お父さんにお世話してもらう僕 | ナノ


▼ 24 事の発端

今日僕は、駅近くにあるスポーツジムに来ていた。ここは親友のニルスくんのお父さんが経営する場所で、汗水たらす男の人達が多く集まっている。

その中にはなんと、黒髪で長身が目立つ僕の父もいた。親子そろってジェフリーさんに招待されたためだ。半身麻痺のある自分は筋力トレーニングは出来ないが、別室から大きなガラス窓を通して、運動する父の様子を見ていた。

(お父さん、格好いいなぁ…)

普段仕事や家事に加え、僕のお世話もしてくれている父には、運動する時間はあまりないと思う。電気技師の仕事柄、体は動かしてるようだけど、今日みたいに機械を使ったトレーニングやランニングをしている姿は新鮮で、僕はさっきから見とれてしまっていた。

『はい。ロシェ。お前もやってみる?』

後ろから話しかけてきたのは、同じく運動服を着たニルスくんだ。小さめのダンベルを渡してきたため、「出来るかな」とこぼしながら受けとると、にこりと笑顔になった。

僕も椅子に座り、動く方の右手で頑張っていたら、リハビリとはまた違った良い汗をかく。
この部屋にもいくつかマシーンが置いてあったため、貸し切り状態で僕らは使わせてもらっていた。
しかし今日は、他の友達二人もいる。

「ここ初めて来たけど、広いし綺麗だし、最高の環境だな。ほんとに俺も来ちゃってよかったの? ロシェ」
「うん。ジェフリーさんが友達どんどん呼べって言ってくれて。宣伝にもなるし。何回か体験させてくれるみたいだよ」
「マジか。ラッキー」

嬉しそうにはにかんだのは、僕の普通学校の時の友達、デリックだ。彼はサッカー好きで運動神経もいいから、かなり喜んでいた。体格もさらに良くしたいらしい。

『それはいいけどさ。なんであいつもいるの?』
「えっ。僕が呼んだんだよ。皆で集まったら楽しいかなって思って」

僕と隣に座るデリックの間に顔を出したニルスくんが、しらけた顔で部屋の隅を見た。そこにはいつもの黒いニット帽をかぶった、同じクラスのアーサーくんが体育座りをしていた。
彼はあんまり運動が得意ではないらしく、ずっと携帯ゲーム機を手に過ごしている。

「アーサーくん。一緒に遊ばない?」
「やだ。面倒くさい」

つれなく返されて苦笑いすると、彼には切れやすい僕の親友がずかずか運動靴で近づいていった。
僕は一応通訳の出番だと身構え、様子を見ていた。

『お前な、じゃあなんで来たんだよ。空気悪くすんじゃねえ』
「うるさいニルス。知らない奴がいるの知らなかったし」

視線を落としたまま告げると、デリックが「えっ。俺のせい? なんかごめん」と焦っていた。僕は慌てて「違うよ。ちょっと人見知りなだけなんだ」とフォローした。

アーサーくんは支援学校のクラス内では自由奔放だけど、初めて会う人にはほとんど何も喋らない。僕より後に転校して来た彼とは、僕も話してもらうまでにかなり時間がかかったのだ。

『だからってな、お前もう15だろ。いい加減学べ、っつうか大人になれ』
「なに? ちょっと大人だからって偉そうにすんなバーカっ」

天敵同士の二人はまた口論になってしまった。僕も手話を律儀に訳さなくていいと思うけど、コミュニケーションは必要だし…と悩んでいると、デリックは初めての光景に右往左往していた。

「ちょっ、止めなくていいの? すごい取っ組み合いしてるけど」
「えっと……よくないけど僕じゃいつも止められなくて」

二人で顔を見合わせてしまった。騒がしさに気づいたのか、部屋に今度は大人二人が入ってきた。
とても大柄なマッチョマンで、息子のニルスくんと同じく赤髪のジェフリーさんと、疲れた様子で汗を拭っている父も。

