お父さんにお世話してもらう僕 | ナノ


▼ 14 溶けてしまうほど

目覚めたとき、その日はすごく寒かった。
ベッドからゆっくり起き上がり、寝巻きの上に毛糸のカーディガンを羽織った。近くにある車イスへ移乗し、自室の扉を出る。

ひんやりした廊下には、父の姿があった。長いガウンの下はパジャマのままで、窓の外を見ている。声をかけようと思ったら、父が振り向いた。

「ロシェ、見てみろ。すごい積もってるぞ」

淡々と告げた声とは反対に、僕はわくわくして側まで近寄った。

「ほんとだ、雪だ! すごーい、いっぱい降ってる!」

大きい窓ガラスから見えたのは、庭一面の雪景色だった。近所の家の屋根もどっさり白い塊が乗っていて、一夜にしてかなりの量だと分かる。

これぞ冬って感じで僕がひとりはしゃいでいると、隣から「嬉しそうだな」という声とともに頭を撫でられた。

「うんっ。あれ、お父さんは嬉しくなさそうだね」
「……いや、お前が嬉しいのは俺も嬉しい。……ただな。あー、……やりたくない」

普段不満をほとんど口にしない父が、黒髪を掻きながらぼやいていた。きっと雪かきのことだろう。

少し笑ってしまったけど、僕も手伝えたらよかったのになって思った。雪掃除だけじゃなくて、こんな冬の日は、昔だったらお父さんと一緒に雪でたくさん遊べたのになぁ……って、ちょっとだけせつなくなる。


年も明けて、今は冬休みだ。学校が休みなだけじゃなくて、父も聖誕祭から年末年始まで長めの休暇がとれるので、ずーっと一緒に過ごせてとても嬉しい。

朝食を食べて少し休んだあと、父は暖かいダウンを着込んで外に出た。
さっそく玄関の道から家の前の道路まで、スコップで雪かきをしてくれている。近所の人の姿もちらほらあり、時おり父達の会話が聞こえてきた。

「お父さん、僕、中から見てるだけでごめんね」
「何言ってんだよ。お前は暖かくしとかなきゃ駄目。ほら、これやるよ」

寒さで頬を淡く染め、休憩に戻ってきた父が後ろ手に持ってたものを、僕に差し出す。それは大小の雪玉が重なった雪だるまらしきものだった。

「なにこれ、可愛いっ。作ったの?」
「ああ。すごい不細工だけどな。俺にはお前みたいにセンスがない」

葉っぱや木の棒が無造作に刺さってあり、確かにおもしろい格好だけど僕は素直に喜んだ。いつもはクールなのに、時々お茶目で優しい父が好きなのだ。

お礼を言って、外の玄関に飾ってもらうことにした。まるで小さい頃みたいに、毎日溶けてないか確認してしまいそうだ。

それからも雪かきは続き、僕は次の休憩のときのためにお茶を入れることにした。電気ポットでお湯を沸かし、お父さんも食べるかなと思ってクッキーの袋を取り出す。
少しずつ膝の上のトレーに置いて、リビングに車イスで移動しているときだった。

外から人の声がする。どうやら父と会話しているようで、僕は窓の近くに向かった。
そこにいたのは、父と同じぐらい背が高く、体格のガッシリした茶髪の男の人だった。

「あ、セルヴァおじさん!」

僕が中から手を振ると、こっちを見て笑顔で振り返してきた。
手を止めた父と一緒に、玄関から屋内へと入ってくる。

「よお、ロシェ、新年おめでとう! 元気にしてたか?」
「おめでとう! うん、元気だったよ」

片腕に荷物を抱えていた彼は、もう片方の腕を伸ばし、がばっと大きな体でハグをしてきた。
セルヴァおじさんは電気屋を営む父の同僚だけど、古くから仲のよい幼馴染みでもあるのだ。だからもう、僕が産まれた時から知っている、ほとんど親戚のような間柄だった。

