俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 12 怒れる騎士

「俺が、目的って…………何言ってんだ」

要領がつかめず混乱していると、黒服の男は上着を脱ぎ出した。筋肉でパツパツの黒いシャツ姿になり、いきなり俺に向かってくる。あまりに突飛な行動に後ずさるが、男は俺の上半身に手を回し、軽々と持ち上げた。

「……は、離せっ!!」

わけが分からないまま暴れると、天蓋付きのベッドに投げ入れられた。
…………えーっと、…………は? 目が点状態の俺の前で、男は俺をベッドへと押し付け、両腕を掴み素早く頭の上で拘束する。どこからか取り出した紐のようなもので縛られ、身動きがとれなくなる。

「な、何……する……つもり……」

邪悪な顔をした男のガチガチに鍛えられた肉体が眼前に迫る。何の冗談なんだこれは。こんな状況は全く予想してなかったんだが。
つうか俺の禁止魔法により動きが止まったままとはいえ、部屋の中にはまだ大勢の男達がいるんだが。そもそも、何故この男だけ平気でピンピンしてんだ?

「言っただろ? 俺の目的はあんただって。この店に入り込んだのも、あんたに会うためだ。来てくれると思ったぜ、セラウェ・ハイデル……」

ぜ、全然意味が分からない。俺の名前を知っていることに驚愕するが、こいつのこと全く知らないし、身に覚えがない。

「あの、人違いっすよ。俺全く覚えてないんで。は、離してくれません? こういう趣味ないんで」
「……いや、あるだろ? 俺、知ってんだぜ……あんた達が何やってんのか……」

俺は男の言葉に目を剥いた。なななな何言っちゃってるんだこの男。「あんた達」ってなんだよマジで、まさか俺と弟のことを言っているのかーー。

「お前……何者だ? なぜ俺にこんな真似するんだよ」
「……くく、そんな怯えた顔すんなよ…………ヤリながら、教えてやるからよ」

野性的な眼差しを向ける男の黒い目が一瞬、光を失ったように見えた。その目に見つめられ、思うように体の動きが効かなくなる。
って何をヤるつもりだよッ! 俺はホモじゃねえしムサ苦しいお前なんかタイプじゃねえ、生理的に無理だッ!!

心の中で吠えるが、完全に体が動かない。これ、何気に絶体絶命のピンチなんだが。やられていることはクレッドと大差ないとはいえ、こっちの気分的に強い嫌悪と不快の感情しか湧かない。あ、やっぱ顔とか外見って多少大事なのかな。

「は、離せっ」
「暴れてもいいぜ。その方が燃えるしな」
「ふざけるな! 誰がてめえと寝るかッ!」
「抵抗しようがないだろ、俺に魔法は効かないって分かったよな? あんた力も全くねえし」

男が言いながら、俺の服を強引に捲し上げる。あああ、最近こんなのばっかりだ、勘弁してくれよ、俺は弟だけでもう手一杯なんだよ。
乱暴に体をいじられ、小さい悲鳴を上げる。涙目で必死に抵抗しようとしても、体力も敵わず、詠唱する暇もなく意味もなさそうで、あらゆる面で為すすべがない。

「うああ゛ぁっ、やめッ」

男のザラついた舌がへそから真っ直ぐ上へと舐めあげてくる。き、き、気持ちわりいいいい!!
上半身を這い回る手と舌先に、体が必死で抗おうと力が入るが、腰を押さえつけられびくともしない。本能のままに体を奪おうとしてくる男に初めて恐怖を感じる。

