黒虎さんのお話


ワイルドタイガー、僕の相棒。

でも、僕は彼の素顔も名前も住んでいるところも何も知らない。

「タイガーさん」

「……」

そして、声も聞いたことがない。

彼はただ、職務を果たすだけ。
それでいい。
それでいい、はずなのに。

違和感を感じるのは、何故だろう。




「そろそろ出られますか?」

彼は組んでいた腕をほどいて、もたれていた壁から背を離す。
僅かに頷いた気がする、了承の意味だろうか。

「じゃあ、行きましょう」

かしゃりと彼のヒーロースーツが音をたてた。
そのまま僕を置いて歩き出す背中を、慌てて追いかけた。

彼は、いつも前を行く。
僕は背中ばかりを見ている。
また感じる違和感、いや、焦燥感?

ふと立ち止まり、自分の左側を見る。
見慣れた廊下の壁には、僕の影だけが映っている。

前を見た、タイガーさんの背中が小さくなっている。
ああ、いけない、追いかけなければ。

足を出す、ブーツの踵を鳴らして。

思いの外高く響いた音に、前を行く彼が珍しく振り向いた。

「あ……」

少しだけ立ち止まり、また前に向き直る。
だけど、その足は止まったままだ。

もしや、待っている…のだろうか。

隣に追い付くと、再び歩き出す。

「………」

その横顔を窺う、当たり前だが表情は見えなかった。



「タイガーさん」

声をかければ、くるりとこちらを見た。

「……あ、」

足、引っ張らないでくださいね、と言おうと思って口をつぐむ。

彼は任務に忠実だ。
足を引っ張るどころか、今まで邪魔をしたことなどない。
シュミレーションでも、僕の動きを先読みして最善のサポートをする。
機械じみた動きは、まさに完璧。

そんなこと、分かっていたはずなのに。

「……」

しばらく黙りこくっていると、彼は視線を元に戻してしまう。
それが何故かショックで、僕も視線を戻した。

「………」



外への出口、光が眩しい。

一瞬足を止めた僕の肩を、

「っ!」

彼はぽんと叩いた。


『何止まってんだよ、バニー』


「えっ……?」

振り仰いだときには、既に彼の背中はとっくに光の中にいた。



今の声は誰だったのか、この時の僕は何も知らない。

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