俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼  104 師匠の乱入

「おい、そこの得体の知れねえガキ。今兄弟の呪い、とか何とか言ってなかったか」

この地獄耳はたとえ他人の微かな呟きでも漏らすことはせず、気になった事はしつこく追求してくる。
俺はこの男と何年も生活をともにした弟子だから、それを嫌と言うほど理解している。

「師匠、別に大したことじゃないから、忘れてくれよ」

平静を装うものの声は震えていた。この時、俺はどこかで終わりを予感していた。それは最悪の終わりだ。
隣で静かに立つ弟の様子が気になるが、体を動かすことが出来ない。師匠の威圧感に気圧されている。

「……セラウェ。お前俺に何か隠してるな。その面見りゃ分かんだよ。おら、俺の前に来い。早く全部言え」

低い地響きのような声色、俺への絶対服従命令だ。奴隷根性が染み付いた弟子としては、逆らえない。
ぷるぷる震えながら足を踏み出すと、腕を掴まれた。見上げると弟が険しい顔を向けていた。

「兄貴、行くな。危険だ」
「それは俺も分かってるが、他にどうすりゃいいんだ」

ぼそぼそと話していると、少し離れたところにいる呪術師のエブラルと、少年の魔術師アルメアの視線が気になった。
こいつら、何か余計な事言い出さないよな。そう思ってるところに、やはり俺の予感は的中した。

「ねえ、セラウェ。この男、君の師匠なのか。すごい魔力量だ。君たちの呪いをとく助けになるかもしれない」

何食わぬ顔でアルメアが話しかけてきた。
ちょっと待ってくれ。何故火に油を注ぐようなことを言った?
俺は完全に硬直しつつ、魔術師を凄い形相で睨んだ。すると焦った顔をしたエブラルが咄嗟に口を開く。

「アルメア、お前は黙っていてくれないか。今は状況を静観すべきだ」
「どうして? 早く呪いをとかないとまずいよ。セラウェが心配じゃないの? 今は平気だけど、兄弟の様子が刻々と変化する可能性は十分ある。二人でこの前話し合ったじゃないか」

何その初耳情報。なぜさっき俺たちに教えてくれなかったんだ、このクソガキは。
もう本当に終わった。師匠が食いつかないわけがない。

「おい、俺の弟子がどうかしたか。なんなんだ? 早く教えろセラウェ!」

ついに師匠が大声を出し、苛ついた様子でこっちに向かってきた。弟に矛先が向けられるのを恐れ、俺は瞬時に覚悟を決めた。
全てを捨てる覚悟だ。おそらく破門だけでは済まない、下手すりゃ殺される。

遥かに見上げる巨体の前に飛び出し、俺はそのがっちりとした分厚すぎる胸板を両手で押さえた。

「師匠、あんたきっと俺のこと嫌いになると思う。俺のこと捨てると思う。それでも聞きたいか?」

もの凄く卑屈で自虐的な言い方だ。けれど揺るぎない決心に突き動かされていた。
こんな形で表明することになるとは、思っていなかった。出来れば隠し通したかった。
でもこの男に一度目をつけられたら、どちらにしろ強引に暴かれてしまう。

「馬鹿かお前……何言ってんだ。俺がお前のこと、捨てるわけねえだろ……」

俺の真剣な表情を前に、師匠は珍しく動揺していた。けれど次に言う言葉は、もっと地獄に突き落としてしまうことだろう。

「そうか。じゃあ聞いてくれ。……俺と弟は、愛し合う呪いにかかっている」

はっきりと告げると、部屋中に静寂が広まった。
だがすぐに真顔だった師匠の顔が、ゆっくりと歪み始める。俺は冗談を言っていない、そう示す為に目を逸らさなかった。
背後から「兄貴……」と弟の小さな声が聞こえてきた。分かってる、でも今は師匠が先だ。

「愛し合うって、どういう意味だ。……お前まさか、弟とヤッてんのか」

俺が濁して言った言葉を何の躊躇いもなく、直接的に問いかけてきた。
琥珀色の瞳が見開かれ、激しく揺らめいている。深い動揺と混乱の色だ。
急激な鼓動の脈打ちを感じながらも、俺はもうヤケクソになるしかなかった。