「はぁ、うまいなぁ……あんたの体……」

言いながら男の太い腕が下半身へと伸ばされ、服の上からぎゅっと触られる。大きくゴツい手で撫でられ、その感触に身震いする。

「……ああッ、やめろ……つってんだろッ!」

何故だかクレッドの顔が思い浮かぶ。あの時の行為を思い出しながら、今起こっている状況と照らし合わせ、ぐらっと頭の芯から目眩が襲ってきた。なんでこんな奴に、俺は……

「いいじゃねえか、慣れてんだろ? ほら、服の上からでも分かるぞ? 見てみろよ、な?」
「んぁあッ」

も、も、もう無理だ。変な汗がだらだら出てくる。本当に止めてほしい、俺こんなの耐えられない、誰か、誰でもいいから助けてくれ、お願いだからーー

目を閉じてそう祈っていると、いきなり髪を触られた。入り込んだ指で梳かすように撫で上げられ、ぞわぞわと全身に悪寒が走る。

「な、にっ……触るな!」
「ああ、食いてえ……」

おぞましいセリフを吐いた男は俺の反応を無視し、息を上げながら顔を近づけてくる。手でがっちり頬を固定され、俺は目を丸くした。何するつもりだこいつ、まさか、く、口にーー嫌だあああああああああ!!

突然、外からざわざわと人の声が聞こえ始めた。
俺は目を見開き、か、神様……と即座に希望の光を見出した。だが、その次に聞こえてきたのは、到底信じられない言葉だった。

「団長! ユグラス・ファレンの部屋はこちらです! ソラサーグ聖騎士団だ! 大人しく投降しろ!」

叫び声と同時にダダダっと大きな足音が聞こえた。い、今……ソラサーグ聖騎士団って聞こえたんだが……。
この店のオーナーのファレンを捕らえに来たのか? よりにもよって、今日という日に。自分の間の悪さを心から呪ってやりたい。

気がつくと俺の上で好き勝手やっていた男の動きが、ぴたりと止まっている。

「……あークソ、ついてねえな。しょうがねえ、今日はこのへんで終いだ。……また会おうな、セラウェ」

ぞっとする笑みでそう呟いた瞬間、俺の上に全体重をかけて倒れ込んできた。

「ぐあッ!」

気を失ったかのように落ちてきた男の下で、俺はうめき声を上げた。重い、なんだいきなりどうしたんだ、この男。もしかして、何かに操られていたのか? 意味不明なことを言い続けていたが、本当に思い当たるふしがない。……つうか、それどころじゃねえ。

バタン! と部屋の扉が開く音がした。

「こ、これは……どうなっているんだ? 皆、固まっている……」

誰かの動揺する声が聞こえてきた。それを意に介さないかのように、もう一人の鎧らしき装備を身に着けた者の足音が響いてきた。どうやらこっちに向かってきている。心臓があり得ない速さで鳴る中、俺は固唾を飲んだ。 

突然目の前に現れたのは、背の高い鎧の男だった。腰に携えたソラサーグの紋章入りの長剣に、全身のプラチナプレートが光を放つ。奴こそが俺の弟、クレッド・ハイデルだ。

再会した時と全く同じ出で立ちだが、俺の状況は遥かに恥ずかしいことになっている。言葉を失う俺の前で、無言のクレッドは俺の上に倒れ伏せている男の肩を掴み、勢いよく後方へ引きずり下ろした。

ベッドの下へ落ちてもなお意識がない男の周りに、剣を突き立てる鋭い音が響いた。

「おい、この男を連れ出せ」

低い声でそう告げ、部下が即座に返事をする。俺を襲った黒服の男はすぐに抱えられて部屋を後にした。その様子を見ていた俺のもとへ、再びクレッドが戻ってくる。

「こういう遊びが趣味なのか?」

聞いたこともないような冷たい声で俺に問う。……やばい、完全にキレている。仮面で表情は全くわからないが、蔑みの目をしているのがありありと浮かぶ。この状況、この絵面、どれをとっても最悪だ。何を言っても正解がない。

「そんな趣味はない。あの男に無理やりやられたんだ」

考えた末、あくまで冷静に事実を述べた。黙ったまま俺を見下ろしている弟の視線が痛い。

「何をやられたって?」
「……べ、別に何も」

とてもじゃないが正直に言えねえ。なんで浮気がばれた男みたいになってるんだ俺……あんなに怖い思いをしたというのに。

「あの……これ、ほどいてくれない? 頼むから……」

状況に耐えられず拘束された腕を上げようとしてみせた。すると、あろうことかクレッドが流れるような動作で自らの剣を抜き出した。…………はっ?

