たとえばロビンがこころを伝えようとして、言葉が追いつかなかったら。
たとえばナミに言葉が伝わらなくて、想いが死んでしまったら。
その無力に立ち向かうだけの強さが、果たして自分に残っているのか。
そう考えて、おそれ、おののく。
このこころを明け渡したそのあとに。
ナミにさえ。
ロビンの声にならない言葉までを拾い上げてくれるこのひとにさえ、見限られてしまったら。
「いい加減に、認めちゃいなさいよ」
そう言って、ナミはふっと息を漏らすように笑った。
それと同時に、ロビンのこころをつかまえていた視線の力もゆるむ。
ロビンを見定めるようなその視線から解放されると、再び体に血液がめぐりはじめた気がした。
「意味なんてなくてもさ……」
ナミはつぶやくように言って立ち上がり、ロビンに歩み寄ると、ナミを見上げるロビンの頬にやさしく触れた。
先ほどまでオレンジシャーベットを持っていた手は、ひんやりとしている。
「あたしの言葉は、こうやって手が触れるみたいに、ロビンのこころに触れていたんだよ」
体をめぐりはじめた血液が、皮膚の内側であばれるようにどくどくと脈打つ。
「大体、ほとんどの会話に意味なんてないわよ。それでもさ、ひとは誰かと言葉を交わしたいって思うし、それでたのしくなったりうれしくなったりする」
その脈動は、まるで目覚めのときのように。
「言葉は意志疎通とか、情報を交換するためにあるっていうけど、そう考えてるから不自由になっちゃうのよね」
ほんものの体を取り戻した瞬間のように。
「そうじゃなくてあたしは、言葉っていうのは、こころに触れるための自分の一部みたいなものだと思う。手じゃこころに触れることができないから、言葉で触れるの」
ロビンのこころを動かす力となって。
「だから、くだらなかったりたわいなかったりする、そんな意味のないおしゃべりでもさ、ひととひとはその声でこころに触れて、こころをほぐしあって、あたためあって……だからたのしくて心地いいんじゃないのかって、あたしはそう思うのよ」
ナミが触れてくる冷たい手の温度が、徐々にロビンの頬の温度と一緒になっていく感覚がクリアに感じられた。
ああ自分にも体温があったのかと、そんなばかげたことを今更ながらに思った。
ロビンは今、はじめて、ひとの温度というものに触れた気がしたのだ。
「少なくとも、あたしの声が揺らしていたのは、あんたの鼓膜だけじゃないはずよ」
そう。
ナミはただしい。
ナミの言葉はロビンのこころに触れて、ロビンのこころを確かに揺らした。
ロビンのこころをあたためほぐして、そうして想いを育ててくれていた。
「それに、あたしにもちゃんと届いてた」
ナミはロビンの頬から手を離し、胸元を人差し指でとん、と指差す。
「ロビンはあんまりしゃべらないけど、あたしの話を聞いてくれるときの相槌とか、うなずき方とか、目とか、表情とかで、ちゃんと届いてたよ。あたしといる時間を、どう思ってるのか」
たまに意識はとんでたけどね、とナミは肩をすくめて付け足して、言葉を続ける。
「あたしはロビンがそうやって話を聞いてくれるたびに、うれしくなった。もっと話を聞いてほしくなったし、会えないときには会いたくなった。それはロビンの言葉や表情が、あたしのこころを揺らしてたから」
そうでしょう? とナミはロビンにほほえみかける。
ナミの人差し指がロビンの目尻に触れて、ロビンは自分が泣いていることを知った。
ナミはぬぐった涙で濡れた指先をぺろりとなめると、「しょっぱいね」と笑った。
「だから、いい加減認めちゃいなさいよ」
その唇が、舌が、声を奏でる。
ロビンのこころを揺らす、言葉を紡ぐ。
「あたしが好き、って」
そうしてロビンのこころは、やわらかに触れてくるナミの言葉にあたためられていく。