お父さんにお世話してもらう僕 | ナノ


▼ 7 安息のありか

俺はごく稀に、夢を見る。
家族は皆死んでいて、一人だけ生き残っている悪夢。
妻も息子もいない、すべての意味を失った世界。
病院のベッドで目覚めるたびに、絶望が永遠に迫ってくる夢だ。


自分の背の半分ぐらいの抱き枕にもたれかかり、目を覚ました。
耳もとでは六時半を告げるアラーム音が鳴っている。
サイドテーブルに手を伸ばしそれを止め、眼鏡を取った。起き上がり装着する。

廊下から甲高い金属音と、車輪が走る音が響く。ロシェだ。
安堵して抱き枕を掴み、クローゼットまで歩いて中に押し込んだ。

「お父さん、起きてる?」
「ああ」
「おはよう。僕先に洗面所使うね」

返事をする前に扉を開けると、車椅子に乗ったロシェが見上げる。
身をかがめて薄茶のさらりとした髪に、軽くキスをした。離すと息子の頬はさっと染まる。

「お父さん早く着替えたほうがいいよ」
「ん? そうだな。とりあえずお前の顔が見たかったんだよ」
「……ふうん。変なの」

ロシェは素っ気なく言うと、横顔を赤くしたまま車椅子を走らせた。浴室に入り、扉が閉められる。

何かタイミングを間違えただろうか。
俺が口にキスをして以来、時おり息子の様子がおかしい。望んでいると思っていたから、少し想定外だった。



七時半に家を出て、車に乗り支援学校へ向かう。
門の前でロシェを降ろし見送った後、自分は事務所へ方向転換する。

家から二十分ほどの場所にある、個人経営の電気屋を営み、今年で十五年目だ。ロシェが産まれる前に独立をし、今も二人の従業員とともに働いている。

一階建ての大して広くもない事務所に出勤すると、受付のカウンターにいる女性が顔を上げた。

「おはようございます、リーデルさん。今日もお元気ですか?」
「ああ、はい。おはようございます、コルネさん。……あれ、これはケーキですか」
「ええ、昨日焼いたんですけど、良かったら後でどうぞ。あとこれロシェくんにもね」

台に置かれた透明のケースには、焼き菓子が入っていた。彼女はもうひとつ箱を取り出し、微笑む。

「ありがとうございます。ロシェはコルネさんのお菓子好きなので喜ぶと思います」

時々こうして差し入れをしてくれる彼女に礼を伝える。俺は菓子類を作るのが上手くないため助かっていた。

コルネさんは一回りほど年上の女性で、事故が起きて以来パートの事務員として働いてくれている。

彼女の息子はロシェの普通学校時代の同級生であり、妻とも親交があった。元々事務は妻が担当していたが、俺達家族が入院をしている時に、会社をなんとか維持しようと名乗り出てくれて、もう一人の従業員とともに支えてくれた、感謝してもしきれない温かな女性だ。

「お、デイル、来たか。美味かったぜ、コルネさんのケーキ」

奥のオフィスから作業着姿の茶髪の男が現れた。菓子を頬張りながら、片手の珈琲で流し込んでいる。
奴はいつも事務所で朝食をとっている同僚だ。

「セルヴァ。もう出発の時間だぞ、準備しろよ」
「へいへい、社長。今日は新規のお客さんでしたっけ? コルネさん」
「はい、そうですよ。駅近くの住宅地ですね。二人ともお急ぎください」

客の予約や時間調整を担ってくれる彼女に笑顔で背を押され、俺と同僚は仕事用具を抱えて事務所を出た。



大きなワゴンを運転しているのは同僚だ。
セルヴァは同い年で学校も同じ、クラスは一緒になったことはないが、いわゆる地元の幼馴染みで昔からよくつるんでいた。

普通学校を卒業した後、元は機械類を弄るのが好きだった俺達は、専門校を経て同じ電気技師に師事をし、しばらくはその人の会社で働いていた。
資格取得後に独立をしたのは俺が先だったが、事故にあった時から会社を助けてくれ、そのまま働き続けてくれている。

