お父さんにお世話してもらう僕 | ナノ


▼ 20 放っておかれて 前編

息子を十四年間育ててきて、最近初めて知ったことがある。
子供は平気で親を置いていくのだという事を。

「え? 今なんて言ったんだ」
「だからね、僕、今度ニルスくんのお家に泊まりに行きたいんだ。いい? お父さん」

夕食の最中、明るく尋ねてきた息子の前で、俺はフォークを落としそうになった。

「泊まりって……どうしてだ。そんな急にーー大体、大丈夫なのか、お前」
「うん。ジェフリーさんに聞いてみたらいいって言ってくれて。ニルスくんもずっと前から誘ってくれてたから、今度の週末はどうかなって思ってるんだけど」

ご飯を食べながら、あっけらかんと話すロシェを呆然と見る。

ひとまず冷静になれば、すでに数回ニルスとの外出を達成している息子は、これから色々なことに挑戦していくことも考えられるし、それは親として勿論応援していきたいと思っている。

だが体に不自由があり、違う環境での生活を苦手とするロシェを知っているため、俺は正直大きな心配に襲われた。

引っかかった事はまだある。不便な面があっても泊まりに行こうと思えるほど、親友に心を許し親密な関係を築いているのかと、穏やかでない気持ちが渦巻いた。

「まあ、とにかく後でジェフリーに電話してみるよ。……でも、介助はどうするんだ?」
「えっと……家は広いから車椅子で移動していいって言ってくれてて、トイレもひとつバリアフリーのところを使わせてもらえるから、大丈夫そうだよ。たぶん」

一日だけだから、と笑む息子に対し、「そうか…」としか返せなかった。
俺も彼らの家を訪れたことが何度かあるため、頭の中でシミュレーションをしてみると、屋内でもそうそう大きな問題は起こらないかのように思われた。
しかしーー。

食卓の向かいで、泊まりでどんな事をするとか、楽しそうに話す息子を見ていると、正直なんとも言えぬ侘しさに包まれた。



その日はもう遅かったため、俺は翌日仕事場の事務所から、昼休みをねらってジェフリーに電話した。自宅では息子もいるため少し話しづらいからだ。
彼はニルスの父親で、息子同士が支援学校の同じクラスということもあり、わりと頻繁に会ったり連絡を取り合ったりしている。

『おお、デイル。どうした?』
「ああ、すまん。今大丈夫か。昨日ロシェから泊まりのことを聞いてなーー」
『ん? その事か、はっはっはっ!』

何が可笑しいのか知らないが、この男は電話口でも声が大きく耳が痛い。スポーツジムを経営している体育会系でテンションが俺とは真逆だが、いつも元気が有り余ってる様は羨ましい。

「なあ、本当に世話になっていいのか。色々不便もかけると思うが、ナタリーはなんて言ってる? 大丈夫か」
『もちろん大歓迎さ! 俺も妻もロシェが来るのを楽しみにしているよ、まあ一番はニルスだけどな。あいつ、いつもは部屋を散らかしっぱなしで人の言うことも聞かないのに、週末のために毎日大掃除だ。これじゃあもっとロシェに来て欲しいぐらいだよ!』

また馬鹿笑いが響くが、とりあえず「そうなのか…」と平静に相づちを打っておいた。
これほど歓迎してもらっているならば、ひとまず心を決める。俺は彼に礼を言い、ロシェに簡単な介助が必要になった場合の注意点なども伝えておいた。

『了解だ、メモしたぞ。これはニルスにも伝えておくよ。大丈夫だ、デイル。一日だけだが俺達に任せてくれ。何かあったら、必ずお前に真っ先に連絡するからな』
「……ああ、助かるよ。ありがとうな、ジェフリー。世話になる。ロシェもすごく楽しみにしているようだ。よろしくな」

再び礼を述べると元気はつらつに承諾された。電話を切り、事務所の椅子の背もたれに寄りかかり、天井を仰いだ。

ジェフリーは同じく障害をもつ子の親として、しっかりした考えをもつ真摯な男だ。信頼もおけるし息子をいつもあんな風に歓迎してくれて何より有難い。ニルスだってそうだ。たまに挙動がおかしい時もあるが、息子のことをよく考えてくれる優しい少年で、大事な親友だ。

これで、週末はロシェもきっと大丈夫だろう。
たった一日だけだし、次の日には帰ってくる。何も問題はない。そう親としてどっしり構えようと努めた。




そして次の土曜がやってくる。
俺は食卓前で頬杖をつき、リビングで一生懸命ボストンバッグに荷物を詰めている息子を見ていた。「これいるかな、いややっぱいらないかも」と独り言をいうロシェに、声をかける。  

