▼ 13 鎧に触れる
リメリア教会ソラサーグ聖騎士団の本拠地へと移送された翌日、恐れていた尋問会が始まった。
騎士に連れられ入った部屋には、驚くべきことに誰も居なかった。天井が高く青いカーテンに囲まれたがらんとした空間に一人取り残され、中央に置かれた木彫りの机の前の椅子に座る。向かいにも椅子が置かれてあり、基本的に尋問が一対一で行われるのだと想像する。
クレッドと一対一……そして奴はおそらく俺を誤解したまま怒っている。ああ嫌だ。どんな目に合うんだろう。
悶々と考えていると、扉の鍵がガチャリと開く音がした。来た……。
入って来たのはもちろん、この教会の騎士団長様だ。相変わらず重そうな鎧姿で、見る者を圧倒するような存在感を放っている。
「昨日は眠れたか? 別館の個室を用意させたが、静かで過ごしやすいだろう」
「は、はい……そうですね」
当たり障りのない会話を始めながら、クレッドは目の前の椅子にドサッと腰を下ろした。
確かに奴の言う通り、昨夜は予想よりも遥かに小奇麗な部屋を与えられた。だが周りに人の気配を全く感じず、不気味にも思えた。不必要に隔離されてるんじゃ……と若干不安を覚えるほどだ。
俺は挙動不審になるのを抑えつつ、目線を他の場所へ移す。完全に取り調べの雰囲気じゃねえか。しかも弟にって。昨日の恥ずかしい姿に続いて、俺の誇りとか色々ズタボロなんだが。
「セラウェ・メルエアデ……偽名を使ったんだな。この姓はどこから出てきたんだ?」
「俺の師匠の名だ。お前と同じ姓を名乗ったらまずいだろ」
「……ふ、それもそうだな。まあいい。では、昨日起こったことを一から十まで話せ」
あくまで騎士団長の体を崩さないつもりなのか、こいつ。うぜえ……。だがまあ、こうなりゃ事実を話すしかない。
「あー、少し前に風俗店のオーナーと揉め事があってだな。昨日はその謝罪に行ったんだよ。そんで向こうが俺の謝罪を受け入れなかった上に、暴力で訴えてきやがった。だから魔法を使って場を抑えてたんだが、あの男だけ何故か効かなくて、襲われたんだ」
早口で言い切った。動揺からか少し脈絡に欠けていたが、嘘は言ってないぞ。
「そうか。だがその話からは、肝心なことがまるで見えてこない。何を隠している? 揉め事とは何だ?」
「……い、いや、それは……」
冷静に切り返され慌てる。やっぱり媚薬の話をしないと駄目なのか。ああ言いたくない。
「なあ、あのオーナー、ユグラス・ファレンは何か言ってたんじゃないのか? もう尋問したんだろ?」
「それを今教えると思うのか。こちらが聞いているんだ。質問に答えろ」
あああああ。怖いこの人。何のプレイなんだよこれ。もう少しお兄ちゃんに対する情とかあってもいいんじゃないの?
「だから……さあ……。つまり……媚薬を、ね……」
「媚薬?」
「ああ。そうだよ。お前の呪いの調査のために、あの店から媚薬を取り寄せてたんだ。だが……」
やっぱりオズ達のことを言わなきゃ駄目かと溜息をつき、俺は事実をかいつまんで話すことにした。あの変態ジジイが俺の弟子を手込めにしようとしたこと、乱闘の際ロイザが時間を稼ぎ、二人が無事に逃げ終えたことなどだ。
話の中では、もちろん俺がファレンに提示しようとした自作の媚薬については触れないでおいた。
「話は理解した。それで、俺の呪いと媚薬がどう関係あるんだ? それに兄貴、以前俺の……精液を採取してたよな」
…………げっ。そうだ、こいつには何も言っていなかった。恥ずかしくて言えるか、お前の精液には媚薬成分が含まれている、などという衝撃の調査結果のことなんて。
「あーだからさあ、お前のアレと既存の媚薬を比較して、ね……」
「ああ」
「…………」
何故だろう、言葉が進まない。もっといやらしい事をすでにこの弟としてしまっているのに、口にするのがこれほどためらわれるとはーー。
「お前の出したやつさぁ……あれ、すげえ気持ちいいんだよ」
言えない絶対言えないと頭の中で繰り返していたら、ついポロッと本音が出てしまった。…………あああああ俺はどうしようもない馬鹿だッ!!
