俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 106 追い求める

騎士団本部内を駆けている。足をもたつかせながら、時折ロイザに体を支えられる。
さっきまで肩に担がれていたが、段々騎士の姿が目につき、恥ずかしさから無理やり降ろさせた。
廊下に並ぶ窓の外は日が沈み、もうすぐ夜がやってくる頃合いだ。

俺は使役獣と共に団長室まで辿り着いた。はやる気持ちを胸に、迷いなく扉を開けた。
そこにいたのは青い制服姿の騎士ーーだが俺が待ち望んだ弟ではなく、長髪の優男、クレッドの側近のネイドだった。

「うわッセラウェさん? どうしたんですか、そんな格好で」

いつもは弟が座っている書斎机の席につき、書類を整理しながら問いかける。
儀式のままの白装束姿だった俺を見て、唖然とした様子だった。

「ネイド。あの、クレッドどこだ? ここには居ないのか?」
「団長ですか。数日前から体調を崩したとか言って、休みを取られてますよ。あまりに珍しい事なので俺もびっくりしたんですが」

心配そうな面持ちで、騎士は代理で業務を担当していると教えてくれた。
俺が弟の不在を知らなかったことに驚いていたが、俺はとりあえず礼を言ってすぐにその場を後にした。

不測の事態に胸騒ぎがし、再び駆け足で今度は上階へ向かう。後をついてくるロイザに行き先を聞かれたが、もちろん弟の部屋だと答えた。

部屋の前に着くと、無遠慮にドンドンと扉を叩いた。だが中からは何も反応がない。
クレッドは居ないのだろうか。途端に不安が押し寄せる。
どうして会えないんだろう。こんなにも弟に焦がれ、早く会って顔を合わせ、無事を確認したいのに。

「くそっ鍵忘れた。ロイザ、家に取りに戻るぞ」
「だが中には誰もいないぞ。人の気配はしない」

冷静に告げる使役獣をじっと見つめる。嘘は言っていないようだが、腑に落ちない。
じゃああいつはどこにいるんだ。仕事場にも部屋にもいなくて、どこに消えたんだよ。
暗くなりそうな思いを振り払い、俺は急いで自分の家へと戻った。

本部を出て敷地内にある庭園の周りを通り、仮住まいに辿り着く。
玄関を抜けて居間を通り掛かると、扉からオズが顔をひょっこりと出した。

「マスター! 大丈夫ですか、そんな動いて。……って何してるんですかっ」
「今からクレッドの家に行ってくる、確か住所が書いてある紙、前に貰ったんだ」

言いながら階段を駆け上がり、自室へ入った。棚や引き出しを探し回り、紙類を片っ端から調べまくる。
十数分経って、小物を詰めていた箱から小さなメモを見つけ出した。
まじで捨ててなくて良かった……と心から安堵する。

これは初めてあいつが一人で俺の自宅に来た日の翌日、別れ際に俺に渡してきたものだった。
奴の名前と家の住所が書かれている。
俺は今から行くつもりだった。普段の自分なら有り得ない能動的な行動だが、それしか考えられなかった。

着替える様子をロイザが仏頂面で眺めている。

「おい。まさか今から外出するつもりか?」
「そうだよ。お前はここで待ってていいぞ」
「馬鹿なことを言うな。俺にその選択肢は無い」

またため息混じりで俺を見つめる。
住所に書いてある場所はここからそう遠くはない。下にいるオズに事情を話すと、やっぱり反対されたがそれを押し切って出ようとした。

だが慌てた弟子は馬車の手配をするからと俺を押しとどめた。
転移魔法を使おうにも、目的地までは歩いて探し回ることになるだろう。結局言う事を聞き弟子の世話になった。


数十分後に到着した馬車にロイザと乗り込み、さらにゴトゴトと揺られる。
何故だかあまり良い気分ではなかった。こんな不安な気持ちで、初めて弟の家を訪れるとは思わなかったのだ。
でも顔を見れさえすれば、すぐに安心してお互いの温もりを手にすることが出来るだろう。
途端に鼓動が高鳴るのを感じながら、その事だけを考えていた。