「おい、お前はちゃんと寝れてんのか? なんか最近すげえあくびしてるけど」
「……ああ、眠いんだよ」
「大丈夫かよ、なんか問題でもあるのか」
「別にないよ」

会話はそれで終わるが、普段から口数が少ない俺と違い、この男はコミュニケーションを諦めない。

「ロシェは元気か?」
「ああ、元気だ。心配するな」
「そりゃよかった。んで、お前は?」
「元気だよ。見ての通りだ」
「お前全部オウム返しじゃねえかよっ」

性格上、気遣ってくれるのはありがたいが、不眠の理由を告げようとは思わなかった。
内容があまりに情けなく、幼稚に思えたためだ。

「そうだ、セルヴァ。前にも話したが、明後日学校で保護者会があってな。その時間の予約、一人で行ってくれるか」
「ああ、任せとけよ。配線工事の話し合いは済んでるし、あとは最終確認だけだ。やっとくよ」

奴の腕は確かで、仕事に関しては誰よりも信用している。
こう見えて臨機応変であるし、頭でっかちな自分とは違い、柔軟な存在は有り難かった。




木曜の午後、支援学校にある一室で、保護者会が行われた。
以前の学校では数十人の親たちが一堂に集まり、役員の報告や行事について話し合い、議題をもとに論じたり、教師に質疑応答をするという場であった。

だがこの学校では、ひとクラス四人という少人数のためか、懇親会のような意味合いが強く、終始和やかな雰囲気で行われる。

「ーーでは今年の聖夜祭パーティーについてなんですが、例年通り各ご家庭より一品ずつ持ちよりをして頂ければ幸いです。さて、イベントのお知らせは以上になります。次に、この間授業中に行った発表会についてですが、ぜひ皆さんにもお子さんの姿を見ていただきたいと思いまして……」

担任教諭がパソコンを取り出し、ディスクを挿入した。部屋を少し暗くして、大きなスクリーンに授業の様子が写し出される。

俺の隣にいるニルスの父親、ジェフリーを含め、アーサーくんの母親、もう一人のクラスメイトである親族の方も皆、注目していた。 

生徒が自ら調べた課題についての研究を、ノートや資料を使いスピーチしている。
ロシェは最後に登場し、恥ずかしそうな表情で時おりカメラ目線になったりして、懸命に説明をしていた。

映像に見入っていた俺は、だんだんと目頭が熱くなり、眼鏡を直す。
普段家では見られない姿に、子の成長を強く感じる瞬間だった。

感想を尋ねる教諭に対し、皆それぞれ「思ったより上手くて驚いた」や「家より集中出来ている」など興奮した様子だった。

「いやー、素晴らしい! だからニルスのやつ、珍しく部屋にこもって毎日本とにらめっこしてたんですねえ。その姿も貴重だから録っておけばよかったなあ!」

ジェフリーが部屋中に聞こえるような声で冗談めいて話すと、周りも明るい笑い声に包まれた。

「あの、先生。このDVDダビングしてもいいですか?」

俺が真面目に質問をすると何故かまた保護者から笑いが起こる。しかし彼らもすぐに「うちも欲しい」と言い始めた。

「皆さんのディスクも用意してありますから、ぜひお持ち帰りください」

そう言われて年甲斐もなく、胸が弾むのだった。




一時間ちょっとの保護者会が終了し、ジェフリーとともに息子達のクラスへ向かった。
廊下を歩いていると、大柄な男の視線が注ぐ。

「デイル。この間、ニルスがロシェと二人で街へ出ただろう。あいつ大喜びだったよ。本当にロシェが大好きなんだろうな」

くくっと楽しそうに笑まれて、俺も深く頷いた。
あの日は他にも色々とあった日だったが、この友人は知る由もない。

「ああ。ロシェも楽しんでいたようだ。付き合ってくれてありがたかったよ。……本当は少し心配もあったが、行かせてみてよかったと思う」
「そうだな。まあどこの親もそうだと思うが、俺達にはとくに最初の一歩ってやつが、踏み込むのに勇気がいるものな」

本当にその通りで、性質は異なるが同じ障害を持つ子の親として、彼の言葉が身に沁みた。

とはいえ、親の心配をよそに、当の子供ははっきりとした意思を持ち、自分で決められる年齢にいつの間にかなっている。
それは大きな喜びの一方で、少しばかりの寂しさももたらした。



クラスに着くと、ちょうど帰りのホームルームは終わったようで、もう一人の教諭と生徒達が残っていた。

ニルスはロシェの隣の机にいて、椅子から身を乗り出し、肩を抱いてじゃれあっていた。
押し返しながらも楽しそうに笑う息子を見て、複雑な感情が湧く。

「ニルス、ロシェ、帰るぞ!」

父親のジェフリーが手を振っただけで分かったのか、すぐに二人がこっちに気づき向かってきた。
俺達も教諭に挨拶をし、教室を後にする。

俺とロシェが前を歩き、後ろからニルス達がついてくる。

「お父さん、保護者会どうだった?」
「面白かったよ。お前の発表のビデオを見せてもらった」
「えっ! やだそれ、もう忘れてよ!」
「どうして? あとで二人で見るか」
「絶対無理、僕見ないからねっ」