体中が汗ばんでいた。うつむいたままの俺の前で、クレッドはどんな反応をしているのだろう。
あ、そうだ、仮面つけてるしどうせ見えねえじゃねえか。はは、じゃあ大丈夫だよ別に。大したこと言ってないし。
「あーえっと、今の忘れてくれ」
顔を上げ不自然な笑顔でそう言うと、目の前には微動だにしない鎧姿の男が座っていた。黙ったままの弟に戸惑い、汗が引いていく。
「あの……大丈夫?」
「立てよ、兄貴」
「え?」
「いいからこっちに来い」
もの凄い低音でそう言われる。こっちってどっち? 目を泳がす俺にしびれを切らしたのか、立ち上がったクレッドに強引に腕を引かれた。両脇を持って抱き上げられ、気がつくと、どういうわけか奴の膝の上に向き合う形で座らせられていた。
「な、何してんのお前……」
大人しく座っている俺も俺だが、がっちり腕で腰を固定して顔を合わせている弟もおかしいだろう。
このポーズ、もう何度目なんだよ。俺達のお気に入りの体位だとでもいうのか? え?
「つまり、俺の出したものに、媚薬的な成分が含まれているというのか?」
「あ、ああ。その通りだ。おそらく呪いのせいでな」
「なるほどな……それで、兄貴は気持ちいいと……感じたということか」
クレッドが考え込んだように述べる。そうはっきりと口にされると、どう反応を示せばいいのか分からないんだが。
「あ、いや、でも別に、感じたのは媚薬のせいってだけじゃなくてだな、相乗効果でーー」
何を言っているんだ俺はッ。もうこれ以上喋らないほうがいいかもしれない。きっとろくな事にならないだろう。
「あー悪い。こんなこと言われても複雑、だよな? あんまり気にするなよ」
「複雑……? 何故だ?」
「えっ……」
その時、仮面の隙間から覗く色素の薄い蒼目と、目が合った気がした。目だけなのに、奴の真剣さが垣間見えてくる。
「むしろ、興奮しているぞ、俺は……」
…………は、はい? ちょ、あんまり生々しい話しだすの止めてマジで。おかしな方向に持ってかれるから。
「兄貴が俺ので、そんな風に……はは……本当なのかそれは」
「おい、クレッド?」
俺の問いかけを無視し、クレッドは回していた腕に力を入れる。指先まで金属に覆われた手が尻を掴み、ぐぐっと近くに引き寄せられた。硬い鎧の上に座っているせいで居心地が悪い。
「んっ、何すんだよ、いてえっ」
「我慢しろ、まだ尋問は終わっていない。本題はここからだぞ?」
「全部話しただろっ」
「まだだ。ーーあの男に、何をされた?」
迫る鎧を押しのけながら、冷たさに満ちた言葉にギクリとする。何でそんなこと、聞きたがるんだ。しかもこんな体勢で、こいつ頭がおかしいだろ。
「縛られて、体を触られたのか」
「…………っ」
「どう触られたんだ、答えろよ兄貴」
言いながら服の隙間に片手を忍び込ませてくる。肌に冷たい金属が触れ、思わずクレッドの腕をぎゅっと握った。こいつの指じゃない、無機質な感触に違和感を感じ、焦りが湧いてくる。
「ん、……触られて……舐められた……だけだ」
息を吐きながら告げると、奴の手が尻のもっと深くをなぞるように触れてきた。強めに押され、つい体がのけぞってしまう。
「……だけだ、だと?」
「んんっ!……や、めろ……よ」
力がずるりと抜ける。だが手の動きはどんどん執拗になっていく。服の上からなのに、ゆっくりとぐるぐる弄るように動き出す。
「は、あ……はぁ……」
「そんな風に感じたのか? 前も勃たせて」
