お父さんにお世話してもらう僕 | ナノ


▼ 19 欲しがり

土曜の朝六時。俺は熱いシャワーの湯を頭からかぶっていた。
短い睡眠を経て息子のベッドを抜け出してから、ひたすら考え事にふけっている。

『いつか僕もお母さんと同じぐらい、お父さんに好きになってもらえる…?』

昨夜、ロシェが俺にそう尋ねたときの、不安そうな眼差しが消えない。
すぐに答えられなかった俺を責めることなく、むしろ自分が悪いのだと思わせてしまった後悔を、ずっと引きずっていた。

ロシェが母親のことを口にした時、心臓を突かれたような衝撃が走った。
俺は息子の気持ちの強さを、想像できていなかった。あいつはいつまでも俺が考えてるような子供じゃないんだという事もーー。

うなだれていた頭を上げ、無駄に流れるシャワーを止める。近くのバスタオルを腰に巻き、眼鏡をかけて浴室を出た。

渇いた喉を潤そうと台所へ向かう。冷蔵庫から炭酸水を取り出し、リビングへ入ったときのことだ。
暗闇のソファに小さい影があった。それがむくりと起きた瞬間、俺は情けなくも「…ああッ」と声を上げた。

目を凝らすと、寝間着姿のロシェが眠そうに瞼をこすっている。
俺はすぐさま近くに向かった。息子の前にひざをつき、心配になって頭を触る。

「おい、何やってるんだこんなとこで。風邪引くだろう」
「……お父さんもだよ。なんで裸なの…? お風呂入ってたの」
「ん、ああ。ちょっと目が覚めてな。お前こそ、ずいぶん早く起きたな。まだ七時だぞ」

近くにあったブランケットを肩にかけてやると、まったく予期していなかった言葉がぶつけられた。

「だってお父さん、一人にしないって言ったのに、起きたらいないんだもん…」

むくれた顔つきで視線を床に落とし、そう呟かれた。
俺は無様にも力が抜けそうになり、気づけばロシェの体を両腕で抱き締めていた。

息子に甘えられると、俺は弱い。こいつは普段、主張するタイプじゃないから余計にだ。

「悪かった。一緒にいるから、安心しろ」
「うん……でも髪がまだ濡れてるよ、お父さんっ」
「すまん。もうちょっと我慢してくれ」

じたばたもがく子の体を離せずにいると、ようやくロシェも諦めたのか大人しくなり、俺に抱きつかれたままでいてくれた。

ああ、抱擁した途端に、悩むべきことがどこかへ飛んでいく。
これじゃ駄目だと自分に言い聞かせても、結局今までと同じく、まったく意味を成さない。

早く起きてしまった俺達は、その後朝食を取った。ロシェはいつも通り振る舞っていたが、時おり黙って考え事をしていたり、目が合うと恥ずかしそうに伏せられたりした。

互いに昨日のことを言わずとも、やはり尾を引いているのだろう。自分も考えがまとまらず、息子に対する申し訳なさが胸の内に燻ったままだった。



休日はいつも、溜まった洗濯や掃除などの家事をしている。一階の掃除機をかけ終わり、リビングへ戻るとロシェはソファに座っていて、乾いた洗濯物を一枚一枚畳んでくれていた。

片手でゆっくり器用にこなしていく姿を目にし、休憩がてら、俺は隣に腰を下ろした。

「ありがとな、ロシェ」
「ううん。はい、これお父さんのやつ」

何枚も重なった服の下に手のひらを入れ、持ち上げようとした息子の肩が揺れ、「わっ」という声がした。大きく崩れそうになる洗濯物を俺がとっさに抱えると、落ちずに済んだ。

「危なかったー、ありがとお父さん」

照れ笑いをするロシェの笑顔が向けられ、息を飲む。今日初めての愛くるしい表情にやられたのか、俺はそのまま顔を近づけ、吸い寄せられるようにキスをした。
息子は案の定唖然と口を開けて、頬を赤く染めていく。

