もう二度と会うことはない。
そう思っていたはずなのに、気がつくとあの明るいオレンジ色を視界の中に探しているのは何故なのか。
立ち寄ったカフェだけでなく、レストランの中で、ショップの中で、あるいは街のひとごみの中で、あのオレンジ色を探している自分がいる。
できうる限り、他人との距離を広くして生きてきたのに。
それでこころは平穏を保てていたはずなのに。
それなのに、どうして、今更……
その理由もわからないまま、もう数日が過ぎたのに、視界の中にあの少女の色を探している自分に気づくたび、記憶の中の幻影を振り切るようにうつむいてため息をついた。
明るく屈託のない笑顔を見せると同時に、試すように、追い詰めるように、ロビンをまなざす少女の瞳はこはく色だった。
せめてあのオレンジの髪の毛が地毛なのかそうでないのか、それだけ訊いておいてもよかったかもしれないなどと、そんなくだらないことまで思い始めたころ。
一向に薄れえぬ記憶を抱きながら過ごす、どこかじれったいような時間の中で、ようやくあの声を聞いた。
「おねーさん、また会ったね」
出会ったときと同じカフェの隅の方の席で本を読んでいたロビンの前に、オレンジ色の髪の少女は再び姿を現した。
「……そうね」
その声を聞いて、ロビンの心拍数も体温も一度に上がったのは確かな変化だったけれど、それは突然のことに驚いたからに違いないと自分に言い聞かせた。
「相席、いい?」
あの日と同じように少女はロビンに尋ねたけれど、今日のカフェにはひとはまばらで、空席が目立っている。
「いいけれど……」
ロビンが言いよどむと、少女はにっと笑った。
「逆接の接続詞がついちゃうわけだ」
少女はそう言いながらも、ロビンの向かいに腰を下ろす。
「だって、他の席も空いているわ?」
「でも、顔見知りがいたら、声、かけるでしょ?」
ロビンがその問いに無言でいると、「ま、おねーさんは声かけなさそうよね」と少女は苦笑してグラスを口に運んだ。
グラスの中身は、少女の明るい髪色と同じ、あざやかなオレンジ色の液体。
「でも、嫌だったら、席移るけど?」
そう尋ねながらも、ロビンと同じテーブルについた時点で、少女はもう確信しているに違いないと思った。
少女に対する不快な感情など、ロビンの中の、どこにもないのだということを。
「別に、かまわないわ」
「本、読んでていいからね。邪魔したいわけじゃないし」
じゃあ、何をしたいの? という至極まっとうな疑問が浮かんだけれど、その疑問は声にはならず、ロビンはただ飲み下すことしかできなかった。
問えば問うほど、その質問からロビン自身が暴かれていく。
そんな不思議な力を、目の前に座る自分よりもずっと年下であろう少女が持っているのは、ほとんど間違いのないことに思えた。
……このこころをあばかれるなんて、本来ならどうしたって避けたいことであるはずだった。
それでもこの場にとどまる選択をしてしまうことが、未来をより厄介な方へ……ロビンが本来望んでいたはずの、波風ひとつ立たない安定の世界とは真逆の方へ運んでいくのはもう、必然のことだったのに。
ロビンの手は自然と、少女がロビンと向き合って座ったそのときに、本を閉じてしまっていたのだ。