▼ 2 頼む、兄貴
「なんだ、もったいぶりやがって。さっさと話せ」
内心物凄くほっとしながら平静を装うと、しばらく下を向いていたクレッドの目がいきなりグワっと俺の視線を捕えた。聖騎士団団長の威厳は半端ねえと息を飲みつつも、ただの兄貴にそんなもんを発揮してどうすんだと呆れる。
「ひと月前、国王命令によりリメリア聖騎士団は西の渓谷の魔女討伐へ向かった。これまでに幾多の女子供を攫い、黒魔術を用いた凄惨な儀式を行ってきた悪名高い魔女だ。兄貴も名前を聞いたことがないか? 炎の魔女タルヤの名を」
「いや、ねえな」
「そ、そうか。……興味が無さそうだな。魔術を駆使する者同士、関心は沸かないのか?」
「魔女と一緒にしないでくんねえか、俺はなあ、一応真っ当な仕事で生計を立ててる魔導師なんだよ。簡単に悪事に手を染める怪しげな妖術師とは違うんだ」
即答した俺に対し意外そうな、というか若干焦った様子でクレッドが俺の顔をうかがってくるが、素知らぬフリを突き通す。実は、その魔女のことは知っている。素材の調達の際に知り合いを通して一度会い、依頼を頼んだことがあった。
一言で言えば面倒臭い難癖ババアという印象しか残っていないのだが、依頼の結果不良品を掴まされ、腹いせに奴の留守中に飼っていたペット(獅子型の黒獣)の小屋を燃やしてやったことがある。もちろん動物好きの俺はちゃんと奴のペットはあらかじめ外に逃しておいたがな。
もちろんそんなことを今正直に話すつもりはない。だって何の得にもならないし。
「で、その魔女は討伐出来たのかよ」
たぶん無理だろうなと邪推しつつとりあえず聞いてみる。俺の記憶によるとあの魔女の魔力だけは馬鹿に出来るレベルじゃない。いくら聖騎士団とはいえ、相当手こずる相手のはずだ。
「ああ。それは成功した」
「って、えええーー!? うそだろまじか? え、え、どうやって?」
「何故そう驚く必要がある。聖騎士団は実力者揃いだ。教会が抱える腕利きの呪術師や魔術師も豊富だしな」
兄貴と同じ職種だな、と言って口元を吊り上げる弟に物凄い腹が立つんだが。どうせ俺はしがねえ魔導師だよ悪かったな。
「じゃあ何が問題なんだよ。一見落着じゃねえか」
「いや、それが……違うんだ」
一気にトーンダウンするクレッドを見やる。またその顔だ。さっきの個人的な頼みとやらは、そんなに言いづらいことなのか。この常に自信満々で偉そうな野郎にとってもか。
「実は、呪いを……受けた」
「あ? 呪い?」
クレッドの顔が何故か急にサアッと赤みを帯びた。聞き返した俺の言葉にも反応せず、耳まで赤くなってきている。
こいつ今日はころころと表情が変わっておもろいな、と心の中で笑ってやりたい気持ちにもなるがとりあえず我慢する。
「へえ。そうか……呪いって、もしやお前が受けたのか?」
ひときわ真面目な声でずばり聞いてやる。もちろん故意だ。カマをかけてみたのだが顔面を赤く染め上げ恥ずかしそうにうつむいてしまっている様子を見るとこいつで間違いなさそうだ。
「……そうだ」
「ほう? どんな?」
やっぱり思った通りか。静かに答えたクレッドに俺はわざとらしく顔を近づけた。どんな表情をしているのか手で顎を上向かせてまじまじと見つめたい気持ちをどうにか抑える。
「…………っ」
まじで恥ずかしそうだな、一体何の呪いを受けたんだ。中々答えないクレッドに痺れを切らした俺は「おい、早く言えよ!」と声を荒げた。
びくりと顔を上げたクレッドはやっとのことで重い口を開く。
「ひゃ、百回性交しなければならない。しかも、……男とだ」
……え? 今なんつった?
男と百回性交?