「僕、お父さんのキスするタイミング、全然わからない」

やっと絞り出された主張には、俺も同意したくなった。
洗濯物はひとまず置き、ロシェの肩を抱いたまま近くで頷く。

「俺も分からんが、お前が悪い」
「……なんでっ!?」

続く息子の不平を全て聞く前に、俺は掃除の続きをすることにしてまた腰を上げた。




クローゼットに服を仕舞い、寝室の片付けを済ませる。ベッドに座り、しばらく無心でいたが、ふと窓際にある棚の引き出しに手を伸ばした。

普段開けることのないこの場所には、貴重品や小物類が入っている。
そのうちの小箱を取り出して中を開いた。二つ並んだ、サイズの違う金の指輪。裏には俺と妻の名が彫ってある。

ここにあると常に認識していたはずなのに、事故後に退院して以降は、奥にしまいこんで目にすることはなかった。

ロシェの介護のため、柔らかい体に傷をつけてはならないと結婚指輪を外したのは事実だ。
しかし、介助が楽になった今でもしていないのは、他にも理由があるからだった。

俺はずっと、妻のミーリアを死なせてしまったという負い目がある。
去年の墓参り以降、妻の家族にわずかでも受け入れてもらえたという有難い気持ちを感じていたとしても、俺が起こした事故の事実は消えないし、ミーリアはもう帰ってこない。

重体に陥り、入院して意識を失っている間に、妻の葬式は終わっていた。さよならも、悪かったとさえも言えないまま、俺達は離ればなれになった。

当時の気が狂ったような心理状態を思い出しながら、指輪を見つめる。
俺には一生、これを身につける資格などない。そう思って、見ないようにしてきた。

今もミーリアへの想いは確かにある。だがそれを表す人間はもういないし、彼女の躯とともに、この感情は深い海の底に葬られたのだ。

満身創痍だった自分を生かしてくれたのは、息子のロシェの存在だった。
妻とも約束した通り、この子は俺達の一番の宝物で、それは片親になっても変わることはあり得ない。

だが、俺の心の中では数年前から、ロシェへの思いが絶えず変化をし続けている。それは誰とも比べられない特別なもので、その愛はただ『唯一』であるとしか表現のしようがない。

あの時、口づけをすべきじゃなかったのだろうか?
向けられた息子からの愛情を、もっと欲張ってしまったから、今こんなことになっているんじゃないか。

俺は、駄目な親だ。
息子を愛することでこの先も苦しめることになるかもしれない。自立を導くべき親が、その道を阻み、腕の中から抜け出せないようにしている。

分かっていても、胸から湧き起こる気持ちをなくせない。
こんな時でも、あいつのことばかりを考え、あいつを抱きたいとさえ思っているーー。

「ああ………俺は、どうしようもない……」

独りごちて、ベッドの上に背中を倒し、目の上を手で覆った。

しばらくそうしていると、突如寝室の扉が軽く叩かれ、俺は飛び起きた。開けっぱなしの引き出しに指輪をしまい、素早く「入っていいぞ」と声をかける。

「どうした? ロシェ」
「うん。あのね……」

車椅子をゆっくり走らせ、ベッドの前まで来る。もしかしたら、昨日の話の続きかと身構えるが、ロシェはやや遠慮がちに、こう言ったのだった。

「お父さん、僕今日お風呂に入りたくて。あの、湯船のほう」
「……えっ。ああ、そうか。最近また寒くなってきたもんな。じゃあ夜に入るか」
「うん。ごめんね、朝シャワー浴びてたのに」
「いいよ全然。俺もほんとの風呂は久しぶりだ」

微笑みかけて言うと、息子も楽しみにしている面持ちで頷いた。
すでにリフォームしてある浴室には、ガラスで区切ったシャワー室の他に広い浴槽がある。
ロシェは片麻痺があるため当然入浴には介助が必要で、俺達はたまに一緒に入っていた。

二人での入浴は久方ぶりだ。
今の俺の情緒ではほんの少し懸念を感じたものの、ただの風呂だと頭に言い聞かせ、わずかな躊躇いを隠して夜を迎えた。



夕食後しばらくして、浴槽には温かい湯を溜めた。
自分ひとりの入浴にはさほど関心はないのだが、俺は息子との風呂が好きで、なぜか入浴中は余計に構いたくなる。小さかった頃の子のはしゃいだ様子を思い出すからだろうか。