「そうだよ。そういう呪いなんだ。炎の魔女タルヤによって、俺達兄弟にかけられた性的な呪いだ」

端的に告げると、師匠はすぐに理解したのか顔つきが激しい怒りに変化した。だがその憤怒は俺を通り越し、後ろにいた弟へと向けられた。
焦って目で追うと、師匠は凄い勢いでクレッドの胸ぐらを掴みかかった。

「てめえ……自分の兄貴に手出しやがったのか!!」

弟の表情は変わらなかった。俺よりもどこか覚悟を決めているような顔だ。
俺は師匠の背に飛びつき、体を引き剥がそうとした。だが力の差は歴然で敵うはずもない。
クレッドは激しい恫喝を受けながら、俺に視線を向けた。

「そうだ。俺は兄貴を愛しているんだ」

その言葉は、何の迷いもなく落ち着いた声で告げられた。瞳は優しく、俺にまっすぐと向けられている。
一瞬、頭が真っ白になった。それは弟の口から初めて発せられた、甘美な告白に聞こえたからだ。
こんな状況にはきっと相応しくないだろう。けれど俺の心の奥深くに、すとんと落ちてきた。

心臓が掴まれたまま動けないでいる俺をよそに、師匠は非情な言葉を吐いた。

「何だと……? お前、呪いで頭がおかしくなったか」
「違う。呪いを受ける前から俺は確信している。何を言われようが、俺の兄貴への思いは揺るぎない真実だ」

クレッドの心に迫る表明はさらに師匠を苛立たせ、胸ぐらを掴む手にぐっと力が入れられた。
俺はその腕を握り、必死に止めようとする。

「師匠。呪いのせいなんかじゃない。俺も、こいつの事が好きなんだ。俺達は本気なんだよ」

はっきりと口にすると、師匠が冷えた顔で俺に振り返った。
きっとこんな事を言っても、荒唐無稽に聞こえるだろう。だが紛れもない本心なのだ。たとえ受け入れられなくても、拒絶されたとしても。
訴えるように瞳を見つめると、師匠は力なく弟から手を離した。

「……悪いな、セラウェ。さすがの俺も混乱してるんだよ。……おい、何なんだ。冗談だろう。お前ら兄弟なんだぞ? 男で、血が繋がった、近親だぞ」

師匠の剥き出しの本音が胸にグサリと突き刺さる。だがこれは普通の反応だ。
俺達二人の関係は、周りには決して受け入れられないものだ。とくに俺にとって家族のような存在でもある、この男には。

師匠が俺の前に立ちはだかる。その場は静かだった。二人の魔術師も様子を窺っている。
揺れ動く瞳で見つめられ、俺はせめて目を逸らさずに受け止めた。

「お前の気持ちが呪いのせいじゃないって、なんで分かるんだよ。ヤッてる内にそう思い込むようになっただけなんじゃねえのか」
「違うよ。クレッドは昔から俺の大切な弟だ。その気持ちが、俺の中でもっと大きなものに変化していったんだ。呪いが解けた後も、俺はもう弟を手放す気はないんだよ」

思いを伝えるうちに、心に熱が灯るのを感じる。
けれど師匠は追い打ちをかけられたかのように、手で顔を押さえ込んだ。

「……ああそうかよ。いいか、俺はな、自慢じゃないが自分でも色々な禁忌を犯してきてる。妖術師なんざ倫理もクソもねえからな。けど大事な弟子となりゃ話は別だ。……おい、冗談だろ……んな可愛い面して、お前……本気で弟に惚れてるっつうのか」

この男がこんなに狼狽え、弱々しい声を出すのは初めて見た。
どこか憐れみを含んだ瞳で眺めるように見下ろされる。何を想像しているのか知らないが、途方もない罪悪感が沸き起こる。
しょうがないよな、俺のことを道徳を犯したふしだらな野郎だと見下されても。

