お父さんにお世話してもらう僕 | ナノ


▼ 18 指輪の行方

お出かけの日からしばらくして、休日の午後、僕は家で父にリハビリを手伝ってもらっていた。
といっても複雑なものではなく、普段行くことのない二階へ続く階段を、歩行用の杖を使って一歩一歩上るだけだ。

「ゆっくりな、ロシェ」
「うん、ありがとう」

父には麻痺側の腕を支えてもらい、同じ速度で歩いてもらう。僕は遅いので大変だと思うけど、毎回こうして手助けしてもらってありがたい。

階段の途中には踊り場があり、そこに外の景色が見える窓を背にした長椅子がある。僕らはリハビリを続けたあと、そこで一旦休み、お喋りをしていた。

「ーーそれでね、前よりもデリックからメッセージが来るようになったんだ。僕の学校のこと気になるみたい。ニルスくんにも会ってから、新鮮っていうか色々興味出たんだって」

僕はいつもより口数が多めで、最近の話題を出す。父も「うん」と相づちを打ちながら、どこか微笑みの顔つきで僕の話に耳を傾けてくれていた。

父にはこの前町で起こったことも話した。詳細は語らなかったけれど、嫌な思いをしたことも正直に話したら、それにはかなり憤慨していたものの、結果的にニルスくんも含め、友達との仲が前より良くなったことに喜んでくれていた。

恥ずかしいから自分からは明かさなかったが、抱える劣等感については普段の様子や誕生日のことからも、父は薄々感づいていたのかもしれない。

「よかったな、ロシェ。前にも言ったが、少しずつ、お前のペースでいいんだからな。周りは皆分かってるよ。大丈夫だ」

側でそう優しく語りかけられると、僕は一番の安心を得てこくんと頷く。
父の腕に寄りかかり、「うん。ありがとう、お父さん」と伝え、言葉の意味を噛み締めたのだった。

しばらく休んで、また立ち上がる。僕は横に立つ父に対して、向かい合わせになった。見上げると、父は「どうした?」と不思議そうに身をかがめる。

最近は家でもほとんど車イスでの移動だから、こうして立って相対することはあんまりない。
今からしたいと思ってることを、あらかじめ父に言う勇気はなかった。
さっきまで真面目な話をしてたのに、お前はまたそんなことばっかり考えてるのかって、思われるのが恥ずかしかったから。

だから黙って、父の胸元に頭を預けて、寄りかかってみた。
動く方の手は杖を持たなきゃいけないから、残念ながら自分で抱きつけない。

「……ロシェ?」

問いかける声音は戸惑いではなく、さらに優しくて甘いものだった。
それに僕は期待をしてしまう。
雰囲気作りとかよく分からないから、うつむいて待つしか出来なかった。

「おいで」

一言だけ降らせて、僕を抱き締めてくれた暖かい腕の中。
求めていたものをもらえて、分厚い胸にくっつく頬が熱くなっていく。

「……ほんとは抱きつきたかったの」
「うん。わかったよ」

背中を撫でられて、まるであやされてるみたい。でも居心地がいい。

お父さんは、背が大きい。体もがっしりしていて、僕だって背が伸びたのに、全然近づけないし、すっぽり覆われてしまう。

車イスじゃなかったら、こんな風にいつでも抱き合うことができるんだよね。
恋人同士だったら、皆こんな風に、してるんだもんーー。

そこまで考えて、僕はふと何言ってるんだろうと思った。
考えを振り払おうとしていると、頭上から名前を呼ばれた。見上げると、眼鏡の中の瞳とかち合う。

「俺が抱き締めてやるから、大丈夫。して欲しいときも、俺に言え」

そう言って父の顔が近づく。僕の唇は塞がれた。立ってキスされるのは初めてで、夢みたいな気分になる。なんてロマンチックなんだろう。

口が離されてもぽうっとしたままで、しばらく動けなかった。

「お父さん、キス……」
「今のは俺がしたかっただけ」

なぜか自信めいた口調で告げられた。反応が奪われていると、にやりと悪戯っぽい笑みを向けられる。
近頃こうして、時おり父に翻弄されるようになってしまった気がする。


◇◇◇


また別のある日。僕はリビングにある食卓の前で椅子に座り、ある作業をしていた。
食事ではなくて、目の前には手のひらサイズの花器と、花材類がいくつか置いてある。他にも工作用マットの上に針金やペンチなどの道具が散乱して、ごちゃごちゃしていた。

