俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 1 騎士の訪問

「マスター、マスター! 起きてください、ってばぁっ」

……なんだ、うるせえな。もうちょっと寝かせろ、外寒いだろうが。

「ねえっマスター! 大変ですよっ」

もふもふの白い毛の塊に顔を埋める俺の頭を、うるさいバカ弟子が遠慮なく揺さぶってきやがる。
駄目だ、まだ起きたくない。雪が降るほど寒い今の時期に、この温もりをそうやすやすと手放してたまるか。

「ちょっとぉ! 寝ないでくださいっ」
「ーーだそうだが、そろそろ起きてやったらどうだ? セラウェ」
「う゛ー……寒いの嫌なんだよ」

毛の塊、いや俺の使役獣ロイザに促され、渋々と目を開ける。ゆっくりと顔を起こすと、ちょうど目の前で顔を真っ赤にしたバカ弟子がこちらを見下ろしていた。

「なに、なんだ……どうしたオズ君」

いつもと様子が違う、間の抜けたアホ面ではない。少し切羽詰まったような表情で、見ようによっては怒っているようにも見える。

「あー俺何かした? 確かに昨日はちょっと飲み過ぎちゃったかなと思ったけど。今もこんな格好で寝てるけど」

言いながらバスローブ一枚羽織っただけのダラけた格好をせっせと正そうとする。

「そうですね、昨日も酒瓶やら何やら部屋散らかしたまま寝ちゃったしもちろんその最悪な生活態度は直してほしいですけど」

オズのマスター(俺)を見る目がやばい。丸い可愛らしい橙色の瞳に涙まで溜まってきてる。さすがに俺の目も冴えてきた。
……えっ俺まさかいくらなんでもこいつに手出したりしてねえよな、とか自分の酒癖を呪いながらバカなことを考えていると。途端にオズの顔が険しい真顔になった。

「ってそんなことはどうでもいいんです! 玄関に来てるんですよ!」
「は? 玄関? 何が?」
「リメリア教会直属の、ソラサーグ聖騎士団が!!」

その一言で俺は固まる。…………いやいやいやいや。有り得ねえだろそれは。
顔面蒼白のまま不自然なほど遅い動きで未だ隣に優雅に寝そべる使役獣に助けを求めるが、

「ほう、それは大変だ」

と俺は知らんとばかりにそっぽを向かれ、大きなあくびをされてしまった。
そそそそそそんなあ! 一人にしないでよロイザ君! 聖騎士団がわざわざ俺の家に来るなんておかしいだろう、俺は何もしてないぞ。人の寄りつかない森でひっそりと暮らしながら日々の細々とした依頼をこなすただのしがない魔導師だぞ俺は。
教会に目をつけられるほど異端な行動した覚えなんてない。……あくまで直近の出来事では。

「何をしたんですか、マスター……」

明らかに挙動不審な態度を怪しまれたのか、オズの目がすわっている。怖いこんな目で睨まれたの初めて。

「とにかく、その格好じゃまずいです。早く着替えて下さい。……出来るだけ立派に見える服装にして下さいね、これで最後になるかもしれませんから」
「こ、怖えーこと言うな! 最後ってなんだ俺は無実だぞ!」

こいつら酷すぎる、仮にも真っ先に召喚者とマスターを信じるべき者達なのではないのか?
内心心臓がバクバク言いながら投げ捨ててあった昨日の服を手で掴み、急いで着込む。
するとバタンッ!と後方から無遠慮な扉を開く音がした。血の気がさああっと引いていく。だがもう遅い。振り向くとそこには大きな体の鎧の騎士が二、三人立っていた。

「え、えーと……何すか、勝手に……」

ここは俺の寝室だ。中央にある大きなベッドに我関せずと横たわる使役獣、俺に残りの服を手渡そうとする弟子、そして今まさにズボンを履こうとする最中だった魔導師の俺がいた。
そんなプライベート空間を屈強な男達が無言で見下ろしている。

