お父さんにお世話してもらう僕 | ナノ


▼ 6 口づけのあと 後編

街での買い物をし終わった後、僕とニルスくんは大通りに面した歩道で父を待った。
ほどなくして、待ち合わせのきっかり五分前に父が現れた。
僕は車イスから後部座席へと移してもらい、車内でニルスくんと隣り合わせになる。

「二人とも、どうだった? 楽しかったか?」
「うん。すごい面白かったよ。ね、ニルスくん」
『おう! カフェも美味しかったな。また行こうぜ!』

三人で会話をするけれど、うまく表情が作れない。父がマーガレットさんを車に乗せていた光景が、頭から離れないでいた。
空元気で買ったものを見せたり、今日の出来事を伝えたりする間も、知らず知らずに気分が沈んでいく。

これじゃ駄目だ。また僕は一人で勝手にもやもやしてしまう。
そう思い、後で聞く勇気がないと考えた僕は、ニルスくんもいてくれる間に勢いで尋ねることにした。

「ねえお父さんは、何してたの?」
「ん? 俺は家で自転車のレース見てたよ」

運転しながら、さらりとそう述べたため、僕は唖然とする。
マーガレットさんのことは言わないみたいだ。どうして?何か隠してるの? 
 
別に子供の僕に全部言う必要なんて、ないからかな。

勝手に一人で思い込んで、顔色は変えずに僕はその後、適当に話を続けてから静かになった。

すると隣に座っていたニルスくんが心配げに肩を寄せてきた。目をじっと見て手話で尋ねてくる。

『どうした? 大丈夫?』

僕は首を横に振って、言葉を出さずに「うん、何でもないよ」と手でサインを送った。
でも彼はいつも口元を見たり人の仕草に気を配ってるせいか、感覚が鋭くて、ちょっとした変化も見破られてしまう。

『でも静かだよ。教えてロシェ』

そう言いながら僕の膝に『変』という文字を書いてくる。くすぐったくなり僕は笑いながら、「なんでもないってばっ」と声に出した。

「なんだ? 内緒話か?」

いきなり前から声をかけられて肩が跳ねる。僕は友達の手を退けようとしたけれど、力が強くてなんだか強情な手だ。

「ううん、違うから」と弁解するとニルスくんに頭を撫でられた。彼はまだにこっとしている。混乱していると、ミラー越しに父がちらっとこちらを見た。

恥ずかしい。なんで僕、お父さんのことこんなに気にしてるんだろう。




数十分経って、僕たちは自宅の一軒家に到着した。
まだ時間は早いし、もうちょっと遊ぶつもりでニルスくんを僕の部屋に招く。

広い個室で二人、僕は車イスからベッドの上に移動し、彼はすぐ下の床にあぐらをかいて座っていた。

『なあ、まだ元気ないの?』

そんなに気になるのか、なんで分かっちゃうのか不思議に思いながら、僕は友達に観念して本当のことを話すことにした。
二人の会話ノートを貸してもらって、「笑わないでね」と釘を刺した後、自分の悩みを書いた。

『えっうそ。どんな人? 美人?』

彼の素直な反応にガクッと肩が落ちそうになる。やっぱりニルスくんらしいやって思う。

「うん、綺麗な人だよ。すごい優しくて、あったかくて、面白くて…」

マーガレットさんを形容していると、なぜか自分の声がしぼんでいく。
ああ、僕は駄目駄目だ。まったく男らしくない。ただの子供なんだ。

『そっか。心配なんだな、ロシェ。もしかして父ちゃん取られちゃうかもって』

シーツに頬杖をついた友達に、はっきりそう言われて答えられなくなる。
僕が反応に困っていると、ニルスくんは突然腰を上げ、ベッドに上ってきた。広げた腕に抱き締められて、わしゃわしゃ頭を撫でられる。