「うーん、難しいなぁ……これ変かなぁ」

独り言をこぼしながら一生懸命片手で作っているのは、プリザーブドフラワーというやつだ。
正確にはその保存花を使った装飾品である。
なんでそんな自分に似合わないことを突然しているのかと言うと、ある人に贈るためだった。

この工具は実は母が使っていたものだ。僕には昔、母が知人へのプレゼントのためにこうした花のデコレーションを作っていた記憶があった。そこで父に頼んで探してもらい、花の材料を買いに行くのも助けてもらった。

「ロシェ、出来るか」
「……うん、大丈夫。……っあぁ、やっぱり大丈夫じゃないや。……お父さん、ごめん、また手伝ってくれる?」

横に振り向き、ソファに座っていた父にお願いした。
父は優しく「いいよ」と答えて立ち上がり、僕の隣の席にやって来て、手を伸ばしてくれた。

今は白い花器に入れた四角いスポンジに、花を一つずつ挿しているところだ。だが花につけたワイヤーの長さを調節するのに、片手でハサミを切るのが中々難しい。
そもそも茎部分にワイヤーをつける作業もとても一人ではできず、父に持ってもらったりと、半分は手伝ってもらっていた。

「ありがとお父さん、すごい助かるよ。やっぱり僕がやるの無謀だったかも。初心者なのに…」
「そんなことないよ。もう半分ぐらい出来てるだろ、お前かなり頑張ってるぞ。飾り付けもすごく洒落てるよ」

父が真横で作品を見ながら、珍しくベタ褒めしてくれている。父に褒められると、ほんとにそんな気がしてくる単純な僕は「そうかな?」と照れ笑いし、微笑み頷く父からまた励ましを得た。

四苦八苦してなんとか完成に近づいた頃、休憩しながらだったけど丸一日が過ぎていた。

「……くっ。あぁ、やっぱりだめだ。お父さん、最後のリボンが出来ない。助けてくれる?」
「ああ。でも俺もリボンは下手だぞ」

そう言いながら、仕上げの器のラッピングを丁寧に担当してくれた。結びがちょっと斜めになってたから二人で調節したら、うまい具合に整った。

「やっと出来たぁ。はー、リハビリより大変だったよ。お父さんがいなかったら無理だったし。ありがとう!」

僕は達成感と安堵から、隣の父に思わず片腕を伸ばした。手を使いすぎてブルブルし、疲れからよろけた体を咄嗟に支えられる。

「お疲れさま。一番頑張ったのお前だよ、よくやったな、ロシェ」
 
誇らしい表情で告げてくれて、僕はもっと嬉しくなる。
小さい頃から学校での工作とかは好きだったけれど、今は麻痺した手は使えないし、片手で何かを作り上げるというのは、想像以上に大変だった。

だからこそ完成品を見て、苦労が報われたことにほっとする。この贈り物が喜んでもらえれば、もっといいなぁと思った。



後日、僕は月に二回行われる体操教室の会場にいた。町の市民ホールにあって、さっきイベントが終わったばかり。
駐車場の隅で父が車を持ってくるのを待っている間、僕は仕事終わりのマーガレットさんとお喋りしていた。

事故以来、リハビリ施設で担当してもらっている理学療法士のマーガレットさんとは、もう長い付き合いでいつもお世話になっている。
ずっと前父とのことを完全に誤解した僕が、ひそかに嫉妬してしまったことがあり、それを思い出す度申し訳なくなり、恥ずかしくもなる。

「ロシェくん、もう大分慣れてきたでしょう。講演中、楽しそうなロシェくんがステージから見えるよ」
「えっ、本当に? それは恥ずかしいなー。でもほんとにいつも面白くて、時間があっという間なんだよ」

茶髪のポニーテールを揺らし、彼女がにこやかに笑う。
そこで僕は今がチャンスだと思い、荷物の中からプレゼントの箱を取り出した。

「あのね、マーガレットさん。これ僕とお父さんからの贈り物なんだ。ハリス先生との結婚おめでとうございます。えっと、どうか末永くお幸せにーー」

箱からラッピングしたものを手に取り、お祝いのメッセージとともに差し出した。
言い慣れてないので少し変になったかもと思ったら、彼女は突然すぎてびっくりしたのか、一瞬言葉が止まっていた。