「お父さん!」
「ロシェ。大丈夫か? 何してるんだこの二人。喧嘩か?」

ちょっとの時間なのに、僕は眼鏡をつけ直している父とまた会えたことが嬉しく、質問に答えず勝手にドキドキしてしまった。
顔を近づけられ、さらっと頭を撫でられて照れている間、ジェフリーさんが「おい、やめろ!」とニルスくんを叱責し軽々とその体を後ろから持ち上げた。

『なにすんだ父ちゃん、下ろせ!』

途端に真っ赤になるニルスくん。空中で足をばたつかせる姿は想定していなかったのだろう。いやらしい笑みでげらげら笑うアーサーくんを筆頭に、皆も笑い始めてしまった。

『ロシェまで……最悪、はずい……クソ親父』

手話で悪態をつくが当然ジェフリーさんにも伝わっていて、頭を軽くこづかれていた。

「はは。すごいなぁ、力持ちだね。ジェフリーさん」
「そうか? 軽いよこんな奴。まあな、昔からニルスを腰にのせて腕立てとかやってたからな。悔しかったらもっと重くなってみろ、ははは!」

大きな声で高笑いする父親に、僕の親友は恨めしそうにしていたが、空気はかなり和やかになった。

「デイル。お前もやらなかったか? 息子でトレーニング」
「いやしてないよ。危ないだろ。落ちたらどうするんだ」
「そこは片手でうまく押さえてなーー」

父親同士がおかしな話題で盛り上がっている。僕は小さい頃から父に遊んでもらった記憶はたくさんあるけど、家庭によって違うんだなって興味深かった。
だがやがて、父が突然こちらに振り向く。

「まあ、俺だって今のロシェなら持ち上げ慣れてるぞ。もっと大きくなっても問題ない」

そう言ってなんの断りもなく、椅子に座った僕のことを横抱きで抱き上げた。今度は自分が標的になってしまい、僕は真っ赤になって悲鳴をあげた。

「下ろしてってばぁ! 恥ずかしいでしょお父さんっ」
「えっ。すまん。つい対抗心が」

素で謝った父はそっと元に戻してくれたものの、さらなる爆笑をさらったのだった。僕、14才なんだけど。親友たちはともかく、デリックにまで見られたのがこっぱずかし過ぎる。

静かになった僕のもとにデリックがこそっとやって来た。でもなぜか好奇心に満ちた表情で笑みを浮かべている。

「なあロシェ。このメンバーなんか楽しいな。それに俺の勝手なイメージだけど、デイルさんってもっとクールな人かと思ったら、結構面白いんだな。冗談とかも言うんだ」
「……そう? お父さん時々、ぼけるからね…」

あれは冗談のつもりじゃないと思うけど。
一人でそう頷きながら、僕はなんとか平静を取り戻そうと頑張った。

結局ジェフリーさんの「なんにせよ、デイル。お前はジムに通うべきだな、ロシェのためにも。二人でいつでも来い」というこじつけ的な結論が出たが、父は「俺は別に必要ないが…時々ならな」と涼しげな雰囲気で返していた。





僕たちはその後皆と別れ、自宅へと帰ってきた。休日だけどジェフリーさんはまだ仕事なため、ニルスくんともう少し遊ぶことになり、一緒に車で到着する。

『ロシェ。俺ちょっとシャワー浴びたいんだけどいい? このままじゃ汚いし』
「うん、いいよ。場所分かるよね。タオルとかも自由に使っていいから」

ジムでかなり運動していた親友は汗を気にしてたらしく、さっきは時間がなかったのでお風呂を使ってもらった。うちに泊まりに来たこともあるし、彼はもう身内のようなものなので、僕も父も自由に過ごしていいよっていう感じだった。

リビングのソファの近くに車イスをつけて、移り座ったあとに一息つく。すると父が台所から飲み物を持ってきてくれた。自分も口にしながら、隣に腰を下ろす。

「ねえねえお父さん、すごい運動してたね。なんか格好よくて、僕ずっと見ちゃったよ」
「…そうか? それは嬉しいが、ちょっと照れるな。ジェフリーのやつがトレーナーだったからな。全部の機械を長い解説つきで叩き込まれて、かなり疲れたよ。明日は筋肉痛かもしれん」