「わあっ、なにするのっ」

押し返そうとしても半分しか力の入らない僕は、されるがままになっていた。
体が大きくて、正直大きな犬に捕まってしまった子供みたいになっちゃってるけど。

彼は僕を解放したかと思ったら、目をじっとみて「可愛い」の手話をした。
僕は当然さっと赤くなる。

「馬鹿にしてるんでしょ、ニルスくん。子供みたいって。僕も分かってるもん」

目をそらして認めると、素早く頬にキスをされた。またやった……。
真面目に話してるのにと、今日こそは怒ろうと思ったら、彼は急いでノートに何かを綴った。

『してないよ。普通はそうだよな。俺も親のどっちかが新しくなったらやだもん』

その台詞を読んだ僕は、その気持ちが胸にすとんと落ちてきて、二回頷いた。
でも自分の父に対する思いは、それだけじゃない気がした。もちろんそんなことは、親友の彼にも言えないでいた。

『ロシェの父ちゃんが羨ましいなー』
「えっ? 何言ってるの変なこと」

本気で意味が分からなくて怪訝に見やる。

「僕みたいな子供いるのに、大変なだけだよ……もしかしたら、邪魔になるかもしれないし」
 
自分で言ったのに、その日一番暗くなった瞬間だった。伸びてきた手にほっぺたをつままれて「んぁっ」と声が出た。

『ばあか。そんなこと絶対言うなよ、父ちゃんに。俺でも毎日見てたらわかるよ、ロシェの父ちゃん、お前がいっちばん大事なんだなって』

真面目な顔で友達に怒られてしまった。
じわって涙ぐむ、泣き虫の自分。

『えっ、泣いた? うそうそ、いや嘘じゃないけど、本当だけどっ』
  
ニルスくんは焦りまくって素早く手話でそう伝えてきた。
僕は笑って首を振り、彼の服を遠慮がちに掴む。

「違うよ。僕嬉しかっただけだよ。……ありがとう、ニルスくん。こんなこと話していいのかなって思ってたけど、君に話して良かったよ」 

ちょっと元気出た、と付け足すと彼は照れて笑い、また僕のことをハグしてきた。
ぎゃーぎゃー一人で騒いでいると、突然戸を叩く音が響く。
びっくりしたけれど、僕の友達は聞こえないから、なんとかなだめて「はい」と返事をする。

ドアが開けられ、父が立っていた。
落ち着いてる風だけど、視線は少し挙動不審だ。

「……ああ。……何やってるんだ? 大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよ。ちょっとふざけてただけ。どうしたのお父さん」
「……そうか。いや、三人で夕飯どうかと思って。君も食べてくだろ? ニルス」

僕の背に潜んでいたニルスくんは父の口元を読み取ったのだろう、すぐに姿勢をぴんと正した。

『食べる、食べる!』
 
そう大袈裟に手振りをして頷いている。
僕は笑ってしまったけど、なんだか落ち込んでいた自分の心が、親友の存在によって少し救われたのを感じた。



◇◆◇


そんなことがあって、あっという間に二回目の体操教室の日がやって来た。家でも教わったストレッチやリハビリメニューを継続出来ているし、僕はその日も大きな充実感を手にしていた。

イベントが終わった後、父も交えて参加者の人達と話していたため、僕らは少し遅れてホールから出てきた。

車イスを走らせていると、荷物を持ったマーガレットさんを駐車場で見つけた。
さっきも挨拶をしたけれど、ちょうど携帯電話を切った彼女は、なにか困っている様子に見えた。

「マーガレットさん、どうしたの?」
「あ、ロシェくん。家族が迎えに来てくれるはずだったんだけど、来られなくなっちゃって。バスに向かおうと思って」

そう言って彼女は、再び両手にボストンバッグを抱えた。それを見た父が口を開く。
 
「でも今の時間だと、ここのバス停は一時間に一本しか来ませんよ。よかったら家までお送りしましょうか?」
「あっいえいえ、悪いので。大丈夫ですよ、待ちますから」
「そうだよマーガレットさん、乗っていって。運転するのはお父さんだけど」