身動きする間もなく、頭と腕の合間にそれがドスッと突き立てられる。ビッという鋭い音がしたかと思うと、いきなり拘束が解けた。ーーな、なにすんのこの人、今ぜってー髪の毛何本か切れたんだけど。

「て、てめえッ! 殺す気か!!」
「殺しはしない。まだ聞きたいことが山ほどあるからな」

剣を仕舞いながら平然と話す弟に脱力する。すげえ怒ってる……どうすりゃいいんだ。

「ハイデル殿。お取り込み中のところよろしいですか?」

部屋の入り口付近から、甲高い少年のような声がした。クレッドが「ああ」と静かに返事する。影しか見えないが少年は一人で室内へと入ってきたようだった。

「見たところ、ユグラス・ファレンとその手下達が制限魔法にかけられていますね。そちらの方がこれを?」
「……どうなんだ?」

二人にそう問われ、俺は言葉に詰まった。ああやばいことになってきた。これはシラを切れないぞ、確実に捕まる案件だ。

「ああ、そうだが……襲われそうになって、仕方なく」
「こんな大人数を、たった一人でですか?」
「……そうだ」

本当はオズとロイザがその場に居たが、正直に話すつもりはない。安全を確保する為に弟子達を逃したのだったが、こうなった今、この場に居なくてよかったと心から安堵した。

「分かりました。何はともあれ、助かりました。円滑な捕獲が可能になりましたので」
「……捕獲? だが、そいつらもうすぐ魔法が切れるぞ。他の手を打たないと……」
「ふふ、大丈夫です。あとは簡単ですよ」

そう言って少年は呪文を口にし始めた。耳慣れない言語だ。軽妙なリズムで唱えられる、やや長めのそれに聞き耳を立てていると、ファレンを含めた男たちが途端に崩れ落ちていった。
いとも簡単に自分の魔法を上書きされたことに、唖然とする。

「それを運ばせないと駄目だな」

様子を眺めていたクレッドがため息混じりに呟く。な、なんだこの凄い魔術師は……。俺より若いのに腕の差は歴然としている。魔力量はもう少し近寄らないと分からないが、相当な実力者だといえるだろう。
少年は男たちの意識がないのを確認すると、「では私はこれで」と述べ、部屋を後にした。

「おい、あれが教会の魔術師か?」
「ああ。正確には、奴は呪術師だがな」

リメリア教会にはあんなレベルが普通にいるのか。末恐ろしい。クレッドがその場で大声を出し、部下を呼んだ。そして再び俺の方を向くと、いきなり乱れたままの服を掴み、きれいに正し始めた。驚いた俺は身を引こうとしたが、奴の迫力に押され、そのまま大人しくすることにした。

クレッドの動きがぴたりと止まり、俺は目線を上げた。

「髪が……乱れているな」

そう言って髪の毛にそっと触れ、優しい手つきで直された。俺は何故かどぎまぎして、どう反応すればいいのか分からなくなっていた。

「な、なあ。俺を襲った男、あいつに注意したほうがいい。魔法が効かなかった」
「……そうか。分かった、伝えておこう」

何か考えた様子でクレッドが答える。その声には抑揚がなく、依然として冷たい。ぴりぴりした空気に居た堪れないでいると、再び俺に仮面が向けられた。

「いいか。これから教会で尋問が行われる。そこで知っていることを洗いざらい話してもらうぞ。覚悟しておけ」

騎士団長の体でそう言い放つ弟の気迫にたじろぐ。か、覚悟って……やっぱ俺捕まんのかよ。確かにこの状況、言い訳しようがないもんな。なんでこんなことになったんだよ。ぐるぐる考えていると、不意にクレッドの顔が近づき、耳打ちされた。

「尋問の相手はこの俺だ。安心しろ、兄貴」

仮面越しに妙な声色で囁かれ、背中にぞくりと走る。こいつの尋問だと……? 余計に嫌なんだが……。
半ば放心状態でいると、ほどなくして入ってきた騎士達が、続々と室内に倒れているファレンの一味を運び出していく。

「この男も連れて行け」

騎士の一人に向かって冷酷に吐かれる弟の言葉を聞いて、俺は無性に天を仰ぎたくなった。



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