「ほら、いつものやつな。二人で食えよ」
「わあ、魚の薫製だ! 大きくてすっごく美味しそう、ありがとう〜」

彼は休日を使った魚釣りが趣味で、いつも新年の挨拶とともにこうしてプレゼントをしてくれる。自分で捌いて料理まで出来るし、プロ級の腕前でほんとに凄い。

「セルヴァ、いいとこに来たな。あとで雪かき手伝え」
「あーはいはい。しょうがねえなあ、まあ俺のほうが体力あるしな。社長命令なら仕方ねえ。やってやるよ任せとけ!」

バンッと背中を叩くテンションの高いおじさんに、父が一瞬よろけて眼鏡を直した。友人同士だからか、すぐに小言を返す父の様子はいつもと変わって面白い。

考えてみたら、セルヴァおじさんはこういうタイミングで助けに来てくれることが多くて、昔から僕達を見守っていてくれる、本当に優しい男の人だ。


暖かい部屋で三人でお茶をしながら、聖誕祭や年末の出来事などを話した。セルヴァおじさんは例年通り実家にいたらしく、僕達はというと、新年を迎える際も父と二人、家でゆっくり過ごしていた。

祖父母に電話で挨拶したり、学校の友達やニルスくんにもメッセージを送ったり。
体の心配がなければ新年の打ち上げ花火なんかも挑戦したかったけど、今年は急に寒くなったので、また来年ということになった。

でも、お父さんと二人きりというのは、普段と変わらないはずなのに、今年はなんだか特別な感じがした。

「じゃあまた行ってくる。セルヴァ、ちょっとロシェを頼む」
「おう。俺の分は残さなくてもいいぜ、デイル」
「終わらないから安心しろ」

自嘲気味に言って部屋を出ていくお父さん。僕は一人でも大丈夫なんだけど、明るいセルヴァおじさんとお話するのも楽しいから、またお茶を入れ直し、二人で並びソファに座った。

「ねえねえおじさん。これプレゼントもらったの」
「お? 見せて見せて」

僕は聖誕祭に家族からもらった物を見せることにした。ちょうどリビングに置いてあったのだ。

「おお、カメラじゃん、あのカメラ小僧、抜かりねえな」

母の弟である、ギル叔父さんからの贈り物を手に取りながら、ぶつぶつ話している。年は離れているけど、父も含めて三人ともまあまあ仲がいいみたい。そう言うと、父は変な顔をするけれど。

「お前何撮ってるの? 見ていーい?」
「だ、だめだよ見ちゃっ」

別に怪しいものなんてないのに、反射的に恥ずかしがった僕は、彼のにやりとした意味深な眼差しに捕まった。仕方なくちょっとだけ見せる。
僕は元々自分が被写体になるのも人を撮るのもあんまり得意じゃないから、ただの風景とか植物が多いけれど。

カメラを貰ってから片手で撮るのも練習して、やっと安定して撮れるようになってきた。

「いいな。素朴で優しい感じするわ。でもあれだな、人間が少ない。よし、一緒に写るか」

セルヴァおじさんが急に肩を寄せて自撮りを始めた。そんなことをされたのは初めてだから少し緊張したけど、思いの外嬉しかった。この人は父と同い年なのに全然テンションが違うから新鮮だ。でも、次の行動にはちょっと困った。

「わあっ、おじさん、なんで僕だけ撮るの? やだぁっ」
「いーじゃん、ほら、こっち見ろロシェ。おおっ、いいねえ、可愛いぜ」

ふざけたおじさんが床に腰を下ろし、色んな角度で僕を写真に収めてくる。もう、僕が動けないのをいいことに、やりたい放題だ。
恥ずかしがっていると、後ろから人影が現れた。ニット帽を取り、無言で息を小さく吐きながら、僕達の近くまでやって来る。

「おい。お前は俺の息子でいったい何をやってるんだ」

真顔でそう言って、父はカメラを取り上げた。そして問答無用で親友の胸ぐらを掴み、睨んだ顔を寄せた。端から見ると凄い光景なのだが、「マジで怒んな、デイル!」と笑いをこらえて怯えたフリをするおじさんにより、冗談なのだと分かる。