「……っ、ちがっ……」
胸の辺りを弄っていた手が下ろされ、奴の言う通りすでに勃ち上がってしまった俺のモノに触れられる。
違う、俺はあいつにこんなことまでされていない。前も後ろもこんな風にイジられるなんてことは……
「あっ、ぅあ、も、やめ、ろっ」
「……まだ直に触ってないぞ、兄貴」
いつの間にか鎧にしがみつきながら、その卑猥な動きを止めるように懇願する。だが奴は容赦なく俺を虐め続けた。
頭がぐらつく中、不意に扉の外からカツカツカツ、という硬質の足音が聞こえた。やばい誰か近づいてくるんじゃ……と正気に返った俺は、すぐにクレッドの顔を見た。
隙間から見える蒼い目は動揺の素振りを見せない。しかし、俺を弄んでいた手の動きが止まった。ガチャリと扉に手がかかる音が聞こえ、ドッドッと打ち鳴る鼓動に意識が飲まれそうになる。
「団長、ここにいらしたんですか。ファレンの調書の件でーー」
間髪入れず扉を開けたのは、鎧姿の騎士だった。仮面を外した、若い長髪の優男だ。俺とクレッドの状況を見て一瞬固まっていた。
「失礼しました。施錠しておきますので」
だが大きな動揺を示すことなく目線を伏せ、そう一言告げると静かに場を後にした。俺はそれから数秒、呆然としていた。何今の、完全に見られたんですけど。
「な、なんでっ、おまっ、鍵閉めてねえんだよっ!!」
なるべく声を抑えめに怒鳴りつけると、弟に平然と「今閉まっただろう」と返された。
「おいもっと慌てろよッお前の部下にやばいとこ見られたんじゃないのかッ」
「あれは俺の側近だ。とくに問題はない」
も、問題はないって……この状況見られてそんな落ち着いてられるって、お前普段どんな行いしてるんだよ。
俺が唖然としていると、クレッドの怪しい動きが再び始まった。
「馬鹿かてめえ! もう離せよっ!」
「まだ尋問は終わってないぞ」
「うるせえっ変なとこ触んなッ」
「何を言ってるんだ? 触ってほしいくせに」
再び尻を掴まれたかと思うと、衣服の中に手が潜り込み、今度は直に指がそこに触れられた。入り口に硬い金属質が当てられ、ゆっくり動かされる。
「いっ、やめろ変態っ!」
柔らかい指でもないものが入れられても、痛いだけだ。クレッドは俺の訴えも聞かずに片方の手でまた前を触ってきた。下の服がずり下ろされ、勃ち上がった性器が露になる。俺は声を漏らしながら、羞恥に腰をよじる。
クレッドは何を思ったのか俺の手を取り、それを握らせた。上から覆うように奴の手が添えられ、一緒にしごかされる。
「あっ、ああ、んっ、んぁあっ」
何してんだ、こんな恥ずかしいこと……自慰と同じじゃないか。同時に尻に入ろうとしてくる指の動きに眉をひそめる。
「う、うしろ、やめろっ、い、痛いって」
「そうか? じゃあ早くイッて出せばいい。またそこに塗ってやる」
信じられない鬼畜さに目を剥く。ふざけんな、扱いがひどすぎんだろ。
「なんで……もう、……いやだっ……ああぁっ、んぁっ」
「先が濡れてるな……気持ちよさそうだ」
耳元で囁かれ、どうしようもない快感が体に伝っていく。
「あ、ぅあ、んあぁっ、い、……もう、ああっ」
「イキたいか? 出していいぞ、兄貴」
そんな風に言われるのは我慢出来ないはずなのに、なんで俺、止められないんだ。
「……あ、ぁあッ、も、……い、イク…………ッ!」
その言葉を合図に、前屈みになった俺は、思いきり精液を吐き出してしまった。それも奴の、鎧の上に……。