この時も自分で出来るよ、という息子の声を聞かず、台座に座るロシェの髪の毛を洗ってやっていた。

「痒いとこないか?」
「うーん、全部」

大人しくされるがままのロシェが、諦めたように告げる。笑いながら泡のついた両手でわしゃわしゃやっていた。髪をシャワーで洗い流し、体も洗ってやろうとする。

「もう、くすぐったいよお父さん、自分でできるってばっ」
「いいから動くな、じっとして」

俺はきっと二人の間にたまに漂う微妙な空気を、取り払いたかったのだと思う。からかい混じりに終えて、仕上げは息子の体を浴槽に運んだ。文句を垂れていたロシェもやがて笑顔を見せ、こちらもほっとする。

「わぁー、温かいお風呂気持ちいい。やっぱりいいねえ」

白い大きめのバスタブは二人でも入れるほどで、底には滑り防止のゴムシートを敷いてある。風呂を楽しむ息子を横目で見ながら、自分も近くのシャワーで体を流していた。
そのときだった、事件が起きたのは。

「ーーぅわぁっ…!」

ちょうど目をつぶってお湯をかぶっていた瞬間、叫び声が聞こえた。すぐに視線を投げると、片手が浴槽の縁から滑ったのか、離れてしまった体が傾き、顔まで水に浸かりそうになっているロシェがいた。

「おい!」

俺は一気に心臓が冷えてシャワーノズルを放り、すぐさま息子に手を伸ばした。脇を抱え、華奢な体を引っ張りあげてお湯から救い出す。

「……ッ、大丈夫か、ロシェ!」
「う、うん、ごめんね、ちょっと動いたらバランスが崩れちゃって」

無事な声を聞いた後も血の気が引いたまま戻らず、体から手が離せなかった。

「すまん、俺がちゃんと見ていなかった、もう出るぞ」
「…えっ? 違うよ、自分のせいだから。大丈夫だよ、まだーー」

ロシェが首を振って抵抗をするが、一歩遅かったらと思うと、本当に肝が冷えて思考がままならない。
だがなぜか説得をしても息子は言うことを聞かなかった。

「いいから、もう出よう、危ないだろ」
「平気だってば、ごめんなさいお父さん、でも僕まだ出たくないよ」

強情に言い切り、片腕で浴槽のふちに掴まっている。
終わらない応酬に頭を抱えた。こいつは、俺が今どうしようもなく感じた恐怖が分かっているのか?
お前に何かあったら、俺はどうすればいいんだ。

一瞬頭に血がのぼりそうになるが、何度も頼んでくるロシェの前にへたり込み、結局折れることになった。

「じゃあこうやって入るぞ。文句言うなよ」
「……えっ? わ、わあ! なんでぇっお父さん!」

バスタブを跨ぎ息子の裏に回った。腰を落とし、膝の間に小さい体を挟みこむ。
腹にしっかり片腕をまわし、抱きかかえて入浴する。これで少しは俺の不安も軽減した。 
だがロシェは前を向いたまま、ぎこちなく腰をよじろうとする。

「この体勢なんかやだ……恥ずかしいよ」

嫌だと言われカチンときた。大人げなく胸板を押しつけ、白い背中に密着する。

「駄目だ。お前を一人にしたら危ない。言うこと聞け」

抱きすくめるとロシェはようやく横顔をこちらに向けた。頬はほんのり染まっていて、俺の機嫌をうかがっているような表情だ。
冷静になろうとするが興奮が治まらず、息子の濡れた茶髪を無心でといた。

「お父さん、怒ってるんでしょ」
「いいや。そんなことはない」
「嘘。……ごめんね。もうドジしないようにするから」
「してもいいよ、だがさっきのは俺もぞっとしたんだ。大事なお前に何かあったらってな、分かるだろ」

つい言葉尻を強めると、「うん…」と話を聞いている。
段々胸が苦しくなりぎゅっと抱きしめると、恥ずかしいのか再び文句が聞こえた。しびれを切らした俺は、結局また息子の意見に寄り添うことにし、ほっそりした腰を持ち上げた。