「貴様、騎士団長をいつまで待たせるつもりだッ!」
「ひ! も、申し訳ありません! 今すぐ支度をさせますのでっ」

鎧の一人が声高に叫び、怯えたオズが平謝りする。いや早く出てってくれ。情けない格好のまま俺がぽかんとそいつらを見つめていると、背後からさらに背のでかい男が入ってきた。

「もういい。下がれ」
「は、はッ! ハイデル様、我々は外でお待ちしています!」

その言葉と同時に他の鎧の男達は頭を下げ即座に部屋を出ていった。
ああこいつが騎士団長か。全身プラチナプレート、仮面のせいで顔は見えないが一人だけ雰囲気が異なっている。つうかなんで俺の部屋にそんな大物がいるんだ……。
いやそうじゃねえ。確か今、「ハイデル」って言ったよな?

「……そこの、獣と子供も外に出してくれないか?」
「えっ?」

ぼうっとしていたらしいオズは慌てて「すみません!」と謝り、素直に部屋を出て行こうとする。

「ちょ、おい、待てーー」
「ほら、ロイザも行くぞ!」

マスターの言うことも無視して使役獣を連れ出し、さっさとその場を後にした。ひどい、酷すぎる。
俺はとりあえず服を全部着てドサッとベッドに腰を下ろした。一人部屋に残った鎧の男は腰に差した長剣に手を掛けたまま微動だにしない。

「お前、まさか……」

考えられないことはない。けれど目の前の男が何をしに俺の家に、いや寝室にまで押しかけてきているのか見当もつかなかった。

「名前を聞いてようやく気が付いたか?」

……ああ、やっぱりそうだ。こいつの常に冷静で人を食ったような憎たらしい声は忘れたくても脳裏に染み付いている。俺より年下だというのに偉そうな態度は相変わらずなもんだ。

「んな姿じゃ分かるわけねえだろ」

吐き捨てるように言ってやる。騎士団長だと? どっかの騎士団に所属していると以前聞いたことがあったが、もう何年も顔を合わせていない。この野郎いつの間にか出世しやがって。

「これで分かるか? ーー兄貴」

自ら仮面を取り、顔面を晒す。男のくせに陶器のような白い肌、鼻筋の通った凛々しい顔つき、色気の滲むタレ目がかった蒼い瞳。加えてこれみよがしな見事な金髪。女でも羨む美貌の持ち主だ。……そんな奴が、この俺と血の繋がった兄弟だとは。

「あー分かった分かった。ちっとも変わらねえからな、そのムカつく面と不遜な態度は」
「随分な言い様だな。実の弟に向かって」

その含んだ笑い方も気に食わねえ。つうかなんでこいつが俺の家にいるんだ、わざわざ手下共まで連れて。
あっそうだやばい忘れてた、まさかマジで俺のこと捕まえに来たんじゃ……。

「な、なあ。ところで……クレッド。なんでお前……」

今は私情をはさむべきじゃない。聖騎士団がこんな辺境の森までやってくるということは何か重大な用件があるに違いない。よし、今なら近親者という繋がりで大目に見てもらえるかもしれないという見え透いた計算が脳裏をよぎった。しかし。

「国王も懇意にしているリメリア騎士団団長という立場のせいで、俺は単独行動もままならない。今日の無礼な振る舞いは許してくれないか」
「……は?」

なんだなんだ、今更俺は忙しい重要な立場なんだ自慢か? やたら下手に出てきてどういうつもりだよ。普段のこいつなら、もっとこうーー。つうか、単独行動って何のことだよ。

「兄貴、頼みがある。個人的な案件だ。……こんなことは、兄貴にしか頼めない」

クレッドはそう言って端正な顔をわずかに歪ませる。こんな風に苦痛を感じている表情は初めてみるな、と驚くと同時に、俺は騎士団長の弟が俺を捕まえにきたのではないという事実に胸を撫で下ろしていた。



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