車イスに座った僕から、花器をゆっくり受け取り、手のひらに乗せてじっと見下ろしている。

「ありがとう、ロシェくん。私にくれるの…?」
「うんっ。一応自分で作ったんだ。あ、お父さんに半分…いやもうちょっと手伝ってもらったけど、アレンジは考えたよ」

すると急にマーガレットさんの瞳が潤み出して、僕は彼女の表情に釘付けになった。
急いで目尻を拭って、口元に笑みがかたどられる。

「こんなに素敵なもの、作ってくれたんだね。私すっごく嬉しいよ。大変だったでしょう」
「はは、いいリハビリになったよ。でも気に入ってくれてよかったな」

照れくさくなって言うと、「もちろん。新居に飾る。大切にするよ」と嬉しいことまで言ってくれた。
マーガレットさんは微笑みながら何度も目元を拭う。少し泣いてるのがわかり、驚いた僕までじわっときてしまった。

「ロシェくんと初めて会ったときのこと思い出しちゃって……ほんとにすごい。よく頑張ったね、ありがとうね」

そう口にして、下の位置にいる僕は、身を屈めた彼女にぎゅっとハグをされた。あまりないことだから衝撃的に感じ、しかも良い香りがしてドキドキしてしまった。

僕もマーガレットさんに初めて会った時のことは、結構はっきり覚えている。9才だったし、緊張してあんまり喋れず、気後れする僕に最初から明るく接してくれたお姉さんで、笑顔が印象的だった。

自分がお母さんを亡くしたばかりだから、余計にほっとしたのかもしれない。それ以来ずっと、近しい大人の存在でいてくれて、僕にとっても大切な人なのだ。

マーガレットさんは最近休暇を取り、親族での挙式を行ったらしい。身近な人が結婚をするのは初めてのことで、しかも相手は僕も知っているリハビリ専門医のハリス先生だ。子供の僕が言うのもなんだけれど、二人ともずっと幸せでいてほしいなって思った。

会話を続けている最中、あるものにふと視線を移す。プレゼントを大事そうに抱える彼女の手に、さっきから実は気になっていた、キラリと光る金の指輪。
これって、あれだよね。

「あの、マーガレットさん。それ結婚指輪?」
「えっ。うん、そうだよ」
「綺麗だなぁ。ハリス先生とお揃いなんだよね」

当たり前のことを言ってしまった世間知らずの僕に、彼女の照れた微笑みが「うん」と告げる。
それを見て、なんだかいいなあ、と思ったのだった。


しばらくして父が来て、また挨拶を交わしたあと、僕らはマーガレットさんと別れ家路に向かった。
贈り物喜んでくれたよ、と父に話すと父も嬉しそうにしていた。

それからも会話を続けるが、頭の中では指輪をしていた彼女の姿をぼんやり思い浮かべていた。
そして何気なく、ハンドルを握る父の手を見る。そこにかけている左手にも、ギアチェンジをする右手にも、指輪はなかった。

そうだ。お父さんは結婚指輪をしていない。
でも、どうして?

僕の記憶の限り、父が指輪はおろか時計以外に何かを身に付けてるのを見たことがない。
運転する父の横顔をじっと見る。時おり眼鏡を直す手にも視線をやった。

「ん? どうかしたか」
「う、ううん。なんでもない」

ひょんなことから、父への新たな疑問が見つかってしまったのだった。



それからまた、僕の悶々と悩む時間が始まる。
そもそも母との結婚指輪については子供の僕が関与していい事柄じゃないし、考えるのも筋違いだと思う。でも単純に一度考え始めたら、気になってしまった。

母はもういないけれど、僕の両親は離婚したわけじゃない。
死別をしても、指輪はつけるものなのだろうか、それともーー。

ただの14才の僕には難しい問題で、ただ父に「どうしてしてないの?」って聞けばすむ話なのだが、そんなの父の勝手だしプライバシーだし、僕にはまったく関係のない話なのだ。

そう自覚しつつも、理由が知りたくて、それから僕は父を注意深く見守ることにした。
まず仕事に行くときも父の手はまっさらなままだし、帰ってきてからも変わらない。リビングにあるドア近くの棚の上を、一生懸命車イスから背伸びして見ても、外した腕時計と車と家の鍵が置いてあるだけだった。

浴室にある洗面台に行き、椅子に座る僕でも映る長方形の鏡を開ける。裏は棚になっていてそこも探すけど、アクセサリーは何もなかった。

一体僕は、こそこそと何をやってるのだろうと自分で呆れる。
だが答えが見つからないまま数日が過ぎた。

「ねえねえニルスくん。ちょっと聞きたいんだけど。僕のお父さん、結婚指輪してないんだ。なんでだと思う?」

僕は何でも親友に聞けばいいとでも思ってるのだろうか、学校にいるときノートを使い尋ねてみた。
こんな質問変に思われるかと心配したけど、頼りになるニルスくんは普通に答えてくれた。