弟の家は、想像以上に立派な造りだった。一人暮らしのはずなのに、三階建ての一軒家で屋上にはテラスらしきものも見える。
横に広がる鉄製の門が閉まっていて、外のベルを鳴らしたが反応は無かった。

「ロイザ、中に人はいるか」
「ああ、いるにはいるが……止めておけ、セラウェ」
「なんでだよ。なあ、門開けろ。お前なら出来るだろ?」

それはほとんど命令だった。俺は切羽詰まりすぎて、常識とかが飛んでいたのかもしれない。
勝手に門を壊せと言うなんて。不法侵入だ。でも止められなかった。
使役獣は俺に何か言いたげだったが、無言で門に蹴りを入れた。
すごい音が響いたものの、あっという間に開かれ、俺は中に入った。

「お前はここにいろ。あと獣化しててくれ」

呟いて玄関へと進んで行くと、予期せぬことが起きた。
扉が先に開き、中から人が出てきた。弟ではない、というか男ではない。
ほっそりとしたパンツ姿の、若い女性だった。肩ぐらいの茶髪で元気の良さそうな子だ。

俺はその瞬間固まってしまった。その女性が俺のそばを通り過ぎようとした時、顔を見て笑顔で「こんばんは!」と挨拶をされた。
そのまま出口へ行き、白虎のロイザを見たのか甲高い悲鳴が聞こえ、バタバタと走り去る音がした。

だが俺の注意はすでに、前に現れた長身の男に向けられていた。こちらを見て、大きく目を見開いている。
普段着のクレッドが玄関扉に手をかけ、立ち尽くしていた。

何を言えばいいのか分からない。
今の女は誰だ? なんでお前の家から出てきたんだ?
どうして俺に何も言わずに家に帰ったんだ?
頭の中は疑問で埋め尽くされていた。

力を振り絞り、微動だにしない弟のもとへ駆け寄っていく。
目の前まで来ても何も言わないクレッドの胸にどん、と手を当てて、縋るように見上げた。

「……クレッド、どうしたんだ? ……何かあったのか?」

弱々しく尋ねた。聞きたいことで責め立ててしまうと、自分が崩れ去るような気がした。
弟の言葉を待つしかなかった。だが返ってきたのは残酷な言葉だった。

「悪い、兄貴。帰ってくれ」

冷たい声色だった。深い色を映した蒼い瞳と見つめ合うが、俺への優しさはない。
弟は暗く影を潜めた表情をしていた。

帰れってなんだ? 俺達は一体なんなんだ、意味が分からない。あの儀式のせいなのか?
一気に頭に血が上った。それは怒りの感情だった。

俺は家に入ろうとする弟の腕を掴み、そのまま中へ押入れて扉を無理やり閉めた。
防ごうとすればこいつの腕力なら出来たはずだ。
微かな望みをかけて、クレッドの胸に抱きついた。

