俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 29 騎士の横顔

クレッドにナザレスのことを告げた日から、すでに五日が経った。
俺は今のところ、何も仕事をしていない。家にいるのと変わらずソファの上で怠けている俺に対して、テキパキと業務をこなしている男がいた。

「なあオズ、お前なに毎日忙しそうにしてんの?」
「えっ何って、ネイドさんとエブラルさんから任されてるんですよ。マスターの身の回りのこと」

色々な書類に目を通しながら、なにやら記入を始めたり、俺に「はい、ここに署名して下さい」とか言いよく分からない紙を渡してくる弟子。家で家事ばかりしてた人間とは思えない働きぶりだ。
きっと俺のために教会と騎士団の仲介役のような役目を負わされたのだろう。

「……マスター、まだクレッドさんと仲直りしてないんですか?」
「は? な、仲直りってなんだよ。別に喧嘩とかじゃねえし」

突然弟の名を出され動揺する俺を、オズが同情するような目で見てくる。だって、しょうがないだろ。ここに捕まってた時とは違って、騎士団長にそう簡単に会えるわけねえんだから。

「お前、なんかネイドから聞いてないのか……?」
「いいえ。業務以外のことは何も」
「ふうん……」

なんだろう、この気が重い感じ。別れ際のクレッドの様子が気になって、正直頭から離れないでいる。あいつ、あれ以来俺のことは完全無視だ。
やっぱり怒ってるのか……いや、そんな単純なことじゃないのは分かってる。でも未だに俺は、自分の身の振り方を決めかねていた。

「あー、そういや司祭との面談っていつなんだよ。結構延びてねえか?」
「そうなんですよ。なんかまだ出張先から帰ってないらしくて、来週以降になるみたいです」

オズの言葉を聞いて、ほっとしたような、もどかしいような複雑な気分になった。俺の上司にもなる司祭との面談には、おそらくエブラルとクレッドも出席するからだ。

「ねえマスター。ロイザの姿がないですけど、どこ行ったんですか?」
「さあ……どっかその辺ぶらついてんじゃねえの」

そう口にして、急に嫌な予感がしてきた。最近の使役獣は妙に大人しかった。命令通り家では白虎の姿で俺と戯れていたし、とくに変わった様子はなかったのだが。もしかして、そろそろ暴れたくなったりとかしてるんじゃ……

「なんか、様子見てきましょうか。心配になってきた」
「俺も行くわ」

俺達は同じことを考えていたのか、互いに不安げな顔を見合わせた後、二人で家を出ることに決めた。

※※※

近頃任された業務に奔走していたオズは、俺と違って、すでに内部の構造を把握しているようだった。二人で敷地内を探し回ったものの、ロイザは見つからない。焦った俺達は、とりあえず騎士団本部へと向かった。

門に立っている鎧姿の騎士に一瞥されたが、止められることなく胸を撫で下ろす。中に入るとすぐに大きなロビーがあり、制服姿の騎士がちらほら見られた。

「ここ、勝手に入っていいのかよ」
「大丈夫ですよ、何度か来てますから。あ、もしかしてロイザのやつ、あそこに行ったんじゃ……」
「えっどこだよ」
「騎士団の訓練場です。騎士がたくさんいるからって……」

嘘だろ。あいつ馬鹿だから絶対そこに居そう。そんでまた大変なことやらかしてるんじゃないだろうな。

訓練場は、多くの剣や装備品が壁に並ぶ、物々しい雰囲気の場所だった。だが訓練している騎士どころか人ひとりおらず、静けさが際立つ。

「あれ、ロイザいないなあ。マスター、ちょっと他の所見てきますから、ここに居て下さい」
「え? 俺一人で?」

オズは俺の不安げな問いを聞く前に、さっさと使役獣を探しに行ってしまった。こんな所に一人で居たくないんだが。誰か来たらどうすんだよ。
それに、剣とか運動とかに無関心である俺は、この場所に留まっているだけで疲労が蓄積しそうだ。

しばらく経っても弟子が戻って来ない為、しょうがなく床に座り込んだ。
なんか、眠い。悩み事があるせいか、最近ぐっすり寝れてねえしな。……いや、こんなとこで寝ちゃ駄目だ。

ったく、ロイザの野郎。どこ行ってんだよ。まさか敷地外に出て発散させてんじゃないだろうな。本能の趣くままに行動できる使役獣が、時々羨ましくなってくる。
鬱々と考えていると、突然目の前に人影が現れた。