長いため息を吐いた父は、僕にカメラを渡し、どさりとソファの隣に座った。

「俺が汗だくになってる間に、お前達はずいぶんと楽しそうだったな」
「えっ。お父さん、汗かいちゃったの? 大丈夫? お疲れさま」
「……大丈夫だよ。もう乾いた」

正面を見たまま、僕の肩を抱いて足を投げ出したかと思えば、大きな手のひらが頭を撫でてくる。
まだ見られているセルヴァおじさんはくっくっと笑って、僕からまたカメラを受け取る。

「分かった分かった、じゃあお前ら親子も記念に撮ってやるから。なっ?」

……えっ?
いつの間にかカメラを構えられ、僕の背中がぴしんっと伸びた。しかも父はなんと、僕の肩をぎゅっと抱き寄せてきた。

「早くしろ」
「へいへい」

シャッター音が切られ、写真に撮られる。僕、絶対変な顔しちゃった。せっかく初めてお父さんと二人で映れたのに。
親子で二人ともそんなに写真は好きじゃないと思う。本当は父の写真もほしいけど、携帯でもあんまりチャンスがなかったのだ。

写真を見たら、父は凛々しい顔つきで格好よかった。僕は顔が赤くてびっくりした顔をしていた。恥ずかしい……。
でも「セルヴァおじさん、ありがとう」ってお礼を伝えたら、僕の密かな嬉しさが伝わってしまったのだろうか、「いーよ」と微笑まれてまた照れた。

「じゃあ今度は俺が一仕事してきてやるか」

腰を上げて伸びをしたおじさんを、今度は父と一緒に送り出す。そうして僕達はリビングに二人きりになった。
僕は肩にまだ父の腕が乗ったままで、どきどきしていた。
ふとこちらに向き直られて、心臓が飛び跳ねる。

「あの、お父さん……顔が近いよ、窓から見えちゃうよ」
「いいだろう、このぐらい。外から分からないよ。現に俺も見えなかった」

なぜか父が声高に主張して体を寄せてくる。どうしたんだろう、なんだか雰囲気が違う。

「写真撮ってたのか」
「あっ、うん」

ついカメラを手渡すと、父が中身を見始めた。「ちょっと、見ないでよっ」と矛盾したことを言っても、父は構わず小さい画面をスライドさせている。

僕とセルヴァおじさんがついさっき撮ったツーショットだ。父は無言で視線を落としていた。

「お前、俺のときより笑ってないか…?」
「え? そう?」

意外なことを指摘され覗きこむと、確かにそうだった。

「だって、お父さんと一緒だとちょびっとだけ緊張する…から」
「なんでだ?」

もじもじしていると、真っ直ぐに問われて返事に困った。

「分からないの?」
「……分からん」

濃い茶色の瞳がじっと見てきて、僕の髪にふれた指が優しく掻きあげる。その眼差しは穏やかなのに、心臓をうるさくさせるには十分なものだった。

「お父さんが好きだからだよ」

勇気を出して、服の裾をつかんで見上げた。言葉が届いたのだろうか、父の瞳がわずかに揺れ動いた。

「俺といると、ドキドキするのか?」

低い声で囁かれて、ゆっくり頷く。
ああ、今くっつきたくなってしまった。駄目なのに。口元に目をやってしまう。

「キスしてほしい?」

優しく尋ねる父の声。こういう声音って、父が他の人といるときに聞いたことがない。僕のときだけなのかな。

「お父さんの意地悪。今出来ないでしょう」

尋ね返すけれど、して欲しいっていう心の声が聞こえたのかもしれない。

「少しなら出来るよ」

腕の中に抱き締めて、口に近いとこにキスをされた。
僕はあんぐりする。熱くなった顔をそのまま胸にうずめられてしまい、誰かに見られてないかも確認出来ない。

「何してるのお父さん……っ」
「……なんだろうな。まあ、確認だよ」

えっ?何の?

僕は余計に頭がこんがらがった。暖かい部屋の中だからだけじゃなく、足から頭まで、熱くてしょうがなくなる。
ぼうっとしながら、僕が雪だったら、もうとっくに溶けちゃってると思った。



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