肩を回しながら渋い顔をするのが面白くて、僕はふふっと笑ってしまった。体はわりと丈夫らしく、父が弱ってる姿はあまり想像できないけど。

「お前も楽しかったか? 危ないことはしてないよな」
「ううん、してないよ。お父さんが行くなら、僕もまた行きたいな」
「ああ。じゃあ今度また暇なとき、顔出してみるか」
「うん!」

皆と過ごした非日常的な空間がすごく楽しかったし、父にも気分転換になるかもしれない。ジェフリーさんの優しい言葉に甘えてみるのもいいかもって思った。

しばらくそこでお喋りをした後、父が立ち上がる。

「じゃあ俺はこれから、買い物に行ってくるよ。ロシェ、お前なにか欲しいものあるか」
「あ、そこにメモしたよ。ありがとうお父さん、気を付けてね」
「うん」
 
僕は近くのサイドテーブルの引き出しから、買い物リストを渡す。週に一度、こうして父には日用品や食料などの買い出しに行ってもらうのだ。

気持ち的にはついていけたらなって思いもあるけど、さすがにスーパーとかでは二人で行動するとお客さんや父の妨げになってしまう。
だからいつもお願いしていた。父はそれから一人暮らしの祖母の家にも顔を出すため、数時間は家を開ける予定だ。

「なにかあったらすぐ電話しろよ。まあ、ニルスがいるから大丈夫か」
「うん。平気だよ」
「なるべく早く帰る」

父はそう言って僕の頭をくしゃりと触ったあと、身を屈めた。自然に顔が近づいた時ぎょっとしたが、唇が一瞬父の口に重ねられた。

「んっ。……な、今ダメでしょお父さんっ」
「大丈夫だろ、たぶん」

何食わぬ顔で父が告げるとしばらくして、ばたん!と遠くから扉の音が響いた。
僕はニルスくんが浴室から出てきたと思い、さらに鼓動が速まる。対して父はいつも通りの落ち着いた顔で、僕に別れを告げて廊下に出た。

姿が見えなくなり、まだドキドキしていると、父がゆっくりと話す声が聞こえてきた。

「ニルス。俺は今から買い物に行く。ロシェをよろしくな」

当然のことながら耳の聞こえない親友の返事はないが、何かいつもと様子がおかしかった。

「え? どうした。君も帰るのか? そうか。送っていこうか?」

その言葉に僕も気を取られた。えっ、ニルスくん帰るのかな?
そう思っていたら、彼はまだ髪が濡れた状態で廊下を駆けてきた。息を切らして僕と目が合ったあと、なぜか動きを止めてしまっている。

「ニルスくん? 大丈夫?」
『ーーロシェ、ごめん、俺ちょっと用事がーー今日は帰るわ』

真顔で手話を使い伝えてきて、嵐のように僕の前から姿を消した。心配した父も一旦戻ってきたが、彼は本当に急いで帰ってしまったようだった。

何かあったのかな。よく分からないけど、後でメールしてみよう。
とりあえずそう考えて、僕は父を送り出した。



その日の夜に携帯でメッセージを送ってみたけれど、ニルスくんは当たり障りのない返事を返してきて、普段より言葉も短めだった。
少し心配しつつ、休日が明け、また学校が始まる。

四人しかいないクラスで机は前に二つ、後ろに二つ並んでいて、彼は斜め前、僕はドア近くの後ろ側に座っていた。

「ニルスくん、今日課題の発表だね。ちゃんとやってきた?」
『えー……ああ。うん、まあまあ』

あまり気持ちの入ってない手話で答え、僕の顔をじっと見たあと、固まっている。その日は二人の会話ノートも出してこないし、自分の席から動いてなかった。

ちなみに発表のときも手話が止まったりボロボロの様子で、先生に注意されていた。
どうしたんだろう。ニルスくんが変だ。いつも明るくお喋りなのに、元気がないというより、脱け殻みたいになっている。

何かあったの?って声をかけてみたけど、何でもないよって首を振るだけで、取りつく島もなかった。
不思議なことに、そんな彼の状態は何日も続いた。

授業ではやる気の見られない親友だったが、体育の時はやけに力が入っていて、一心不乱に競技に参加していた。どこかもやもやしている表情が多くて、とくに僕が話しかけると、少し困ったような顔でじっと見つめ返された。