僕も父に続いて申し出た。
心臓がまた知らずにドキドキしてくる。

この前のことはもちろん気になったままだけど、いつも助けてもらっている人が困っていたら、そうするのは当然のことだと思った。

荷物は最後列に置いて、僕は助手席に乗り、彼女は後部座席に座った。

「またお世話になってしまってすみません、リーデルさん」
「ああ、いえ。気にしないでください。そんなに遠くないですから」

また?
その言葉に引っ掛かった僕が父を見ると、一瞬何かあるみたいな顔で見返された。

「この前な、ちょうど街で彼女を見かけて。その時も送っていったんだよ」
「……そうだったんだね」

その少しだけ焦ったような顔はなんなんだろう。この前の土曜日ってこと、僕は知っているのに。

「あ、偶然ロシェくんのお父さんと会ったんだよ。私そのとき買い物で荷物がすごくて。お言葉に甘えさせてもらっちゃって」

なぜかマーガレットさんまで、急に慌てた感じで僕に説明してくる。
でも父は親切だし彼女は誠実な人だし、僕はその話に納得した。だいたい子供の自分が何も思う権利なんて、ないんだから。

勝手にズキズキしていると、車が僕たちの家の近くまで来た。
すると突然父が思いも寄らぬことを言い出す。

「あの、まだお時間ありますか? よければ家をちょっと見ていきませんか。最近リフォームしたんですよ」

えっ?
そんな風に突然誰かを誘う父を見たことがなかった僕は驚く。しかも「なあ、ロシェ」と促された。僕は反射的に「う、うん」と同意した。

「……えっ、でも急にそんなお邪魔するなんて、申し訳ないですから」
「少し見るだけですよ、どうですか。自分で言うのもなんなんですが、結構出来がいいんです」

胸を張るような口ぶりに、マーガレットさんがふふっと吹き出す。
なんだか良い雰囲気だ。僕は馬鹿みたいに、一人だけ置いてきぼりみたいな感情になっていた。

僕は二人のことが好きだ。
だから仲良くなって困ることなんて、嫌なことなんてひとつもないはずだ。
そう思って明るく振る舞い、話を合わせていた。




「わあ、本当に素晴らしい家ですねえ。細かいところまで気が配られていて。ね、ロシェくん」
「うん、そうなんだ。前よりもっと家で過ごしやすくなったよ。つまずかないでスムーズに動けて、洗濯も出来るようになったし」

説明しながら隣の父を見上げる。
僕のことを穏やかな顔で見ていた父は「ああ、もうプロ並だよな」と冗談ぽく言って笑んだ。

父はそれからも、やたら熱心に改装した家について話をしていた。マーガレットさんも真剣に質問しながら聞いている。

そしてあらかた見終わった頃、彼女の鞄から携帯の音が鳴った。

「あっ、母からだわ。すみません、ちょっとあちらで話してもいいですか」
「ええ、どうぞ」

父に促され、廊下へと出た彼女を見送る。
僕はリビングで父と二人きりになり、窓の近くへと車イスを移動させ、ぼうっと外を見た。

「ロシェ、大丈夫か。疲れたか?」
「ううん。お父さんは? ……このあと、マーガレットさん送っていくの?」
「ああ。ここから15分もしないから、すぐ戻るよ。一人で平気か?」
「大丈夫だってば、そのぐらい。いつもお留守番してるもん」

僕の声はちょっと苛立ってしまっていた。
お父さんは家を知ってるんだ。この前も送っていったから。

……ああ、僕はどうしちゃったんだろう。
すぐに明るい顔で話題を変えようとする。変な態度がばれてないといいけど…。

しばらくそこにいたけど、なんとなく気まずくなった僕はお手洗いに向かおうとした。
ちょっと言ってくるね、と言い残し、廊下に出る。奥まで車イスを進めていくと、扉の外の玄関口から、話し声が聞こえてきた。