頭上で、喉の奥から響く小さな笑いが聞こえた。力が抜けたままゆっくり顔を上げると、仮面から覗く蒼目と目が合った。
「たくさん出したな、俺の鎧に」
ちょうど腹の辺りにかかってしまった精液を、クレッドが指ですくい取りながら言う。
言った通り奴は俺の尻に、それを塗り始め、鎧の一部の硬い指を中へ押し入れた。さっきよりも増やされたそれが、ぐちゅぐちゅと音を立てながらかき回していく。
「んああっ、も、もう……やめ……やめろよ……なんで、そんな……怒ってんだっ……お前……」
弱々しく奴の肩につかまり、そう尋ねる。正直、意味が分からない。こんな事態を引き起こした俺に腹が立つのは分かるが、あまりに乱暴なんじゃないのか。
「……い、やだ……っ……俺、は……酷く、されんのは、好きじゃねえ……っ」
息も絶え絶えの訴えに、クレッドの動きが止まった。指がゆっくりと引き抜かれ、俺は一瞬深い息を吐く。
終わったのか……? 恐る恐る顔を上げると、突然クレッドが自分の仮面を脱ぎ去った。
晒された顔面に、釘付けになる。ほんのりと赤らんで上気する様子は、異常な色気に満ちていた。形の良い唇から浅い息づかいが聞こえてくるのが艶かしい。透明な蒼い瞳は潤んでいて、俺の目をじっと見つめて離さない。
「…………っ」
久しぶりに見る弟の顔に、俺は何故かほっとしていた。鎧の中にこいつがいることを、どこかで忘れそうになっていたのかもしれない。
ぼうっと魅入っていると、クレッドの顔がいきなり俺の顔の近くに迫ってきた。唇が触れそうな距離まで来ると、ためらうかのようにピタと止まる。しかし、それはやがてわずかに開かれ、俺の口へと重ねられたのである。
「……ん、んんっ、んむっ、ふ、あっ」
柔らかい唇が押し付けられ、俺の口をこじ開けるように舌が入り込んでくる。湿った舌で絡め取られ、体にびりびりと快感が走っていく。優しいけれど、激しさを増していく口付けに、息をするのが難しい。
「ふ、……んうっ、ん、ぁむっ、んんっ」
何度も顔の角度を変えながら、押し付けては離される唇に、もう全身の力が抜けて、溶けてしまいそうになる。
不思議と怒りが沸いてこない。俺はもう、気持ち良ければ何でも良くなってしまったのか。
あー、これ、良い……だらりと脱力した体をクレッドの腕に抱えられ、されるがままだ。
やがて名残惜しそうに途切れたキスを終え、はあはあと息を吐く弟の顔が俺の肩にくっつけられた。顔をうつむかせて、息を整えている。
俺はこの時、どういうわけか、初めて自分からこいつを抱き寄せようかという、不可思議な気持ちが芽生え始めるのを感じていた。恐る恐るクレッドの背中に手を当てると、奴が顔を上げた。
「あ、兄貴……俺は……」
眉間に皺を寄せて、苦悶の表情を浮かべる弟の顔から目が離せなかった。まるで、俺の部屋で再会したときのような顔だ。呪いを受けたといって、苦しげな顔で俺に縋ってきたのを思い出す。あれから今こういう状況になっているとは、誰が想像できるだろう。
「どうした? クレッド」
静かに問いかける。
けれど、次に弟が口にした言葉は、俺が全く予想だにしていなかったものだった。
「俺は、兄貴が…………好きなんだ」
真っ直ぐとした目で見つめられ、決意をにじませながら言う弟の前で、俺はただ言葉を失ったまま、呆然としていた。
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