってる気がする。俺はいつでも翻弄されっぱなしだ。
けれどこうして、子供みたいに懐いてくる相手は、兄である俺だけでいいのかも……そんな風に思ったのだった。



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