『指輪? うちの母ちゃんも普段つけてないよ。サイズが大きめでなくしたら怖いからだって。父ちゃんは指太くて抜けないって言ってたな』
「ええっ、そんなことあるんだ」

僕は両親がいたときはまだ小さくて、そういう事が記憶になかったため、想像に及ばない事情を知り驚愕した。父も太くなってサイズが合わなくなったとかはあり得そうだけど。

『うーん。参考にならなくてごめんな。……あ、でもロシェの父ちゃんは、お母さんのこと好きだよ。心配すんなって。なんか小さい理由じゃねえかな?』
「う、うん。そうだよね」

彼が真っ直ぐに言ってくれた言葉には、僕は確かにほっとした。父が母のことをどう思ってるかということは、気になることだからだ。
でも同時に、僕の違う場所にある気持ちのことは、自分でもうまく説明できなかった。



その日の夜、僕は意を決して父に声をかけようと思った。
しかし驚くべきことに、ソファに座った隣の父に先に尋ねられた。

「なあロシェ。お前なにか探してないか?」
「……えっ。なにが? な、何も探してないよ」
「そうか? 最近ずっと落ち着きがないように見えたんだが」

指摘されて心臓が飛び出そうになる。怪しい動きを父に見透かされていた。
何も言えなくなった僕の髪を、父が優しい仕草で耳にかける。
じっと見つめられて、段々胸が音を鳴らしていった。

「また一人で何か悩んでるんだろう。俺には分かるよ」

お父さんにはやっぱりお見通しだった。
そう悟った僕は、早々に降参した。

「あのね……僕には全然関係ないと思うんだけど、気になっちゃったんだ。……お父さん、なんで指輪してないのかなって」

恐る恐る見上げると、父は予想だにしないことだったのか、濃茶の瞳を見開いた。しかし徐々に合点がいったように、言葉を発した。

「……ああ、結婚指輪のことか。お前の世話をするようになってから、つけなくなったな。介助もだが、体を洗うとき傷がついたらって心配になってな」
「えっ……? そうだったの?」

聞き返すと、父はまだ昔に思いを馳せた様子で頷いた。

そんな、僕の介護が原因だったとは……。まったく思いつきもしなかった答えに呆然とする。
だからマーガレットさんも、僕のリハビリのときには指輪してなかったのかな。

僕は見当違いの思考をして、いつもいつも、馬鹿かもしれない。
しかし当時から向けられていた父の深い愛情に対して、ありがたい気持ちが込み上げ、感情が大きく動かされた。

「でも、お母さんのことは大事に思ってるぞ。ずっとな」

突然父の声が届く。気まずい表情をしていて、それはなんとなく僕にも伝わった。
きっと同じ罪悪感があるのかもしれない。
僕と触れ合ってくれているせいでーー。

その言葉が嬉しいのに、胸がちくっと痛むのはなぜ?
前に僕が尋ねたときも、父が母のことを好きと聞いてほっとしたのに。
その時とどうして今、少しだけ気持ちが違うんだろう。

罪悪感のせいだろうか。それとも、僕はそんなことする資格もないのに、母に焼きもちでも妬いてるのだろうか?

「僕、僕ね……お父さん、」

うまく説明できない。こんなことを言っても、困らせるだけだ。
でも心の中である感情が膨らんでいく。

そのとき、僕は父にすがりつくように、口を開いてしまった。

「いつか僕もお母さんと同じぐらい、お父さんに好きになってもらえる…?」

尋ねてしまったときに、やっぱり後悔した。父が驚きに身を固めて、黙ってしまったからだ。
その時間はやけに長く感じて、僕はみるみるうちに孤独に陥る。

「ごめんなさい、変なこと言っちゃった。忘れてね。……ぼ、僕もう寝るね、おやすみ」
「いや、まて、ロシェ」

立ち上がり車イスに乗ると、部屋を出ようとした。
引き留める声が聞こえたけれど、逃げるように自室に入り、閉じ籠る。

馬鹿だ。なんであんなこと言っちゃったんだろう。
父と母とのことなんて、子供の僕が入ったらいけない問題なのに。
最近特別な仲になれたなんて浮かれて、勘違いしてしまったのだ。

もうやだ。最低だ。
どうしよう、お父さんに呆れられたかもしれない。
それだけじゃなくて、「もうやめよう」って言われるかもしれない。
そんな最悪の事態まで想像してしまった。

僕は寝巻きに着替えて、布団に潜り込んだ。
するとしばらくして、背中を向けた方から、扉をたたく音がした。
お父さんだ。心配して来てくれたのかもしれない。でも何を言われるのか怖くて、僕は隠れていた。