水の中は浮力があり、互いに力をいれずにより簡単に移動ができるため、ある意味良いことではある。
驚く息子の声を聞き流し、無造作に開いた自身の太股の上に乗せた。
足も少し伸ばせて、こちらのほうが幾分過ごしやすいだろうと思ったのだ。

「ほら、これでいいか」

だが、すぐに失敗であることに気づく。
前にいるロシェの小さな尻がやわらかく、感触が直接足に伝わってきてしまった。

「あっ、ほんとだ。こっちのほうがいいや。ありがとお父さん」

しかしなぜか息子は気に入ったようで、無邪気に振り向き、照れたように笑った。

「あ、ああ。そうか……」

反対に俺は視線を下に落とし、やはり太股を挟むように押しついている尻が気になり、会話どころではなくなっていった。

「ねえねえ、お風呂の中って、麻痺があること忘れちゃうぐらい、ふわーって動けるから好きなんだ。僕」
「……ん? ああ、そうだよな。……じゃあもっと入ろうな、また」
「うんっ」

喜ぶ自分の後ろで父親がこんな風に気が気でなくなってるとは、息子も知る由もないだろう。
俺は何気なく会話を続ける一方で、不埒なことを考える、この邪で見境のない自身を殴りたくなった。

「ロシェ。そろそろ出るか。もう俺のぼせてきたよ」
「もう? もうちょっといいでしょう」
「いや……もう無理だ。勘弁してくれ」

静かに告げると息子が一瞬黙る。また駄々をこねられるかと思ったが、早く出ないと本当にまずいことになると危惧した。

「じゃあ、お父さんがキスしてくれたらいいよ」
「ーーえ?」

体を横に向けて、少し潤んだ色気のある視線で見つめてくる。

すぐに反応出来なかった。朝、俺を待っていたこともそうだが、風呂に誘ってきたり、今キスをねだってくるのだってーー今日はやたらと息子に求められているとわかる。いや、その事にようやく気がついた。

俺はロシェの頬に手のひらを添えた。
もう片方の腕は腰を抱いたまま、体を寄せて口づけをする。
湯気が立つなか、唇がいつもより温かい。熱に誘われ、与えたくもなって、舌でこじ開けた。

小さな舌を追い、絡めとる。リップ音が響き、構わず何度も角度を変えて口づける。

「ん、……ぁ、む」

キスを重ねれば重ねるほど、深くなる。
気がつくと、やめられなくなっていた。

風呂場で息子にこんなことをしていいわけがない。
だが体は、この手は、思考を裏切り続ける。

「はあ、は、ぁ……お父さん、…気持ちいい……」

肩に頭を預け、とろんとした上目遣いで見つめられる。
その時、我慢していたものがせり上がってくるのを感じた。
俺はロシェの背中を抱き寄せて、隠すように体を密着させた。