すぐに去ろうとしたけど、彼女の台詞に、操作する手が止まってしまった。

「ーーうん、そうなのよ。家も見てきたよ。すごくいいところだった。……えっ? もうお母さん、気が早いから。やめてよね。ふふっ。……はいはい、楽しみにしててね。……分かってるって、今度会えると思うから」

……家って、うちのこと?
会えるって、誰にだろう。

自分のお母さんと喋っていたみたいだけど、どういうことなんだろう。

僕は何も知りもしないのに、なぜか混乱してしまい、急いでその場を離れようとした。
でも後ろのドアからマーガレットさんが出てきてしまった。

「あっ、ごめんねロシェくん。遅くなっちゃって。もうお暇するね。今日は急にお邪魔しちゃってごめんね」

気を使うように謝られたけれど、僕は半ばパニックで首をぶんぶんと振った。「全然大丈夫だよ」と答えるのが精一杯だった。

二人で話していると、父もやって来た。
再び礼を言ったマーガレットさんを、父が送っていくことになった。

「じゃあ、またねロシェくん。来週のリハビリでね」
「うん。気を付けてね、マーガレットさん、お父さん」

僕はきりきりお腹が痛みながら、家を出る二人を笑顔で見送った。
そして一人、しばらく玄関のドアの前でたたずむ。
ぼんやりした後、ここにいても仕方ないから、自分の部屋に戻ることにした。



その三十分は、今までで一番長く感じた。
お父さんは、マーガレットさんのことが好きなのかな。
もしそうだったら、僕はどうなっちゃうんだろう。僕の気持ちは、どこに行かなきゃいけないんだろうーー。

