俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 35 弟の決意

夜も更けてきた頃。司祭を正面に据え、騎士団長の弟と新人の俺、そして呪術師の四人が席に着いている。何を話すんだろうと様子をうかがっていると、奴らは普通に仕事の話をし始めた。

「さて、遠征の話に移ろう。僕のとこの参加候補者は呪術師、結界師、黒魔術師、回復師、召喚師、そしてセラウェ君の六人の予定だ。白魔法はもちろん僕が担当する。万全は期しているが、不備がありそうなら言ってくれ」

「いや、それでいい。こちらは四騎士を中心として、各八人編成の小隊を組む。周辺の魔物討伐は問題ないが、神殿儀式の護衛にあたり、例によって悪魔崇拝の魔術師連中による妨害が行われるだろう。主要戦力はそこへ投入する予定だ」

イヴァンとクレッドの話を聞いているだけで、任務の面倒くささが伝わってくる。俺にとって初任務なんだけど、すごい大変そう。
それに教会には俺が知らない魔術師達が少なくとも、あと三人はいるのかよ。どうせまた変人奇人なんだろ。

二人が真剣な顔で話し合っている中、俺はグラスを片手に酒を飲みながら、眠気を堪えていた。
すると斜め前に座ったエブラルが、俺の顔をじっと見てきた。この場で変なこと言い出すなよ、と念じつつ睨み返す。

「セラウェさん、ちょっといいですか?」
「なんだよ」
「……傷、どうなりました?」

傷ってまさか、ナザレスにつけられたアレのことか。一瞬動揺が走ったが、俺はエブラルのほうに身を乗り出した。

「まだ消えてねえよ。なんか良い方法見つかったか?」
「やっぱりそうですか。実は……」

二人でぼそぼそと喋っていると、急に場がしんとしたことに気が付く。不思議に思って弟と司祭を見やった。どちらも俺に注目している。

「そういえばエブラルから聞いたよ。セラウェ君を狙っている男のことを。名をナザレスというらしいね。騎士団から逃亡した、確か……幻術使いの」

イヴァンから突然放たれた話題に体が固まる。いや、でもそうか。教会のトップである司祭が知らないはずがない。
俺は気を取り直して、上司の顔を真剣に見据えた。

「ああ、その通りだ。奴をなんとか捕えたいんだが、魔力を持たない相手で、魔法が通用しない。その上、実体のない幻影らしく、物理攻撃も効かないんだ。何か良い方法があったら教えてくれないか」

「考えられる方法ならば、ある。我々の聖力が役に立つかもしれない」
「聖力……?」
「ああ。魔力とは関係なしに、守護の力が得られる。君を魔の手からきっと守ってくれるはずだ」

イヴァンが初めて司祭らしく、人の良さそうな表情でにこりと笑った。かと思ったら、急に立ち上がり、俺の目の前までやって来た。
突飛な行動に呆然としながら見上げていると、再び奴の手が俺の方に伸ばされる。

「うわ、な、何すか」
「ちょっとそれを見せてくれ」
「や、やめっ……助けてッ」

迫ってくる司祭の勢いから逃れようと、思わず隣にいるクレッドの腕にすがった。すると弟にかばうように体を引き寄せられ、何とか事なきを得る。

「おい、いい加減にしろ、イヴァン」
「何なんだ、さっきから。ハイデル、僕の邪魔をしないでくれないか」

二人の苛立った声が部屋に響いている。何この状況。この司祭は何なんだ一体。人と人との距離感がつかめない奴なのか?

「セラウェ君。僕はナザレスにつけられたという傷跡を確かめたいんだ。恥ずかしければ二人で別室に行こうか?」
「ふざけるな、ここでいいだろう」
「何故君が怒るんだ? 僕は部下である彼に聞いてるんだが」

おい待てよ。会話の内容に段々イライラが募ってきた俺は、こいつらの話を無視して上の服を脱ぐことにした。
一瞬クレッドの唖然とした顔が目に入ったが、俺別に男だからな、自分で脱ぐ分には構わない。ただおっさんに脱がされるのはごめんだ。
肩を晒し、再び皆の注目を集める。

「本当だ。まだ消えてませんね」
「これは……不思議な力が込められてるな。いや、でも……エブラル、君の言う通り……」
「ええ、おそらくあの方法が有効でしょう……」

呪術師と司祭に噛み跡をまじまじと見つめられ、もの凄く居心地が悪い。
傷の確認が終わると、俺は再び服を着込み、司祭に視線を向けた。

「あの……イヴァン、聖力を使うってどういうことだ?」
「ん? 言葉通りだよ。もちろん聖騎士に与えるような本格的なものではないが、君に守護力の一部を注ぎ込み、外敵からのバリアを張る。僕らの見立てでは、特定の対象からの保護を行う場合に、その傷跡は役に立つ。つまり、奴が残した印を媒介にすることで、奴自身から君の身を守ることが出来るんだ」

すげえ。本当にそんな事が可能なのか。なんか急に未来が明るくなってきた。
はは、見てろよナザレスの野郎。これが成功すればもうお前なんか怖くねえぞ。
全く自分の力じゃないのにすでに気が乗ってきた俺は、密かに笑いを抑えきれなくなっていた。