そうだろうと予感はしていたから、あのディスクは時々一人で見ることにしようと決めた。
するとちょうど背後から声をかけられた。

「なあ、今ニルスとも話してたんだが。今度の土曜、うちでバーベキューをしようと思ってな。二人も来ないか?」
「ほんとに? いいのジェフリーさん!」

目を輝かせた息子を前に、答えはもう決まっていた。俺も招待に対し「じゃあお邪魔するよ」と答え礼を言う。
ニルスは嬉しそうにロシェの隣にやって来て、顔を覗き込みながら手話を使っている。

二人の会話はいつもどこか秘密の中にあって、正直興味をそそられた。
大切な友人のために手話を練習している息子は誇らしく、微笑ましくもあったが。




車を走らせ、自宅に到着する。
一度事務所に電話で連絡をし、報告を受けた。今日はもう予約が済んでいるため、再び出る必要はない。
息子と過ごせる時間が確保できたことに、ほっと一息ついた。

ロシェはまず自室で宿題をしていたが、その後リビングにやって来て、簡単なリハビリを始めた。

車椅子からソファに移り、プラスチックケースに入った短く固いパスタを、麻痺側の手でゆっくり掴もうとし、また離す。
これは作業療法士から教わった、手指のリハビリだという。

夕食の準備の合間、真剣に訓練をする様子を見ていると、ロシェはこちらを見上げた。

「あのね、もし良くならなくても、使えば後退はしないと思うんだ。だからこうやってリハビリするの」
「ああ、そうだな。……けど俺はほんの少しずつだとしても、良くなってると思うよ」

短い会話だが、俺の答えに対し息子は頬を緩ませる。
一生懸命な姿を目にすると、こちらが勇気を渡されていると実感する。

隣に腰を下ろした俺は、寄り添って手をじっと見た。するとロシェがわずかに肩を跳ねさせたのが分かった。

「なあ、爪が伸びてきてるな。ご飯食べたあと、切ってやるよ」
「……えっ。う、うん。ありがとう」

ぎこちなく目を逸らされる。
そういえば普段はもっと早く頼まれるのに、やや奇妙に感じた。

「なあに? 見られてたらやりにくいよ、お父さん」
「すまん」

また立ち上がり台所へ戻る。扉を抜ける寸前、ちらりと確認をしたら、ロシェは手の甲で額をさっと拭った。
また顔はうっすらと赤くなっていた。




夕食後、食卓から広いソファに移動する際、俺は爪切りを持ってきた。
隣に座るロシェを後ろから覆うように、ソファに片方の膝を乗り上げた。

「ええっ、お父さん、この体勢で切るの?」
「ああ。後ろからのほうがやりやすいだろ」

まだ俺の胸に体がすっぽり収まるほど、華奢な背中だ。優しく抱えるように、手を持って爪を整え始めた。
使えるほうの手のケアはどうしてもしにくいため、こうして俺が時々手助けをしている。

「よし、終わったぞ」
「ありがとう」
「ロシェ」
「なに?」
「こっち側の耳が異常に赤いぞ」

不思議に思い指摘すると、ロシェは目を大きく見張らせ口を開けた。そして「お父さんがずっと、ほっぺたくっつけてたからでしょ!」と喚いた。
呆気に取られ謝るが、息子はまた頑なな態度になる。

俺は背中から腕を回し、まるで幼子をあやすように抱き締めた。すると静まる。

「どうしたの、僕別に怒ってないよ…」
「ああ、分かってるよ。俺はただ、お前にくっついていたいんだよ」

率直な気持ちを吐いたら、自然と腕に力が入る。
だがロシェは今度は突っぱねることなく、意外な反応を見せた。

「僕もだよ。お父さん」

か細い声で、前から聞こえた息子の言葉。
俺は涌き出る感情に押され、やわらかい頬に唇を添えた。微かに震えた肩を抱き、もう一度触れさせる。

一瞬ロシェの唇にも視線をやったが、やめておいた。するとは言ったものの、あまり頻繁にすべきでもないだろう。

子を抱き締めて、また大切さを実感する。
今日は、木曜日だ。
あと一日で週末がやってくる。そうしたら、俺はまたロシェと一緒に眠ることが出来る。




◇◇◇



土曜日になり、約束通り息子と二人でジェフリーの家を訪ねた。
三階建ての大きな家屋で、屋根つきのガレージには黒いジープが停まっている。
この男は体格も声もでかいが、身の周りのもの全てが大きかった。彼の小柄な妻を除いて。

