「何考えてたのかさ、教えてよ」

ナミはそう言ってサイドの髪を耳にかけてから、テーブルに頬杖をついた。

髪を耳にかけるのは、ロビンの話を聞こうとするときの、ナミの癖。

こういうときに、ロビンはナミのやさしさを感じて、たまらなくいとおしくなった。

ナミ自身が意識的かどうかはわからなかったけれど、その仕草は、ロビンの声をもらさず受け取ろうとする証に見えたから。

でも、こんな時間ももう、終わりなのかもしれない。

そう考えて、何もはじめようとしなかったくせにそんな風に思う自分は、たしかに間違っていると思った。

「そう、ね……」

まっすぐにロビンを見据えるこはく色の瞳から、目の前のアイスコーヒーが入ったグラスに視線を落とす。

グラスの表面についた水滴が、集まって、まとまって、すーっと落ちた。

ロビンはグラスを手に取ると、アイスコーヒーを一口、飲み下す。

指先に触れたつめたさが、ロビンの想いをとどまらせた。

「どうしてあなたは、いつも……ここに来てくれるのかと思って」

……言えない。

いとしいだなんて、とても言えない。

口にしてしまったらもう、引き返せないから。

いずれ互いに傷つくことも互いを傷つけることもわかっているのに、そんなこと、言えるわけがない。

ナミの世間話さえ、ろくに聞くこともできない自分が。

ナミを楽しませることも、できない自分が。

「今更?」

今度こそ怒るかと思ったけれど、ナミはくくっと笑ってみせた。

どうしてこんな行き止まりの状況で笑えるのかわからないロビンは、またも沈黙するしかない。

「ばかね、ロビン」

そうつぶやいたナミは、目を細めて微笑む。

それはまるで、おさない子どもをいつくしむような、ひどくやさしげな表情で。

「意味が、そんなに重要なの?」

その微笑みを目の前にして、一瞬、ロビンは何を問われているのかさえわからなくなる。

そんなロビンがよほど間抜けな顔をしていたのだろうか。

ナミはテーブルの向こうから体を乗り出し、腕を伸ばすと、ロビンの頬をむにっとつねった。

「その子どもみたいな顔、やめてよ」

ナミはそのままロビンの頬を、むにむにとやわらかくつまみながら言う。

やめてよ、と言われても、頬をつねられている時点で十分間抜けな顔をしているだろうから、手遅れな気がする。

それでもナミが触れてくる手を振り払わなかったのは、季節ひとつ分を過ごしてきたふたりの皮膚と皮膚との間の距離が、ゼロセンチに縮まったのがはじめてだったから。

「おもっきし、かわいがりたくなるじゃない」

「……っ」

勝ち気に笑って言ったナミが、自分よりもずっとおとなの表情をしていたから、ロビンは思わず身を引いて視線を外し、目を伏せた。

その拍子に、ロビンの頬に触れていたナミの手も外れてしまう。

「ロビンは、無駄なものが好きじゃないのかもしれないけどさ」

ナミはそう言って立ち上がると、冷蔵庫の方へ向かった。

「部屋もシンプルだし、必要最低限のものしか置いてないよね」

「そう、かもしれないわ」

火照る顔を落ち着かせるために、温度の低い自分の手のひらで頬に触れる。

先ほど触れてきたナミの手があたたかだったせいか、自分の手がやけに冷たく感じて、思ったほどにここちよくはなかった。

「無駄な会話は嫌い? 必要最低限しか話さないもんね」

ナミは冷凍庫から自分でオレンジシャーベットを取り出すと、スプーンを片手にロビンの目の前に戻る。

「あたしが訊いたことしか、話さない」

「だって、興味のないことを聞かされても、退屈かと思うから」

「じゃあ、なんでロビンはあたしの話を聞いてくれるの?」

そう問われて、思わずナミに視線を戻すと、ナミの大きな瞳のきらめきに再度、とらわれる。

こころまでも強くつかんでしまうこの視線の前に、ロビンはいつだって無力だ。

「ご飯まで用意してくれて、家に送ってくれて。あたしが話すことなんて、ロビンの興味の範囲外でしょ?」

「そんなことは……」

「あるでしょ?」

ナミはロビンの言葉を遮って、肩をすくめる。

「部屋とか雰囲気とか、ロビンの読む本とか見てたらわかるよ。ああ、ロビンはあたしと全然違う世界を生きてるんだな、って」

確かに、ナミの言うことは事実だ。

考古学の研究者であるロビンと、理系大学に通うナミとでは、興味の対象や考え方が違うだけでなく、性格までも正反対だった。

「実際、あたしがしゃべってることに、意味なんてないんだよね。ただの世間話だもん。あたしが学校でどうだったとか、バイト先でどうしたとか、家族がどうとか、何の意味もない」

そんなのまるでたいしたことではないんだとでもいうように、ナミはどこかさっぱりとした調子で言葉を続ける。

オレンジシャーベットを頬張りながら。

自分の話が無意味だということを、何故そこまで受け入れ肯定できるのか、ロビンにはわからなかった。

それでもやはり、ナミが言っていることは真実なのだ。

ふたりの会話に意味などなかった。

ナミの大学での出来事にロビンがうなずいて、ナミのバイト先での愚痴を聞いて、なんでもない日常の話に耳を澄まして。

そこには何の意味もない。

けれど、ふたりの時間には……

「あたしの日常なんて、ロビンの日常にも仕事にもなんの役にも立たないわけ。でもロビンはあたしの話を聞いてくれる。どうして?」

問い詰められて、追い詰められる。

ああ、ナミは今日、おわりじゃなくて。

はじまりを、はじめようとしているのかもしれない。

でも。

それでも。

おそれをこえて、ゆくなんて……




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