「お前、ずいぶん楽しみにしてるんだな。なぁ。何も思うことはないのか? 俺は今日一人ぼっちなんだぞ」
「ーーえっ?」

一週間近く溜めに溜めていた疑問を、愚かな自分はここにきて爆発させてしまった。
ロシェが動きを止めたまま俺と目を合わせているが、その瞳がぴくぴく動いている。

「信じられん。あんなに好きと言っておいて、あっさり一人にするのか?」

立ち上がり、ソファ近くの床に腰を下ろした。
あぐらをかいて車椅子に座るロシェを見上げると、「お…お父さん?」と聞き返された。

自分でも支離滅裂なことを言ってるのは分かる。この間愛を伝え合ったことと今回のことはまったくの別問題だ。ロシェにはロシェの社会との接点がある。でも世の親はどうやってこの侘しさを乗りきってるんだ?どうして子供は簡単に親のもとを離れていくんだ。

考えすぎか?
俺だけか、おかしいのは。
こんな気持ちは初めてだ。

頭の中で文句を言い連ねる間、じっとロシェを見ていた。

「お父さん、一人にしてごめんね。明日帰るから、許してくれる…?」

息子が甘えた声を出し、俺の手に細い指を伸ばしてきた。
これでは俺がいい年して駄々をこねるガキのようになっている。そうじゃない。そうじゃないんだ、ロシェ。

はあ、とため息を吐いた俺は、息子の手を取り、手の甲に軽く口づけをした。
当然驚いたロシェの叫び声が上がる。

「わあ! 何してるのお父さんっ」
「別に。今日一緒にいられないんだから何してもいいだろ」

言い放ち、膝立ちになりロシェの口にもキスをして抱きしめた。
それは素直に受け取ったようだが、これでもまだ足りない。十分ではない。

たかが一日。されど一日だ。
この五年間毎日目の届くところにいた息子が、この長い休日にそばに居ないなんてことは、俺には耐えられないのだ。




それから二十分後。気合いの入ったジェフリーが自家用車のジープで迎えにきた。
笑顔で飛び出てきたニルスに助けられ、ロシェも俺に手を振って車に乗り込む。そうして三人を見送った俺は、がらんとした家にひとり、取り残された。

リビングに戻り、時計を見る。まだ昼前だ。せめて昼飯を食ってから行けばいいのに。

テレビをつけて一人で車のレースを見ていた。
それだけで二時間が経った。
その後部屋の片付けをしたり、思い立ってガレージ前で洗車もした。

次に時計を見たときは、やっと四時になっていた。
またソファに戻り、テレビをつけてぼうっとする。どれもくだらなく、失笑する。

恐ろしいことに、このだだっ広い部屋でひとりでいると、何もすることがない。
やっていることは息子といる時と変わらないのに、何故こんなにもつまらないのだろう。

夕飯の時間になったが自分のために料理などする気にもならず、冷凍ピザをオーブンで焼いた。味気ないそれを映画を見ながら炭酸飲料で流し込む。
机に置いた携帯はまだ一度も鳴っていない。きっと友人と忙しいんだろう。

「あー……つまらん」

誰もいない部屋で喋ることほど寒々しいことはない。
ソファに横になった。面倒な考えを巡らせる。

俺は一人っ子で両親は働いていたため、家でひとり過ごすことに何の問題もなかった。
実家を出て一人暮らしもしていたし、むしろ一人でいることは好んでいた。
だが、息子と二人の生活が当たり前になった今、ロシェがいないと、こんなに孤独を感じるものなのかと切実に思う。

そんなときだ。時刻は八時頃だろうか。机の上の携帯が鳴った。
すぐに画面を確認すると、同僚のセルヴァからの着信だった。拍子抜けしつつも仕事の用かと思い電話に出た。

「はい。なんだ?」
『おっ、デイル。やけに出んの早いな。来月の現場のことなんだけどさーー』

相談されたのは職人の人員確保についてだった。大がかりな工事では複数の電気技師が必要になるため、互いのツテを使い人数調整を試みることがある。
しばらく仕事の話を続け、まとまったところでセルヴァはお決まりの台詞を口にした。

『ロシェ何してんの、元気か? もう寝た?』
「まだ寝てないだろ、こんな早い時間に。……今日は友達の家に泊まりに行ってるんだよ」

我ながら怨念のように低い声が出た。すると電話口の向こうで「えっ!まじで?じゃあお前一人ぼっちなの!?」という強烈な図星が突き刺さる。

「それがどうした。切るぞ、じゃあな」
『いや待てよちょっと! ……はー、なるほどね。だから元気ないのかよ。分かった分かった、じゃあ今から行ってやるから、待ってろよ。鍵開けとけ!』
「は? いや来るなよ、おい、セルヴァーー」

