お父さんにお世話してもらう僕 | ナノ


▼ 8 進み始める時間

夏が終わり、秋がやってくる。
そのごく当たり前のことが、毎年自分の心を深い霧で覆い、抜け出せなくなるような悲痛をもたらす。

四年前の今日、俺達家族はキャンプ場の帰り道、破壊的な事故にあった。
天候が悪く走行中の車に落石が起こり、崖から転落。妻は死亡し、俺と息子だけが生き残った。

「お父さん、お花二種類買ったんだね。オレンジと白のやつ」
「ああ。お母さんが好きだったアネモネだよ。綺麗だろ?」
「うん、すっごくきれい。絶対喜ぶね」

車からロシェを抱いて降ろし、杖を持たせて俺は脇で支える。
反対の手には荷物を抱え、ゆっくり歩き出した。

ここは二つ先の町にある閑静な墓地だ。砂利道で車椅子は走れないため、ロシェと一歩ずつ歩いて墓へと向かう。

「お母さんは晴れが好きだったから、天気が良くてよかった」と笑う息子を見て、俺も穏やかに頷く。
二人とも表には出さないが、きっとこの日は心の中で泣いていると思う。

名前が刻まれた墓石の前に、用意した花と赤いキャンドルを添えた。
目を閉じて祈っている息子を見て、俺は正面を向いたまま静かな白石をじっと捉えていた。

妻のミーリアとは高校で知り合い、部活が同じだった。ひとつ年下の彼女と卒業後に付き合い始め、それから長い期間一緒に過ごし、結婚をした。
金髪に青い瞳は華やかだったが、性格はロシェと似ていて少し怖がりな、優しい子だった。

俺と結婚しなければ、出会わなければ、まだ生きていたはずだ。
どこかで幸せに、笑っていただろう。

「お父さん。来年もまた来ようね。いっぱいお花持って」

支えている息子に声をかけられ、はっとして眼鏡を直した。
俺の胸の辺りに届く顔は笑みを浮かべていたが、瞳は潤んでいた。

思わず腕を伸ばして抱き寄せる。
そうだ、俺達二人が出会わなかったら、ここにロシェはいなかった。

「んっ。苦しいよお父さん」
「悪い」
「……大丈夫?」
「ああ。大丈夫だ。……なんかお前、随分長く話しかけてたな。お母さんに何言ってたんだ?」
「それは秘密だよ。恥ずかしいもん」

耳を胸にくっつけて、息子は口をつぐんだ。
少し気になるが仕方がない。父親への愚痴でないことを願った。


長時間立っているのも体に負担をかけるため、簡単に掃除をした後、俺達は去ることにした。
しかし、予定していなかったことに出くわした。

遠くから、二人の男が歩いてくる。一人は背の高い金髪の青年で、白い花を手にしていた。隣には帽子をかぶった、白髪の老人がいる。

「あ、おじいちゃんだ! 叔父さんもいる」

息子の声に、一瞬足が怯む。俺はその場を動くことが出来ず、ロシェを支えたまま二人が近くに来るのをただ待っていた。

こちらに気づき、明るい表情で手をあげたのは妻の弟である、ギルだ。

「おっ、二人とも来てたのか。久しぶりだなー」

彼の後ろで苦い顔をした義父が目に入り、頭を下げた。

「こんにちは、先輩。元気にしてましたか」
「ああ、変わらずだ。お前は?」
「元気ですよ、まだ独身ですけどね。自由にバリバリ働いてます」

年が八つ離れていて学校が同じになったこともないのに、ギルは俺を先輩と呼ぶ。煩わしかったがまるで直さないので諦めた。
あんな事故を起こした俺に対しても、奴はこうして変わらぬ態度で接してくれていた。

「ロシェ! 聖夜祭以来だな。だいぶ背伸びたんじゃないか? どれどれ〜」
「わあっ、ギル叔父さん、僕もう抱っこ出来る年じゃないから、やめてよー」

息子は若い叔父になついていて、小さい頃から仲がよいほうだと思う。
俺はロシェの脇に立ちながらも、緊張が解けなかった。義父にじっと見られていたからだ。

「こんにちは、ブレットさん」
「ああ。着いた時間が早すぎたか……」

普段から寡黙な彼は静かに呟き、ロシェのほうを見た。俺の知るかぎりでは、ただ二人に対してを除き、めったに表情を変えない人だ。
彼は孫の前で、途端に眉を下げ頬を緩ませた。

