君の好きなところ(クロード)
2014/07/19 15:42


「じゃあ、私の好きなところをふたつ挙げてください」
「は…?」

そこには、火を見るよりも明らかに訝しげな表情で私を見つめるクロードさん。

「ですからクロードさんから見て私の好きなところをふたつ…」
「『ですから』の使い方が間違ってます。その接続詞は先程の台詞を言う以前から何かしら会話が成り立っている時に使うべきものです」
「そ、それは……」

眉間に深く皺を寄せ、納得がいかないと言わんばかりの視線が思いっきり突き刺さる。

場所はフィリップ城内の廊下。午前中の霧雨が漸く止み、厚く重苦しかった灰色の空が徐々に明るくなり始めた昼下がりの頃。

確かにクロードさんの言い分は尤もだ。いきなり何の脈絡もなくそのような問い掛けをしたのだから。

「ですから、一体何が言いたいのです?」
「あ、今『ですから』って使いましたね」
「……私と禅問答をしたいのですか?それに、今の使い方は間違ってはいません」
「……失礼しました」

彼の灰青の澄んだ瞳に自分の姿が映るくらいの至近距離。
こんな時でも今彼の瞳の中には私だけが居るという事が嬉しくてひとりトクンと胸を弾ませた。

そんな私の視線に気付いたのか、クロードさんは軽く咳払いをして『はあ』と大袈裟にため息をついた。

「いいですか…私は貴女のように暇ではないんです。それに間もなくウィル様の休憩の時間ですから貴女の相手をしている時間はありません」
「あ…!」

『では』とちらりと私を一瞥した後に踵を返してその場を立ち去ろうとしたクロードさんの腕にがっちりと抱き着いた。

「な…っ!一体何なんですか!?貴女は!年頃の娘がはしたない。離しなさい!」
「い…嫌ですっ!」

人気のない廊下。それ故に私たちの声は何だか遠くまで響いているような気がするけれども。

「きょ…教育実習で子供たちから『先生の好きなところ』っていってその場でたくさん意見が出たんです」
「教育実習?」

私の腕から逃れようとしていたクロードさんの力が少しだけ緩んだような気がしたかと思うと、続いて『ポン』と優しく頭に置かれた掌の感触。それに対応するようにふと顔を上げると先程と比べようもない穏やかな彼の表情。

「詳しく話してご覧なさい」

そう言って今度はまるで別人のように優しく問い掛けてくれる。



厳しいけれども、きちんと筋道を通せば話を分かってくれるところ。
どんなに忙しくてもこうやって私の相手をしてくれるところ。
実は本当に優しく微笑むところ。
恥ずかしがりやなところ。



ああ…私ならクロードさんの好きなところいくらでもすぐに挙げられるのに。

「子供たち…あんなに無邪気にお父さんやお母さんは勿論、私のことまで好きなところをいくらでも挙げてくれるんです」
「そうですか」
「だからクロードさんも私の好きなところってすぐに言ってくれるかなって思って……」
「は……?」

すると、突如信じられないと言った表情で私を見つめるクロードさんの視線とぶつかった。

「あれ?クロードさん、もしかして怒ってます?」
「……怒る気を通り過ぎて呆れているところです」
「え?ど…どうしてですか?」
「全く…課題に行き詰っているのかと思えば……」

またまた『はああ』と深い深いため息をついたクロードさんは今度こそその場を立ち去ろうとしている。

「あ!クロードさん!!」
「私を実習先の子供と同等に扱うのは止めていただきたい」
「そ、そんな…!あ、私!私だって今すぐにクロードさんの好きなところ言えますよ!」
「な…っ!」
「えっと、怖い顔してるけど実は優しいところとか、街を歩く時には絶対に車道側を歩いてくれるところとか。あと……んぐっ!!」
「や、止めなさいっ!」

慌てて私の元まで戻ってくると今度はその大きな掌で私の口元を塞いだ。

「ん…んぐ……!」
「貴女の声は凄く通るんですからこのような場所でそんな大声で恥ずかしいことを言わない!」

その塞がれた手から逃れようとふと見上げると、真っ赤に染まったクロードさんの顔が視界に飛び込んできた。

(可愛い……かも)

真っ赤な顔で私を睨み付けているけれども、いつもの凄味は無くて思わず『ふふっ』と笑いが込み上げて来る。

「…何が可笑しいんです?」
「いえ…何でも」
「その何かを含んだような微笑みが既に物語っていますよ」

にっこりと満面の笑みを向ける私とは真反対に眉間に深い皺を寄せるクロードさん。

「ほら、早くしないとウィル様のお茶の時間なんでしょう?」
「あっ!全く…貴女に関わるとロクなことがない」

腕時計の針を確認しながらクロードさんは苦虫を潰したような表情になるけれども、実はこの表情も好き。

「じゃあ、私がウィル様にお茶を持って行きましょうか?」
「いいから早く部屋に戻りなさい!」

そう言って廊下に通る声で私の部屋のある方向を指差して睨み付ける。

「…分かりました」

唇を尖らせながら聊か不満げにクロードさんを睨んで自分の部屋へ戻ろうとした私の腕が不意に掴まれる。

(え……?)

グイッと引き寄せられて思わず体制を崩しかけた私はそのままクロードさんの胸の中に背中から飛び込んだ。

「……今日は覚悟なさい」
「え……?」

耳元で囁かれる低い声、そうして振り向きざまに唇に触れた柔らかな感触。






『ウィル様の後に貴女の部屋にもお茶を持って行きますから、茶葉の希望があれば言いなさい』





君の好きなところは君にしか伝えないから。







そうして、何処までも優しく細められた灰青の瞳に……何度だって恋をする。















2014.7.19

ちょっと偽クロードになってもうたけど…諸々の感謝を込めて。Kさまへ^^






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