想定外の言葉が飛び出たことに俺は思わず口を開けたまま、目の前の羞恥に満ちた表情の弟をじっと見た。クレッドは屈辱的だと言わんばかりの顔でさっと俺から目を反らす。
うーんそうか。確かにそれは言いづらい。けど、そこまでか? と正直思ってしまったのも事実だ。
「なんだよ、そんなことか。確かに魔女の呪いにしちゃあ変なとこに力入ってるよなぁ。個人的恨みでも買ったのかよってレベルではあるが」
「そ、そんなことだと!? 男とだぞ! それに俺は魔女にとどめを刺したというだけで個人的関係性などない! そいつと顔を合わせたのも討伐したその日が最初で最後だ!」
はあはあと息を吐き余計に顔を真っ赤にさせながら必死に反論してきたクレッドの勢いに押され、俺は言葉を失ってしまう。とどめを刺したというのは呪われる要素としては十分だとは思うが。
「ま、まあまあ。落ち着けよ。呪い自体は珍しいもんじゃない。それよりどうやって呪いを受けたと分かったんだ? 印とかあんのか?」
通常魔術を嗜む者から呪いを受ける場合、対象者の媒介となる髪や持ち物などを扱い代理的に行う方法と、または口頭で呪詛を体に埋め込まれ直接呪いを受ける方法がある。
魔女と会うのが初めてだったというクレッドの話が本当ならば、体のどこかに呪詛の跡が見られるに違いない。
「印、か……あるにはあるが……」
「じゃあ見せろ。見てやるから」
「い、嫌だっ!」
少し前に乗り出しただけで大げさなぐらいに後ずさって俺を睨む。い、いやお前嫌だって子供じゃないんだから……。そんな恥ずかしいとこにつけられたのか?って聞いたらもっと怒りそうだなこいつ、いい年なのに。
「はぁ、じゃあまずはこっちの話からな。その呪いを付けられた時の状況を教えろ」
「……分かった。要約するとだな、魔術師連中が魔女を拘束魔法で捕え、俺がリメリア教会から授かった聖剣で一突きにその心臓を貫いた。その際、魔女が口にした言葉がある。呪文の意味は聞いたことのない言語で分からない、だが奴は血を流しながら最後にこう言った。『お前の名は知っている。許されぬ行いをしたお前の親族共々呪いを植え付けてやる』と。その後に呪いの内容を詳しく……さっき言った通りだが……述べたんだ」
つらそうに言う弟には申し訳ないが、俺の頭の中は若干パニクっていた。ちょっと待て、親族って何だよ。俺の知る限り俺達の家と炎の魔女は何の繋がりもないんだけど。だとしたらまさか、俺のーー。
嫌な予感がし頭の中まで汗がだらだらと流れていくのを感じる。だがどうにかこうにか表情には出さないようにする。
「いや、でも……許されぬ行いってお前がしたことじゃないのか……」
「ああ、そうだ。俺のせいで呪いが他の皆に向かうのは避けたい。念の為ハイデル家に異常がないか調べさせたが、今のところ影響はなかった」
俺が漏らした独り言に真面目な顔で答えるクレッドに、「お、おう、それは良かった」と当たり障りのない言葉しかかけられなかった。
そうじゃない。俺が言いたいのはそういうことじゃなくて。
もし、魔女が言う「許されぬ行い」というのが俺がやったペット小屋炎上事件のことだとしたら?
何らかの理由で魔女が、俺とこいつが兄弟だということを知っていたのだとしたら、もしかしてこの呪いは俺のせいかもしれない。でもぜってーそんなこと言えねえ、今。
「……と、とにかくよ。呪いをとくにはヤリまくるしかねえだろうが。娼館にでも行けばいい、今は女みてえな面した可愛い野郎も多いと思うぜ。頑張れよ」
投げやりに早口でまくし立てると、あろうことかクレッドにいきなり胸ぐらを掴まれた。
「ふざけるなッ! 俺は教会聖騎士団直属の騎士なのだぞ、そんな汚らわしい真似が出来るか!!」
今度は憤りで顔を真っ赤に染める弟の顔をぽかーんとおそらく酷い間抜け面で見上げた。
こいつ、思ったよりクソ真面目な上に潔癖なんだな……。
「じゃあどうすんだよ! お前の自慢の団員にでも受け止めてもらうか?」
あっやべえ、これじゃもっと地雷だな。しまったとばかりに口を抑えてクレッドの顔色をうかがうと、奴は意外にも口元に笑みを浮かべていた。
あれ、おかしくなっちゃったかな? 俺もつられてハハハと笑っていると、突然腕を掴まれベッドへと乱暴に体を投げ込まれた。
「……イっ、痛えな! 何すんだてめぇ!」
流石に騎士、力つええ。だが兄貴の威厳は失いたくない、と必死に眼光鋭く睨みつけようとする。
クレッドの顔は不気味に笑ったままだった。オイさっきまでの恥じらいはどこいった? なんでそんな鬼畜な面して俺を見下ろしてるのかな?
「俺の呪いのせいで他人を傷つけることはしない。ましてや騎士団員に知られてなるものか……俺は団長だぞ……? くだらん呪いを受けたこんな体たらくを見せられるかッ!」
いやいやいやまた勝手にキレてるけど俺関係ねえし、騎士団長の威厳とか俺に説かれても何も響かねえし。
「だから決めた……この呪いは、兄貴に受け止めてもらう」
「…………ん、………え?」
両肩をがっしりと押さえつけられ、気づけば身動き一つ出来ない。リメリア教会聖騎士団団長クレッド・ハイデルのその表情はまさに外道と呼べるに相応しい代物であった。
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