「ニルス、コーラ飲み過ぎ。ちゃんと水も飲みなさい。……え? ロシェくんはいいのよ、毎日あんたみたいにガブガブ飲んでないでしょう。ねえ?」
「うん、僕は時々だなぁ。ニルスくん炭酸好きだもんね。でもお母さんの言うこと聞かなきゃだめだよ。心配してくれてるんだから」

ロシェが友人の肩を小突くと、ニルスはどこ吹く風で口笛を吹いていた。
父親達が庭でグリルをしている間、三人は手話を交え、和気あいあいと話していて賑やかだ。

様子を見ながら肉を焼いていると、ビール瓶を片手にジェフリーが俺にも一本勧めてきた。
だが酒を飲んで介助は出来ないため断る。昔からめったに酔うことはなかったが、事故以来、飲みたいという気も失せていた。

「なあ、デイル。最近どうだ」
「元気だよ。お前は?」
「俺はこの通り毎日鍛えまくっているし元気さ。そうじゃなくてな、何か変わったことがあったら、いつでも言えよ」

自身の胸を叩き伝えられ、またかと考えた。
仕事の同僚もそうだったが、俺は傍から見てそれほど落ち込んでいるのだろうか。

庭にいる車椅子のロシェと、まとわりつく赤髪の少年を一瞥する。
少し引っ込み思案な面がある息子に対し、ニルスは人懐っこく壁をあまり感じさせない子だ。

一瞬『なあジェフリー、お前の息子は俺の息子にべたべたしすぎじゃないか』という台詞が思い浮かんだが、言うことはなかった。
子供の交流を制限する親にはなりたくない。

「おい聞いてるか? やっぱり時々ぼうっとしてるよなあ、お前。心配だよ」
「ああ、悪い。大丈夫だよ。……俺の悩みなんて、たいしたことないものだ」

そうだ、ロシェに比べたら。
飲み込んだ言葉を見破られたのか、ジェフリーは真面目な顔つきになった。

「そんなことはない。人の悩みに優劣なんかないだろう。デイル、自分をないがしろにするなよ。けして無理はするな。筋トレでもそうだが、無理をすると必ず限界が来るぞ」

まっすぐに突き刺さる言葉。
自分が冷めてるからかもしれないが、余計にその励ましがひりひり身を焦がす。

「分かったよ。ありがとな。なあ、今の元ラグビー部のキャプテンっぽかったぞ」
「んっ? 何か微妙に笑ってないか? お前だって水泳部のエースだったんだろう」
「別にエースじゃないよ。普通の部員だ」
「それだって立派なスポーツマンじゃないか。分かったぞ、お前には何か熱さが足りない気がする。もっとうちのジムに通えよ!」
「ジムはいいが、俺はチームワークが嫌いなんだよ。だから個人でやれる水泳を選んだんだ」
「なんだそれは、お前らしいな!」

ジェフリーの高笑いが響いた後は、いつものスポーツ談義に花が咲く。主にこの男が喋っているだけだが。

年齢が近い男同士気楽な時間を過ごしていると、やがて息子が友人の元を離れ、こちらに向かってきた。

「ねえねえお父さん、お肉まだある?」
「ああ、あるよ。待ってろ、今切ってやるから」
「ありがとう。柔らかいところちょうだい」

リクエスト通り選び、食べやすいサイズに切ったものを皿に乗せると、ロシェは嬉しそうに笑った。
こんな些細なやり取りに大きな幸福を感じるのは、自分でも不思議だ。




ジェフリーは「自分をないがしろにするな」と言ってくれたが、俺ほど我が儘な親もいないだろう。
子供と共に寝起きすることを、いい大人が指折り数えて待っているのだから。

「お父さん、ほんとに一緒に寝るの?」
「そうだよ。約束しただろ? 週末は俺の部屋って」

帰宅した土曜日の夜、寝間着に着替えたロシェは中々ベッドに上がろうとせず、車椅子に座り落ち着かない様子だった。
俺は先に布団に入り、眼鏡を置いて手招こうとする。

「どうした。来いよ、ロシェ」
「……分かったよ」

ゆっくりとシーツの上に乗り、向きを変えて横たわる。
すぐに近くに寄った俺は、自然と体を抱いて目を閉じようとした。

「わっ。このまま寝るの?」
「ああ。駄目か? ……あ。今日、するか?」

再び目を開いて思いついたことを尋ねたら、なぜかロシェは頬を膨らませた。
また怒らせたようで、「今日は大丈夫だよ!」と頭をうつむかせる。潜り込んできたと捉えた俺は、自分の胸に埋めさせ、優しく背を触った。