「ロシェ。お前に会えて嬉しいよ。元気だったか?」
「うん、僕も嬉しいっ。おじいちゃんも元気?」

頭を撫でて、右手を取り握手をしている。その光景を見るたびに、自分とは交差しないところではあるが、俺は確かな安堵を感じていた。

妻の家族である二人はその後、同じように墓前に供え物をし、祈りを捧げていた。
俺とロシェも様子を見守っていたが、やがて義弟のギルがある提案をする。

「二人とも、よかったらうちに来ないか? なあ親父、皆でお茶でもしようよ」

誘いの声に、一瞬場が静まった。義父を伺うと、彼はこちらに視線をやる。群青色の瞳はロシェと似かよっているが、向けられる色は冷たい。
義父はすぐに孫を優しい瞳で見つめた。

「そうしようか、ロシェ。途中でケーキでも買ってな。体は大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ。ね、お父さん」

若干状況を心配するような眼差しで見上げられて、俺は空返事をして頷いた。




グレーの乗用車を追うように、彼らの家に向かう。
妻の実家は庭園の手入れが行き届いた、白壁の一軒家だ。義母は古くに病気で亡くなっており、今はブレットさんが一人で住んでいる。
時おり息子のギルが訪ねているようだが、俺達含めて会うのは毎年の聖夜祭が主だった。

一階の庭に面したテラスで、男四人、洋菓子店で購入したケーキを食べる。
若い二人を中心に会話が弾むが、俺は自分がここにいてもいいという感覚は、まるでしていなかった。

一時間ほどが経った頃、ロシェが手洗いから帰ったタイミングで、二人に声をかけた。

「じゃあそろそろ、俺達は失礼します。夕飯の支度もありますから」

適当な口実を用い、席を外そうとするとギルは「え、もうちょっといいでしょ、先輩」といつものように止めにきたが、きっと義父は俺の顔などこれ以上見たくもないはずだ。
ロシェがいなければ、妻の実家に入るのも許されない身なのだから。

しかし義父は、低い声音で口を開いた。

「そうやってまた逃げるのか」

自分に向けられた言葉に、挙動が止まる。
それは事故後はじめて彼の強い感情がにじみ出たものだった。

答えられないでいる俺に、さらにまっすぐな義父の言葉が続く。

「なんとか言ったらどうだ? 君はロシェまで俺から遠ざけようとするのか」

胸に突き刺さった台詞に被せるように、机がドンッと大きな音で叩かれ、体が反射的に強張った。

「おい、それは酷すぎる、いい加減にしろ親父」

絞り出した声で、ギルが父親を険しく見やる。ロシェに腕を強く握られ、ようやく俺は固まっていた体が動き出した。

「すみません、そういうつもりじゃありません。俺は……俺がいたら、皆が不快になるだろうと思って。…………いや、本当は、違うな。……貴方の言う通り、ミーリアを愛している人達と会うのが、怖いんです。だから、逃げて……ましたね」

気持ちを整理させながら、吐き出す。

事故以来、誰もそのことについて触れなかった。
自分も怪我を負ったが、ロシェをこんな目に合わせ、妻を死に追いやった。そんな俺に、何も言う資格はないと思っていたが、同様に、表立って責められることのなかった自分に、違和感を感じていた。

隣のロシェは小さな声で「お父さん」と、否定するように首を横に振った。
頭をそっと撫でて、また不安にさせてしまったことに胸が痛む。

「デイル。俺が悔いても悔やみきれないのは、事故そのもので、君じゃない。だからそうやって、いつもいつも、申し訳ないという顔をするのは、やめてくれ。……まあずっと笑ってられるのも、腹が立つがな」

