▼ 32 懲りない男 ※
遠くに感じていた弟が今、俺の下にいる。焦りと困惑を入り混じらせながら、その透明な蒼い瞳にようやく俺のことを映してくれた。
何を言おうか、何を言わせようか? 冷静になろうと努めるのだが、触れているところからじわりと熱が伝わり、集中出来ない。ああ、やっぱりこんな体勢取るべきじゃなかった。
「お前、もう俺のこと……嫌になったのか?」
心臓がドクドク音を立てて、頭の奥まで響いてくる。クレッドの胸が上下し、息が上がってきているのが分かる。互いの緊張を直に感じ、目眩すらしてきそうだった。
「違う……」
「何が違うんだよ、触るなって言ったくせに」
俺は少し前のめりになって、顔を近づけた。紅潮する弟の頬に手を置いて、指でそっと撫でる。するとクレッドの体がビクッと反応を見せた。
普段の自分だったら、こんな風には振る舞えない。でも、こいつが何を考えているのか、どうしてあんな事を言ったのか、知りたかった。
「兄貴、もう退いてくれ……」
弟は俺から目をそらし、呟いた。否定の言葉を突き付けられると、俺だってつらい。けれどここで引くわけにはいかない。それぐらい、自分の欲求が内側から湧き出てくるのを切に感じていた。
「嫌だ、絶対退かねえ……こっち見ろよ、クレッド」
「……ッ」
奴の顎を取り、自分の方に向かせた。きつい目で俺を睨んでいる。なんでそんな顔するんだよ、酷くないか? もう俺には、優しい顔見せてくれないっていうのか。
苛立ちが募り、さらに体を弟に押し付けてやった。クレッドが身じろぎ、また反抗的な表情になる。
そういう態度を取るなら俺にだって考えがある。この状況を変えられるなら、もうどうなったって構わない。
俺は体を起こし、シャツのボタンを開けた。半分はだけさせると、クレッドの視線が一瞬、俺の肩の傷跡へと向けられた。でもまたすぐに目を逸らされ、胸がぎゅっと痛む。
「俺があいつに襲われて、噛み跡なんかつけられて、もう触るのが嫌になったんじゃないのか? おれのことなんて、もうどうでもいいんだろ!」
感情が高ぶり、つい声を荒げてしまう。言葉が自分に返ってくるみたいで苦しいけれど、こいつの本当の気持ちが聞きたかった。
「……違うっ、……どうでも、いいだと……? そんな事、あるわけが、無いだろッ」
クレッドが声を震わせ、突然言い放った。それまで頑なに感情を表さなかった弟の思いがけない言葉に、びっくりして目を見張る。
「兄貴、俺は、どうしようもない奴なんだ。傷つけたくなくて、視界に入れないようにして……遠ざけた。それなのに、今だってこうして、こんなにも……兄貴が欲しくてたまらない……ッ」
堰を切ったように話し出す弟を、俺はただ見つめていた。クレッドは起き上がり、言葉を失った俺をその腕の中に抱き寄せた。さっきとは違って、少しためらうかのように力を入れられる。
「な、なんでお前が、俺を傷つけるんだよ……」
「駄目なんだ、今の俺は……自分を抑えきれない」
静かに告げられ、体をぐっと抱きしめられる。温もりが伝わってきて頭がぼうっとした。気持ちよくて、安心する……俺は、本当はずっと、こうして欲しかったんだと思った。
抑えきれない? 別に、何が悪いんだよーー俺ももう限界だったのか、素直にそう思った。背中に手を回すと、クレッドが俺の体を包む腕に、更にきつく力を込めてきた。苦しいぐらいの抱擁に一瞬焦る。
「あ、……お、いっ」
戸惑っていると、弟が俺の首筋に口付けをした。柔らかい唇が押し当てられ、そろっと舌を出して愛撫される。思わず身を震わせ、力が抜けていくのを感じる。しかし、それが肩にまで達すると、いきなり噛み跡を舐め取られた。