「俺を軽蔑するか、師匠」
「……馬鹿野郎。なんで自分の所有物を軽蔑するんだ。俺はショックを受けてるんだよ。親目線のようなもんだ。お前がまだ初々しかった頃を知ってるからな」

言葉を返すことが出来ない。何も言えず黙っていると、いきなり抱き締められた。身長差もさることながら、力が強すぎて呼吸困難に陥りそうになる。

「……くそ、やっぱ許せねえ。俺の弟子に手出しやがって……」

ぎりぎりと力を込められ、さすがに命の危機を感じ始める。だが師匠の目は、険しい顔つきで俺を注意深く見守るクレッドに向けられていた。
想像していた大惨事は免れたかに見えたが、俺は弟を守らなければならない。経験上、師匠の行動には予測がつかないのだ。

「ごめん師匠。師匠は俺の家族みたいなもんだ。こんな男でも昔からずっと尊敬する人だし、大事な存在だというのは変わらない。でも俺にとって一番大切な家族は、弟なんだ」
「おい。どうしてお前は傷心した俺の心をエグるような真似をするんだ」
「え、ごめん。許してくれ」

慌てて取り繕うと、やっと体を解放された。しかしまだ疑いの目で見下ろしてくる。
近づいてきた弟が俺のそばに立った。師匠はすかさず向き直り、ぎろりと睨みつける。
再び一触即発の雰囲気になりそうなところで、涼やかな少年の声が鳴り響いた。

「ああ、良かったですセラウェさん。一見落着ですね。皆が戦闘行為を繰り広げたらどうしようかと思い、様子を見守っていましたが、私も安心しました」

軽々と腹立たしい台詞をのたまう男は、呪術師のエブラルだった。
今のが一見落着に見えたのか? 俺は正直まだ震えてるんだが。師匠と二人になった時が怖い。
悔しいが奴の言う通り、第三者がいてくれて良かったのかもしれない。

「お前な……他人事だと思って……」
「おいエブラル、てめえこいつらの関係知ってやがったのか? よくも俺に黙ってーー」
「勘違いしないでくれ。私は同僚であるハイデル殿とセラウェさんの味方だ。何故私に呪いをかけたお前の側に立たなければならない」

冷たく言い放つと、二人は口論を始めた。どうやらまだ呪術師自身の呪いのことで押し問答を繰り返しているらしい。師匠がこの場にいたのも、強引に連れてこられたようだった。

疲労からふらつく体をクレッドに支えられる。
心配そうな顔で見つめられるが、俺は弟と視線を交わした瞬間、なぜかホッとしていた。

「……なあ、すげえ奇跡だぞ。俺たちまだ生きてるからな」
「何言ってるんだ、兄貴。俺は何があっても兄貴を守るぞ」
「でもあのおっさん強すぎるって知ってるだろ。お前も無事じゃ済まねえよ」
「そうかもしれないな。けど俺は、命をかけている。言っただろ、兄貴のこと愛ーー」

部屋の隅で話していると、いつの間にか師匠が背後にいた。怖気がして振り返ると、冷酷な顔で仁王立ちとなり見下されていた。

「おい俺の前でイチャつくんじゃねえ。ぶっ殺すぞ」

ドスの効いた声で一喝され、俺は即座に平謝りし態度を改めた。
そうだよな、気を抜いてはならない。確かに最近頭が湧いてきてはいるが、禁じられた関係がバレてしまった以上、もっと人の気持ちを考えないと……

「ねえもういいかな。長ったらしい師弟ドラマは終わった? そろそろ呪いの話始めたいんだけど」

興味なさげに呆れた声を出す魔術師アルメアに、皆の注目が注がれる。エブラルはすでに奴と共にソファに座っていた。

呪いの話って……もう勘弁してくれよ。皆で相談出来る内容じゃないだろ。
俺は絶対に詳しい内容を師匠になんか明かす気はないぞ。とくに媚薬云々のとこ。
けれど師匠はすでに目をギラつかせ、話に入り込んでくる気満々に見えた。