「今の人誰だよ。俺以外に、誰かいるのか? なんで何も言ってくれないんだよ。説明しろよ、クレッド……」

見上げると、問い詰めて初めて、弟の瞳が揺れ動いた。だが俺のことを受け入れてくれる素振りはない。
不安と苦しさが胸を締め付ける。

「兄貴が思ってるようなことじゃない、頼む、今日は帰ってくれないか」

拒絶の言葉にずきりと痛みが走る。でも俺は諦めない。こいつの思いを信じているんだ。
あれだけ通じ合ったのに、好きだって言ってくれたのに、引けるはずが無い。

「嫌だ、俺は帰らないぞ。お前のそばにいたい。 事情があるんだろ? 呪いのことは話せないって分かってる。でも俺は……お前が近くにいないと嫌だよ」

抱きしめる腕に力を入れる。
どうしてお前から抱擁を与えてくれないんだ。お願いだから前みたいに笑ってほしい。好きだって言ってほしい。

頭を上げて、眉を寄せる弟に顔を近づける。少し背伸びをして、唇に口づけようとした。
肩を震わせた弟が俺の腕を掴み、引き剥がそうとする。

「……兄貴、やめろ」
「なんで……俺のこと、嫌? お前、酷いぞ……なあ、キスして……」

無性に泣きたくなる気持ちを抑え、俺は強引に顔を迫らせた。柔らかい唇を捕らえ、精一杯押し付ける。
一方的なキスは悲しい。でも求めずにはいられなかった。

どうして応えてくれないんだろう。本当に俺のことがどうでもよくなったのか。
何かが弟の中で変わってしまったのか、こんなに突然、儀式のせいでーー

「ん、んっ……」

俺は口づけを止めなかった。
気持ちが変わってくれるかもしれない、俺のことをまた目いっぱい抱きしめて、優しく甘い言葉を伝えてくれるだろう、そう望みを持っていた。

するとクレッドは突然俺を強く抱きしめてきた。

たどたどしくキスをしていた俺の口を塞ぎ、すぐに中をこじ開けていく。
温かい舌を絡ませ、久しく感じる刺激に全身が痺れだす。
ああ、今すぐ全部が欲しい。キスだけじゃなく、全てを奪われたい。
お前が好きだ、お前が欲しくてたまらない。

深い口づけを与えられ、力が抜ける体を抱きすくめられる。

「……っんん、……ふ、……っ」

気持ちいい。ずっとこうしていたい。
なぜすぐに俺を受け入れてくれなかったんだろう。
でももう何もかもどうでも良くなるほど、身を任せていた。
口を離され、浅く息づき顔を上気させる弟と視線がかち合う。

「クレッド、もっと……して」

体を寄せ、ねだるように自分から頬に手を触れさせる。そのまま金色の柔らかな髪をそっと撫でた。
ぴくりと身を震わせた弟が、俺をじっと見つめる。

「兄貴、駄目だよ」
「なんで……?」
「駄目なんだ」

ぼうっとふらつく頭で納得できず、俺は構わずもう一度口を寄せた。舌を這わせ、唇を開かせようとする。

すると無理やり引き剥がされ、すごい目つきで睨まれた。
その視線は普段の弟のものとは一線を画していた。
暗く底が見えないような深い蒼、慈しみや情を映さず、薄っすらと殺意のようなものさえ浮かぶ色合いーー

言葉を失い呆然としていると、上の服を剥かれた。
両手で強引に中のシャツのボタンを剥ぎ取り、突然肌が露わになる。
クレッドは真っ先に首筋に吸い付いてきた。きつく舌を這わせ、舐めとり、口づけをしていく。
激しい愛撫に翻弄され、みるみるうちに力が抜け、壁に寄りかかるとさらに体を押し付けられた。

いつものように、抱きかかえながらの優しいやり方ではない。
印をつけたがるような執拗な愛撫だった。

「ああぁ……ん、んぁぁ……」

一生懸命首に手を回し、勢いにずり落ちないようにする。
弟の腕が腰に回り、力強く引き寄せられた。

「クレッド……まって……ここじゃ、だめ……」

俺の訴えに顔を上げた弟の表情は、まだ険しく眉を顰めていた。
息遣いは荒く、まるで獲物を狙い興奮しているかのようだ。
いつもと違う様子に恐れ慄くものの、俺は弟が欲しいという気持ちを抑えようとはしなかった。

「我慢して、兄貴……」 

そう呟くと、突然俺の鎖骨付近に唇を這わせた。
だが次の瞬間、大きく口を開けた弟によって、その部分が勢いよく噛みつかれた。 

「あああぁっっ」

驚きと同時にビリリと走った痛みに思わず声を上げる。
俺は瞬時に意識が戻ったかのように、獣のごとく何度も同じ場所を噛んだり舌で舐めてくる弟を見つめる。
訳が分からずただされるがままになっていると、今度はもっと鋭い痛みが与えられた。