「……ん!?」

この前襲われたトラウマがまだ体に染み付いていたのか、大げさなぐらいに驚いて顔を上げる。
すぐ近くに立っていたのは、以前会ったことのある騎士だった。ああ、そういやこいつにも良い思い出なかった。……この、鬼畜の騎士には。

「君、こんなとこで何してるんだ?」

美しい顔に微笑みを浮かべ、俺を見下ろす。制服姿ではなく、動きやすそうな訓練服らしき装いだった。
つうか、ほぼ音を立てずにどうやって目の前まで来たんだ。怖すぎる。俺は立ち上がって、少し後ずさった。

「ああ、あんた……何だっけ、変態趣味の……」
「アティア・ユトナだ。君は、セラウェだろ? この前は、衝撃的な出会いだったな」

俺がこぼした失礼な言葉には全く反応せずに、にこりと笑って述べる。……こいつ、只者じゃない。背中にぞわりと何かを感じた。

「そうだな。あの時はよくも俺を縛ってくれたな」
「縛ったのはグレモリーだ。俺じゃない。まあ、これからは仲間同士、仲良くしようじゃないか」

色素の薄い茶髪と同じ色の目が、優しげに細められる。確かにこいつ、顔は良いな。大いにモテるであろう美男子だ。あえて色気を隠さない感じなのが、クレッドとは真逆のタイプといえるーーってなんで俺は弟と比較してんだよ馬鹿かッ。

「どうしたんだ? 俺に見とれてる?」

少し顔を近づけ、囁くように言う。……うっ。駄目だ、途端に吐き気がしてきた。なんでこの騎士、寒いことを平気で言うんだろう。俺、男だぞ。
呆れながらも美形の騎士の眼力に負けじと、しっかりと目を見つめ返した。

「ところであんたに聞きたいんだが、褐色で白髪の男を見なかったか? 長身でガタイが良い感じの」
「……いや、見てないな。誰なんだ?」

騎士の表情がやや真剣味を帯びる。あれ、そういやロイザのこと言っていいんだっけ? ああ、任務で一緒になる可能性があるなら、教えといたほうがいいのか。

「俺の使役獣だ。普段は白虎の姿なんだが、敷地内では人型でいることを勧められている」
「なるほど、ネイドが言っていた男か。俺も興味があるな。強いと噂だ」

意味深な笑みを見せるユトナの台詞に、俺は愕然とした。やっぱ噂になってんのか、あの野郎。俺ここで働いてかなきゃいけないんだぞ。すでに問題児じゃねえか。

「そういえば、制服姿じゃないんだな。これから訓練するのか?」
「ああ。今日もひとつ楽しみにしていることがあってね」

騎士の口元が上がり、嬉々とした表情を浮かべる。なんかこういう顔、どっかで見たことがあるような……
つうか、楽しみってなんなんだ。ここで何か起こるのか?

「そうか。じゃあ俺は邪魔になりそうなんで、この辺でーー」
「いや、君も見ていくといい。中々貴重なものだ」

なんか、さっきから抽象的な言い方が鼻につくな。そう思っていると、ユトナの視線が急に訓練場の入り口へと向けられた。俺もつられて同じ方向を見やる。

そこに現れた人物を目にして、呆然とした。ユトナと同じく訓練服に身を包む金髪蒼眼の男が、騎士を三人ほど引き連れて入ってくる。

服の上からでも分かる均整の取れた体躯に、一瞬目を奪われた。
静寂をまとった端正な顔立ちが、こちらをチラリと視界に入れた気がして、心臓がドクンと脈打つ。ああ、すごく久しぶりに、弟の顔を見た気がする。

「……ふふ、俺はこれを待っていた」

そっと呟いた美形の騎士の瞳は、すでに弟に釘付けになっていた。薄茶の目が微かに揺らめいている様は、まるでロイザと同じだ。途端に殺気ともいえるピリッとした空気が作り出され、緊張が走る。

「ユトナ、剣を取れ」

訓練場の中央に立つクレッドの視線が俺の手前で止まり、その言葉が騎士に投げかけられた。肌を刺す冷気のような、知らない声質だ。
俺ははっきりと弟の顔を見たが、奴は俺を見ていない。騎士は歓喜に満ちた表情を浮かべ、すぐに踵を返した。