「な、なにっ……あぁッ、……や、やめろ……」
何故そんな事するんだ、わけが分からずクレッドの背中をぐっと掴む。でも、奴は止めようとしない。そこばかり舌で執拗に責めてくる。
「なんで……や、だ……」
肩から口を離した弟は、俺の両脇を持って抱きかかえ、自分のそばへ座らせた。抵抗する間も与えられず、下に着ていた服も全て脱がされ、腰をがっしり両手で固定される。
何だ? 急に、何をする気なんだ。不安に思って奴を見ると、表情はなく、どこか冷たい顔をしていた。
「もう勃ってるな、兄貴の……」
「……っ、み、見るな……」
「見るだけじゃない、口でしてやる」
……は? 奴の言葉に俺が唖然としていると、ベッドの上で片膝をついて座るクレッドの頭が、急に下のほうに降りていき、俺の勃ち上がったものをその口に含み始めた。
「なっ、や、やめ……ッ、ああぁッ」
突然口の中に入れられ、どうしていいか分からず、俺は頭を押しのけようと必死にもがく。でも腰の動きを腕に封じられ、されるがままになってしまう。
「あっ、んぁ、あぁっ」
温かい口内で唾液に絡まれ、強すぎる快感が一気に集まってくる。最初から激しい口の動きと、弟が響かせるいやらしい音に、頭の芯まで犯されていくような感覚がした。
「は、はなして、中に、嫌だッ」
また弟の口に出してしまうかもしれない、それはしたくない。そう思っていても奴の動きは全く止まらず、むしろ早くそうしろとでも言うかのように、きつく吸って責め立てられた。
「あ、ああっ、もう、で、出る、……ん、んあぁッ」
数度の痙攣の後、腰を大きく仰け反らせ、ドクドクっと自分の精液が吐き出されるのを感じた。クレッドはゴクリと喉を鳴らし、濡れた唇からわずかに溢れた液を、赤い舌で舐め取った。
また、飲んだ……。俺は文句を言う気力もなく、ただ浅い息を整えながら、呆然と弟の行為を眺めていた。
「兄貴の、美味い……」
艶めかしい声色でそう呟き、奴は突然自分の制服を脱ぎだした。鍛えられた上半身を裸にして、再び俺に迫ってくる。
肩をがしっと掴み、すぐさま体を反転させ、ベッドに強引に押し付けてきた。後ろから重い体にのしかかられ、今までとは違って強く動きを封じ込まれた。
「なに、やめっ」
弟の勢いに焦った俺は、ベッドについた両手を押し上げ、慌てて体を浮かせようとした。でも奴の力には当然敵わない。
「い、やだ、あぁっ」
「言っただろ? 兄貴を前にしたら、理性が飛んで……何をするか分からない」
「ま、待ってっ、クレッドっ」
「嫌だ、待たない……ほら、俺のもして……指舐めて」
感情を押し殺したような、冷えた声に命じられる。肩を押さえつけられ、背後から容赦のない拘束を受けたまま、弟の指が俺の口をこじ開け、強引に入ってくる。
口の中に出し入れされる長い指を必死に咥え、息が苦しくなる。
「ん、んんっ……ふ、ぁ……っ」
「上手だ、もうすぐ俺のも……出来そうだな?」
「ふ、……んっ……んうっ」
卑猥な言葉を平気で言ってくる弟が信じられない。けれど言うことを聞いてしまう俺も、どこかおかしくなってるんじゃないかと思った。
散々指を舐めさせられた後、それを今度は尻に充てがわれた。中心をぐいぐい押され、無理に中に入り込ませてくる。
「んぁっ、も、もっと、ゆっくり、して」
「……少し、きついな……でも大丈夫だ、入ってる……」
俺の言葉をほとんど無視して、クレッドが指でぐちゃぐちゃと掻き回す。こいつ、全く余裕がないのか? いや、そんな風には見えない。それとも、ただ愉しんでいるのか?