悩んだ僕は更衣室で二人着替えている時、あっちを向いているニルスくんに思いきって話を聞いた。

「あの、ニルスくん。僕に何か、怒ってる? 僕、分からないんだけど、もし何かダメなことしてたらごめんね」

思い付く当てはなかったけど、無意識に傷つけてたりする可能性があったから、最初に謝った。すると彼は真面目な顔つきになり、初めて僕に対して、違う反応をした。

『わざとそういう可愛い顔してるの?』
「……えっ?」

手話で聞かれた台詞に戸惑い、彼の目を見たときだった。緑のまっすぐな瞳がすぐ近くに現れる。顔が間近に来たかと思ったら、ニルスくんに唇を重ねられた。
ちゅっ、と触れてすぐ離された短いキスだった。
でも、その一瞬の口づけは、僕にとって遥かに大きくて重い意味をもたらした。

「どうして…?」

僕の声は震えてしまっていた。なぜか、肩が震えて、自然に泣きそうになる。嫌とかそういうことよりも、混乱の中でショックが大きかった。
ニルスくんはぼうっと赤らんで僕を見ていたけど、すぐに我に返ったように瞬きをする。

『泣くほど嫌だった? ごめん、ロシェ』
「……どういうこと、なんでこんな事するの」

からかってるのかと思ったけど、時々されるほっぺたのやつとは、意味が全然違う。それに、すぐに父のことを思い出した。
するとどうしたらいいんだろうって、さらに悲しみが深くなってしまった。

しかし僕の思いは彼の言葉に掻き消されてしまう。

『俺、この前、お前の家でさ。ロシェと父ちゃんがキスしてるの見ちゃったんだ。……それで、なんかいいなって思って。体が勝手に、動いた』

たどたどしい手話を目で追ううちに、僕はきっと真っ青になってしまったと思う。血の気が引いて、さらなるショックが襲った。
親友に、見られてしまった。なんで、どうして。バカだ僕ーー。

すぐに答えられなかったけど、何か言わないとと手を握りしめる。

「あのね、僕が勝手に、お父さんにしてって、お願いしたの。別に変な事じゃなくて、だからーー」

頭が真っ白になりながら必死に言い訳をする。どうすればいいか分からないまま、とにかく自分のせいだってことを主張した。

「お願い、ニルスくん、誰にも言わないで」

気がつくと涙声になっている。僕は父の事が大好きでたまらないけど、端から見たら悪いことをしていたんだ。

彼は静かに僕の様子を見ていた。またちょっと、面白くなさそうな面持ちだった。

『なんでそんな一生懸命なんだよ。俺、今さっき、お前にキスしたんだけど。もう忘れた?』

ぐっと顔を近づけ、見つめられると言葉が返せなくなった。
僕は彼の言う通り、さっきのことも吹っ飛んで、僕と父とのことが知られてしまったことで頭がいっぱいになっていた。

『親子でキスしてたんだから、俺でもいいかなって…思うじゃん』
「い、いいわけないでしょ、友達なんだよ、僕たち」

拗ねた表情の親友に伝える。でも確かに僕が言っても説得力はないかもしれない。

『友達だけど、好きって言っただろ? ロシェのこと』
「そうだけど、いきなりこんな事したら駄目だよ…!」

また思い出して、胸がずきんとする。ニルスくんのことは、僕だって好きだ。大切な友達だし、中でも一番近い存在で、ある意味特別なのだ。

『俺のことも、ちょっとは意識してよ。デイルさんだけじゃなくて』

はっきりと父の名前を指で示されて、僕は急に頭に血がのぼった。いくら親友でも、他の人に僕の思いが分かるわけない。気持ちがごちゃまぜになって、僕はその場からすぐに離れようとした。

「ニルスくんのバカ!」

手話も使わず、捨て台詞を吐いて更衣室から出た。最後に呆気に取られた彼の顔が映ったけど、もう知らない。泣きそうになる。
そのまま学校が終わるまで、僕は彼と口をきかなかった。



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