片腕を伸ばして明かりを消し、また向き直って抱きかかえる。
その瞬間に感じた安堵は、自分の心を、瞬く間に満たしていった。




深夜だろうか、まだ窓の外は暗かったが、小さい明かりに目を覚ます。
気がつくと、隣に誰もいない。
俺は思わず飛び起きて、周囲を見回した。ロシェの車椅子がなかったからトイレだろうと思ったが、胸騒ぎがして立ち上がった。

部屋の外に出ると、廊下と手洗いのライトがついていて、ほっとした。
出てくる音が聞こえたため、また部屋に戻り布団に入ろうとする。

「……あれ、お父さん起きちゃった? ごめんね」
「謝るなよ。俺を起こしてもいいんだぞ」

再び車椅子からベッドに移乗する息子の背に話しかける。

「えっ。でもぐっすり眠ってたから、悪いと思って」
「……そうか? 確かに今日はすぐ寝た気がしたが……」

話しながらロシェの温もりが入ってくると、自然とあくびが出た。
しかし心配そうな瞳に見られていることに気づく。

「お父さん、大丈夫?」

暗がりで濃い青の瞳が、見つめてきた。鼓動が一瞬跳ね上げ、俺は黙った。
なぜ、すぐに言葉が出てこない。
あれほど周りに尋ねられても、うまくかわしてきたはずが。

「ちゃんと眠れてる?」
「……ああ。平気だよ」
「本当に?」
「……まあ、お前がいる方がよく眠れる、俺は……」

はっきりと言うはずのなかった言葉を発してしまい、気まずくなった。
だが息子は「そうなんだ」とただ一言驚いて、やや照れたような目をして、俺の胸に寄ってきた。

驚いたのは自分のほうで、座ったまま両腕で抱きとめる。
ロシェは俺を見上げた。熱に浮かれたような視線から、すぐに感じとる。

頬に手のひらを合わせ、優しく撫でた。
引き寄せられるように、唇を重ね合わせた。
ほんの短い口づけだったが、ロシェの頬は淡く染まっていく。

恥ずかしいのか、また俺の胸に身を隠そうとしてきたから、そのまま息子を抱いて眠ることにした。

横になり、目を閉じた時だ。
か細い声が、眠りを阻んできた。

「お父さん。これじゃあ僕は、あんまり眠れないかもしれない……」
「え? なんでだ?」

目を開き、素で問いただすがロシェの反応はない。
軽く混乱した俺は体を起こし、もう一度安心させるようにキスをした。

「んっ。だから駄目だって、お父さんっ」
「……よく分からん。もういいから寝ろ、ロシェ」

抱き寄せて自分の眠気に従った。
単純な俺の要求に対し、息子が求めることは少し複雑に感じる。

それでもこの温もりをもうしばらく、そばに留めておきたかった。





それからのことは記憶にない。
夢に苦しめられることもなく、俺は泥のように眠っていた。

「お父さん、お父さん。起きて。もうこんな時間だよ」

珍しく人の手に起こされ、重いまぶたをこじ開ける。
ロシェの顔が目の前にあった。手を伸ばし、頭を無造作に触る。

「……早起きだな。おはよう……」
「おはよう。でももう10時半だよ。お腹空いちゃった」
「……えっ!?」

声を荒げて起き上がった。時計を探し眼鏡をかけると、確かにその時刻だった。
まれに見る大寝坊だ。

「すまん、なんでもっと早く起こさなかった?」
「だってすごいぐっすり眠ってたから。ねえ、僕朝ごはん用意したよ、一緒に食べよう。あ、もうお昼ごはんに近い時間だけど」

はにかむ息子の笑顔を見て、呆然とした。
やがて、じわりと目の奥が熱くなる。
情けなさよりも、子供の優しさが先に押し寄せてきた。

「ありがとな、ロシェ。じゃあ食べるか」
「うんっ。先にちゃんと着替えて、顔も洗わなきゃだめだよ」
「分かったよ。……なんかそれ俺みたいじゃないか」
「真似してるの」

可愛らしく笑う息子に促され、俺は立ち上がって思いきり伸びをした。



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