苦い顔で言われて、答えに窮する。彼が俺に発した台詞は、想像とかけ離れたものだった。

「もうおじいちゃん、お父さんに意地悪言わないで」
「……今のは意地悪じゃないだろう? 年がら年中へらへらしている、こいつみたいな奴のことを言ったんだよ」
「いやそれは俺に失礼だろ親父。……っていうか、今の姉ちゃんの口癖みたいじゃなかったか、ロシェ」
「ああ、そうかもな。やっぱりお前は、ミーリアにそっくりだなあ」

三人がいつの間にか、普通の空気で話していて、俺は呆気に取られた。
いつか義父に真っ向から責められると思い、緊迫した中で接していたから、皆が突然朗らかな表情になったことに混乱した。

「あの……」
「お父さん、もうちょっといよう? あ、そうだ。叔父さん、新しい写真見たいな」
「おー、いいよ。じゃあ持ってくるから待ってて。そうだ、皆で写真撮る?」

話が速いスピードで進んでいき、俺は息子に促されるまま、もう一度テーブルの前に腰を下ろした。
義弟はフリーのカメラマンとして働いていて、カメラを取ってくると言い残し屋内へと向かった。

「ロシェ、写真って……いいのか?」
「うん、大丈夫。今日はね、僕も皆で撮ってほしくなったんだ。おじいちゃんも一緒に、ねっ?」

向かいに座る義父も「ああ」と笑って頷いた。
ロシェは半身麻痺になってから、杖や車椅子のこともあり、写真に写ることを苦手としていたため、俺はさらに驚かされた。

やがてギルが戻ってきて、俺達三人の写真を撮った。
今日は妻の命日だ。聖夜祭の明るい雰囲気のときも、こんなことは考えられなかった。

その後もタイマーをセットし、四人が収まった光景も撮影された。
俺はその場にいない妻のことを思い出した。きっとこの場の誰もがそうだっただろう。

この光景を見て、少しでも妻が笑っていてくれればいい。
心の中でそう強く願った。


帰る間際、義父はロシェとまた握手をし、そっと抱擁をした。
俺にも手を差し出され、一瞬の間の後、握り返す。

「デイル。もう少し頻繁に、孫を見せに来い。ロシェの体調がいいときにな」
「はい、分かりました。ブレットさん。ありがとうございます。……もしよかったら、俺達の家にも、遊びに来てください」
「ああ。今度、ギルと一緒に行かせてもらうか」

頭を下げてもう一度目を合わせると、いつもと変わらず淡々とした顔つきだった彼が、ほんのわずかに口元をあげたのだった。



路上脇に停めた車内に戻り、助手席にロシェを乗せて、車のドアを閉める。そこで俺は、らしくもなく少しの間上の空だった。

隣から声をかけられ、ようやく息子の顔を見る。身を乗り出した俺は、衝動的にロシェを自分の腕の中に閉じ込めた。

「わっ、お父さん、どうしたの。……嬉しいの?」

思いも寄らぬことを問われ、体を少し離した。 
しばらく考えて俺は口を開く。

「いや、嬉しいって言っていいのかは、分からないが……」
「そっか。でも僕は嬉しいよ」

目元を微笑ませたロシェのほうが、気分が健やかな様子に見えた。

「皆がもっと仲良くなったら、僕は嬉しいな、お父さん。たぶんお母さんもそうだと思う」

子供の素直な気持ちが、流れるように胸に浸透していく。
こうやって俺はいつも息子に救われてきたのだと、思い知った。

「……そうだな。俺もそう思う、ロシェ」

再び抱きしめて、茶色い髪の後ろを撫でた。
自然と頬に手のひらを這わせ、愛情を示そうと、そこに唇を触れさせる。

するとロシェはなぜか大きな声を出して、俺から離れようとした。

「お、お父さん、窓から叔父さんとおじいちゃんが見てるよっ」
「え?」

振り向くと確かに二階の窓に、笑って手を振る義弟と隣に立つ義父の姿があった。
いつも帰り際、こうして見送られるのをすっかり忘れていた。

俺は頭を下げ、ようやくエンジンをかけてギアを入れる。
走り出して車が家から離れたときに、ロシェをちらりと見た。

「まあ、ほっぺただから大丈夫だろ」
「……そういう問題なのかな?」

呆れた様子で肩を落としたロシェの横顔は、まだ少し赤みが帯びていた。



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