君を想えば(エドワード)
2015/10/23 23:18
足元を低空飛行で通り過ぎるツバメを横目に見ながらも、『まだ大丈夫だろう』と安易に曇り空の下に出向いてしまったのが運のつき。
小さな雨粒だったものがいつしか大粒のそれに姿を変え、気付けば傘を差しても意味を成さないほどの土砂降りとなってしまった。
「わわ……っ!」
降り出した雨に駆け込んだ店舗の店先、そこでざあざあと忙しなく音を立てる雨はどう見ても当分止む気配は無さそうだ。
「うわあ……どうしよう」
これでもかと降り続く雨に湿気を含んだ空気は白い霧状となって視界を遮り、みるみるうちに辺り一帯を包み込んでしまう程の目の前の光景に堪らず『はあ』と大きなため息をついた。
「絶対……心配してるよね」
直ぐに戻るつもりだったため、傘は勿論のこと連絡手段である携帯も自宅アパートに置いてきてしまった事を今更ながらに悔む。
雨宿りの店先と自宅アパートはそう離れてはいないので走って戻ることも出来なくはないのだが、それをしたくない理由が手元の紙袋の中にあって。
(だって…これ買うために出てきたんだもん。濡れちゃったら元も子もないし)
しかしながら、雨はその勢いを衰えさせる事もなく降り続き、それに比例して時間の経過も容赦ない。
連絡を…と試みるも文明の利器と言うものは本当に便利なものであるが、反面それに馴れてしまった人類の記憶は退化していくようで、別の連絡手段が背後の店先にありながら肝心の相手先の番号を覚えていない事に再びため息が漏れる。
「はあ……」
恐らくは通り雨なのであろう。きっとそう長引くようなことはない筈…とは思うが、約束の時間は当に過ぎており今の現状を説明出来る筈も無く恨めしそうに止め処なく降り続く雨空を見遣る。
(少しだったら…濡れても平気かな。雨も少し収まって来たような気がするし)
見ようによっては、先程より僅かながら雨足が弱くなって来たような気もするが、当然ながら傘を差さないとずぶ濡れになってしまう位に雨粒は大きい。
大きい…が、それ以上に気になるのは連絡も出来ないまま待たせてしまっている大切な人の事。
「んと…」
紙袋の中身を気にしながら袋の口を堅く握り締めると、次いで上衣の下にそれを忍ばせた。
なるべく濡れないようにと大切に大切に抱えて『よし!』意を決したその瞬間。
「──────っ!!」
「え……?」
気が付けば濡れてひんやりと冷たくなった腕の中。
「エド……?」
「良かった…。アパートに行ってみたら誰も居なくて、携帯に連絡しても全く繋がらなかったから……」
もしかして君の身に何か起こったんじゃないかと気が気では無かったよ……そう言って抱き締めてくれるその力に軽い痛みを感じるのはそれだけ心配を掛けてしまったという事を物語っている。
この大雨の中必死になって探してくれていたのだろうか。
彼の美しい銀糸のような前髪からはぽたぽたと水滴が流れ落ちるも、それを気にすることも無く安堵を含んだ優し気な瞳に、その笑顔に胸が痛くなる。
「ごめんなさい…。直ぐにアパートに戻るつもりだったんだけどこんなに雨が降るなんて思わなくて」
「一体…どうしたんだい?携帯も持たずに外に出るなんて」
「えっとそれは……あ!」
腕の中でぴくりと身体を震わす彼女の反応に『?』と疑問符を浮かべるエドワードの瞳に映るのは聊か気不味そうな彼女の表情。
目の前に置かれたカップから立ち上る柔らかな湯気は、ダージリンにも良く似た香りを放つカンヤム・カンニャム。
「濡れてはない…みたい。でも……」
「ははっ…ちょっと歪な形になってしまったけど味はいつもと変わりはないし、何より僕たちみたいで愛着が沸かないかい?」
「え?私たちみたい…ですか?」
結局、ふたりして濡れネズミになって戻ったアパート。
そのまま駆け込むシャワールームで同じシャンプーの香りになったなら、たっぷりと時間を掛けてお互いの肌の温もりを確かめあった後のティータイムはベッドサイドで。
小さなテーブルの上に置かれた真っ白なボーンチャイナのプレートに並ぶのは、少し形の崩れた色とりどりのマカロンたち。それを見つめながら楽し気に瞳を細める愛しい人に小首を傾げる。
『そう、大切なのは体裁でなく中身だよ──────』
あなたが私の手のひらから逃れる蝶ならば、私はあなたが止まることができる花になりましょう
私が生涯、愛するのはあなただけ。たとえ、あなたが止まること無く枯れ果ててしまっても……それでも私は本望です
君が…君で居てくれる限り。
僕は僕で居続けられるから──────。
「エド……」
「君はいつだって僕を幸せにしてくれる………愛してるよ」
重なり合う唇から伝わるお互いの想いは甘酸っぱいフランボワーズの味。
いつしか差し込む陽の光に包まれてあなたと過ごす昼下がりは最高の贅沢──────。
2015.10.23
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