俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼  34 司祭の男

今日は上司となる司祭との面談の日だ。すっかり頭から抜け落ちていたのだが、弟子のオズの言葉で思い出した。
だが俺は相変わらず、騎士団領内にある仮住まいの中でダラけていた。
ソファの上を占領する白虎の使役獣に覆いかぶさるように、寝そべっていたのである。

「セラウェ、お前の匂い……戻ってるぞ」

下から聞こえてきた使役獣の声に、目元がピクリと動く。何を言いたいのかは分かっている。弟のことだろう。こいつの嗅覚の鋭さがいつにも増して憎くなる。

「ああ、そうだな。すまん。許してくれ」
「ふっ。使役獣に許しを乞うとは、健気な主だな」

素直に謝罪をするが、返ってきたロイザの嫌味がチクチクと刺さってくる。
……くっ、文句を言いたくなるのを堪え、珍しく優しい声色を出そうと努めながら、艷やかな毛を撫でる。

「ロイザ君、ごめんって言ってるだろ? ほら、ちゃんと風呂には入ってるぞ?」
「……風呂か。それは最低限のマナーだと思うが」

ま、マナー? お前が一番持ってねえものじゃねーか。くそ。この間慰めてもらった手前、強く言い返せないのがつらい。
なにちょっと不機嫌になってんだよこいつ。どうせ俺はふしだらな主だよ。申し訳ないけど開き直るしかない。

「何二人で遊んでるんですか。マスター、今日の夜のことちゃんと覚えてますか? 司祭の自宅に招待されてるんですから、きちんとした服装で行ってくださいね」
「はいはい。ああ、かったりいな。オズ、なんか適当な服出しといて」

使役獣とじゃれている俺に、弟子がかいがいしく話しかけてくる。そうだ、今日の面談は何故か司祭の自宅で行われることになっていた。
てっきり領内の聖堂で顔合わせするだけだと思っていたのに、思わぬ予定が入ってしまったのだ。

「もう全部準備しましたから。あ、それと時間になったら正門の前で待っててください。クレッドさんが馬車で一緒に行ってくれるんですって」

え、それは初耳なんだが。あいつと二人で行くのか? なんか余計に緊張してきた。

「マスター、仲直りできて良かったですねっ」
「は……? ま、まあな」

突然笑顔の弟子に突っ込まれ、一瞬動揺を隠せなくなる。つうか、単なる仲直りというレベルじゃなくなっちゃったんだけどな。

最近の出来事を思い出し、途端に恥ずかしさが沸いてきた俺は、下にいる使役獣の白い毛に顔をぼすっと埋めた。白虎からはふう、という溜息めいたものが聞こえたが、とりあえず無視して甘えることにした。

※※※


雪がちらほらと降る寒い夜。俺はクレッドと共に馬車の中で揺られていた。
仕事とはいえ、こうして弟と外に出るのはすごく稀なことだ。再会してからは初めてだしな。

狭い密室で隣に座り、何故か弟の腕が自然と俺の肩に回っている。寄りかかりながらあくびをすると、クレッドが顔を覗き込んできた。制服じゃなくコートを着込み、他所行きの格好をした弟に妙にどきっとする。

「兄貴、眠いのか?」
「ん? ああ、だって夕飯食べた後だからな。なんでこんな遅い時間に始めるんだ?」

普段の俺ならば、すでに寝る準備をしていてもおかしくない頃だ。対して弟の顔はいつもと変わらない。なんでこんな元気そうなんだ。体力が有り余ってるのか?

「多忙な人間だからな。それに、奴は飲みながら仕事の話をするのが好きなんだ」
「なんだそれ、ほんとに聖職者なのか。随分俗物だな」

つうことは、今から酒飲むのか。俺は好きだから構わないが、面談なのにいいのかよ。

「……気をつけろよ、兄貴。司祭には必要以上に近付くな」
「どういう意味だよ。ただの上司だろ」

弟の忠告が一瞬引っかかる。そんなに危険な奴なのか。まあ確かにこの教会のトップなんだから、一番やばそうな人物でもおかしくない。だってエブラルの上なんだろ? 悪魔の飼い主じゃねえか。

段々不安が募ってくると、いつの間にかクレッドの顔が目の前まできていた。ん? なにこの距離……
鼓動が高鳴り始めるのを感じると、弟が突然唇を合わせてきた。触れるだけだと思っていたら、口を離す前に表面を舌でぺろりと舐め取られる。

「んっ…………な、何してんだお前っ」
「何って、キスだろ」
「馬鹿かッもうすぐ仕事だぞッ」
「だから一回で我慢してるんだろ?」

弟が平然と言ってのける。こいつ……今の結構やらしいやつだったぞ。時と場所を考えろよ。なんでそんな余裕なんだ。いや逆に余裕がないのか?

「兄貴、顔がかわいい。そのまま外に出たら駄目だ。もっと怖い顔作って……」
「……は? 何言ってんだ馬鹿かお前ッ」

クレッドが俺の罵倒を無視して、優しく頭を撫でてくる。
くそ、どうしちゃったんだ、この弟は。俺もうすぐ大事な面談があるんだぞ。こんな風に心を乱されてる場合じゃないんだけど。

けれど結局されるがまま弟の胸に体を預けている俺も、相当キテるに違いない。
脳内で嘆いているうちに、あっと言う間に馬車が目的地に到着した。


屋敷の門を抜けて大きな玄関の前に立つと、中から執事らしき初老の男が迎えに出てきた。

「ハイデル様、メルエアデ様。ようこそお越し下さいました。旦那様は自室にてお待ちです」
「ああ、では向かおう。エブラルはもう来ているのか?」
「はい。すでにお二人でお話をなさっています」