「おい、入るぞ。ロシェ」

父の気配がして、ベッドの端に座る音が聞こえた。息をひそめて、必死に身構える。

「なあ、顔出せよ。話が出来ないだろ」
「ーーううん、さっきの忘れて。ごめんなさい」
「忘れられるわけないだろう。あと謝るな。おい、顔見せろって」

布団をやんわり剥がされて、目が合う。絶対に泣かないと思って、僕は口をぎゅっとつぐんでいた。いつもの子供っぽい態度に、父はもう呆れてるに違いない。

「お父さん。僕、お母さんにただ焼きもち妬いちゃっただけなの」
「……妬いてもいいよ」
「僕、一番じゃなくてもいいから」
「おい、馬鹿なこと言うな」

眉間に皺を寄せて、困ったみたいな、切なげな表情が見下ろしてくる。
父の温かい手が僕の顔をなぞり、やがて言葉が紡がれた。

「お前はな、産まれたときから俺の一番なんだよ。お母さんともそう話していた。お前のことは、二人で一番に愛そうって。だからそれは一生変わらないんだ」

父の瞳はまっすぐ僕を映し出し、けっして揺れないまま。

「俺はお前を一番愛してるんだよ、分かったか」

強調された力強い言葉に、ついに涙がこぼれてしまう。
知らなかった両親の思いが、父の思いが、胸を撃ち抜いてくる。

「僕が、お父さんの子供だからでしょう?」

我慢できずに問えば、指の腹で頬につたう滴をぬぐわれる。

「それだけじゃないって、この前話しただろ?」

愛されてるのは分かってるし、嬉しい。でもせつなさが消えない。

親子じゃなかったらもっと簡単なのかな?
でもそんなのやだ。僕はずっとお父さんの子供でいたい。

黙った僕に痺れを切らして、父が布団に入ってくる。
半身で身じろぎしてもお構いなしに長い腕が捕まえる。

「狭いよ…っ」
「狭くてもいいよ」

頭の後ろに手を添えられて、キスされる。まるで何かを伝えたがってるような、深いキス。
目がゆっくりと閉じてきて、とろんとする。
父がまだ隠していそうな気持ちが知りたくて、あるのかも分からないのに、僕はただ口づけの中に答えを探した。

「……お父さん、して……」

一度捕まってしまえばもう離れられなくて、胸元を握る。
指が唇をなぞって、すぐに唇が塞がれて、大きな手が体に伸ばされて。
肌に父の手のひらが這うと、安心が伝わる。
同時にドキドキが広がり、僕の世界には二人きりになる。

「お父さんが好きなの。もっとがいいよ…」

求めると、父が顔を上げた。息を浅くついている。
パジャマがはだけられ、手が添えられる。体に柔らかい唇が触れていく。

僕は後ろから抱きかかえられた。
下着に手を入れられて、硬くなったおちんちんを撫でられる。
ぴくぴくしてお尻を父の腰に押しつける。
気持ちよくて考えが飛んでいき、また父の唇に捕まって目が覚める。

「ん、んぅ……ふ、あっ…」

舌が絡まり、絡めとられる。唇が合わさってきもちいい。
お父さんの口が好き。手が好き。全部が大好きって感じる。

「んぁっ…い、いく、お父さんっ…だ、め…っ」

跳ねる背中を後ろからぎゅうっと抱きしめられて、達してしまった。
いつもあっという間で儚く感じるけれど、幸せは消えずにいる。

本当は父もしてほしかったけど、自分だけしてもらったあとは、眠くなってしまった。
シーツの上に寝そべってぼんやりする。

「ロシェ……平気か」
「ん、……お父さんも……」
「俺は大丈夫だ。今日はお前だけでいいよ。……気持ちよくなったか?」
「……うん、なったよ」

閉じそうな瞼で答えると、前髪を撫でられて、額に優しいキスが落とされた。

そうして、僕はいつの間にかうとうとしていた。体も綺麗になっている。
ベッドの端に広い背中が見えた。僕に背中向けないでほしい。

「……行かないでね、お父さん…」

寝言みたいに言って、手を伸ばすと握られる。父は何かを考えていたみたい。

「どこにも行かないよ。ずっとお前のそばにいる」

振り向いて、伸びてきた手に頭をくしゃりと撫でられた。

「今日は絶対ひとりにしない。だから寝ろ、ロシェ」
「……ほんとうに?」
「ああ。俺も寝れそうにない」

そう呟いて狭いベッドの中に、また大きな体が入ってきた。
大きさの異なる二人が抱き合う。いつもより近くにお父さんがいて、僕の不安は大きな安心に包まれていくのを感じた。



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