「ああ、団長……」

そうして二人の騎士による剣の手合わせが開始された。周りにはいつの間にか、他の騎士達が囲むように集まっている。俺はただその様子をじっと見ていた。

二人の騎士の剣の交わる音が、場内に響き渡る。力強い剣捌きに、流れるような身体のしなり。押しも押されぬ応酬に、思わず息を飲む。

なんだか、昔を思い出した。あいつがまだ十三、四の頃だったか。奴の師とともに、一生懸命剣の稽古をしていたっけ。俺は今と同じように、それを遠目で眺めるだけだった。

あの頃から、弟とは距離が少しずつ離れていった。それまで懐いていたと思った弟の心が、次第に遠のいていき、それを兄である俺が引き止めることはなく、気が付くと俺達は大人になっていた。

今、目の前にいるクレッドは、どこか昔の面影を思い出させるような顔つきをしている。人を寄せ付けず、心を覆ってしまったような、冷たい表情だ。
あいつと再会して以来、何故だか忘れてしまっていたというのに。今またこうして、過去と現在が交差するように、じわじわと蘇ってくる。

「君もここにいたのか、セラウェ」

……え、今度は何だよ。思い出に耽っていた恥ずかしい自分が急に現実に引き戻される。
視線をやった先に立っていたのは、結界師の眼鏡の男だった。何故こいつがここに……俺が言うのもなんだが、この場には不似合いな気がした。

「ローエン、だったな。この間は世話になった」
「仕事だ。気にしないでくれ。ここでの生活はどうだ? もう慣れたか?」

淡々とした口調で述べるこの男を見ると、やっぱり普通な感じがする。話す内容も無難だし。……いや、騙されちゃ駄目だ。こいつはいきなり俺の家で結界を張り出した男だぞ。

「まあな。まだ何も仕事してないけどな。そういやお前は、普段どんな事してるんだ?」
「簡単に言えば、領内の空間管理だ。面倒だから結界師と名乗っているが、空間魔法を使って様々な業務をするのが仕事だ」

空間魔術の使い手か。中々興味深い専門職だ。当然教会に勤めるぐらいだから、戦闘でも何でも高い水準でこなすんだろうが、ど派手に黒魔法とかをぶっ放すタイプとかよりは、妙な親近感が湧いてくる。

「へえ、そっか。この敷地全体となると、結構忙しそうだな」
「ああ。さっきもこの訓練場に張ったばかりだ。ハイデルが連日ここへ来ているらしいからな」

なんでクレッドが来ると結界を張るんだよ? ローエンの言葉に、依然として騎士と剣技を披露する弟を見つめる。疑問を感じた俺を見抜いたのか、結界師が説明を加えだした。

「時折、気分が乗ってくることがあるんだろう。俺には理解出来ないが……聖騎士というのは、そういうものらしい。平気で物を壊すんだよ」

ちょ、ちょっと何だよ、その物騒な話は。あれか? この前のネイドみたいになっちゃうのか?
つうか聖騎士っていうならもっと品行方正でないとまずいんじゃないのか。それとも、こいつらは皆血気盛んな戦闘狂なのか。

「ま、マジかよ。それ……危ねえじゃねえか。俺そろそろ行くわ」
「もう行くのか? これから面白くなりそうなのに。それに、君には俺の成果を見てほしいんだが」

ローエンの眼鏡越しに見えた緑の瞳が、妙な光を放つ。するといきなり場内がざわつき始めた。
……なんだ? 不思議に思った俺は、再びユトナとクレッドに視線を向ける。

「団長、今日はなんだか、気もそぞろな様子だ……どうした? 少しはやる気を見せてくれないか」

騎士の咎めるような声が発せられた。二人は動きを止めて長剣を向かい合わせ、じりじりと間合いを取っている。クレッドは何も答えず、無表情のままだ。

「まったく、俺は夜も眠れないほど、楽しみにしていたというのに」

ユトナがそう呟いた瞬間、奴の体から青く眩い光がゆっくりと放たれ始めた。体の線をなぞるように揺らめくそれが、まるで炎のような形を作り、騎士の全身を包み込む。あれは……ネイドのもつ青いオーラと同じものか?