愉快そうな笑い声とともに電話が切れた。奴のフットワークの軽さは仕事では有用だが、今日は別に望んでいない。
肩でため息をついた。


三十分後。本当にセルヴァはやって来た。しかもビールの入ったケースを小脇に抱え、上機嫌で家に上がり込む。

こいつは今日俺の家で酒盛りをするつもりなのかとげんなりするが、一応奴なりに退屈している俺を気遣ってきてくれたのだと、好意的に捉えることにした。

「おい、お前飲むの早すぎだぞ。自分で缶片付けろよ」
「へいへい。あ、ちょっと、なんかツマミくれよ」

スポーツチャンネルを見ながらくつろぐ悪友に、小言を言いながらも適当に出してやる。

「でもさ、ロシェも成長したんだな。あんなにちっこかったのに、お前を置いてお泊まりとは。つうかお前ひとりでいるの久しぶりじゃないか? なんで俺に言わねえんだよ、つれない奴だな」

好き勝手に言う奴を横目で見る。こうやって面白がるから黙っていたんだと返すと爆笑していた。

「お前、寂しいんだろ」
「なんで分かる」
「だってすげえ携帯見てるし。もしかしてまだ連絡ねえの?」

にやにや言われて苛立つが、事実のため憤慨しても仕方がない。酒の進んだ饒舌な男に自分も勧められても、飲む気はなかった。何かあったらすぐ迎えに行けるようにしたい。

俺達はその後、テレビを流しながらだらだらと会話を続けた。
セルヴァは仕事の同僚だが、昔からよく知る地元の幼馴染みでもある。毎日顔を合わせているため、今さら新たな話題もないと思っていた。

「まあ気持ちは分かるぜ。俺は結婚してないし子供もいないけど、ロシェはすげえ可愛いもんな。赤ん坊の頃から知ってるから叔父さん気分よ」

話は自然と息子の話になり、つい心が緩む。こいつがロシェを可愛がってくれることはありがたかった。ロシェは一人っ子で従兄弟もいないため、親戚はあまり多くない。

そんな中セルヴァにはよく懐いているし、昔は男三人で釣りに行ったりと、思い出も多い。妻の弟であるギルもそうだが、密かに感謝をしていた。

「ああ、可愛いよ。素直だしな。時々分からんこともあるが……年頃だからな」

親としての感情を示すが、胸は痛む。
俺と息子の関係は、誰に明かせるものでもない。それは当然、長い付き合いで何でも知っている親友である、セルヴァにもだ。

もし俺が息子にしていることが知れたら、きっとボコボコにされて縁を切られるだろう。そうしたくないとは思ったが、それでもロシェを失いたくない。
後戻りできないところまできていると自覚はしていた。

話し込んでいると、机の上の携帯が鳴った。メッセージだ。
セルヴァは酒を飲んでぐだつき始めていたため、さりげなく眼鏡を直して確認する。
時間はもう十一時を過ぎていて、寝る前にやっと俺のことを思い出したのかと半分やさぐれた気持ちで開いた。

そこには「遅くなってごめんね。お父さんは何してた?」から始まり、「僕は美味しいものご馳走になって、皆でゲームもしたよ」など楽しそうなことが書いてあった。
若干羨ましくもなったが、息子が問題なく楽しい時間を過ごせたことに、何よりほっとした。

心配だからもう少し早く連絡しろという本音は、水を差したくないためとりあえずしまい、「安心した。俺は大丈夫だよ。楽しんで過ごせよ」ということを簡潔にまとめて送信した時だった。

『お父さん好きだよ。おやすみ』

ちょうど入れ替わりで送られてきた文面を、思わず凝視する。メッセージの交換ツールでそんなやり取りをしたことがない。
数分見つめ、深読みまでしそうになった。

『俺も好きだよ。おやすみ。暖かくして寝ろよ』

返事を送るとすぐに可愛い絵文字が返ってきて、ひとりでに微笑みが出る。
別々の場所だがちゃんと一日を過ごせたのだということに安堵した。そして息子からのメールがいつもより余計に嬉しかった。



「おい、俺はもう寝るぞ。お前も適当に帰れよ」
「……おー……いやむり、こんな飲んでんのに……明日起こして……」

いい年をしてだらしなく寝そべる友人に呆れつつ、毛布だけかけてやってリビングに放置した。
自分は寝室に戻りベッドに入る。時計を見るともう二時を過ぎていた。こんなに遅くまで起きていたのは久しぶりだ。ロシェもとっくに寝ただろう。

明日を願いながら、冷えたベッドに潜り込んで夜をやり過ごした。



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