早まった考えが止められないまま、シーツを片手で触る。
すると自室の窓の外から、車の音がした。バタンとドアが閉まる。

帰ってきたのが分かっていたけど、僕はそのままベッドに寝転がっていた。
このまま眠っちゃおうかな。しかし塞いだ部屋を父がコンコンと叩いてきた。

「おい、ロシェ? いるのか?」
「……うん。お帰りなさい」

布団で顔を隠して答えると、間を置いて「入るぞ」と父が現れた。いいよって言う前にいつも開けてしまう。
普段は父の顔を見ると嬉しいのに、今は気が乗らなかった。

そんな父はベッドに腰かけて、見下ろしてくる。僕は視線を合わせないまま黙っていた。

「……ああ、あのな……」

何かを言いかけた父に対し、僕は体を強ばらせた。防御のために、わずかに震える口を開く。

「お父さん、お母さんのこと今も好き?」

いったい何を言っているんだろう。そう思いながら、聞かずにはいられなかった。
すると父は、僕の手をいきなり握った。見上げると、驚きに目を見開いている。

「ああ。好きだよ」

茶色の瞳はどこか揺れていたけれど、その答えにほっとした。
僕はずるい。そう知りながら、聞くつもりのなかった言葉が続く。

「僕のことも好き?」

最後声が小さくなってしまった。自信のなさとか不安が表れていたのかもしれない。

すると布団を剥がされた。情けない泣きそうな自分の顔を見られてしまう。
一方で父は焦りと混乱の顔つきをしていた。

「当たり前だろう。お前は、俺の一番の宝物だよ」

なんでそんなことを聞くんだ、とでも言いたげな眼差しで告げる。
それは昔お母さんも言ってくれた言葉だ。嬉しくて、切ない。でも安心する。

「……僕もお父さんが好き」

手を伸ばして大きな右手に繋いだ。子供っぽい仕草だけど繋ぎたかった。

「お父さんに好きな人が出来ても、僕、お父さんのことが好きだよ」

ぽつりと呟く。
それは本当の気持ちだけど、同時にお父さんは僕のお父さんなのに、なんて考えたりした。

「ちょっと待て、ロシェ。何言ってるんだ?」

僕は急に体を起こされた。
向き合っていると、また泣きそうになってくる。男なのに、父の前では脆い感情が溢れていく。

「おい、何か勘違いさせたか? 俺はそういうこと、ないよ」

力強く抱き寄せられた。
僕は状況が分からなくなって、父の声もまっすぐ聞こえず、腕の中で戸惑っていた。

「すまん。さっき、マーガレットさんに言われたんだ。ひょっとしてお前に誤解されてるかもしれないと。だからきちんと説明した方がいいって。俺は彼女に言われるまで全然気がつかなくて、悪かった。本当に、何もないからな。ただ家を見せたかっただけなんだよ、俺は」

目の前には、珍しく息もつかぬ間に、たくさんのことを話す父がいた。

……誤解?
ほんとうに、そうなの?

「で、でも」
「でもじゃないよ」
「お父さん、……好きなんじゃないの?」
「違うって。いや、すごく良い人だと思ってるが、お前が考えてるような意味じゃない」

はっきりと目を見て言われて、僕は力が抜けていく。

「あのな、これはまだ言って良いのか分からなかったから、とくに口にしなかったんだが。さっき伝えてもいいと言われたから、お前にも言っておくな」
「……な、なあに?」

僕は怖くなりながら父の言葉を待った。
一体何を言われるんだろうと思った。

「マーガレットさん、もうすぐ結婚するそうなんだ。お前もよく知っている、リハビリの先生と」
「……えっ? ハリス先生のこと……?」
「ああ。職場結婚だから、まだ周りには話してないらしいが」

僕はぐるぐるして、一気に色んなことが分かって、全身の力が遠くにいってしまった。

あの二人が付き合っていたなんて、僕は全然知らなかった。
やっぱり大人の世界のことって何も分かってない。

勝手にお父さんを取られちゃうかもなんて、考えたりして、一人で悩んで。

「大丈夫か? ロシェ」
「う、うん。びっくりしちゃって……」

僕は、いつものことだけど、なんてバカなんだろう。
マーガレットさんにも父にも、恥ずかしくて申し訳なくなった。

父はなぜ家を見せたかったのかということも、詳しく教えてくれた。
マーガレットさんは結婚を予定していて、実はさっき電話をしていた彼女のお母さんとも同居の予定なのだという。

