先にミネルヴァを連れてサイモンと共にアレン・リンク・シーは署に移動し、彼女に水を飲ませて落ち着くまで待つことにした。
訊きたいことは山ほどある。しかしパニック状態で犯人の容姿どころか、上手くコミュニケーションを取ることが出来なかったからだ。

現在神田とラビは犯人がまだ付近にいる可能性を考えて警官達に混じって捜索をしている。
しかし混じると言ってもただでさえ普段から馴れ合うことを嫌う神田が協力的に行動するとは到底思えないが。


「もう大丈夫かい?」

「何とか、ね…」


まだ少し震えているが、表情に先程までのパニックや恐怖は見受けられない。警察官を息子に持つ母は気丈に振る舞った。
サイモンは落ち着いた母にアレン達の名前と捜査の協力者だとだけ簡単に紹介すると、近くの棚から書類を取り出す。
事情聴取の調書用紙だ。

ミネルヴァは瞼を下ろし、深呼吸を幾度か繰り返して脳に記憶を再描画する。


「私はあの商店街で商売をしている友人に用事があって行ったんだ。用事を済ませて帰り道にある青果店で買い物をしてから帰ろうと…。それで果物を見ていたら、何処かから悲鳴が聞こえた気がしたんだよ」


最初は息子が最近捜査している惨殺事件で、恐らく人より気にかけている心的負担からの幻聴だと思ったらしい。


「気のせいだと思ったけれど、また悲鳴が聞こえたんだ。今度ははっきりとね。もしかしたら、と思って…、店の横の路地を覗いたんだ。そうしたら…っ」


一度言葉を切ると震える体を抑えようと自らを抱きしめる。


「黒いコートみたいな服を来た人がいたんだ…ッ袖口から真っ赤な尖った物が見えた…。それからポタポタと同じように真っ赤な水みたいなものが垂れていて…!」


その滴に沿って目線をずらすと、四肢を無くした女の屍が転がっていたのだ。その犯人はミネルヴァに気付くと路地の奥へ姿を消したらしい。

ガタガタとまた酷く震え始めてしまった彼女は何度も大きく深呼吸をする。静かに彼女の言葉を訊くサイモンの顔は歪んだままだ。当たり前だ、身内に、しかも己の母に惨殺現場を想起させているのだから。
しかし彼は気が進まなくとも、仕事だと自分に言い聞かせて犯人の容姿を尋ねる。


「黒い…黒いマントにも見えるフードのついたコートだったよ、確か地面に裾が擦れていたと思う…。袖も長くて手は見えなかった。血まみれの…多分刃物みたいな尖ったものしか見えなかった。顔もフードで口しか見えなかったよ…」

「身長とか、体型とかは覚えているかい?」

「いや、風に靡くコートが邪魔で分からなかったよ」


サイモンは、一旦聴取は終わりにしようと言った。ミネルヴァは緊張が解けたのか、ぐったりと椅子にもたれ掛かる。
その彼女の前にアレンは申し訳なさそうな顔のまま膝をついた。


「ミセス・ノーゼル、僕達のせいで辛い思いをさせてしまってすみません…」


え?と彼女は不思議そうな顔をした。
無理もない。自分達の身分はおろか、今回の犯人の目星は教えていないし、教えられないのだから。
説明が上手く出来ずに言葉に詰まったアレンにミネルヴァは察したのだろう、深くは追及しなかった。
ただアレンの頭を優しく撫でる。


「この街のために、犯人を捕まえておくれ」


ミネルヴァは痩せ我慢をした顔で微笑んだ。



彼女を残して署の玄関先に立つアレン達はサイモンに見送られながら捜索に発つことになった。

サイモンはただ切り裂きジャックを止めることを彼らに懇願した。
自分達常人が相手に出来ないことを痛感している。だからこそ悔しいのだ、母に心の傷を与えてしまったことが。

言い知れぬ憤慨と敗北感を抑えこむ反動に震える体を抑制し、ただ彼はアレン達に頭を下げ続けた。
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墮天の黒翼

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