結局資料以外の情報は得られず、強いて言えばダーナの生きた証と最期、殺人鬼の狂気の片鱗だけを垣間見た。他の二人も同様に収穫は無く、一時の休憩をとることになった。
まだ街の時計塔の針は一時を指す。

シーが宿の大部屋を一つ手配していた。そこはアンティーク調の家具の揃う小さめのラウンジの先に四つの個室に繋がる扉が配置されたものだった。
四人は各々一人用のソファーに腰掛け、シーは紅茶を淹れて彼らに配る。そしてこの事件を始めから見てきた警部との面会を要請しに廊下へ姿を消した。



ラビは紅茶を一口含んでカップを置くと背もたれに身を預けて天井を見上げた。


「…犯人は、ノアかねぇ…」

「僕らの知る限りでは、あんなに切り刻む相手はいない、けど…」


千年伯爵、ロード、ティキ、ルル=ベル、ジャスデロ、デビット、いずれも殺しはするが大概が一撃で致命傷だ。犯人がノアだとすれば新たな敵が表に出てきているということ。
カップを持つアレンの手に力が篭もり、紅茶に小さな波が立つ。
ラビは大きな溜め息を吐くと、脚を組んで六幻を片腕に抱いたまま眼を瞑る神田に声をかける。


「ユウはAKUMAとノア、どっちだと思う?」

「どっちでもいい」

「…ですよねー…」


当然の反応というべきか、興味の薄さに苦笑する。


「リンクはどう思う?」

「…」


意見を求めようと声をかけたが彼はシーの淹れた紅茶のカップを持ったまま、それをぼんやりと見ていた。再度「リンク?」と声をかければ我に帰ったように顔を上げる。


「…なんですか」


小さな動揺を隠すように口をつけていないカップをテーブルに置いた。


「珍しいね、リンクがぼぉーっとしているなんて」


具合でも悪いのかと問えば否定が返された。
それを聞いていたラビが何か思い付いたように声を上げてニヤニヤとした笑みを浮かべる。


「もしかしてぇ〜、シーに惚れたんだろ!」

「は?」


思わぬ問いかけにリンクは固まった。それを見たアレンもニヤニヤと黒い笑みを浮かべる。


「シーは可愛いですしね〜」

「ああいう小さな女の子が好みだったんか、知らなかったさ〜」

「仕事にも熱心だし〜」

「甲斐甲斐しい所もホクロ二つの心を鷲掴みさ!」

「ばっ馬鹿ですか君たちは!?」


彼にしては珍しく慌てて反論するため、二人は更に彼を弄りだす。ティムキャンピーですら冷やかすように彼の周りをパタパタと飛ぶ。
それに我関せずと資料の現場写真を見始めた神田にちょっかいが飛び火した。


「急に資料を読み出すなんてユウも怪しいさぁ〜」

「…」


覗きこむようにニヤニヤと顔を近づけてきたラビ。写真から目を離さず無言で六幻の鞘先を持った神田は、そのまま柄で彼の顎にアッパーカットを食らわせた。
蛙が踏まれたような悲鳴を上げて床でゴロゴロと悶えるのを横目に、アレンはリンクに黒く笑う。


「認めちゃった方がいいんじゃないかなぁ。そうしたら僕、応援するよ?」

「さっきから何を言って…!大体惚れる以前に“あれ”は、」


コンコンッとリンクが何か言いかけたとき、部屋の扉がノックをされた。ピタリと静かになると同時に扉が開く。


『面会の許可をいただきました。今から警部が此方にいらっしゃるそうです』


彼らのやりとりは全く聞こえなかったようだ。変わらぬ態度にアレンとラビは拍子抜けし、力無く了解の意思を示す。
二人の様子に彼女は首を傾げたが、何でもないと言ってやり過ごした。
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墮天の黒翼

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