剣先に滴るように灯る炎が、音もなくクレッドへと向けられる。ここまで距離があるのにも関わらず、ぞわぞわと底知れぬ悪寒が肌にまで伝わってくる。

「馬鹿なのか? お前……」

ようやく弟が口を開いた。嘲るような言葉とは裏腹に、静かで透明な声色だ。間近に揺らめく炎の前でも、一切の動揺を見せずに、微動だにしない。

「酷いな。団長が本気になってくれないからだろう?」

からかいと苛つきが混じる低音とともに、騎士が青い炎をまとった剣を、水平に薙ぎ払うように振り切った。轟音とともに一面にぶわっと風が立ち、一瞬目の前が眩む。

ま、待てよ、あいつがーー俺は唖然としながら身を乗り出そうとした。だがそれを隣にいたローエンに強い力で引き止められる。

「動くな、セラウェ。ここは安全だ」

結界師の冷静な言葉が耳に入ったが、構わず前方へ目線を漂わせる。気がつくと、床一面が青白い炎の波に覆われそうになっていた。やべえ、騎士の放ったものが足元まで来てんじゃんーー

焦っていると、突如辺り一帯が真っ白な光の中に包まれた。眩しくて何も見えず混乱する。顔の前に手をやり影を作ろうとした瞬間、薄目を開けた先に長剣を構えたクレッドの姿が見えた。

奴が凄い勢いで白い光を纏った刀身を振り下ろすと同時に、騎士が作り出した風と青い炎が、一瞬にして消え去ったかのように見えた。
床に拡がりつつあった青い光の波も、跡形も無く姿を消している。場が全くの無音状態となった後、突然場内にガシャン!という硬質の音が響き渡った。

……は? 全然見えなかったんだけど。何が起こったんだ。あいつがやったのか?

疑問に思う俺をよそに、その場を包み込んでいた眩い白い光が空気中に溶け込むように消失し、再び二人の騎士の姿がはっきりと目に入った。

それまで姿の見えなかったユトナは剣を失い、上体を起こした体勢で尻をついていた。その上にクレッドが覆いかぶさるようにして、そばに剣を突き立てている。
ごく近い距離で、二人が互いの目を見つめ合いながら、わずかに息を切らしているのが分かる。

「何のつもりだ……遊びが過ぎるぞ、ユトナ」
「俺に集中してくれないからだ。よそ見なんかして……」
「ただの訓練だろう。馬鹿馬鹿しい」
「俺にとっては貴重な時間だ……団長の相手が出来るんだから」

興奮した状態の騎士を見る弟の横顔が、不機嫌そうに歪む。なんか、よく分からなくて頭が混乱する。
その会話、一体なんなんだよ。何そのポーズ、長くない? 必要なのかそれ?
今のが訓練なのか? こいつらいつも、こんな事してんのか?

何故だか俺の中で苛々と疑問符が止まらない。二人が醸し出す妙な雰囲気に、無性に神経を逆撫でられる。
俺には理解できないし、入り込む余地もないーー言い様のない焦燥を覚えながら、立ち上がって話す騎士二人を遠くから眺めていた。

「あれ……今日はこれで終わりか。せっかく結界を張り直したのに、無駄だったか」

結界師の残念そうな声が漏れる。今日はって何だよ。つまりもっと凄い状態になることがよくあるのか。もうついていけねえよ。
 
「ローエン……今の、何なんだよ。聖騎士の聖力ってやつか? あいつの、青い炎みたいなの」
「ああ、そうだ。教会から四騎士に授けられる特別な守護力をいう」

やっぱりそうだったのか。物騒な連中だ。ネイドにしろあの変態にしろ、気軽に発揮していいもんじゃないだろ。

「ハイデルのは……違うのか? あの真っ白い光は……」
「それも聖力の一種だ。だがあの男は直接、聖リメリアからの加護を受けている。さらに強力な守護力であり、四騎士の力を唯一相殺出来る程の効力を持つ。教会の聖剣を扱えるのもハイデルだけだしな」

初めて耳にした情報に驚く。あいつ、そんな凄い力持っていたのか。ほとんどチートじゃねえか。今の技も全くよく分からんが凄そうだったし。
まぁ、そりゃそうだよな、聖騎士団の団長で、四騎士をまとめる程の男なんだから……
俺が黙って思案に耽っていると、隣に立つローエンが俺に再び鋭い目を向けてきた。

「セラウェ、良かったら今度、俺の訓練に付き合ってくれないか?」
「え……訓練?」

頷いたローエンの真剣な眼差しを見て、俺は一瞬考える。結界師との訓練か、思わぬ提案だな。まあ、こいつはエブラル程おかしな奴ではないとは思うが……
未だ騎士達のやり取りが頭の中を占める中、俺は何気なく了承することにした。

「別にいいけど……何するんだ?」
「ちょっとした、魔法の実験だよ」

今まであまり表情の変化を見せなかったローエンが、珍しく愉しそうに笑う。
その時は若干不審に思いつつも、とくに気にする必要はないと思った。けれど実際は、こいつの怪しげな笑みに、もう少し気を配るべきだったのかもしれない。
だってこの教会に、まともな奴なんて最初から少ないのだから。



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