「何か?」
ロビンは少女の瞳からやっとの思いで目を逸らして、短く尋ねた。
一度そのこはく色の瞳にとらわれてしまうと視線をはずすことさえひどく消耗するような、そんな意志的な瞳を持つ少女は、ロビンに何を見ているのだろう。
「おねーさん、目が青いんだね」
「別に、めずらしくもないでしょう?」
ロビンはそう答えて再び視線を本に落としたけれど、変わらず少女のまなざしを感じるこの状況で、集中できるはずもなかった。
「まぁ、あたしの髪の色に比べればね」
逃げるのは、簡単なはずだ。
コーヒーはすでに飲み終わっている。
もはや本に集中することもできそうにない。
『何か?』などと問わずに、黙って立ち上がってこの場を去ればよかっただけだ。
それなのにどうして、自分はこの場にとどまっているのだろう。
自分をまっすぐに見つめてくる瞳の前という、そんな居心地の悪い状況の中に身を置き続けているのだろう。
そう疑問に思うのに、ロビンのこころがこの場から動くことを許してくれない。
理性ではなく感情の……本能にずっと近い部分が、椅子から立ち上がろうとするロビンを引き止めているかのようだ。
「地毛なの? とか訊かないの?」
どこかロビンを試すように笑っているその表情に、しかし他意は感じられない。
単なる時間つぶしとして、ロビンに話しかけているのだろうか。
そう考えると、胸がざわりと騒いだ。
「訊いてほしいの?」
少女をちらりと見上げて尋ね返すと、少女は丸い大きな瞳で探るようにロビンの目を覗き込んでくる。
「質問に質問で返すなんてずるいわね、おねーさん」
再びまなざされてしまえば、この瞳から頭の中までを見透かされるような気がして、ロビンは目を伏せるしかなかった。
「あたしはおねーさんに、あたしのことについて訊きたいのか、そうじゃないのか質問したんだから、おねーさんの答えはイエスかノー、どちらかしかないはずじゃない?」
「どちらでもいい、という選択肢もあるのではないかしら?」
「また質問返し」
少女はやれやれ言わんとばかりに肩をすくめて見せた。
「ま、どっちでもいいっていうのは、訊かなくてもいいってことだから、『ノー』って言ったのと同じではあるか」
すっかり少女のペースに巻き込まれていることは自覚していたが、一度握られた主導権は取り返せる見込みもなかった。
「あ」
そんなことを考えていると、少女はロビンを見て少し目を大きくしたあと、にっと意地悪そうに笑い……
「困った顔」
ロビンを指差してそう言った。
「やっと表情が変わった」
その言葉を聞いて、ロビンは思わず口元を手でおおい隠す。
「次は笑った顔、見せてよね」
次なんて偶然がそうあるわけがないと言う間も与えず、オレンジの髪の少女は立ち上がり、グラスを持って去っていった。
すっと伸びた背中が、残像のようにいつまでもロビンの頭に焼きついている。
そういえば、少女は何を飲んでいただろう?
そう考えながら、少女といることに何か息苦しさのようなものを感じていたロビンは、ふっと息を吐き出した。