「セラウェが可哀想だしおじさんも怖そうだから、今後の儀式についてだけ簡単に話し合いたいと思うんだ」
「ああ? てめえ今なんつった? 口の聞き方に気をつけろクソガキ。お前こそ見た目通りの年じゃねえだろ」

師匠がまた荒い口調で凄んでいる。でもそれだけで満足するわけがなく、追求する目が俺に向けられた。

「おいバカ弟子。俺だって具体的になんざ聞きたかねえ。……ああ、クソッ! ……だがな、言える範囲で話せ。お前が危険な目に合うのはもっと我慢ならねえんだよ」

悪態をつきながら、心の中で葛藤しているようだ。その気持ちはもの凄く有り難い。けれど俺の口は重い。
隣のクレッドが自分が言う、とでも言いたげな瞳を向けてきたが、それでは更に師匠の怒りを買うだけだ。

俺は弟を制止し深呼吸をして、何度目か分からない覚悟を決めた。

「師匠の気持ちは分かった。ありがとう。じゃあ話すから。頼むから怒らないでくれよ」

三人の魔術師と弟が見守る中、俺はアルメアと取り決めた新たな呪いの上書きについて説明した。
簡潔に言えば、もともとのタルヤの呪いが解けてしまえば、俺のクレッドに対する性欲消失を招くという恐れがある。それを防ぐ目的で、本来足りないアルメアの魔力を補う為、俺の体から不足分の魔力譲渡を行い、なんだかよく分からない新しい呪いを弟に植え付けることにするーー

「なんだと……ふざけんじゃねえ!! セラウェの性欲消失を招くだと? 大いに結構じゃねえか! そのまま呪いといちまえよ!」

師匠が興奮状態で大声を上げる。ああやっぱり反対しだした。絶対そう言うと思ったけどな。
するとクレッドが身を乗り出し、荒ぶる男に眼光鋭く睨みつけた。

「何が結構なんだ。大問題だろ。意図的にそんな事をされるのは間違っている」
「てめえ聖騎士、綺麗な面してよくもぬけぬけと……男なら事実を受け入れろ! おまえの欲望の為に俺の弟子を汚すんじゃねえ!」
「俺の欲望だけじゃない! 貴様こそ俺と兄貴の関係に口を出すな!」

弟と師匠がまた言い争いを始めている。例のごとく幼稚な雰囲気になってきた。
俺は閉口していたが、この展開はだいたい予測出来ていた。やっぱ師匠に知られるのは、面倒を引き起こすだけだ。

「もういいだろ師匠、決まった事なんだよ! なあアルメア、エブラル!」

縋るように二人の呪術師と魔術師に助けを求めるが、奴らはすでにコソコソと内緒話をしていた。
え、今結構大変な事態なんだけど。師匠に邪魔されたら計画が台無しだぞ。

「おいセラウェ。決めたぞ。俺もその妙な儀式に参加するからな」
「は? いや、いいよ別に。呼んでないから。絶対妨害するつもりだろ」

身震いしながら巨体の妖術師を見やると、奴はニヤリと口角を吊り上げた。すでに嫌な予感しかしない。

「さあな。そう怯えるなよ。不測の事態に備えて、経験のある魔術師の数は多いほうがいいだろう。お前はまだひよっこだからな、俺が居なかったら絶対失敗するぞ」

何故そういう不吉なことを言うのだろう。普通は弟子に励ましの声でもかけるんじゃないのか。
ぎりぎりと睨む俺の背後で、呪術師が口を開く。

「いいじゃないですか、セラウェさん。この無法者がそこまで言うのなら。安心してください、メルエアデが変な動きをしたら、私達が止めますよ。……そうだろう? アルメア」
「うーん。このおじさん強そうだから、あんまり相手したくないんだけど」

エブラルが久々に不気味な面で笑いかけてきた。こいつ、また何か企んでないよな。
俺と弟の呪いの行方がかかった、大事な局面なのに。

こうして当初の予定が狂い師匠の乱入を許してしまった儀式が、じきに執り行われることになった。



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