「……っ……悪い、ちょっと待て」

下半身の反応を実際に感じて、うなだれる。なけなしの理性を払い、動かないように努めた。

「お父さん、勃っちゃったの…?」
「……ああ。そうだよ。……勃つだろ、そりゃ」
「どうして?」

なぜそんなキラキラした瞳で聞いてくるんだ。同じ男ならば分かるだろうと詰め寄りたくなる。

「お前が可愛いからだよ」

事実だが敗北した気分で告げた。なぜか嬉しそうなロシェを見て、またがくりと肩を落とした。

情けない。本当に面目がない。
結局俺はしばらく治まるまで、優しい息子に待ってもらった。


◇◇◇


週末は二人で就寝する約束だが、それがなくても今日別々に寝るのは嫌だった。理由はずっと一緒にいたいとか、こいつが心配だとか、そういう単純なことだ。

車椅子をベッド脇につけ、布団の下で二人横になる。
俺はロシェを窮屈なぐらいに抱きかかえたまま、目を閉じていた。

「お父さん、このまま寝るの? きついよ」
「……いいだろ。これが一番安心するんだ」

眠気が襲っていたため素直に吐き出す。少しの間会話を続けていたが、ロシェの温もりと睡魔に勝てず、俺は眠ってしまった。

しかしだ。胸の中にいたはずの体がもぞもぞ動きだす。
それは一生懸命片身で上にきて、俺の頬にキスをしてきた。

まぶたが動いてしまったが、反応は見送った。しかし、今度は息子の唇が俺の口に重ねられる。

やりたい放題されていると、次第に耐えられなくなり、俺はロシェの腰を掴んだ。
びくり、と震える細い腰が俺の手にひらに収まる。

「……ロシェ。眠くないのか。……それとも、俺に寝てほしくないのか」

薄目でたまらず問いかけると、目を開けていた息子が「うん」と遠慮がちにうなずいた。
頭を優しく触り、胸に抱きよせる。そのまま天井を見て、考えていた。

きっとこいつは、俺から答えを求めているんだろう。
その気持ちが伝わり、じわじわと広がるせつない気持ちに陥った。

一番に愛してるといった言葉は紛れもなく真実で。でもそれだけでは、足りないのかもしれない。
親子以上の愛情を欲しているからだ。
それをどうやって、証明すればいい? お前以上に向けた愛を、俺は知らないから、他にいいようがない。

「ロシェ。何が欲しい? 俺に教えてくれ」

静かな声が寝室に響く。それは真摯な問いではあるが、俺の心の叫びでもあった。

「僕は、お父さんが欲しい」

少し考えたあと、息子ははっきりとそう答えた。
俺は手を出して子の頬をなだめるように擦った。

「そんなの、もう持ってるだろ。俺は全部お前のものだよ」

伝えると、首を振られる。そこでまた、大人らしくない反発心が芽生えた。

「なんで否定するんだ。傷つくからやめろ」

今日はよく心が掻き乱されて、冷静ではいられない。子供の前では親でありたいと願うが、ロシェと接していると知らない自分が暴き出される。

「お前は分かってない、どれだけ俺がお前を愛しているか、どれだけお前が俺のすべてなのか」

寝そべる息子に覆いかぶさる。真下にいる見開かれた青い瞳をじっと見て、胸に燻る炎が燃え上がるのを感じた。

「お、お父さんーー」
「お前はどうなんだ。なあ、俺のこと愛してるって言えよ、ロシェ」

駄目だ。思いが止まらず、胸にしまっていたものが溢れ出てくる。
鋭くした視線がロシェの反応を奪う。

「なっ、いきなりどうしたの、待って」
「待てるか。今まで三回ほどしか聞いたことがない。それも全部俺への返事だ」

勝手な主張に息子が引いている。かと思ったら、負けじと強い眼差しで見つめ返してきた。

「そんなの、お父さんだって滅多に言わないでしょ、似てるんだよ」 
「いや、俺はもう少し言ってるぞ」

断言するとロシェは黙った。その沈黙に、俺は長いこと焦らされる。
どういうことだ?
なぜ言葉が返ってこない。こいつは散々俺には求めておきながら、酷いんじゃないかとショックで脱力感が襲った。

「お父さんのこと好きだよ」
「俺もお前が好きだよ」

それは知っていると即反応すると、さらに困ったようだった。
理由は理解できる。普通は親子で気軽に言い合う場合も多いかもしれないが、そもそもうちはそういう家庭じゃなかった。……ほぼ俺のせいではあるが。

「えっと……お父さんのこと愛してるよ」

ロシェは観念した様子で、ようやくその言葉を口にした。言い慣れてないからか、声がくぐもっていて恥ずかしさが伝わってくる。

ああ、やっとか。
欲しいものがもらえた気持ちがやっと分かった気がした。

「お父さん、なんか笑ってるみたい……」
「ああ。そりゃ笑うだろう。嬉しいからな」

強引に抱きしめると、ロシェは静かになった。珍しく俺に負けた気がしたのか、話を逸らされた気がしているのかは、分からない。

だがロシェの腕が俺の背中に回された時点で、今日のところは納得してくれたのだと思うことにした。

こうして、昨日から続いた、とんでもなく長い一日が終わった。



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