「ま、予想はしてたんだけどね」
ふぅ、とこれみよがしにため息をつきながら、再びロビンの前に姿を現したオレンジの髪の少女は言った。
前回会ったときからすでに2週間も経過しており、おそらく少女はロビンからの連絡を待っていたに違いないのだけれど、ロビンはその点に関しては触れないことにした。
少女からロビンに連絡する手段はなく、カフェで会うという偶然しか頼るものはない。
だから、連絡先のメモを受け取った以上、ロビン自身の連絡先を伝えるメールをするのは礼儀だったかもしれない。
それさえなければ、完全に気のない証拠。
そう知りながら自分からは連絡せずにいたのに、少女と出会ったカフェを訪れてはその姿を探している自分は、とてもとても矛盾していた。
「それでも、ちょっとは期待しちゃうのが、人間ってもんじゃない?」
少女はそう言ったけれど、そんな矛盾をあっさり受け入れている自分の方が、もしかしたら期待していたのかもしれない、と思う。
少女がロビンのこころの声を聞き届けて、三度目の偶然を作り出してくれることを。
そう考えて、いつから自分はそんなロマンチックな期待をする人間になったのかと、笑えた。
「……そうかもしれないわね」
「名前ぐらい、聞いてくるメールがあるかと思ったのに」
そっけなく返事をする自分の声音とは対照的な、少女にゆらされる心臓の高鳴り。
その理由は、ひとつしかなかった。
恋を、しているのだ。
ロビンは目の前の少女に恋をしている。
自分の抱える気持ちにそう名付けてしまえば、嫌になるほどしっくりきた。
街中でオレンジ色の頭を探してしまうのも。
渡された連絡先のメモを大事にとっておくばかりか、何度も財布から取り出してはぼんやりと眺めてしまうのも。
ロビンに向けられた笑顔やまなざしが夢に出てくるのも。
これ以上深みにはまるわけにはいかないと自分に言い聞かせながらも、何かと理由をつけてカフェに足を向けては、いつもの席に座ってしまう矛盾も。
そうして事実、少女が目の前にいるだけで波打ちはじめる体中の血液も。
たった一言、言葉にしてしまえば簡単だ。
ただ、その言葉を持ち出す勇気があるかどうか、それだけ。
他人に対して無関心をつらぬいて過ごしてきた年月が、おそらくはまだ学生の……十歳ほどは離れているであろう少女のこころに行きつくなんて……
だが、この想いを叶えようとも届けようとも思わない。
抱えている想いが『恋』と呼ばれるものだとして、それがいったい何だというのだろう。
恋とは叶えるものなのだと、いったい誰が決めたのだろう。
ひそやかに抱き続けるだけで満たされる、そんな想いも確かにあるのに。
連絡先を渡してきたということは、目の前の少女にも少なからずロビンに興味を惹かれる部分があるのだろう。
それがロビンと同じような感情であるかは、もっと深く、少女の中を探っていくことでしか知ることはできない。
しかしロビンにその気はなかった。
こころを、伝える。
その困難さを少しでも考えはじめると、ロビンは打ちのめされたような気になって、もはや何にすがるべきかもわからずに、天を仰ぐしかなくなってしまう。
ロビンの前に立ちふさがるのは、圧倒的な無力感と徒労感。
それは絶望の壁のようなもので、その壁の前では涙さえ無力なのだと、ロビンはとうに知っている。