嫌でも体に伝わってくる快感に耐えていると、今度はいきなり弟の硬くなったモノが入り口へ押し付けられた。
何の断りもなく突然中へズブズブと挿入されてきた異物に、俺は思わず体を強張らせ、シーツを握りしめた。
「ああぁッ」
酷い、いつもと違う奴の振る舞いに、さすがに俺も我慢がならなくなってきた。後ろからガンガン迷わず腰を突き立てられ、顔を半分後ろに向け、弟を睨みつける。
「お前……ふざ、けんなっ……馬鹿ッ、……あぁッ」
「兄貴、でも、すごい中が……良い……」
「……ん、んぁッ、ああっ、や、やめ……ろッ」
俺の言葉に反して、クレッドが後ろから体を密着させ、さらに深く腰を入れてくる。ぐちゅぐちゅ音を響かせ、何度も何度も前後に突き動かされる。
「いや、だ……もうっ、や、あぁっ」
「……兄貴、嫌だって言う時が、一番締めつけてくる……だから俺は、後ろからするのも……好きだ」
なに、言ってんだこの変態野郎はッ。俺は、無理やりされている事が気に食わないんだ。でもこいつには、俺の言葉などまるで説得力がなく映るのだろう。
「本当に、嫌なのか? ……こんなに俺を欲しがってるのに」
クレッドの卑猥な言葉が再び吐かれる。くそ、俺はどうすればいいんだ。俺だって、本当は……
咄嗟に、ベッドの上についてある弟の手を掴んだ。ぎゅっと握りしめてどうにか訴えようとする。
「嫌じゃ、ない……っ、俺だって、お前が、……欲しいって……思って……」
途切れながらも必死に告げる。こんな風に言いたくなかった。顔も見えないまま、まともにお互いの体温を感じられないまま、伝えなきゃならないとは。
けれど思いがけず、クレッドの執拗な動きが一瞬止まった。不思議に思った俺は、うつむいていた顔をもう一度上げる。
「兄貴……俺が、欲しいのか……?」
驚きが混じったような弟の声が、背後から聞こえてきた。重さのある体がずっしりと背中に乗ってきて、俺は小さな悲鳴を上げた。
さらに奥深く入ってくるものが気になって仕方がないけれど、奴は動かずにいる。すぐ後ろにいる弟の浅い息づかいを首筋に感じて、更に快感が高まっていく。
「は、あ…………クレッド……」
「俺のこと、欲しい……? 兄貴……もう一度、言って……」
急に甘えたような声を出す弟に頭が混乱する。……なんだ? さっきまでの強引さは、どこにいったんだ?
黙っている俺に痺れを切らしたのか、クレッドは耳をそろりと舐めあげてきた。舌先で音を立てながら、優しく口付けてくる。
「んあぁっ……」
繋がっていても距離が遠くに感じてたのに、今は熱い体がぴったりとくっつけられ、全身に弟の熱を受けていることに気付く。なんか、やばい……もっと奥が……
「お願いだ……俺のこと……」
耳のすぐ近くで切なそうに言われ、体をビクビクと反応させてしまう。
急にまた子供みたいな声を出して、わけが分からない。この男は一体どれだけ俺を翻弄すれば気が済むんだ?
「兄貴の……顔が見たい」
クレッドはそう呟くと、突然自分のを引き抜いた。急な衝撃に震える俺の体を、今度はベッドの上に仰向けにして、上から見下ろしてくる。顔は赤らんだまま、澄んだ蒼目が真剣な眼差しで見つめてきて、ドキドキする。
「兄貴、教えて……」
「ん……っ、…………お、お前のことが………欲しい、って……言ったんだ……」
やっぱり真正面から伝えるのは、すごく恥ずかしい。弟の目が少し細められ、安心したみたいな、笑みを浮かべたような表情になった。俺の心臓が何度目か分からない鼓動の速さで鳴り響く。
そんな顔は初めて見るかもしれない。何故だろうか、頭がぐらついてくるのに、心に火が灯ったように、じわりと温かい気持ちが広がる。
「俺も……俺もだ、もっと兄貴が欲しい……」
そう言って、唇をそっと合わせてくる。途端に全身がビリビリと痺れ、久しぶりの弟とのキスに力がすぐに抜けてしまう。濡れた舌を入り込ませ、優しく中を絡め取られる。
前よりももっと通じ合えた気がして、さらに胸が熱くなっていく。
「あ、兄貴……また……しても、いい?」
「ん……いい、……から……」
クレッドの熱いものが再び俺の中に入ってくる。肩に手を回し、弟を自分の意志で受け入れていく。どんどん満たされて、頭の中まで痺れていくみたいで、たまらなくなる。
「ああ、入って、る……」
「ん、あぁっ、クレッド……っ」
「兄貴、気持ちいい……?」
「んぁっ、ああ、き、気持ち……いっ……んあぁっ」
我を忘れたように繋がった体を揺り動かしていく。合間に深いキスを与えられ、身も心もとろけそうになる。
これほど互いの温度を感じたことはない気がした。それだけ弟の熱が内側まで入り込み、全て支配されている感覚が強くなっていく。
「……ああ、まだ足りない、全然足りないんだ、兄貴……もっと、もっと欲しい……」
クレッドが俺を抱きしめ揺さぶりながら、うわ言のように繰り返す。
俺だって、まだ足りない。お前ほどじゃないかもしれないけど、もっとお前が欲しい。けれど弟にそう言うのは、もう少し後にしよう。
密かにそんな事を思いながら、心地よい熱が巡る弟の体に身を委ねていた。
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