僕は知らなかったけれど、マーガレットさんのお母さんも病気のせいでここ数年、足が不自由になってしまい、新居をバリアフリーにしたいと考えていたのだそうだ。

そのことを知った父は、自分も少なからず携わったリフォーム後の自宅を紹介して、色々参考になればと思ったのだという。

事情を知れば知るほど、僕は穴があったら入りたい気分になっていた。
いつも自分のことばかり考えてしまう性格を、ほんとに直したいと思った。

でもひとつだけ、まだ気になっていることがあった。

「あのね、お父さん。僕、この前ニルスくんとお出掛けしたとき、二人が車に乗ってるの見ちゃったんだ。どうしてすぐ教えてくれなかったの?」

気持ちが入り、腕を掴んで見上げる。
父は明らかに一瞬怯んだ。

「見られてたのか、ああ、悪い。別に隠すつもりはなかったんだが……なんでだろうな、お前に知られたくなかったというか……」

どこか歯切れが悪い姿も珍しかった。
父が言うには、ただ単に余計な気を回させたくなかったらしい。

でも僕はそのせいで、もっと頭がぐちゃぐちゃになってしまっていた。
わがままにも責めようかと思ったけど、僕もずっと言ってなかったことがあった。

そっちのほうが、何倍も、何十倍も悪いことなのに。

「お父さん、僕、お父さんに謝らなきゃいけない」
「何?」

このタイミングで、自分でもずるいと思う。でもこのまま一生秘密にしているほうが、もっと良くない気がした。

「僕、お父さんに内緒でキスしちゃったの。ごめんね」
「……ああ、それか。いいよ。そんなことで謝るなよ」

すんなり言われて、頭に手を置かれ撫でられる。僕は顔を上げた。

「……知ってたの? 起きてたの、お父さん」
「当たり前だろ。あんなことがあってすぐにぐーぐー寝れるほど、俺は無神経な親じゃないぞ」

しかしそう口にしてから、途端に苦い顔になる。

「親失格なとこはあるかもしれんが……」 

父は複雑な表情を浮かべていた。

それを見て心がちょっとズキンとする。
僕はやっぱり困らせてるし、父の気持ちを苦しめてるのかもしれない。知りながらこうやって父にすがってしまうのは、もっと大人になったら、止められるのだろうか。

「あのね。もしお父さんに好きな人が出来たら……」
「ないよ。余計なこと気にするなって」

即答した父は、目をまっすぐに見つめてきた。

「でも、お父さんの人生だよ」
「俺の人生はお前の人生だよ」

優しい声に、とくとく心臓が鳴る。でも僕ははっきり異を唱える。

「違うよ、お父さんのもちゃんとあるよ」

かち合う二人の瞳は、きっと揺れ動いていた。
そう言ってもらえて嬉しいのと、それじゃ駄目だという相反する気持ち。
父は僕よりも焦燥していた。

「……やめろ、そういう事いうな。勝手に決めるな、ロシェ」

焦りを浮かべ、どこか思い詰めてさえいるように、僕の両肩を掴んだ。

「もっと反対して、怒れよ、俺はお前のそばにいたいんだよ」

ぎゅっと抱き締められて、我慢していた気持ちが高ぶるのを感じた。
本当のことを言っていいのなら、僕は、本当は。

「僕は……やだ、お父さんが他の人と結婚したらやだ……っ」

そう叫んだ時だった。両頬を大きな手のひらに包まれて、父の顔が近づく。
口に暖かいものが触れて、また離れた。僕はそのとき、お父さんにキスされたのだと知った。

「しないよ。お前が一番だって言ってるだろ?」

すぐにぎゅっとされた。
その言葉を反芻するけれど、心臓の音が上回って、考えられなくなってしまった。

今のキスは、違う。僕が頼んだやつとなにか違う。
どうして今したんだろう? 
子供の自分には分からない。

顔が熱い。さらに腕の力が強まる。いつものお父さんじゃない。これは、なんなの?

「どうして、お父さんーー」

僕の問いを塞ぐように、またちゅっと軽い口づけをされた。
頭がふわふわして、訳が分からなくなる。僕のこと、からかってるの?
どうしてあんなに駄目って言ってたのに、急にしてくれたの?

「お返しだよ。嫌か?」
「い、嫌じゃないけど……」
「じゃあいいな。深く考えるな」

きっぱりと言われた。
お返しなのに、なんで二回したのかは聞けなかった。唇まで熱くなってきて、顔もどうしようもなく火照ってきた。

「まあ、あれだ。親子でもキスぐらいすることもあるだろ」

父は話しかけてるのか、自分に言っているのか、分からない感じで呟いた。
そんなの、あんまりないと思う……。

僕は浮かんだ言葉を飲み込んで、父の胸に掴まったまま。
しばらく心臓を休ませていた。

「なあ。これから週末は一緒に寝るぞ」

顔を上げると、真剣な瞳と目が合う。
お父さんの言動にどんどんついていけなくなる。

「え? 何言ってるの、だめだよ」
「駄目じゃない。もう決まりだ」

長い腕が絡みつき、もぞもぞして何も言えない。
お父さん、どうしたの?

「そうして欲しいんだよ、俺が……いいだろう、ロシェ」

広い胸がぎゅっとしまる。
まるでそうしなければ自分が苦しいというように。その後もしばらく僕は、父に強い抱擁を与えられた。



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