今更ではあるが、こいつの豹変ぶりは毎回目を見張るものがあるな。即座に仕事モードに入ってやがる。

執事に促され、屋敷の中へ進む。すぐに白い大理石に佇む彫像や真上に光るシャンデリアが目に入った。吹き抜けのロビーを見ただけでも想像以上に豪勢な造りの屋敷だと分かる。
司祭がこんな家に住むとは、この教会そんなに潤ってんのか? 確かに給料は良いが。

すでに見知った家なのか、執事の案内もなく司祭の元へと向かう弟についていく。
そびえ立つ重厚な扉を抜けると、暖色でまとめられた柔らかな雰囲気の客間に出た。

低めの机をはさんで並ぶソファと椅子には、すでに二人の男が腰を下ろしていた。
エブラルと屋敷の当主らしき人物ーー長めの黒髪で、年は俺より一回り以上は上だろうか。白いシャツ姿でラフな格好に見えるが、一見して洗練された雰囲気の男だ。
俺達に気付くと立ち上がり、笑顔でこちらに向かってきた。

「やあ、ハイデル。待っていたよ。君がセラウェ君か。二人から話は聞いている。僕は教会司祭のトマス・イヴァンだ。よろしくね」
「ああ、よろしく頼む」

握手を求められ、素直に応じた。すらっとした長身で聖職者には見えない。物腰が柔らかく、とくに裏のないタイプに思えたのだが……。やっぱそんなわけなかった。

「ちょっと失礼……」

突然司祭が至近距離に迫ってきたかと思うと、俺の背中に手を当ててきた。そしてそのまま数秒、動きを止める。
……は? 何してんだ、このおっさん。
固まっていると、近くに立っていたクレッドが司祭の腕をがしっと掴んだ。すぐに引き離され、ひと安心する。

「おい、もういいだろう」
「うん? どうしたんだ、ハイデル。そんな怖い顔して」

不機嫌そうな顔をする弟に、司祭が平然と尋ねる。その様子を見かねたのか、部屋の奥からエブラルの声が投げかけられた。

「イヴァン、失礼ですよ。初対面の方に対して、いきなり魔力量を確かめようとするなんて」
「はは、つい癖で。一番先に知りたくなってしまうんだ。すまない、セラウェ君」

な、なにそれ。初っ端からそんな事、確認されたのか? つうかエブラルだって俺と初対面でいきなり魔法放ってきただろうが。
ああ、やっぱ思った通りか。まともな奴いないんだ、この教会には。

「安心してくれ。魔力量も申し分ないし、君はこの二人の推薦を受けている。すでに採用は決まったことだ」
「そうなのか? それは何よりだが……」

冷静に返したが、さっきの上司の振る舞いから考えて不安しか感じない。どうにか今は顔に出さないようにしないと。

「それで、イヴァン。直に行われる聖地保護遠征の件だが、候補は決まったのか?」
「ああ、そのことなんだが……。まずはゆっくりしてくれ。グラスを用意しよう」

クレッドに促され、俺は三人掛けのソファに座った。隣に弟が普通に腰を下ろしてきて、若干びっくりする。
一人掛けの椅子に背をもたれるエブラルが、俺のことをにやっとした顔で見た。

「セラウェさん、安心しました。お元気そうですね」
「……あ? そう見えるか、ありがとう」

呪術師に、絶対に言葉通りの意味じゃない台詞を吐かれた俺は、平静を装いつつ皮肉っぽく答えた。
そういえば、エブラルとクレッドが一緒にいるのが変な感じだ。ソリが合わなそうな二人だよな……

「ハイデル殿も近頃機嫌が良さそうで何よりです。何か良い事でもあったのでしょうか?」
「あったとしてもお前に言う筋合いはないな、エブラル」
「冷たい方ですね。あなたと私の仲じゃないですか」
「いつ俺達の仲が構築されたんだ。勘弁してくれ」

なんかギスギスした会話してるよこの二人。前に何があったんだよ。知りたいけど知りたくない。
エブラルは苦笑しているが、ちらっとクレッドを見ると、意外にも穏やかな表情で見返された。

「なんだ? セラウェ」
「……い、いや別に」

えっ。なんか表情が柔らかい。名前で呼ばれると正直居心地が悪いんだけど。でも仕事中は我慢しなければ……。
グラスを手に戻ってきたイヴァンに蒸留酒を注がれる。ボトルも高級そうなものだ。酒好きな俺はわりとテンションが上がってきていた。

「エブラル、お前酒なんか飲めるのか? まだガキだろ」

俺が問うと、クレッドがふっと鼻で笑う声が聞こえた。え、なんか俺変なこと言った?

「セラウェさん、私だってお酒ぐらい飲めますよ。蒸留酒よりも、葡萄酒の方が好みですが」
「ふうん……」

訝しむ俺に対し、クレッドが顔を近づけてきた。ちょ、仕事中だぞ何考えてんだ。もう酒が回ったのか? いや、記憶では酒に強い奴だった。

「この男は見た目通りの年齢ではないぞ。騙されるな」
「……えっ、そうなの? いくつだよ」

低音で囁かれ、どきりとする。エブラルってもっと歳いってんのか。まさか不老不死とか? それとも吸血鬼? 本当にこいつ悪魔だったりして。

「なんだい、エブラルの話題か? 面白そうだな。僕も混ぜてくれ」
「私のことはいいんです。さあ、仕事の話を始めて下さい」

愉快そうな表情で腰を下ろすイヴァンに、エブラルがすかさず告げる。俺が向ける怪訝な視線を物ともせず、呪術師は冷ややかな笑みを浮かべていた。



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