「本当か、それは素晴らしい。是非頼みたい」

俺は即答した。初対面の司祭に加え、通常ならエブラルの話にすぐ乗ることなど考えられないが、ナザレスによる屈辱を思い出せば、悩んでいる暇などない。

「じゃあ話は早いな。聖力の付与は僕がしよう。それでいいかな?」
「いや、駄目だ」
「……ハイデル。また君は、一体何が不満なんだ」
「そうだよ、なんで駄目なんだよクレッド」

あ、やべえ。興奮していたのか、つい素の反応が出てしまった。弟の驚きと困惑の顔が俺に向けられる。

「駄目だ……危険だ」

仕事モードではない弟の普段の表情が垣間見えた。えっ聖力の付与って、そんな危険なのか?
不安に思っていると、司祭が俺の顔をじっと見てきた。

「……セラウェ君。ずばり聞くが、君はハイデルとどういう関係なんだ?」
「えっ? どういうって……。親しい関係、だけど」
「どのぐらい?」
「……す、すごい親しい関係だよ。何か問題あるか?」

自分で何を言っているんだと思ったが、この上司、なんかはっきり言っといたほうがいい気がした。しつこそうだし。距離も近いし。

答えも大体間違ってはいないだろう。まさか兄弟ですとは言えないしな。
弟は何故か嬉しそうな顔を俺に向けていた。……なんかもう、どっと疲れてくる。

「なるほど。……いや問題はないが。ああ、そうか。分かったぞ。ハイデル、君はあれが気がかりなんだな。聖力の付与中、対象に現れるあの現象のことが……」

司祭が途端に納得したような顔で、クレッドを横目で見た。

「えっ、対象にどんな現象が起こるんだ? やばいことなのか?」
「まあ、大したことじゃない。体に少し負担がかかるだけだ」

焦りを浮かべて尋ねると、イヴァンが憐れみを滲ませた笑みを向けてきた。負担って、どんな負担だよ。言葉尻がやけに怪しい。

「懐かしいなあ、ハイデル。君の聖力を付与した時のことを、昨日のことのように思い出すよ……」
「……黙れ」
「君は子供のように、かわいい顔で助けを求めて……」
「貴様……ッ、黙れと言っているんだッ!」

弟が屈辱に満ちた表情で顔を真っ赤にしている。え、なになに。こいつがクレッドに聖力を与えたのか?
弟の昔話が異常に気になってきた。この男にかわいい顔、見せたのか? どういう状況なんだよそれ。なんか腹立つんだけど。

「イヴァン、ハイデル殿をいじめるのは止めておきなさい。後で自分に返ってきますよ」
「だって面白いじゃないか。この男が珍しく動揺を見せて」
「……おい、今のお前の無礼な振る舞いは全て忘れてやる。……だから俺に、やらせてくれ」

クレッドが低い声色で呟く。一瞬エブラルとイヴァンが黙り、その場に静寂が訪れた。

「ハイデル、どういうことだ。……まさか聖力の付与のことを言っているのか? 君が自ら行いたいと?」
「ああ、……そうだ。頼む」
「頼む? 君が、僕に……頼み事、だと?」

司祭が信じられないといった驚愕の表情で、弟を見る。だがクレッドは下から奴を睨みつけていた。

「ははははは! エブラル、聞いたか? なんて愉快なんだ! 今日という日は実に素晴らしい!」
「イヴァン、そのぐらいにしておくんだ。ハイデル殿をあまり怒らせるな」

珍しくエブラルが大人びた声を出し、司祭をたしなめる。確かに俺もこの上司の高笑いが癇に障ってきた。
俺は押し黙っているクレッドの顔を覗き込んだ。

「おい、いいのか? お前にそんな事頼んで……大丈夫なのか?」
「俺がそうしたいんだ。他の奴には、絶対に任せたくない……」
「クレッド……」

二人でいる時のような弟の顔で告げられ、途端に胸がぎゅっとなる感覚がする。人前なのに、しばらく見つめ合ってしまった。
やばい、俺も頭のネジが緩んできたのかもしれない。なんか横から司祭と呪術師の視線を凄く感じる。

「じゃあ、それでいいじゃないですか。ハイデル殿は教会で最大威力を誇る聖力の保持者だ。イヴァン、あなたが儀式の仲介役を行えば、セラウェさんへの付与も難しくないでしょう」

エブラルが急にこの微妙な空気のまとめに入り出した。司祭も弟も、なんとか納得したような面持ちだ。

「まあ、しょうがないか。ハイデルがそこまで言うのなら、僕がやり方を教えてやろう。セラウェ君、安心したまえ。多少は忍耐を必要とする儀式だが、きっと上手くいくはずだ」

司祭に励ましの言葉をかけられる。忍耐が必要なのかよ……。
俺も初めての経験である聖力の付与に、全く不安がないわけではない。だが弟の手によるものならば、それほど心配する事はないのではないかと、どこかで考えていた。

しかしそんな考えも、やっぱり甘かったのである。まさかこの俺が弟の前で、あんな醜態を晒してしまうとはーー。なんで俺っていつも、学習能力ないんだろう。



prev / list / next

back to top



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -