俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 101 裸の男たち

俺の頭の中は結構前からお花畑状態になっている。何故ならずうううっと弟のクレッドのことを考えてしまっているのだ。
この前だって弟の部屋でたくさんそういう事をしてしまった。色々あって最初は無理やりな感じで始まったが、最後はちゃんといつもと同じくラブラブな雰囲気で終わることができた。

呪いのせいで俺の性欲が増している。
それは紛れもない事実である。けれど、欲しいのはクレッドだけだ。今だって、頭の中はそればかりーー

「セラウェ。俺の近くにいる時に淫らな思考を垂れ流すのは止めろ」

燦燦と日の光が照らす中。騎士団領内で外を散歩中、隣を歩く使役獣のたしなめる声が降ってきた。
今は人型のロイザが涼やかな灰色の瞳で、こちらを睨みつけている。

「あっ。ごめんロイザ君。そんな事してた? 気をつけるから」

主の謝罪を無表情であしらう使役獣は、落ち着いた風だが苛立ってるように見える。
おかしいな。魔力供給も怠ってないし、毎日白虎のこいつと添い寝してるし……あ、やっぱ餌の味が悪いのかな。
ぼやっと考えていると、ロイザが立ち止まり、仏頂面で俺を見下ろしてきた。

「おい。何か面白いことはないのか。遠征以来つまらん任務ばかりで、体が疼いて仕方がないんだが」

なんだそっちかよ。正直俺たち兄弟の呪いがこいつにバレて以来、気まずい思いをしてたのだが、興味がないのか何も突っ込まれない。
ロイザの関心の中で自らの戦闘欲に勝るものはないのかもしれない。

「あれ、でもさ。お前師匠の家でたくさん戦えたんだろ? 憂さ晴らし出来たんじゃないか」
「ふっ。グラディオールに使われてる状態で気の向くままに戦闘など出来ん。やはり俺はお前の下で、自由に食い散らかすのが性に合っているようだ」

満足げに言う使役獣だが、お前それ主の俺に統率力が皆無っつってんのと同じだからな。
今度はこっちが苛立ち始めロイザに掴みかかろうとすると、奴の瞳が別の方向に向けられた。

「ん? ……あれはなんだ? セラウェ、見てみろ。騎士共が何やら面白そうなことをやっているぞ」

ニヤリと不敵な笑みを浮かべた使役獣に嫌な予感がし、恐る恐る奴の視線を追う。
そこでは目を疑う光景が繰り広げられていた。

遠くの広場で裸の騎士たちが、泥まみれで肌を合わせ格闘している。
剣は持たず、ただ己の拳や足を使って体術の訓練をしているように見える。

「え……なにあれ……なんで泥の中でやる必要があるんだ」

ぼそりと呟くと、ロイザの鋭い視線が俺の背後に移った。
振り返ると、建物の階段の段差に一人の男が腰を降ろしていた。肩より長めの黒髪の騎士。あいつは確か弟の部下で、四騎士の一人……ファドムだ。

休暇中も会ったことを思い出し、なるべく関わらないようにしようと移動を試みた時、ロイザがそいつに向かって歩き出した。
俺はとっさに腕を掴んで止めるが、奴の瞳はすでに新しい標的を見つけたかのようにギラついていた。

「おいお前。騎士の一人だろう。強いのか?」

不躾に問いかける使役獣に、ファドムはちらっと目線を上げた。
何も答えずじろじろと眺めている。焦った俺はロイザの肩を押さえつけた。

「そうだよ、だが残念だがお前とは遊んでくれないって。じゃあもう行こう? 悪いなファドム、気にしないでくれ」

騎士に謝りそそくさと立ち去ろうとすると、信じ難いことに「待て」と低い声で引き止められた。使役獣の瞳孔がわずかに開き、俺の冷や汗がたらりと流れる。

ファドムは俺を差し置いて、ロイザの前に立ちはだかった。
二人共長身で涼やかな顔つきに無口っぽいミステリアスな感じーーなんか同種に見える。

「お前、人間じゃないな。異なる気のようなものを感じる」
「ほう? 確かに俺はそんなか弱い生物ではない。幻獣だ。だがお前、人間のくせに『気』が分かるのか?」
「まあな。俺は騎士だが、剣術の他に体術と仙術も嗜んでいる。お前の肉体……凄そうだな」

ちょっと何の話してんだよ。もしや意気投合する流れなのか?
俺の不安をよそに、二人はおかしな『気』の話題を膨らませ始めた。やがてロイザが興味深そうにファドムを見据えた。

「頭の堅い騎士たちの中で、俺の体に興味を持ってくれたのはお前が初めてだ。どうだ? 俺と一戦交えないか」
「……そうだな。普段面倒な事はしない主義だが、中々ない機会だ。……いいだろう」

奴らは承諾し合うと、何故かその場で上の服を脱ぎだした。上半身裸の男二人が見つめ合い機を窺っている。

「なに、やってんだ、お前ら……」

突然の事態に呆然としつつも、妙な好奇心から二人の裸体をチラ見する。
ロイザの裸を見るのは勿論初めてではないが稀なことだ。相変わらず腹筋はバキバキに割れていて、胸筋は程よく盛り上がり、腕にも血管が浮き出ていてなんとも勇ましい体つきだ。
同じ筋肉質でも均整の取れた芸術的しなやかさを持つ弟とは違い、完全に武闘派のそれに見える。

対してファドムは、これまた非の打ち所がないほど精悍な体躯だ。ロイザと同じく体術に精通しているのがすぐ見て取れるほど、使い込まれた筋肉の張りが半端ない。

二人の屈強な肉体に挟まれ、思わず目が泳ぐ。しかし、なぜか気まずさはあるが、ほんの少し危惧していた妙な感情は沸き起こらなかった。
良かった、俺……別に他人の裸見ても変な気持ちにならないんだ。まあそもそも男だから、考えるのもおかしいんだけどな。

「おい、お前ら。俺の兄貴の前で何してるんだ」

裸体の二人の間に立つ俺の背後から、突然、地獄の底から這い出たみたいな低音が降り注いできた。
心臓が止まりそうになり、バッと振り返る。
やっぱ俺の弟だった。美しい顔に血管を浮き上がらせて立っている。

「くくくクレッド……お前なんで……」

尋常じゃなく焦り出す俺の肩を引き、すぐに隣に立たされた。
え、また誤解されたの? こいつら勝手に脱ぎだしたのに。

「なんだハイデル。お前も騎士達の力比べに混じりたいのか?」
「そうなのか、弟。俺達は今から手合わせをするんだが、やる気が有るのならお前を優先してやってもいい」
「幻獣。ハイデルがやる気なら俺も黙ってはいないぞ。俺が先だ」

俺の使役獣と黒髪の騎士が二人で妙な事を言い合っている。
一つだけはっきりしているのは、この二人は共に戦闘狂であり、同様に俺の弟を狙っているということだ。
クレッドはいつの間にか無表情になっていた。

「ふざけるな。俺は泥まみれの戦闘なんか御免だ、二人で勝手にやっていろ。それとその姿で兄貴に近づくな」

強い口調で忠告すると、二人の男は途端に白けた顔を見せた。だがすぐにまた瞳に炎を浮かべ、踵を返す。
裸で闘いを繰り広げている遠くの騎士達のもとを目指し、その場を後にした。
俺は慌てて使役獣に声をかける。

「おいロイザ、泥だらけで家に入るなよ! ちゃんとどっかで洗い流して来いよ! あとあんまりやり過ぎるな、手加減しろよ!」

大声で叫ぶと、「分かったから心配するな」と声が返ってきた。
また大暴れする気なのか……溜息を吐いて隣の弟を見やる。するとクレッドはすでに真剣な顔で俺を見下ろしていた。

「あ、あれ。珍しいなぁ、お前と外で会うの」
「……嫌な予感がしたからな。やっぱり様子を見に来て良かった」

なぜかジト目で嫌味っぽく言われてしまう。俺は完全に無実なんですけど。
でも弟の顔が見れて嬉しくなり、思わず腕を掴んだ。それに表明したいことがあった。

「なあ聞いてくれよ、クレッド! 俺、やっぱり……お前の体にしかムラムラこないんだ」

その事実にテンションが上がり、極めて素直な気持ちを述べた。
瞳をじっと見つめると、弟は驚愕の表情で固まっていた。

「あ、兄貴……もしかして、今……そういう気持ち、なのか?」
「は? 何が?」
「……分かった。いつでもって言ったもんな、じゃあ早く行こう。今時間あるから」

何故か耳まで赤くして照れた様子のクレッドが、俺を連れてどこかに行こうとする。
おい何勘違いしてんだこの淫らな団長は。騎士達は遊んでるように見えるが、今勤務時間だろうが。

「ちげえよ、馬鹿ッ! 俺だって時と場所は考えるぞ、今のとこはっ」
「……え。違うのか、なんだ。誘ってくれたのかと……」
「ちょ、静かにしろ、外であんまそういう事言うなッ」
「誰も聞いてないから大丈夫だ。兄貴こそ声がでかい、誰かの耳に入ったらどうするんだ」

兄弟で揉み合っていると、遠くから泥まみれの巨体が近づいてきた。
凶悪な体つきをした上半身裸のそれは、弟の部下で四騎士の一人、大男のグレモリーだ。
クレッドはすぐにその気配に気付き、俺を背後に隠した。

「お、団長。あんたも土遊びに混ざんねえか? 楽しいぞ」
「俺は結構だ。またお前がこんな事を仕切っているのか」
「そうだよ。たまには騎士達にも違った筋力を使わせないとな。……つうか魔導師、あの褐色の男、お前の連れだろ?」

グレモリーに問われ、俺はぎくりとした面持ちで弟の背後から顔を出す。

「そうだけど。俺の使役獣がどうしても遊びたいっていうから……駄目だったか?」
「あれ見て分かんねえか? 俺の部下達がその獣とファドムの野郎の遊びに巻き込まれて、負傷食らってんだけどな」

えっ嘘。よく見てみると、ホントだ。ロイザの奴、ファドムと戦いながら、他の騎士達もなぎ倒してる。
でも凄く楽しそうだ。

「あ、悪い悪い。すぐ止めさせるから。本当あいつ手がかかる奴でさあ、俺も困っちゃってんだよね」
「いや、別にいいぜ。あのままで。あの獣の野郎、体術がずば抜けてる。騎士達にも良い刺激になるだろ。怪我は回復師に任せればいいしな」

意外な反応に呆気に取られる。
本当にいいのかよ、どうなっても知らないぞ。俺責任取んないからな。

「そういやグレモリー、お前の体ってすごい凶悪じみてるよな。傷跡だらけじゃねえか」

奴の裸体をまじまじと見て、ごく客観的な感想を述べた。
この間の温泉でも目にしたが、改めて間近で見ると圧巻の迫力だ。太さのある腕と分厚すぎる胸板、全ての箇所に惜しみなく筋肉が張っている。

こんな物体がのしかかってきたら、窒息死するかもしれない。
無駄な想像をしていると、すかさず弟が怖い顔で睨んできた。

「……兄貴?」

ただ一言だが俺が他人の裸について言及したことに、物凄い苛立っているのが分かった。
俺は慌てて「違う違う」と意味の分からない言い訳をした。
すると大男の騎士の笑い声が取んできた。

「ははッ! そうだろ! まあ傷跡のほとんどは騎士団での修行中につけたやつだけどな」
「へえ、修行って剣術のだろ。……でもクレッド、お前は体に傷一つないよな、おかしくねえか?」

それぐらい強いってことなのか。いやでも完璧に肌も綺麗だし、肉体は凄いが傷んだ箇所が一つもない。
弟を訝しんで見ると、なぜか恥ずかしそうな顔をしていた。

「ちょっと兄貴、俺の体の話とかそんな、他人の前でするなよ……」
「おい他人って冷てえな、一緒に風呂も入った仲だろ団長」
「お前は黙ってろグレモリー」

二人がごちゃごちゃと言い合ってる間に割り込み、もう一度傷についてしつこく尋ねた。
すると騎士は俺にニヤリと笑みを向けた。

「それはなあ、魔導師。あの回復師がせっせと治してやってるからだよ」

騎士の意外な返答に動きが止まる。
え、それってカナンがこいつの体中の傷跡を今まで綺麗に治してやってたということなのか?
なぜだか無性に苛立ちが湧いた。

「本当かよ、クレッド。そんな隅から隅まで、あいつに……治してもらってたのか?」

じろっと見ると、弟は完全な焦り顔で目を泳がせていた。

「別に隅から隅までってわけじゃ……考えすぎだ、兄貴」
「そんな事ねえだろ、団長。昔はあんたが怪我するとすぐ回復師が飛んできて、『こんな綺麗な体に傷一つ残しちゃ駄目だ』とか言われながら全身を治療されてたじゃねえか」

グレモリーがしれっと内情を明かすと、弟の顔が一気に真っ赤に染まった。
怒りでぷるぷる震えている。

「お、お前……、なぜそういう余計な事を、俺の兄貴の前で……ッ」

その時だった。後ろから大きな声が投げかけられ、俺達は一斉に振り返る。

「隊長、あの男が暴走しだして止められません! ファドム隊長も気にせず戦闘を続けていて、どうすればーー」
「まじかあの野郎、分かったすぐ行く。じゃあな団長、気が変わったらあんたも来いよ」

土まみれの騎士に助けを求められ、グレモリーは大して慌てる様子もなく、踵を返し戻って行った。
ロイザの失態を止めなければならないのは主の俺だが、今はそれよりも違うことに気を取られていた。
隣で目をそらしている弟だ。

「ふうん。だからお前の体あんなに綺麗なんだ。怪我した場所ってどこだよ、カナンはどこを見たんだ?」

俺はクレッドに迫り、外で他に乱闘騒ぎをしている騎士達もいるのに、奴の制服をたくし上げようとした。

「うあッ、おいっ、兄貴! ここじゃまずい、部下がいるんだぞ、あっちで……早くッ」
「うるせえ早く見せろ! なんだ? 見せられないとこにあんのか? どこまであいつに見られたんだ?」

最早何の会話なのか分からないが、俺達は揉み合いつつ攻防を繰り広げていた。
この気持ちは何なんだ。あの女顔の無邪気な幼馴染に張り合っても何の意味もない。こいつの親友だぞ。
でも無性に対抗心が湧いてくる。

はあはあ言いながら弟に迫り寄った。

「だって……これからは俺がお前の体治したい。そりゃ怪我して欲しいとかは微塵も思ってないけど。それに俺は回復専門じゃないし。でもちょっとした負傷とかなら……まあお前は強いから、今は大丈夫か」

俺が一人でぶつぶつ言ってると、顔を覗き込まれた。いつの間にか微笑みを浮かべている。

「兄貴。そんなかわいいこと言われたら俺……こんな場所で抱きしめたくなるだろ?」
「な、何言ってんだお前……俺はわりと真面目に言ってるんだが」
「分かってる。じゃあ今度から、兄貴に治してもらうから。よろしくな」

え? いいの? なんか嬉しい。
そのまま二人で笑顔になり無駄に見つめ合ってしまう。
……なんだこれ、流石にちょっとイチャイチャしすぎかもしれん。

ああ、でもなんで今外にいるんだろう。
こいつの言うこと聞いて二人きりになっておけば良かったーーいやそれはさすがに駄目だ。頭のネジが外れ過ぎだ。

後悔と理性の狭間で俺の心は揺れ動き、またもや弟の存在に翻弄されていた。



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