「う、あぁぁッ、い、たいっ、クレッド!」

訴えても止めようとしない弟に焦り、肩を押しやって退けようとした。
だが力が強くビクともしない。俺は喘ぎながらクレッドの髪に触れた。なだめるように撫でると、鎖骨辺りを甘噛みされるようになった。

「ん、んんっっ、まって、もう、やだ」

痛みに慣れてきたのか、今度はじわじわと快感が近づいてくる。
だが忘れた頃に再び鋭利な痛みがもたらされる。
思わず悲鳴を上げ、背中を仰け反らせた。
下を見ると薄っすらと血が滲んでいる。

なぜこいつは何度も俺を噛んでくるんだ? 一体どうしてしまったんだ。
混乱する俺を気にも留めず、弟はその部分を舌で吸い付くように舐めてきた。

「……あ、あぁっ、やめろ、クレッド……! 離して……っ」
「嫌だ、兄貴、離したくない、兄貴のせいだ」

荒く息を吐きながら言い放つと、今度は首筋に口を這わせ、また凶暴に噛み付こうとしてきた。
俺は恐怖から目を閉じて耐えようとした。
するとすぐそばの玄関扉が、バタン!と大きな音とともに開かれた。

視線をやると無表情のロイザが立っていた。
俺に覆いかぶさっている弟の首を掴み、床に引きずり倒した。
玄関の廊下前にドサっと倒れ込んだクレッドの上に跨ると、すぐさま首元を掴んで握りしめる。

「よせ、ロイザ……!」

ほんの僅かな瞬間の出来事に焦り、使役獣の背中にしがみついた。
ロイザがゆっくり手を緩めると、クレッドは微かに息を吐き、すぐに数度咳込んだ。

「小僧。お前は馬鹿か? セラウェを傷つけてどうする」

冷たく言い放つと同時に、また殺意のこもった険しい目つきがクレッドから投げかけられる。

「……お前が連れて来たんだろう」

責めるような口調に、胸がまた痛み出す。俺がここへ来ることはやはり望まれていなかったのだ。
弟の変化に混乱し、うまく考えがまとまらない。しかし離れたくはない。
だがクレッドは俺にちらっと視線を向けて、無情な言葉を吐いた。

「早く兄貴を連れて行け。ここへはもう来るな」

何度めか分からない拒絶の台詞に、体がゆるゆると脱力していく。

「……嫌だ、何言ってんだよ、俺はお前と一緒にいるんだ! なんで、離れないって言っただろ……絶対に嫌だ!」

俺が弟の胸を揺さぶろうとすると、ロイザがすくっと立ち上がり、俺の背を引っ張った。
無理やり引き剥がされるのに抵抗し、必死で振りほどいた。

クレッドの腕を掴み、体に思い切り抱きつこうとする。
すると弟の両腕が伸ばされ、しっかりと背中に回された。
途端に熱を感じ、床に寝そべったまま互いを抱きしめ合う。

「兄貴、分かっただろ。俺は危険なんだよ。しばらく会うことは出来ない」
「……しばらくっていつ? 早く来て。俺は我慢できない、お前と一緒にいたい……」

情けなくも涙が滲みそうになる。顔を上げると、冷たい顔つきをしていた弟が苦悶の表情を浮かべていた。
見つめ合う前に、背中をぐいっと引かれ、後ろから抱きかかえられた。
ロイザに掴まれ体が浮かび上がる。
抵抗の言葉を叫びながら、クレッドに助けを求める。だが弟は起き上がり、視線を逸らし顔を俯かせていた。

「クレッド、嫌だ……! 戻ってきて、俺を一人にするな……っ」

ジタバタと暴れながら、家から連れ出される。
弟は最後まで俺のことを見なかった。
抱きしめてくれたのに。なんで本当のことを言ってくれないんだ。
俺のことが嫌いなわけじゃないだろう? 理由があって、突き放そうとしているだけなんだろう?

奴の宣言どおり、それから俺はクレッドと触れ合うことが出来なくなってしまった。


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